第26話 大阪市城東区今福西の醤油ラーメン(野菜増し増しニンニク増し増しカラメ)

 季節の変わり目。風邪を引いたり体調を崩しやすい時期だ。

 こんな時は、健康に気を使った食事が大事。医食同源である。


「野菜増し増しニンニク増し増しカラメで」


 だから私は、仕事帰りにわざわざ通勤経路から外れる初見の店舗まで足を伸ばし、醤油ラーメンの食券を提示しながら、そう答えたのだった。増し増しは店頭の写真の三倍になると確認されるが、何、野菜三倍なら健康も三倍だ。問題ない。


 更に、初めて訪れる店というのは、その新鮮さも加味されて精神的にもよい刺激になるものだ。


 厨房に面したカウンター四席と、壁に沿ってテーブルを並べた座席が若干変則的に並ぶ店内。この店自体はまだ四年ほどのはずだが、店の随所に年期を感じるのは居抜きで入ったからだろう。こういう雰囲気、嫌いじゃない。

 

 セルフの水を確保してカウンターに座ろうとしたのだが、テーブル席に案内される。一人でテーブルというのもなんなのだが、見回せば六人掛けのテーブルの壁側の席が柱に分断されて一人席のようになっていたところがあったので、そこに陣取ることにする。


 今日は月曜日、ジャンプの発売日である。『潔子さんを探せ!!』、もとい、『ハイキュー!!』を読みながらできあがりを待つ。今週は潔子さんが二コマ登場していたのでよし。後は現在玉狛支部が舞台になっている『ワールドトリガー』で宇佐美さんの登場コマ数をチェックするのも今のジャンプを読む上で大切なことなので、忘れないようにせねば。


 めがねっ娘のことを考えていれば、時が経つのは早い。座席へと、注文の品が運ばれてくる。こぼれる前提なのだろう、丼は盆に載せたまま卓上に置かれた。


 丼上面から二十センチ程度の高さまで堆く山盛りになった野菜(もやしが主体でキャベツも少々といった比率)。麓には、半分に切られた煮卵と、厚切りのチャーシューが載っている。焦げ目がついているところを観ると、チャーシューは切ってから直火で炙ってあるようだ。そして、野菜山に添えるように置かれたレンゲの中には、山盛りの刻みニンニクが入っている。麺は、全く見えない。


「見た目はオーソドックスだな(※慣れている人の感想です)」


 レンゲの中身は、さっさとスープへととかしてしまい、本来の用途に戻してスープを掬う。


「意外にあっさり……か?(※慣れている人の感想です)」


 この手のものに典型的な脂ギッシュな旨みではなく、比較的ストレートな醤油の風味が強く感じられる。


 そうして、天地を返すのも厳しそうなので野菜を崩しに掛かる。雪崩を起こさないように注意しながら、隅っこの部分を削り取り、スープに浸して頂く。

  

「これはこれで、食べやすくて悪くないな」


 ニンニク風味の醤油ダレで蒸し野菜を頂いているような風情だ。出汁が主張していないことで、却ってサクサク食べ進められる。


「お、もしかして豚は乗せて炙ったのか?」


 一部、もやしが軽く焦げて香ばしくなっていたのだ。それを醤油に浸して食べるのが、不味いはずがない。


「なら、豚は……うん、炙りチャーシュー自体は結構あるけれど、この手のに組み合わさるのはちょっと珍しいな」


 求めていた新鮮さを得られた。これで体だけでなく心の健康にも寄与したはずだ。


 そうして、初見の増し増しを味わっていると、いい感じに隙間が出来てきた。


「よし、そろそろ麺へ移ろう」


 豚を沈め、野菜を沈め。

 代わりに麺を底からすくい上げて天地を返す。


「別に気取っているわけじゃなくて、食べやすいからやってるだけなんだよなぁ、これ」


 そのまま麺を引っ張り出しながら食べると野菜が零れまくるので、一旦上下を入れ替えてから麺を食した方がキレイに食べられる、と思ってやっていることだ。実際、食べやすい。


「太くて固くて、中々食べ応えがあるな」


 要するにオーソドックスな麺なのだが、濃いめのスープで頂く太麺をガツガツと咀嚼して喰うのは旨い。炭水化物万歳。


 ここまで来れば、後は機械のように喰うだけ、なのだが。


「う~ん、もう一声、何か欲しいな」


 醤油メインの味でこの量を食べきるのは、別に可能ではあるが寂しいものがある。


「やっぱり、これか」


 卓上に備え付けられたミルに入った黒胡椒をガッツリとふりかけ、


「これも、いかねばな」


 一味をその上からバッサバッサと振りまいていけば、ルージュとノワールのマーブルが麺と野菜が浮かぶ褐色の表面に描かれる。


「うんうん、香辛料は偉大だ」


 物足りなさが、埋められ、箸が加速する。


 だが、胡椒と一味を使った時点で、もう一つ気になる調味料があったのだ。


「これも、行くべきか?」


 それは、『酢』である。


「やらずに後悔するよりもやって後悔。前のめりに行こう」


 そうは思いつつも、レンゲに野菜とスープを掬った上に垂らして様子を見る。石橋は叩いた上で下の川の水深と水質の調査をして万一落ちても問題ないことが確認出来なければ渡るのを諦める程度の慎重さも大事だ。


「あ、旨い」


 よくよく考えれば、ドレッシングが苦手で酢醤油でサラダを食うのが私だった。酢醤油で食べる野菜に何の問題があろうか?


「この味なら……」


 入れすぎて酢の味になっても困るので、適量になるよう味見しながらスープに垂らしていく。


「そうか、こういう喰い方もあるのか」


 酢の風味で最後の一口までサッパリと頂けた。勿論、固形物の最後の一口であり、スープは勘弁して貰いたい。流石に、全部飲むと塩分がヤバイ。そうなったら、せっかくの健康志向の食事が台無しになってしまうだろう?


 ともあれ、量的なだけでなく、炙りチャーシューと、酢醤油スープの新鮮さを味わえて質的にもいい食の体験となった。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


 そういえば、増し増しと言えば、24時間限定で『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の聖霊石増し増しパックが発売されていたな。625個で一葉さんの一枚。初回半額十連を踏まえれば、三十連を回せるだけの数だ。


 お得ではあるが、増し増しは今食したので満足しておくべきか? それとも、まだ観ぬめがねっ娘のために確保しておくか?


 迷いながら、家路へと着く。

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