麺喰らったら書く何か

ktr

第1話 大阪市西区西本町のラーメン(200g)ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメマシマシカツオバカマシ

「やっぱり、ポケモンの影響力は凄いな」


 仕事帰り。


 足を伸ばしてラーメンを食べて帰る途上のうつぼ公園では、スマホを手にして何やらうろうろしたり立ち止まったりする人々の姿があった。どうやら、最近日本でもリリースされた『ポケモン GO』なる 拡張現実ARを活用したゲームを楽しんでいるようだ。


 保守的な層は日常を過ごす場が遊び場にされることを嫌ったりもするけれど、本来、少なくとも子供達にとってはどこもかしこも遊び場だったはずなのだ。それを思い出させてくれる、そんなゲームと言えないこともないだろう。


 靱公園にはサワムラーとかニャースとかがいるようだが、それよりも、今は空腹を満たすためにお目当てのラーメン屋を目指そう。


 なにわ筋まで南下し、中央大通りと交差する手間で左に折れると、その店はある。


 黄色い看板がよく目立つ店だ。


 入り口のドアを抜けると、先客は一人だけ。


 入って右手の券売機で、『ラーメン(200g)』の食券を購入して奥の席に着く。


 ビールのジョッキに注がれたお冷やが出され、食券を受け取った店員に問われる。


「ニンニク、どうしますか?」


 問われれば、答えねばならない。


「ヤサイマシマシニンニクマシマシカラメマシマシカツオバカマシで」


 かくして、職場からそこそこ歩いて乾いた喉をジョッキの水で潤しながら、準備が整うのを待つ。


 思ったほどの時間は経たず、それはやってきた。


 スープが零れることを前提として大皿を敷いて出された丼には、上面から十センチは優にある褐色の絶壁が築かれていた。山のような『円錐形』ではない。丼の上面がそのまま十センチ盛り上がったような『円筒形』に野菜(もやし8割、キャベツ2割といったところか?)が積まれているのだ。その表面を、バカマシにした鰹が褐色にコーティングしている。

 

 いや、その麓に、色の違う一角がある。岸壁に山肌に残るは雪のごとく、白く積もる大量の刻みニンニク。


 中々の絶景であるが、眺めるために頼んだのではない。


 喰うためだ。


「いただきます」


 手を合わせ、箸とれんげを手に取る。


 この店では、マシマシにすると取り分け用の丼が用意される。有り難く利用することにしよう。


 慎重に、ジェンガをするように絶壁から野菜を切り出して器に取り分ける。また、ニンニクがこぼれないように、野菜をどけた隙間に沈めるようにして、スープに混ぜ込んでいく。厚切りの叉焼も、比較的淡泊な味付けのものなので、合わせてスープに沈めて味を染みこませておく。


 まどろっこしい作業に腹の虫が抗議の声を上げ始めるが、慌てると大惨事になりかねない。慎重に、下準備を進める。


 ほどなく、事故を起こすこともなく無事にスープへの導線は確保できた。まだ麺は遠いが、まずは野菜から喰おう。


 箸で一掴みの野菜を、僅かに覗くスープへと沈め、口へと運ぶ。


「おお」


 熱々で塩気の強い豚骨醤油のスープ。そこへ溶かしこんだニンニクのパンチが効いている。その上に、野菜にまぶされた鰹の風味もミックスされ、複雑な旨みが口内を満たす。


 次の瞬間、もう一口。更に、もう一口。まだまだもう一口。


 食欲が理性を浸食し、気がつけば三分の一ほどの野菜を平らげていた。


 そこでようやく、麺が顔を出す。


 ツルツルの食感の太麺は、しっかりした噛み応えがある。先程までの野菜とは異なる食感に、自ずと箸を動かすペースが速くなる。


「しまった!」


 そこで、ミスをおかしてしまう。ネクタイにスープが跳ねてしまったのだ。


 見れば、案の上染みになっているようだ。だが、落ち着こう。今大切なのは目の前の丼だ。大丈夫、こんな染み、帰ってすぐに台所洗剤を染みこませてティッシュを被せ、その上から霧を吹いておけば、綺麗になる。


 気持ちを切り替え、丼へと戻る。


「ふふ、遂に出てきたか……」


 そこで丁度、沈めておいた叉焼が現れる。この手の店では『豚』と呼んで肉塊が入っているケースが多いのだが、この店では厚切りの叉焼というのが一番しっくりくる肉である。味付けもあっさり目だ。


「狙い通り」


 だからこそ、スープに合わせると丁度いい塩梅となる。最初に沈めておいた甲斐があったというものだ。


 野菜、麺、肉。全てを堪能したところで、一息を付く。


 それが悪かった。


 大分量を食べた気がするが、未だ、丼の中には平均的なラーメン一杯分の量は残っているのが見える。


「なにをやってるんだろうな……」


 大盛りを食べていると、ふと、我に帰ってしまうことがある。今が、そのときだった。


 正直、もう、ゴールしてもいいんじゃないか?


 そんな考えが頭を過ぎる。何より、カロリーを取りすぎだ。


「いいや、違う」


 自分の弱さを振り切るように、一際多めに麺と野菜を掴んで口へ放り込み、咀嚼し、嚥下する。


「旨い、まだまだ行ける!」


 そうだ、これは、自分で選んだ道だ。マシマシにしておいて残すなど、人道に悖る。カロリーのことなど考えるな。今は、ただただ欲望に素直になれ。


 麺野菜麺麺野菜麺野菜麺麺野菜麺麺……


 無心になって、口へ運ぶ。叉焼は喰ってしまったので麺と野菜しかないのが寂しいが、大丈夫、腹の中で一緒になっているはずだから。


「あ」


 スープに浸した箸が、何も掴まずに上がってくる。気がつけば、スープ以外、食い尽くしていたのだ。


 そう、己の選んだ道を、貫き通した。勝利したのだ。


 え? スープが残っているだろうって?


 いや、スープは流石に勘弁して欲しい。この通りだ、頼む。


 そうして、席を立つ。


「ごちそうさま」


 一言告げて、店を後にする。


「食った食った。そしてクタクタだ……」


 思わず、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!』に登場する五悪魔が一人で五乙女五悪魔内で唯一のネイティブめがねっ娘である氷の悪魔リリーのような駄洒落を口にしてしまう。


 氷の悪魔だけに、寒いのが売りの素敵めがねっ娘だ。こうしてついついネタにしてしまうのも人として当然のことであろう。


「さて、腹ごなしに日本橋まで歩いて、メロンブックスで美事にコンティニューを果たした『ハイスコアガール』の最新刊とリニューアル既刊大人買いしよう」


 重い腹を抱え、私はなにわ筋を更に南下し、一路、日本橋を目指すのだった。


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