3.アピールしましょう
そんなわけで、ここからお話は数日後の昼休みにまで飛びます。
「んで、瑞希。結局暁の好きなタイプってどんな子だったの?」
白河家お手製だという、色々な意味で温かそうなお弁当をつつきながら、結鶴ちゃんがそう尋ねてきました。一応種をまいたという自覚だけはあるらしく、彼女もこの件に関しては何かと協力してくれています。
……まぁ、きっと彼女のことだから、単に面白がっているだけなのかもしれませんけれど。
わたしは購買で買った大きなクロワッサン――お手伝いさんが作ってくださるお弁当よりも、こちらの方を好んでよく食べるのです――をもぐもぐと頬張りながら、彼女の問いに答えました。
「んぐんぐ……ごくん。えっとですね、佐倉くんいわく『例えば、普段はしっかりしているけれど、時折天然だったりするような……そんな可愛い一面を持った子』が好きなのだそうです」
「ふぅん……また、無難なところ来たわねぇ」
「無難と言われればそれまでなんですけどね……んぐっ。シンプルだからこそ、落としどころが難しいんですよ。お分かりになりますか、結鶴ちゃん?」
「いや全く」
「相変わらず冷たい反応ですね」
いくら昔からこんな扱いを受けてきたとはいえ、やっぱり少しくらいは傷つきますよ? ただでさえ共感者が少ない趣味ゆえに、肩身の狭い思いをしているといいますのに……。
「はぁ、まぁいいです。それでですね、佐倉くんには確かに可愛らしい一面があります。先週からという短い付き合いですが、言動の節々が可愛らしいことに気が付いたのですよ。普段の彼が、どのような方かはあまり存じないのですが……とにかくそういった可愛らしいところを見せれば、暁くんももしかしたらコロリといってくださるのではないかと思いまして。現在その方向で、アピールを進めて頂いているところです」
「なるほどね」
さして興味なさそうに言いながら、いくつか入っていたお弁当の中の卵焼きを一つ、箸で突き刺す結鶴ちゃん。やがて「食べる?」と差し出されたそれを、もちろん遠慮なく食べさせて頂きました。白河家のだし巻き卵は、非常に絶品なのですよ。
「美味しいです~。やはり、結鶴ちゃん家の卵焼きは相変わらずですね」
「良かった。ホントに瑞希って、うちのだし巻き好きだよねぇ」
「はい、大好きです。本当にわたし、結鶴ちゃん家の子になりたいくらいですもん」
「大げさよ、まったく」
呆れたように肩をすくめながらも、笑う結鶴ちゃんの表情はまんざらでもなさそうです。こんな子ですけど、やはり幼馴染とはいいものですね。
……と、わたしがしばし感慨に浸っていた時。
「ちょっと、このクラスの図書委員いる?」
廊下から唐突にそんな声がして、わたしは反射的に振り向きました。すると隣のクラスの図書委員さんが手招きしているのが見えたので、とりあえず駆け寄ってみることにします。
「どうしたんですか」
「いや、急いで来てもらったところ悪いが、実は別にそんな大した用事でもないんだ」
「……あ、図書当番ですか」
「そうそう」
歯切れの悪い反応に、もしかしてと思い尋ねてみれば、我が意を得たりというような図書委員さんの表情。とたんに眉を下げ、申し訳なさそうに手を合わせてきました。
「どうしても外せない用事ができちゃってさ。……確か今週お前らは、金曜の昼休みが当番だったよな?」
「はい」
今日は火曜日ですから、まだ三日ほど先のことです。
「そんなわけで、今日放課後の図書当番、代わってくんないかな」
「わかりました。では、わたしから佐倉くんに言っておきますね」
「うん、ありがとう。……それじゃあ」
そそくさと立ち去っていく図書委員さんを見送った後、わたしは早速佐倉くんのところへと急ぎました。
ちなみに今のところわたしと佐倉くんは、委員会関連の時か二人とも予定のない日の放課後か、そのどちらかでしかお話をする機会がありません。そのため実行する機会が多い分、お話しできるときにみっちりレクチャーしておかなければならないのですが……。
まぁ、まだもう少しアドバイスしておきたいことがありましたし、ちょうどいいですね。
五人ほどでグループを組み、昼食を食べていた佐倉くんを見つけ、駆け寄ろうとして……ふと、一瞬立ち止まってしまいました。
「何だよちぃ、やめろってば~」
「あはは。ナオって本当可愛いよなぁ」
