ツンデレっ子は美味しい属性ですよ?・その3
そんなわけで、翌日です。
朝から直生くんはどこか元気がなくて、やはりわたしのせいなのだろうかと考えてしょんぼりしてしまいます。
見たところ、半井くんも同じく元気がないようです。弓掛くんは困惑しながらも直接尋ねることはできないらしく、とてももどかしそうに彼を見つめていました。
おかげで授業には、ほとんど集中することができませんでした。何せ上の空だったものですから――いつもじゃないか、と言われてしまうと否定はできないのですが――自分が当てられたことにもしばし気づかず、先生がわたしの席の前までいらしたところでようやく気付くという有様。幸い古典担当のお優しい先生だったので、「疲れているんだね、村瀬」と爽やかに笑って許してくださったのですが……。
「はぁ……」
「瑞希、どうしたの。今日一日でもう百二回も溜息吐いてるわよ」
六限目が終わり、いよいよ一日最後である七限目がもうすぐ始まろうという時に、結鶴ちゃんがそう声を掛けてきました。これまでの休み時間や昼休みには、わたしがどれだけぼんやりしていてもそっとしておいてくれたのですが、どうやらとうとう痺れを切らしたようです。
っていうか結鶴ちゃん、あなた……。
「……いちいち人の溜息数えてたんですか、結鶴ちゃん。ここまで熟知されると、いくら幼馴染でもさすがに怖いですよ」
「あんたの淡々とした喋りの方が怖いっつの」
正面に回り込まれ、ツン、とおでこを指で突かれました。そんなに強い力ではなかったはずですが、力がすっかり抜けきっていたわたしはゆらり、と後ろに倒れそうになってしまいます。「ちょ、瑞希!?」と慌てたように叫んだ結鶴ちゃんが腕を掴んでくれたおかげで、どうにか倒れるところまではいかずにすみました。ほっ、よかった。
「あんた……ホントに大丈夫?」
「大丈夫です……」
「大丈夫に見えないわよ。……まぁ、あんたがそんだけ悩んでることといったら、だいたい想像つくけどね」
結鶴ちゃんは何かを確認するように、チラリとどこかへ視線をやりました。その先をぼんやりと追っていけば、そこにはわたしがしょんぼりしている原因である人――直生くんの姿。朝からずっとそうであったように、肩を落としてがっくりとしていらっしゃいます。
その隣では暁くんが、上の空な直生くんへ色々と声を掛けていました。どうやら結鶴ちゃんがわたしを心配してくれているのと同じように、直生くんのことを心配しているようです。
そしてさらに横へと視線を滑らせれば、同じように肩を落としていらっしゃる半井くん、そして何故か拗ねた様子の弓掛くん。……あぁ、さてはずっと落ち込んでいる半井くんに痺れを切らしたというか、イライラしたというか、そんな感じですね。早く解決して差し上げないと。
とはいっても、今回はこちらの事情も絡んでいることですし、そう簡単に解決策を考えてあげることはできません。
さて、一体どうしたものか……。
そうこうしているうちに七限目の授業が始まりましたが、わたしはやっぱり集中することができませんでした。……あぁ、半井くんが当てられて……やっぱり聞いていなかったんですね。先生に怒られています。
次は直生くん……あぁ、こちらも聞いていなかったようですね。続いて先生に怒られています。
とうとう先生、溜息を吐きながら「七限目だからって、気ぃ抜くなよ。まだ授業終わってないんだからな」なんておっしゃいました。何だかものすごくグサリときます……ごめんなさい。
でも、今回わたしは当てられずに済んだので良かったです。色んな意味でとばっちりを喰ったような気分ですが。
――そんなこんなで、七限目が終了しました。ようやく放課後です。
『原因がわかったら、早いとこ誤解解いといたほうがいいよ』
柚希の言葉を思い出したわたしは、帰ろうとした足をピタリと止めました。
このままでは、今日もまたモヤモヤとした気持ちをそのまま家に持ち帰ることになってしまいます。そんなの、やっぱり嫌です。
「……えぇい、ままよ」
一言低く呟くと、一緒に教室を出ようとしていた結鶴ちゃんの驚いたような表情を横目に、わたしはダッシュで弓掛くんの席に向かいます。
