ツンデレっ子は美味しい属性ですよ?・その2
数日後。
長かった授業がすべて終わったあと、佐倉直生はいつも通り帰り支度を整え、結鶴と談笑している瑞希のところへ行こうとした。のだが……。
そんな彼のルーティーンを遮るかのように、ちょうど良いタイミングで声を掛けてきた相手がいた。
「直生」
「サク、どうした?」
サク、と呼ばれた男子生徒――半井
「ちょっと、今……大丈夫か?」
大丈夫か、というのは恐らく時間や都合のことだけでなく、直生がいつも気にしている――というか半ば溺愛している――瑞希のことも含まれているのだろう。なんだかんだで仲睦まじい二人は、もはやクラスでも公認のカップルなのだ。
まぁ、そんなことを口に出して言った時点で、瑞希は間違いなく羞恥のあまりぶっ倒れてしまうだろうが。
直生は頭を掻くと、チラリと瑞希の方を見やる。先ほどまで一緒に話していたはずの結鶴の姿は既になく、残った瑞希は何故か別の男子生徒と話をしていた。
そんな光景を目にし、直生は思わず眉をひそめる。
「……瑞希とノンって、いつの間に仲良くなったんだ?」
ノン、というのは瑞希と話している男子生徒――弓掛望のことである。
望の名を聞いた朔矢は、直生と同じように眉をひそめたかと思うと、さらに小さな声でこっそりと直生へ耳打ちした。
「実はその件について、話したいことがあるんだ」
「え?」
「ついてこい」
ちょいちょい、と手招きされるまま、直生は朔矢と共に教室の隅へと移動する。朔矢に倣いその場に座り込み、直生が一息ついたところで、朔矢は重そうに口を開いた。
「最近……その、弓掛の様子がおかしいんだ」
「様子がおかしい?」
「あぁ。そういうのに理解がある彼女を持つ、直生にだから言うけど……実は俺と弓掛、付き合ってて」
「えっ」
直生は一瞬、言葉を失った。……二人が近頃やたらべたついているとは思っていたが、そういうことだったのか。
瑞希と付き合うにあたって、直生は当然彼女が持つ性癖のことくらい理解していた。その件で無理矢理接点を持ち、こうやって両想いになれたわけだから、むしろ感謝しているくらい。
けれど……実際にそういう人がいるのだと――しかも同じクラスの、割と仲のいい友人である二人がそうだと――いきなり聞いて、少しの戸惑いもないはずがない。
そりゃあ、愛の形は様々だというけれど……。
直生の何とも言えない表情に気まずくなったのか、朔矢がスッと目を逸らす。その頬は、ほんの少し赤らんでいるように見えた。
コホン、と咳払いをすると、気を取り直したように直生は尋ねた。
「具体的にノンは、どういう風に様子がおかしいわけ?」
「なんつーか、やけに素直っつーか。弓掛は基本、俺に対してかなりツンツンした態度を取るんだ。そっけなすぎて、たまにちょっと傷つくこともあるくらいで……まぁ、でもそれが逆に快感だったりもするんだけど」
「お前、実は結構M……?」
「まぁそこは気にするな。……話を戻すぞ」
うわー……と言いたげな直生の視線を完全スルーし、朔矢は続ける。
「でもさ、ここ二、三日は全然そういうのなくて。素直じゃないところは変わってないけど、やたら顔赤くしてうつむいたまま口ごもるようになったんだ。いつもなら俺がベタつくとすぐ憎まれ口叩いてくるのにさ。おかしいと思わないか?」
うーん、と直生は考える。
確かに望は、直生や他の人に対しては人当たりがよく穏やかだが、朔矢だけには態度が違う。フレンドリーな朔矢に対し、やたらつっけんどんというか、冷たいというか、扱いがぞんざいというか……望のそういった態度を、直生も前からよく見かけていた。
いつもそういう態度だから、きっと朔矢の方も慣れているはず。それがいきなり違う風になってしまったら、心配になるのも当然だろう。
「んで、極め付きはアレだよ」
直生が納得したのを察したらしい朔矢が、うなずきながら親指で小さく指し示す方向には、未だにさっき目にしたのと全く同じ状況――これまでほとんど接点がなかったはずの望と瑞希が、仲良さげに話している状況――があった。
「こないだ一回、弓掛が用事あるからって言って一緒に帰らなかったことがあってさ。様子が変なのはそれからだから……あの時に、村瀬と何か話したのかな」
そういえば、と直生は思い出す。
一度、久々に部活に顔でも出そうと思い、放課後を瑞希と共に過ごさなかったことがあった。たいていの場合は、一緒に帰ったり委員会に行ったり図書当番をしたりするのだが、あの日だけは完全に別行動だったのだ。
朔矢の言うその日が、それと同じ日だったとしたら……。
「だからまぁ、分かるだろ?」
ふぅ、と朔矢が悩ましげに溜息を吐く。吐き出された息はどことなく甘さを帯びていて、それこそが心底望に惚れているという証のように思えた。
……その割に発された声は暗く、どんよりとしていたが。
「今の状況と最近の弓掛の態度に、もし繋がってる部分があるとしたら……って思うと、俺の心中は穏やかじゃないわけさ」
複雑そうな顔をする朔矢に、直生もまた表情を曇らせる。思う相手や性別は違えども、きっと考えていることは同じだろう。
直生の心中だって、当然穏やかであるはずがない。自分以外の男子――望と楽しそうに話す瑞希を見ていると、どうしても心がざわついて仕方なかった。
瑞希は自分と一緒にいるより、望と話している方がずっと楽しいのではないか? 今はそうでなかったとしても、いずれは心変わりしてしまうのではないか?
