2.男性とは奥が深い生き物です

「よいですか。そもそも同性同士の恋愛というのは、異性同士の恋愛とは違い、生物の本能的な……つまり生殖的な行動に結びつくものではないため、当然うまく行きにくいと思われがちですよね。ですが、その反面うまく行けば非常に長続きするものなのですよ。相手を性の対象としてでなく、一人の人間として見ているわけですから」

「うんうん」

「というわけでまずは、ノンケ……いえ、今のところ女の人しか恋愛対象に見ていないであろう暁くんに、どのようにして自分を対象として入れてもらうか。ここが第一段階なのですよ」

「なるほど、まずは軽いジャブ程度からって感じか」

「そのようなところですね」

 その日の放課後、図書室にて。

 まさか図書委員として決定したその日から、仕事である図書当番が回ってくることになるとは思っていなかったため、少し面食らいはしましたが……とにもかくにも、わたしは見事こうして佐倉くんと二人でお話をさせて頂く機会を手に入れたのでした。

 ……あ、言い忘れていましたが、知らない間に佐倉くんもわたしと同じ図書委員に決定していたようです。まるで謀られたかのようなタイミングの良さですが、どこかで共通項がある方がレクチャーもしやすいというもの。二人でいても、むやみに怪しまれることはありませんからね。

 図書室のカウンター内で、並べられた椅子に二人仲良く(?)座りながら、空き時間をボーイズラブ談義に有効活用しているわたしたち二人は、さながら英語塾でレッスンする先生と生徒のようです。

 隣の佐倉くんも、メモを取りつつ真剣な様子で聞いてくださっているようですし、こちらも自然と熱が入ります。それゆえに、いつもより饒舌になってしまうのは致し方ないことですね。

「……では、まず暁くんの好きなタイプなどはご存知でしょうか?」

 恐る恐るというように尋ねれば、佐倉くんはペンを片手に、困ったように「うーん」としばし考え込んでしまいました。男の子同士って、案外そういう話をなさらないんでしょうか。女の子同士ならばしょっちゅう聞きますし、現にわたしも巻き込まれかけたことがあるぐらいなのですけれど……。

 たっぷり一分ほど考えたところで、ふぅ、と佐倉くんは息をつきました。

「明日、それとなく聞いてみるわ。それでいいか?」

「えぇ、構いませんよ」

 好きなタイプをそれとなく聞かれたところから意識し始める、という例も少なからずあることですしね。『こいつ、普段はそういう話しないのに……いったいどういう風の吹き回しだ?』みたいな展開になるかもしれません。

「では次に。佐倉くん、あなたが一体どういったタイプの方なのか、そのあたりをじっくり診断させていただきますね」

「俺? ……えっと、それって性格診断みたいな感じ?」

「えぇ。タイプが分からなければ、攻めようがありませんからね。可愛い系ならば可愛いところを前面にアピールするとか、格好いい系なら格好よさを中心としたアピール法とか、セクシー系ならエロチック方面のアピールをするとか……」

「つまり、長所を生かしたアピール法で攻めると」

「そういうことですね。さすがは佐倉くん、呑み込みが早くて助かります」

「それほどでも」

 ほんの少し照れた様子の佐倉くん。そんな彼の頭を、まるで犬にするみたいによしよしと撫でて差し上げれば、どこか嬉しそうなはにかみが返ってきました。……どうやら、可愛い路線のアピール法を視野に入れた方がよさそうですね。

