第12話 大阪市中央区日本橋のラーメン(並ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメ魚粉)

「うん、期待を裏切らない映像化だ。衝撃のラストで次が楽しみ過ぎる」


 朝から上映初日の『傷物語 鉄血篇』を観になんばまで出てきた甲斐があった。今回はバトルに次ぐバトルでテンポがよかった。


 また、バトルの合間で暦が羽川と交流を深めていくのも一つのテーマであり、その中でグレてしまう前の優等生羽川があざと可愛く活躍するのがとてもいい。とはいえ、この危なっかしいままの羽川だったら多分二十歳まで生きられないと作者が言っていたので、変化はいいことなのでしょうがどうして眼鏡を外してしまったのか……


 優等生の委員長という枠にはまった人格から決別して、人間的な部分を取り戻していく上での演出として、その記号である三つ編みと眼鏡を無くすというのは演出的に効果的というのはとてもよく理解できる。納得はできなくとも。


 ただ、戯言シリーズの十三階段の参加資格が「眼鏡を掛けていること」だったり何気に眼鏡キャラが多かったりで作者の眼鏡萌え疑惑が上がったのを回避するためにミスディレクションとして眼鏡を外してしまったという可能性も否定できない…… ※個人の感想です


 と、羽川のことを考えているといくらでも時は経ってしまうのだが、映画終了が正午。ちょうど昼時だったのだ。


 そのことを思い出すと、くぅ、と腹の虫が主張してくる。


「……何か喰って帰ろう」


 今日もとても暑い。溶けそうだ。


 ならば精の付くものを喰うのが良い。ニンニクとかいいだろう。

 また、休み中は食が乱れて少々野菜不足の嫌いがある。ヤサイも喰いたい。

 

 ん? ニンニク、ヤサイ?


 ピンときた。あそこだ。


 わたしは、オタロード入り口近くの店舗を目指す。


「流石に並んでるけど……これぐらいなら」


 黒い看板の掛かった細長い店内を覗けば、三人ほどが入り口に据え付けられた長椅子に座って待ち状態だった。とはいえ、これぐらいであればそんなに待たされないだろう。


 さて、列に並ぶとして先に食券を買わねば。


「つけ麺が昼料金で550円だけど……やっぱり今はラーメンな気分だ」


 基本メニューの『ラーメン(並)』の食券を買い、長椅子に座る。昼時だけ合ってどんどん後から人が入ってくるが、代わりにどんどん食べ終わってでていく時間帯でもあった。


 5分も経たない内に、席へと案内される。


「麺の量は、どうしますか?」


 100g~315gの幅で選択可能だが、


「並で」


 並=220gでオーダー。夜は少なめにするが、昼ならまだ動くので大丈夫だろう。


「ニンニクは……」

「ニンニクマシマシで。あと、ヤサイマシマシ、カラメ、魚粉」


 いつも通りのオーダーをする。魚粉を入れると味が完全に変わってしまうので元のスープを味わいたい場合は抜いた方がよいだろうが、今は魚介の風味も欲しい気分だった。


 さて、太麺ゆえ、そこそこ時間が掛かる。


 『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして待つ。今はイベントの合間なので出撃先は今日の曜日限定ステージである。


 有利属性は闇。GOD《激おこデンジャラス》マグナムのヘカトリオンは若干チートな気もしつつ、楽に巡回できるのでついつい重宝してしまう。


 一回出撃した辺りで、早くもやってくる。


「麺量が多いと、しっかりした山になるなぁ」


 久々の並で頼んだマシマシは中々に壮観だった。最近、それ以上の山をチョイマシで見た気もしないでもないが、気のせいだろう。


 キャベツともやしが半々ぐらいのヤサイの山は円錐形に盛り上がりつつ、上面は平らになるようにならされており、その上にはニンニクが山盛りで鎮座している。


 山肌に褐色の霞が掛かったようになっているのは、魚粉である。


 麓には、大ぶりの豚肉のブロックが三つ巨大な落石のように折り重なっている。


 箸とレンゲを手に取り、


「いただきます」


 食の開始だ。


 この手のものは、無計画に食べると雪崩を起こす。計画的に、山肌を掘削していく必要があるのだ。


 頂上のニンニクが振動で散らばるのを避けるため、少しずつレンゲで掬ってはスープに浸していく。


 麓の野菜を口に運び、麺への導線を作る。


 続いて、導線を開いたのと逆側をレンゲで押さえながら、麺を引っ張りあげて野菜の上に麺を被せていく。


 面倒がらずにこの手順を踏むことで、野菜をしっかりスープに浸してより美味しくいただける。その際に、野菜にまぶされていた魚粉もスープにまざり、豚骨醤油のスープが魚介豚骨スープへと変態を遂げるという効果もある。この辺りは好みだろうが、魚介豚骨になった味も好きだから問題ない。


「はぁ、この味だなぁ」


 東京でも同じ系統のものは食べ、それはそれで幸福な食の体験だった。


 だが、地元の味、というものがある。美味しいのだが、それ以上に食べていて安心する味だ。この店のラーメンの味は、既に自分の中ではその域に達していた。


 しっかりした太麺を咀嚼する幸せ。

 味の染みた野菜を味わう幸せ。

 豚に直接粗挽き黒胡椒を振りかけて刺激を感じる幸せ。


 食べる喜びを、存分に謳歌する。


 今日は麺量がいつもより多い。それだけ、幸せな時間は長続きする。


 それでも、


「あ、もう……ない」


 丼に入れた箸が空振りする。スープの中の固形物は、姿を消してしまっていた。


「なんて、なんて儚いんだ……」


 スープをレンゲで掬って、名残を惜しむ。


 だが、このままスープを飲んでしまうと流石に塩分摂りすぎだ。幾ら夏で汗をかくとはいえ、少々厳しい摂取量になるだろう。


 もう一度、あと一口だけ……


 ついつい伸びる手を歯を食い縛って止める。


「ごちそう、さん」


 絞り出すように告げ、席を立つ。

 人には、意志を強くもって行動すべき時があるものだ。


「さて、帰ろう」


 そういえば、今晩から『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』の浴衣イベント開始だったな。浴衣リリーはきっと出てくる。ガチャか、イベント報酬か、それによって行動は変わるだろう。


 『艦隊これくしょん~艦これ~』のイベントでも沖波は未だ手に入っていない。


「忙しくなりそうだ」


 残り少ない夏休み。全力で楽しもう。

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