「弓掛くん!」
「何、村瀬さ……」
「いいから、こっち!」
訳が分からないというような顔をする弓掛くんの腕を引き、そのまま教室の隅へと引っ張ります。そこでは昨日と同じように、どんよりオーラを放った直生くんと半井くんがしゃがんで何やら話していらっしゃいました。
そんな二人の前に立ち、わたしは思いっきり声を張り上げました。
「そこのお二人!」
顔を上げた直生くんの顔が、思いっきり強張ったのが分かりました。鈍いわたしにもはっきりそうと判断できたのだから、よっぽどです。
震える声で、直生くんは呟きました。
「み、瑞希……と、ノン」
直生くんの声につられたのか、ゆるりと顔を上げた半井くんもまた、わたしと弓掛くんを見比べながら困惑したような表情を浮かべていました。
「弓掛……と、村瀬?」
立ち上がろうとする二人に、できうる限りの鋭い視線を向けてみます。どうやら効果はあったらしく、二人はビクリ、と一瞬身体を揺らしたかと思うと、おとなしく動きを止めてくれました。
隣で逃げようともがいていた弓掛くんの腕を無理矢理引っ張ると、わたしは直生くんと半井くんに倣ってその場に座り込みました。どしん、という鈍い音と「いった!!」という弓掛くんの断末魔にも似た声がきこえましたが、この際無視します。
弓掛くんの腕を掴む手にぐっと力を込めながら、わたしは静かな声で二人に言いました。
「この際だから、はっきり言ってください」
「……な、何を?」
半井くんの声が震えています。まったく……直生くんといい彼といい、男の子のくせに変なところでヘタレですよね。
「分かるでしょう?」
そう返したわたしは今、どんな顔をしているんでしょう。目の前の二人はまるで般若でも見るような表情ですし、隣の弓掛くんはしきりに小声で「村瀬さん怖いよ……」と呟いていますが。
あくまで静かに、わたしは問います。
「最近、わたしと弓掛くんはよくお話するようになりましたね。それを見て、どんな気持ちでしたか?」
まずは、直生くんの方を見ながら。
「直生くんは、弓掛くんに嫉妬しましたか?」
そして、半井くんと……横にいる弓掛くんを交互に見ながら。
「半井くんは、わたしに嫉妬しましたか?」
直生くんと半井くん、そして弓掛くんの目が驚愕に見開かれました。それから直生くんと半井くんはひどくばつが悪そうに、弓掛くんは初めて聞く事実に困惑したかのように、それぞれ目線をどこかに逸らします。
「本心を、素直に言ってください。……そうでなければ、誰もすっきりした気持ちになどなれませんよ」
「っ、嫉妬するに、決まってるだろ!!」
刹那、半井くんが意を決したように立ち上がりました。見上げるわたしと弓掛くんを見下ろしながら、溢れ出した感情をぶつけるように、周りなんて気にしないで次々言葉を投げつけてきます。
「弓掛には、俺しか知らない面があればいいって、あの態度がまさにそうなんだって、そう思ってた! でも、村瀬と話しているときの弓掛は、俺の知らない顔をしてて。心から、楽しそうで。そんな表情を引き出せる村瀬の方が、弓掛は好きなんじゃないかとか、そんなことを思ったら……不安で、仕方なくて。もともと告白したのは俺の方だし、弓掛に好かれてる自信とか……全然、なくなっちゃって」
「……馬鹿なの、お前」
不意に隣から聞こえた低い声に、半井くんは小さく震えました。わたしがそっと手を離すと、それまで黙っていた弓掛くんは静かに立ち上がり、半井くんと視線を合わせます。
改めて見ると二人の身長はあまり変わらなくて、パッと見だとどちらが
弓掛くんは半井くんから目を逸らさないまま、真剣に言いました。
「知らないと思うけど、俺は告白される前からずっとお前のことが好きだったんだ。付き合う前からずっと態度がそっけなかったのも、そういう気持ちの裏返しで。……けどそんなんじゃダメなことくらい、頭では分かってて。こっちはそもそも男で、女の子の可愛らしさとか欠片もないわけだし、だったらせめてもう少し素直になれたらいいのにって、いつも思ってた」