「……あの、お二人さん。いちゃついているところ悪いんだが、本借りたいんだ。手続してもらっていいか?」

 突然かけられたそんな声に、慌てて顔を上げれば、どこか呆れた様子の暁くんの姿が。……あわわ、これは大変です。

「ち、違うんですよ暁くん。わたしはただ、空き時間を利用して佐倉くんにお勉強をお教えしていただけで。ねぇ佐倉くん」

「そ、そうだよ暁。俺たち、お前が思ってるようなことは何もないからっ」

「ふぅん……? まぁいいけど」

 言いながら半眼を向けてくる暁くんは、どうやらわたしたちの言い分を全く信じていない模様です。……あぁ、これは佐倉くんにとても悪いことをしてしまいました。

「ごめんなさい、佐倉くん」

 暁くんに渡された本の手続き作業をする佐倉くん(もちろん、わたしがポジションをお譲りしたのです)に小声で謝罪を口にすれば、「気にするな」との優しいお返事。暁くんのお顔を見られて多少は機嫌がよろしいのか、どうやら怒ってはいないみたいです。

 佐倉くんと暁くんの触れ合いは、友人同士のはずなのにどこかぎこちなく……もちろんこの感じもまた萌え要素の一つではあるので、わたしの引き出しの中に大切にしまっておくことにしましょう。

 手続きを終え、借りた本を手に去りゆく暁くんの後姿を眺めながら、わたしは思わず大きく息をついてしまいました。……どうして、ちょっとした事のはずなのにこんなにも疲れているのでしょう、今日のわたしは。

「本当にごめんなさい、佐倉くん。わたしのせいで、暁くんに変な誤解をさせてしまったみたいですね。……せっかく、好きなタイプを聞き出せるチャンスでしたのに」

「……あっ、そっか。手続してる間に、世間話程度にでも聞いてみればよかった」

 くそぅ、とどこか悔しそうに呟く佐倉くんに、「大丈夫ですよ」とわたしは口にしていました。

「きっと佐倉くんは、突然暁くんを目の前にして緊張なさっていたんですよ。それに……あぁいう状況じゃ、テンパっちゃっても仕方ないです」

「……ありがとう」

 曖昧に微笑む佐倉くんに、何故か胸がズキリと痛みました。

「それにしてもなぁ、俺ホントかっこ悪いよな」

 膝の上で両手を組み、佐倉くんは軽くうなだれました。先ほどは『気にするな』とおっしゃっていたものの、やはり今となっては相当堪えているみたいです。

「ちぃは本好きだから、あぁいう風に現れる可能性があるのもわかってたはずなのに……」

 ちぃ、というのはおそらく暁くんのことでしょう。『千歳』という名前なので、ちぃ。暁くんはどちらかというと格好いい系の見た目なのに、なんとも可愛らしいあだ名で呼ばれているものです。

 それにしても、彼が本好きということは……。

「あぁ、そういうことだったんですね」

 ある確信を抱きながら小さく呟けば、きょとんとしたような表情で顔を上げる佐倉くん。そんな彼に、わたしは明るい笑みを向けました。

「わかっちゃいました。佐倉くんが、図書委員になった理由」

「えっ」

 何故か慌てた様子の佐倉くん。わたしにあそこまで打ち明けておきながら、バレていないとでも思ったのでしょうか。わたしはそこまで鈍感じゃありませんよ、心外ですね。

 自信満々に、わたしは答えを言いました。

「暁くんは本好きなので、図書室にいればその分お会いする機会が増えるからですよね」

「……」

 何故か微妙な表情の佐倉くん。おかしいですね、間違いはどこにもないはずですが……。

「だよな、びっくりした……」

「?」

 小さく呟いた佐倉くんの言葉の意図が分からず、首を傾げていると、佐倉くんは一転して今度はにっこりと笑いかけてきました。

「正解。さすが村瀬だな。隠し事はできないや」

「……ですよね!」

 よかった、やはりわたしが言ったことで正解でした。きっと本当のことを言われて恥ずかしかったから、あんな微妙な表情になったんですよ。全く、佐倉くんったら照れ屋さんなんだからっ。

「すみませーん。手続したいんですが」

「あ、はい。ただいま。……さ、佐倉くん。お仕事再開いたしましょう」

「だな。空き時間には、レクチャーの続きを頼む」

「お任せください!」

 すっかり普段の調子を取り戻したわたしは、意気揚々と図書委員(プラス佐倉くんへのレッスン係)としての仕事に向かいます。

 さぁさぁ、頑張りましょうとも!


