番外1

ツンデレっ子は美味しい属性ですよ?・その1

「あのさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど……いいかな?」

 ある日の放課後、帰ろうとしていたわたしにちょこちょこと近づいてきて、遠慮がちにそう声を掛けてきたのは、いつもわたしに公式的萌えを提供してくれる二人組のうちの一人……クラスメイトの弓掛のぞみくん。

 決して小柄というわけではないのですが、どことなく柔らかな雰囲気をまとった彼は普段からほのぼのとしていて、言っては悪いのですがあまり男の子らしさというものを感じられません。ですからまぁ、どっちかというと受け・・的なポジションの可愛らしい男の子ですね。

「弓掛くん? どうかなさいましたか」

 首を傾げると、弓掛くんは突如気まずげに辺りを見回しながら、困った顔でこっそりとこう答えました。

「あまり人目に付くところじゃ何だから、とりあえずどこかに……」

「えぇ、わかりました。では、図書室にでも行きますか」

 今日は委員会もありませんし、結鶴ちゃんは塾のため先に帰ってしまいましたし、直生くんも久々に部活へ顔を出すとかおっしゃっていました。何やら相談事があるようですので、じっくりお話をお聞きするだけの時間も十分あります。非常に好都合ですね。

 こくりと小さく頷いた弓掛くんを促し、わたしは色んな意味ですっかり常連となってしまった図書室へと、早速足を向けました。


    ◆◆◆


「そういえば、弓掛くんはいつも半井くんと一緒にいらっしゃいますけど……今日は、お一人なのですね」

 図書室の奥……読書に集中したい人向けに作られた、個別に仕切られている空間までやってくると、わたしは早速弓掛くんにそんなことを尋ねました。少々直接的な質問すぎた気がしなくもないですが、まぁよいでしょう。

 すると弓掛くんは、ハッとしたように目を見開きました。それから「村瀬さんには敵わないな」なんて、よくわからないことを呟きます。

 それから不意にこちらへ身体を寄せ気味にすると、誰にも聞かせたくないことなのか、こっそりと話を切り出してきました。

「その、半井のことなんだけど」

「えぇ」

「俺と半井、実は付き合ってて」

「……」

 やはりそうでしたか。いやぁ、常々あの二人は絶対に付き合っている! そうに違いない! なんて妄想を膨らませてはいたものの、やっぱり疑惑は本当だったんですね。これは非常にたぎってきます。

「……あの、村瀬さん? 大丈夫? 何か、心なしか目が輝いてきてるような気がするんだけど。あと、すっごいハァハァ言ってて怖いよ」

「わたしのことはお気になさらず! それよりも弓掛くん。相談したい事とは、やはり半井くんとの交際的な部分についてのアレということでよろしいのでございましょうか!!」

「興奮しすぎて若干日本語が崩壊してるけど、ホントに大丈夫?」

「お気になさらずっ!!」

 拳をグッと握りながら力説するわたしの勢いに圧されたかのように、弓掛くんは苦笑しながら一歩後ろへと下がりました。むむ……やはり引かれてしまいますか。まぁ、当然だとは思うのですが。

「思ったより勢いがすごいなぁ。白河さんから聞いていた以上だよ」

「……」

 結鶴ちゃん。また、あなたですか。わたしの秘密をあっさりバラすなんて、近頃わたしは本当にあなたを友達と呼んでもいいのかどうか、少々疑いを抱き始めてしまっていますよ。

「はぁ……全く、あの子ときたら。まぁいいです。それで、わたしに相談したいこととは、具体的には半井くんとのことということでよろしいのですよね?」

「あ、うん。そうなんだ」

 状況が状況だから、誰にも相談できなくて……と、弓掛くんが困ったように笑いました。

「確かに、インモラルなことかもしれませんね。だけどそれが逆に萌え……いえ、何でもありません。わたしでよければ、いくらでも相談に乗らせていただきますよ。大船に乗ったつもりで、どんなことでも打ち明けてくださって結構です」

「何か不穏な単語が聞こえた気がしたけど……ホントに? ありがとう。やっぱり村瀬さんに声を掛けて正解だった。白河さんに感謝しなくちゃ」

 わたしも、結鶴ちゃんには感謝しなければなりません。何せ、前から気になって気になってたまらなかったことの答えが、こんな形で明らかになるとは思いませんでしたもの。いわゆる、棚ぼたというやつですね。

 ……はっ、いけません。気を抜くとついよこしまな方へ考えが及んでしまいますね。わたしは今、弓掛くんのアドバイザーとして相談に乗って差し上げなければいけない立場なのです。弓掛くんがせっかくわたしを頼ってくださっているのですから、ここは真摯にならなければ。