「そもそも、弓掛に告白したのは俺の方からだし……弓掛と俺の気持ちって、実はつりあい取れてないんじゃないかとか考えちゃうんだよな。俺ばっかりが弓掛のこと好きなのかなぁ、って」
朔矢の言葉に乗せるようにして、直生も心の中で呟く。
――俺ばかりが、瑞希のこと好きなのかもなぁ。そもそも告白したのだって、俺の方からだし……瑞希は、本当に俺を好いてくれてるのかな。
どうしても、ネガティブなところに考えが及んでしまう。
「あぁ……そんなこと言ってたら、何かどんどん凹んできた」
「俺も……」
「何で直生まで!?」
「……なんとなく」
教室の隅っこに座り込み、どんよりしたオーラを放ちながら何やらぼそぼそと話している男子生徒二人。
話題に上がっていた、それぞれの想い人である二人――瑞希と望が先ほどから会話を止めていることにも、何やら言いたげな目で自分たちをじっと見つめていることにも、完全ネガティブモードに入ってしまった直生と朔矢は気付いていなかった。
◆◆◆
帰宅後、自室でボーイズラブの同人誌を読み耽っていた妹の柚希を訪ねたわたしは、彼女に今日の出来事をくまなく話しました。
ベッドに寝転がったままの状態でパタリ、と同人誌を閉じた柚希は、真剣な顔でこのようなことを言いました。
「姉さま、それって嫉妬じゃないの?」
嫉妬? と首を傾げるわたしに一つうなずきをよこしてくると、柚希はぴょこり、と身体を起こし、ベッドに正座しました。カーペットに座っていたわたしも、つられて姿勢を正します。
「だって姉さまは、弓掛さんとお話していたんでしょう? きっと半井さんと直生さんはそれを見ていて、互いにもやもやした気持ちになっちゃってたんだと思う。それで二人して、教室の隅でどよ~んとしちゃってたんじゃないかな」
「それはつまり、その……焼きもち?」
「そういうこと。ほら、姉さまだって直生さんが他の女の子とお話しているところを見たら、もやもやしちゃうでしょ?」
確かに、とわたしは思いました。
もちろん付き合っているからといって、直生くんのすべての行動を制限できる権利なんてわたしにはありません。それでもやっぱり、直生くんが他の女の子――それも、わたしより可愛くて優秀だったらなおさら――と楽しそうにおしゃべりをしているところを見てしまったら、なんというか、自信を失くしてしまうというか……。
「あの人はホントに自分のこと、好きなのかなぁ? って、普通はそういう風に思っちゃうものなんだよ。きっと半井さんも直生さんも、そうだったんじゃないかなぁ」
さすがは柚希、様々な恋愛事情に特化しているだけのことはあります。彼女はボーイズラブ以外にも、普通の男女の関係からガールズラブ、果ては異類婚姻譚(その名の通り、人間以外の生き物と結婚することです)まで、非常に手広いジャンルの作品を読み漁っているのです。
ボーイズラブ以外の事情にいまいち詳しくないわたしは、同じ男の子と付き合っている半井くんの気持ちを察することはできても、一応彼氏というポジションであるはずの直生くんの気持ちを察して差し上げることはできません。ですから近頃は――直生くんとお付き合いを始めてからは、こうして柚希の教えを乞うことが多いのです。
それにしても、半井くんがわたしに嫉妬しているのではないかということはなんとなくわかりましたが、直生くんが弓掛くんに嫉妬しているなんて、そこまで考えが及びませんでした。
「ホンット、姉さまって自分のことに関してはとことん鈍いんだから」
柚希に指摘され、わたしはがっくりと肩を落とします。返す言葉もないとは、このことです。
ちなみに弓掛くんは嫉妬のしの字も頭に浮かばなかったらしく、『あの二人、何であんなに落ち込んでるの?』と至極無邪気に首を傾げていらっしゃいました。
そんな弓掛くんの鈍感さよりは、幾分わたしの方がマシだと思います。
「原因がわかったら、早いとこ誤解解いといたほうがいいよ。明日あたり、四人でちゃんと話してきたら?」
それで話がまとまったら、ちゃんと報告に来てよね。
言葉だけ聞いていたら姉思いの優しい妹っぽいですが、目が爛々と輝いているところを見ると、きっと違いますね。……わたしたちは近いうちに、柚希の萌え補給の餌食となるでしょう。これは、下手したら結鶴ちゃんより性質悪いのでは?
まぁ、これくらいの代金は当然払っておかないといけませんよね。いつも相談に乗っていただいているわけですし。
……相談料にしては、いささか高額な気もいたしますが。
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