    ◆◆◆


「帰りましたぁ」

 いつもより疲れた調子で家に入れば、広めのリビングからいつものようにテレビの声が聞こえてきます。

 ……いや、これはもしやDVDでしょうか? 聞こえる男の人二人の声が、なんだかとても淫靡な響きを帯びているような。

 ひょこりとリビングを覗いてみれば、案の定革張りのソファに腰かけた母様と妹の柚希ゆずきが、近頃買い換えた薄型テレビに揃って釘付けになっていました。

『ぼ、坊ちゃん……お戯れもほどほどになさってくださいっ。わたくしたちは、男同士じゃないですかっ……!!』

『そんなの関係ねぇよ。俺は、お前だから好きになったんだ。他の人間なんて……ましてや女なんて、どうでもいい』

『そんなっ……んっ』

『諦めて俺のモノになれよ……なぁ』

『あぁっ……!!』

 ピッ。

「あらお帰り、瑞希ちゃん。今日は遅かったじゃない」

「あ、姉さま。お帰り~。ちょうどよかった、一緒にコレ見ようよ」

 テレビの中で繰り広げられている、非常にアレな場面(しかも母様がリモコンで一時停止にしたため、静止画状態です)を背景に、二人はまるで何事もないかのように、普通の調子でわたしを迎えてくれました。

 このように、比較的オープンな家族二人――母様と現在中学生の妹・柚希は、恥ずかしげもなく真っ昼間からボーイズラブに興ずるような人たちです。もう少し慎みを持ってほしいと少しは思わなくもないですが、まぁ家の中なので別に構わないんじゃないでしょうか。

 ちなみに、父様は現在長期出張中で家にいません。ですが、彼もまた腐男子と呼ばれる部類の人間なので、まぁ……家族そろってそういう性癖の持ち主なんですよね、早い話が。

 わたしがこうなってしまったのも、もはや必然というべきことなので……どうか責めないでやってくださいね。

 って、一体誰に言っているんでしょうか、わたしは。

「委員会の仕事で、遅くなってしまったんですよ。……ところで母様、ご飯はまだできていないのですか?」

「後でお願い、と言っておいたから、まだ当分はできないと思うわ」

 我が家ではお手伝いさんを何人か雇っているので、基本はその方たちに家事を任せています。彼らはこちらの趣味にいちいち口出しをしてくることはありません。雇い主なので、恐らく遠慮しているだけなのだと思いますが。

「今すごくいいところなの」

 リモコンを忙しなく弄りながら、展開が気になるのかチラチラとテレビの方に目をやる母様。年甲斐もなく……と内心溜息を吐きながら、わたしは制服姿のままで、柚希が隣に空けてくれたソファの空間へと腰を下ろしました。

「これ、『西園寺一家の甘美な日常』ですよね。一度拝見いたしましたが、なかなか濃厚でよかったですよ」

「かぁさまが見たいって言うから、借りてきたんだ。途中まで見てたんだけど、確かに濃厚だよね……」

「この後の展開がかなりすごいのですよ。生唾モノです」

「ホント? 楽しみだわぁ」

 ピッ、と母様が一時停止を解除すると、男の方たち二人が、常人ならば目を塞ぎたくなるのではないかと思うほどに濃厚な絡みを再開させます。受けの召使いさんが、とても可愛らしくてわたし好みなんです。

 あ、でもこの方よく見ると、それとなく佐倉くんに似ているような気がしなくもないですね。……まぁ、それは別にいいのですが。

 この後、しばし一時間ほどわたしたち三人は揃って『西園寺一家の甘美な日常』というボーイズラブのDVDに釘付けになっていました。

 このシーンをあえて名づけるとするなら、『村瀬一家の腐甘な日常』とでもいうべきところでしょうかね。

 ……え、全然上手じゃない? そうですか……残念です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る