「ともかく、です。相談事とは、一体どのような?」

「あのね……」

 ほんの少し深刻な表情で、弓掛くんはようやく話し始めてくれました。

 いわく、弓掛くんはわたしや他の人たちに対しては普通に振る舞うことができるのに、恋人である半井くんの前でだけは緊張してしまって、ついついぶっきらぼうというか、きつい態度を取ってしまうというのです。

「好きな人の前だと、どうしても素直になれない……なるほど、典型的ツンデレですね。弓掛くん」

「ツンデレ?」

 意味が分からないらしく、首をコテンと傾げる弓掛くん。……あぁ、なんて可愛らしい! 半井くんの前でツンツンしている弓掛くんももちろんですが、こういう一面も小動物のようでホントに可愛らしいです! これは半井くんじゃなくても、ついついくらっときてしまうのではないでしょうか!!

「む、村瀬さん? 何か鼻息が荒い……」

 ……はっ、いけません。弓掛くんのあまりの愛らしさに、もう少しで自分の役割を完全に忘れてしまうところでした。危ない危ない。

 コホン、と気を取り直すように咳払いをし、わたしは弓掛くんの前でピンと人差し指を立てます。

「つまりですね。弓掛くんは半井くんに対してなかなか素直になれず、ついつっけんどんな態度を取ってしまうのでしょう?」

「う、うん」

「そういうのを、巷ではツンデレというのです! ……まぁ正確には、普段はツンツンしてるのにたまにデレッとする――甘える時があるみたいな、そういう属性をツンデレというのですが」

「なるほど……」

 コクコクとうなずく弓掛くんは、どうやら納得してくれたようです。再び神妙な表情になり、すがるような視線をわたしへと向けてきます。男の子に言うことではないかもしれませんが、本当に小動物みたいです。

「それでさ。やっぱりそれって恋人としてどうなのかなって、最近思い始めてて……こんな俺のこと、半井はホントに好きでいてくれてるのかなぁ」

 聞かずとも分かることのような気がしますが、当の弓掛くんはどうやら本気で悩んでいらっしゃるご様子。

 ふむ、と小さく呟きながら口元に手を当て、考えるようなしぐさをしながらわたしは弓掛くんに尋ねました。

「つまり弓掛くんは、半井くんの本心を知りたいと、そうおっしゃるわけですね?」

 弓掛くんは素直にコクリと頷いてくれます。

「大体、告白してきたのはあっちの方からで……俺もその前から半井が好きだったから嬉しかったんだけど、でも冷静に考えてみたら、何で半井は俺なんかのこと好きになったんだろうって。俺と違ってかっこいいしモテるし、その前から俺は半井のこと無駄に意識してつっけんどんに振る舞ってたってのに、何で好きになってくれたのかな……って。そんな風に考えてたら、何か急に不安になっちゃったんだ」

「……恋愛って、理屈じゃないと思います」

 そう、理屈じゃないんです。人を好きになるのに、ホントは理由なんて……。

「え?」

 思わず口から滑り出ていた言葉は、弓掛くんの耳にも届いたらしく……話すのをやめた弓掛くんが、きょとんとした顔でこちらを見てきます。

 どうしましょう。何だか気恥ずかしいので、これ以上この件に関して突っ込まれたくはありません。

 わたしは思わず口に両手を当て、誤魔化すように「いえ、何でもないです」と曖昧に笑みを作りました。

 しかし、弓掛くんがそれで納得してくださるはずもなく……。

「ねぇ、それって実体験?」

「っ!!」

 弓掛くんの突っ込みに、顔がどんどん熱くなっていくのが分かります。……うぅ、わたしの馬鹿。これでは明らかに図星だと言っているようなものではありませんか。

「そういえば村瀬さんって、直生くんと付き合ってるんだよね?」

 わたしの反応に気をよくしたらしい弓掛くんが、ニヤニヤしながら尋ねてきます。先ほどまでの男の子と本当に同一人物なのか、疑ってしまうくらい意地悪なお顔です。

「馴れ初めとか聞かせてよ」

「い、今は関係ないじゃないですか!」

「えー。ケチだなぁ、それくらい別にいいじゃん」

 ぶー、と唇を尖らせる弓掛くん。あ、可愛い……じゃなくて!

「俺だって、村瀬さんにいっぱい打ち明けたんだよ」

「いや、その」

「だったら、村瀬さんだってその分聞かせてくれたっていいよね」

「だからですね、あの」

「ねぇねぇ、おねがーい」

 だからもう、その顔と口調のダブルコンボは反則ですってば!!

 何で男の子なのにそんなに可愛いんですかあなたは!! ホントは性別詐称してるんじゃないですか!?

 ――というわけで、その後わたしは弓掛くんに、下校時刻ギリギリの時間まで根掘り葉掘りいろんなことを尋ねられ、思惑通りいろんなことを白状させられてしまう羽目になったのでした。

 あぁ、疲れた。

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