半井くんは、弓掛くんのツンデレに気付いていなかったのでしょうか。呆然と……まるで鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔で、弓掛くんの独白を聞いています。
「そんなこと、誰にも相談できないなぁって思ってた時に、村瀬さんのことを聞いて。んで、相談してみようって思って……村瀬さんには、お前のことで相談に乗ってもらってたんだよ」
そこで弓掛くんは半井くんから視線を逸らし、こちらを見ました。ね? と同意を得るかのように尋ねられたので、わたしは素直に「えぇ」とうなずきます。半井くんにも、そしてその隣で静かにお話を聞いている直生くんにも聞こえるように、しっかりと。
「弓掛くんは、どうして半井くんは可愛げのないこんな自分を好きになってくれたんだろうって……そう考えると不安になるんだって、おっしゃっていました」
恥ずかしそうにうなずいた弓掛くん。そんな彼を微笑み混じりに見つめながら、わたしはさらに続けます。
「この言葉にも、さっき弓掛くん自身の口から出た言葉にも、弓掛くんの半井くんへの想い……好きだって思いが溢れんばかりに詰まっていると思いませんか? 何でしたら、その話を聞いていたわたしが証人になりましょう」
だから、不安になることなんてないんです。いいですか?
「二人とも、互いが互いを想うあまりにすれ違ってただけなんですよ。こうやって想いを伝えあった今こそ、仲直りしてください。そしてもう、不安にならないでください」
「……半井、」
うつむいたまま肩を震わせる半井くん。弓掛くんは笑みを湛えたまま、そんな彼の手を包み込むようにして取りました。
顔を上げた半井くんが見守る前で、弓掛くんは自らの両手ごとそれを口元に持って行ったかと思うと、自分のよりも少し大きな手に、触れるだけのキスをしました。
「ゆが、け」
乾いた唇から零れる掠れた声に、弓掛くんはほんのり頬を赤らめながら言いました。
「望、って呼んでよ。……朔矢」
「……望」
心から嬉しそうに笑った弓掛くんに、半井くんもつられるようにして笑みを浮かべます。
男の子同士ではあるものの、二人の姿は正真正銘心の通じ合ったカップルに見えました。こちらの心も、ポカポカと温かくなってしまいます。
「よかった、です」
仲直りできて、本当に良かった。
――やがて二人はわたしにお礼を言ってくれた後、仲睦まじく手を繋いで教室を出て行きました。
これからどこかでいちゃつかれるのでしょうか。ものすごく着いて行きたいですが、せっかく改めて心を通じ合わせた二人のお邪魔をするわけにもいきませんから自重しておくことにします。
さて、あとは……。
「直生くん」
いまだ座り込んだままの直生くんに声を掛ければ、彼は何の前触れもなくすっくと立ち上がりました。目を丸くしている間もなく、そのままがばりと抱き着かれます。
「な、直生くん?」
困惑しながら問うも、直生くんはただ黙ったままぎゅうぎゅうと抱きしめてくるだけです。……ちょ、ちょっと苦しい。
「……俺も、不安だったんだよ」
耳元で吐息交じりに囁かれ、ぞわりと背筋が泡立ちます。けれど決して嫌な気分とかではなくて……何と言いますか、わたしの貧困なボキャブラリーでは言い表せないような気持ちです。
自分の気持ちに改めて混乱していると、直生くんはさっきの声でさらに続けました。
「俺も、瑞希に好かれてる自信とか……なかったから」
ふ、とわたしは頬を緩めました。彼の背中に両手を回すと、落ち着けるようにぽんぽん、と叩いて差し上げます。
広い肩口に顔を埋め、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、わたしは呟きました。
「……わたしは、好きでない男の子からの抱擁をこうやって甘んじて受けるような、節操のない人間ではないですよ。直生くんだから、です」
ホッとしたような吐息とともに、抱擁の腕が少し強まります。やはり苦しいですが……これくらい、平気で我慢できます。
だってわたしは今、それ以上に幸せな気持ちなのですから。
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