第13話 東大阪市高井田本通のAランチ(らーめん+小焼きめし)

 始まりがあれば、終わりがある。

 終わりがあれば、始まりがある。


 長かった連休も、遂に最終日となってしまった。


 『艦隊これくしょん~艦これ~』のイベントは未だにクリアできず、沖波との邂逅も果たしていないにも関わらず、だ。時の流れは無常にして無情である。


 幸い『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の浴衣イベントでは未だに浴衣リリーは出てきていないので、時の流れの無常にして無上の無情には関わりがないのが幸いか。浴衣だけによかった……ぷっ、くくく……


 などと、馬鹿をやりたくもなるわけであるが、最後は気持ちよく飾りたい。


 家に閉じこもっているには惜しい快晴。

 ちょっと遠出して、休みの最後の思い出に行ったことのない店で昼を食べよう。


「近場で済ましてもいいだろうか?」


 外出して五分と経たず、頭上から降り注ぐ天然熱線兵器の攻撃に屈しそうになる。だが、それではなぜか体重が上振れするように故障した我が家の体重計の誤差がどんどん広がり、洗濯に失敗したと思しき縮みつつある服達も元には戻らない。


 歩こう。


 結構な距離を歩けば、大阪のご当地ラーメン的なものの発祥店とそこから独立した店舗を通りかかる。誘惑に駆られるが、どっちもいったことがあるのでスルーだ。


 今日は、初見の店がいいのである。


 更に、歩く。どんどん、歩く。

 正直、熱中症になるんじゃないか? というぐらいの疲れが出始めた頃。


「ん? ここは、なんかよさげだな」


 ごくごくシンプルな黄色地に『ラーメン』とどこか微妙に間の抜けたような味のある字体で書かれた看板が目に入った。


「インスピレーションを信じよう」


 思い切って店の扉を潜る。


 カウンターが十席程度と二人掛けのテーブルが二つ目に入る。見れば、奥にも小上がりがあるようで、ちょうどそこから家族連れが出てくるところだった。


 こじんまりとした、いい雰囲気である。


 先客が出て行ったことで、店内には誰もいない。入ってすぐのカウンター席に座ると、お冷やとおしぼりを出してくれる。


「ああ、生き返る……」


 お冷やで体を冷やし、これまたキンキンに冷やして一部凍っているおしぼりで顔を拭くと、暑気で倒れそうだった体に活力が戻ってくる。


 さて、何にしたものか? ファイルにとじられたメニューの冊子を開く。


「結構色々あるな……」


 ラーメン屋というよりは、ラーメンをメインとした中華料理屋といった風情で野菜炒めなどの系統のメニューもある。ラーメンにしても優に十種類以上がある。ドリンクも充実していた。


 とはいえ、初見の店では基本に忠実に行こう。


「Aランチで。あと生ビールを食事と一緒に」


 Aランチは、らーめん+小焼きめしとある。ラーメン屋では基本中の基本のセットであろう。


 カチャカチャと焼きめしを炒める中華鍋を操る音を聴きながら、本を読んで待つ。


 それほど待たされることなく、注文したメニューが一気にカウンター席に並べられる。


 卵、人参、エビ、ネギといった具材のオーソドックスな焼きめし。

 ジョッキに入った生ビール。


 そして、


「な、なんだ、このラーメンは……」


 一種異様な光景だった。何せ、その表面は緑に覆われていたのだ。辛うじて丼の箸に二枚添えられたチャーシュー以外、何も見えない。


 その緑の正体は、


「ネギ、か」


 そう、刻みネギが丼の上面を完全に覆っても余りあるレベルで盛られているのだ。特に、ねぎ増量を頼んだわけでもなく、ただ無印の『らーめん』を頼んでこれである。


 ネギ好きであるからして嬉しいのであるが、ねぎが苦手な人は裸足で逃げ出すであろう、そんなネギの暴力に満ちあふれたビジュアルであった。


 どんなものか、スープを啜ってみる。


「ネギ、だ」


 ベースは、ごくごくオーソドックスな鶏ガラ醤油と思われるが、とにかくネギの風味が強烈というかどうやっても口に一緒にネギが入ってくる。ネギを飲んでいるようだ。


 だが、それが、オーソドックスな味に勢いのあるパンチを持たせている。


 ビールを一口飲んで口の中をリセットし、改めてラーメンと向き合う。


「いただきます」


 スープは飽くまで味見。ここからが本当の食事の始まりだ。


「麺は……中細ストレート、これもオーソドックスだな」


 そこに安心する。とはいえ、麺を啜れば無条件でネギも一緒に引っ付いて口に入ってくるのだが。


 また、ネギに埋もれて全く見えなかったが、シャキシャキしたもやしが結構入っている。その食感のアクセントもほどよい。だが、どうやってもネギが一緒に口に入ってくるからネギ風味だが。


「こっちは、だからネギが少ないのか」


 ここらで焼きめしに手を出す。こちらにもネギは入っているようだがほとんど緑は見えない白っぽい見た目。まぁ、これだけラーメンでネギを味わうのだから、バランスは抜群だろう。ラーメン:焼きめしのネギ比99:1ぐらいだが。


「うん、焼きめしだ」


 パラパラではなく、ほどよく柔らかい食感。家庭的な優しい味わいで『焼きめし』というのが相応しい。味もラーメンとのバランスが取れている。こっちまでネギの暴力を振るわれると正直辛かったが、流石にそこは考えられているようだ。


 申し訳程度に添えられた刻み紅ショウガが、焼きめしよりもネギに侵食された口内をサッパリさせるのにいい仕事をしてくれる。


 どこまでも、ネギだ。どこの魔法先生だというぐらいネギだ。どこの VOCALID だというぐらい初音ミクだ。それはそれとしていい加減ネイティブめがねっ娘 VOCALOID も出すべきだ。いや、もう、よく解らない。


 それでも、ネギ好きの身にはとてもネギ旨いラーメンであるのは事実。そして、それ以上にここまでネギだと食べていて面白い。いい食の体験である。


「ふぅ」


 最後の最後までネギがなくならないスープをネギごと飲み干し、胃の腑をネギで満たした気分に浸る。


 焼きめしも、ビールも既に空。完食である。


「お勘定」


 店主に丁度の値段を支払い、


「ごちそうさん」


 ネギネギしい満腹感に包まれながら、店を後にした。


「熱線兵器は、まだ健在か……」


 容赦のない日射しが全身を焼きにくる。


「さっさと帰って、『艦隊これくしょん~艦これ~』の夏イベント進めつつ、全国テレビCMも始まったという『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』のイベントステージの周回でもしよう」


 歩き出す。まだまだ遠い、我が家を目指し。

 明日から仕事が始まる事実からは、目を逸らし。

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