箸を片手に笑いながら、隣にいる佐倉くんの頭をわしゃわしゃと撫でる暁くん。それに対して少々嫌がるそぶりを見せながらも、やはりどこか嬉しそうに笑っている佐倉くん。そんな二人を見ながら、祝福するような笑みを見せている他の三人の男の子たち。
……っていうか今、暁くんは可愛いって言いましたよね。佐倉くんのこと。これはいい傾向です。
どうやら、順調のようですね。どのようにうまくやったかは分かりませんが、とにもかくにもアピールはうまく行っているみたいです。非常に微笑ましい。萌えます。
「あの、佐倉くん」
この空間を邪魔せずひっそり見ていたいと思いつつ、同時に申し訳ないという気持ちになりながら恐る恐る声を掛けると、佐倉くんは頭に乗っていた暁くんの手をどけながら、少しびっくりしたような表情で振り向きました。
「あぁ、村瀬。どうしたの?」
その言葉に呼応するように、佐倉くんと一緒に昼食を食べていた男の子たち――無論、その中には暁くんもいるわけですが――が一斉にこちらを見るので、少しどぎまぎしてしまいます。
……はっ、早いところ用件を口にして立ち去らなければ、佐倉くんに悪いです。また暁くんに変な誤解をされてしまってはたまりませんし。
「あの、図書当番なんですけど……金曜日の昼休みだったのが、今日の放課後に変わったんです。予定、大丈夫ですか? どうしても外せない用事があるとかなら、わたし一人でやりますけど」
「今日の放課後? ううん、全然大丈夫。了解したよ」
「良かったです。……では、また放課後に」
「わざわざありがとね」
にっこりと笑みを向けられて、なんだか急に気まずいような気持ちになってしまいました。
「……お邪魔しました」
色々な気持ちを込めて小さく礼をすると、わたしは佐倉くんに背を向け、足早にその場を立ち去りました。後ろが一気にざわついたような気がしたのですが、きっと幻聴でしょう。……お願いだから、幻聴であってほしいです。幻聴であってください。萌えを提供してくれるのならば文句は言いませんが、できればこれ以上余計なことに巻き込まれるのは勘弁願いたいところです。
心持ちぐったりした状態で戻ってきたわたしに何かを察したのか、結鶴ちゃんは黙ってもう一つ卵焼きをくれました。……美味しかったです。
◆◆◆
「そんなわけでですね、ここらで少し暁くんを焦らせてみようと思うわけなのですよ」
放課後。急きょ予定が変わり、務めることになった図書当番の最中に、わたしは前から考えていたことを佐倉くんに向けて提案してみました。
「焦らせる……? どうやってだ?」
不思議そうにコテンと可愛らしく首を傾げる佐倉くんに向け、わたしはちっちっち、と人差し指を振ってみせました。
「決まっているじゃないですか。……嫉妬、させるのですよ」
「嫉妬!?」
相当予想外だったのか、目を大きくぱちくりとさせる佐倉くん。そんな彼に、わたしはにやりと笑ってみせました。
「今日拝見したところ、これまでの可愛らしさアピールはうまく行っているようではありませんか。だから、そろそろ暁くんも佐倉くんが気になり始めている頃ではないかと」
「そうかなぁ……いや、確かに前より接してくれること多くなったけど」
「それはもう、気になり始めてきた証拠ですよ。来ましたねぇ。良かったじゃないですか、このこのっ」
ニヤつきを抑えきれていないことを自覚しながらも、やっぱり嬉しいし何よりも萌えるので、隣に座っている佐倉くんを肘でちょんちょん、とつつきます。照れ隠しか、佐倉くんはそれに対して苦笑いで応えてくれました。
「そ、それより村瀬。嫉妬させるって、どうやったらいいんだ」
「このこのっ……え? あぁ、そうでしたね。ごめんなさい、すっかり頭からそのことが飛んでいました」
「この短時間で飛んだんだ。すごいな、お前の頭の中……」
「そりゃあもう、萌えの前ではどんな記憶さえも一瞬ですっ跳びますとも」
むしろ何を今更、という感じですよ。こんなことぐらい、わたしが住む世界では当然のことではありませんか。
「飛んでもらったらこっちが非常に困るんだが」
「分かっておりますよ……ちょっと反省です」
何に対しても(萌えに対しては特に)猪突猛進になってしまうこの性格を、どうにかしないといけないなぁとは思いつつ実は直す気などさらさらない。それがわたしこと村瀬瑞希の本性だったりするのです。
「では、話を戻しましょう」
「頼んだ」
「はい。……それでですね。暁くんを嫉妬させるために一番効果的なのは、やはり少しずつ避けてみることだと思うのです。これまでずっとスキンシップを取ってきた人が、いきなりそれを止め始めちゃったりすると、ちょっと気になるでしょう?」
「確かに、傷つくかもしれないな」
「『あれ、最近冷たいな……』みたいなことを思わせて、あっちが何かしかけてきたらその時点でこっちのものです」
「何かハンターみたいだな」
「ハンターの精神でなければ、恋愛は……特に同性同士の恋愛は、うまく行きにくいものですからね。こっちからしとめるくらいの気で参りましょう」
「なるほど、勉強になるわ」
先日と同じように、紙とペンを用意してわたしのアドバイスを律儀にメモっていく佐倉くん。勉強熱心で、大変よろしいですね。真剣な様子はなおさら可愛らしさに拍車を掛けますし、わたし個人といたしましてもそういったポイントは非常に萌えます。
心の中で一人満足しながら、わたしはさらに話を続けていきます。
「次に、暁くんの前でわざと誰か他の方と仲良くするのです。自分のことは避けるのに、自分以外の人とはなんだか楽しそうに話をしている……何だよ、前までは俺にだってその笑顔見せてくれたじゃないか、と。相手が苛立ちとと共にそういうことを思い始めたら、こちらの勝ちですね」
「確かに……前まで自分と仲良くしていた奴が、自分以外と話してるともっと楽しそうにしてるっていうのは、なんつーか釈然としないよな」
「それです! その『釈然としない』が、いずれは嫉妬につながって、そこで『あれ? こんなこと思うってことは、俺ってもしかしてあいつのこと……』みたいな感じになるわけですよ」
「その時点で、相手の心はもう八割ぐらいは手に入れたも同然だな」
「ざっつらいと!」
さすがは佐倉くん。ここまで素直に、かつ正確にこちらの説明を呑み込んでくださると、こちらとしても話し甲斐があるというものです。
そこでふと、佐倉くんが何かを思いついたかのような表情になりました。それは疑問だったのか、僅かに眉が寄っています。
「……ところで、具体的には誰と仲良くすればいいんだ?」
なるほど、その点ですね。正直な話、作戦ばかりが先行していて、その辺りなどはあまりちゃんと考えていませんでした。
「そうですねぇ、無難に他のお友達とか。あぁでも、同性よりは女の子の方が効果的かつ分かりやすくはありますか……」
うーん、と考えていると、じっとこちらを見つめる佐倉くんの視線に気づきました。
「どうかしましたか?」
「いやな……」
何故か、ちょっとだけ気まずそうに頭を掻く佐倉くん。その理由は、直後の彼の言葉ですぐに分かりました。
「村瀬さえ迷惑じゃなかったら、その『仲良くする女の子』の役を引き受けてくれないかな」
「わたしがですか!?」
なんと! レクチャーの他に、
「ほら、俺たち図書委員で一緒だしさ。それに、一回ちぃに誤解っぽいの受けたことあるじゃん? だから、ちょうどいいかなって」
むむ。確かに、好都合といえば好都合ですね……。ですが、今回はこちらのメリットが少ないので、少し迷ってしまいます。
でもまぁ……これも、レクチャーの一環と思えば。わたしの活躍によって、一組の
「よろしいです。引き受けましょうとも」
「本当か!? 重ね重ね、ホントにすまないな……」
「構いません。萌え補給……いえ、お二人の未来がかかっているのですから、これぐらい容易いものです!」
「今何か不穏な単語が聞こえた気がしたが」
「気のせいですっ」
思わず椅子から立ち上がり、鼻息荒く力説するわたしに、佐倉くんは本日何度目かの苦笑いを浮かべてくれました。
「それより村瀬……」
「はい!?」
「いったん座ろうか。手続、待ってる奴いるから」
佐倉くんの冷静な言葉に、ハッとしてカウンターの方を見れば、数冊の本を片手に困惑気味の表情を浮かべている女の子の姿が。
「はっ……も、申し訳ございません。貸し出しの手続きですか?」
「いえ、返却を……」
「かしこまりました、すぐに手続きを取らせていただきます」
慌てて本を預かり、手続きの作業を開始するわたしの隣で、佐倉くんがどのような表情を浮かべていたのかまで、この時のわたしに確認する余裕はありませんでした。
まぁ、十中八九呆れたような顔をしていたに違いないでしょうが……。
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