(腐的)恋愛のススメ
凛
本編
1.こんなお願いをされてしまいました
……さて。これは一体、どういう状況なのでしょうか。
事態が呑み込めずしばし呆然とするしかなかったわたしではありますが、とにかくこのままにしておくのは色々な意味でよろしくないということだけはなんとなくわかります。っていうか、わからない方がおかしいです。絶対。さすがにそこまで空気の読めない女ではありませんよ、わたしだって。
一つ溜息を吐いたわたしは、現在放課後の教室で――立ち尽くしているわたしの目の前で、深々と見事な土下座をかましてくださっているクラスメイトの男の子に向けて、できるだけ動揺を表に出さないようにしながら、淡々と告げました。
「とにかく、頭を上げていただけませんか。
◆◆◆
「――
「落ち着きなさいよ
「んなこたぁどうでもいいんですよ!! わたしは今、そんなことを伺いたいわけじゃないんですってば!」
翌日、ホームルーム前の教室にて。
憤慨するわたしをよそに、目の前にいるクラスメイト兼幼馴染の女の子――
「別にいいじゃん」
椅子に座って足を組み、えへへ、と笑いながらひらひらと手を振る様子が、とても腹立たしいです。しかも、さらに彼女はこの後、とんでもないことをさらりと言いのけやがりました。
「あんたが真正の腐女子ってことは、まぎれもない事実なんだから」
「ちょっと結鶴さん!?」
人が必死に隠している秘密を、こんな公衆の面前(クラスの人たちがいる場所)で、しかも直接的に……もし誰かが聞いていたら、一体どのように責任を取ってくださるおつもりなんですかっ。
「まぁまぁ……ほら、それよりあそこ見なさいよ。
むむ。話を無理やり変えようったって、そうはいきませんよ。
幼馴染ゆえ、彼女のこういった言動にはとっくに慣れてしまっていることとはいえ、それでもかすかな苛立ちを覚えながら、彼女がニヤつきながらこっそり指差している方へ目を向けますと……。
「ほい弓掛。あーんして」
「やめろ、ハズいって。そんな菓子ぐらい自分で食べられるし!」
「とか言って、俺にこうされるのホントは嬉しいくせに」
「黙れよ馬鹿じゃないのいっぺん死んできたら?」
「ったく、口は素直じゃねぇんだからなぁ。つーか、顔赤いぜ?」
「……う、うっさい!」
……ぶはっ。
「……やっぱり前から思ってましたが、あの二人って絶対付き合ってますよね。あぁいう公衆の面前でも気にせずいちゃつけるっていうのは、二人にとってそれが日常だからなんですよ。やはり半井くんが
「ほら、始まったよ……」
鼻息荒く萌えについて(周囲の目もあるため、もちろん小声でこっそりですけど)語るわたしを見てか、隣から結鶴ちゃんの呆れたような呟きが聞こえてきましたが、そんなことは知りません。今わたしの頭の中では、弓掛くんと半井くんがプライベートで会っているところから一気に飛躍して、どちらかの部屋でベッドに……コホン。これ以上はちょっと自重しておきます。
そこで奇しくもチャイムが鳴ってしまい、担任の先生が入ってきたところで二人は別々の席へと離れていってしまいました……む、無念です。もう少し二人のいちゃつきを堪能したかったのですが。
仕方なく二人から目を離し、ふとある方向に視線をやって……わたしは不覚にも、一瞬ぼんやりとしてしまいました。
今日は何やら決め事をするらしく、担任の先生が手短に話をした後、入れ替わるようにクラス委員長の
――そう、昨日の放課後わたしに向かって、見事な土下座をかましてくださったあの佐倉くんです。
正直、弓掛くんと半井くんのように公式的萌えを提供してくれたことのない二人ですし、むしろ二人きりでいることというのは少ない方だと思っていたので、完璧ノーマークだったのですが……。
いや、そういうのも非常に大歓迎なのですよ。普段は全然絡みのない二人が、我々庶民の知らないところでは隠れてそういうアレになってるとか、秘密の恋みたいで非常に素敵ですし。例外なく萌えますとも、えぇ。
……コホン、それはともかくといたしまして。
「じゃあ、これから委員会決めをするけれど――……」
暁くんのはきはきとした声をなんとなく聞きながら、わたしは頬杖をついてぼんやりと昨日のことを思い出していました。
それにしても、あの時佐倉くんが口にした
『――
昨日の放課後。
わたしの前で突然深々と土下座をし、わたしが促したところでようやく顔を上げた佐倉くんは、今度はきちんと床に正座したかと思うと、わたしを見つめながら至極真面目な表情でそんなことを言いました。
『……何でしょう』
もちろん、わたしは訝しがりましたとも。何せクラスメイトとはいえども、彼――佐倉くんときちんとお話をさせて頂いたのは、この日が初めてといっても過言ではないくらいでしたもの。
なのに……次の瞬間。彼はいきなり、こちらが意図していなかった、まるで核心をつくようなことを言ったのです。
『お前って、いわゆる腐女子って呼ばれる部類の人間なんだってな』
『ぶっふぉ!!』
『ちょ、大丈夫か!? 何か今、お前のキャラが一気に崩壊するような断末魔が口から漏れた気がしたんだが!!』
そりゃあキャラ崩壊ぐらいしますとも! ほぼ初めて話す人間に向かって、いきなり何言いやがっているんですかこの人は!!
『だ、だだだだだだって、な、ななななな……そ、そんなこといったいどどどどどどなたに聞いたんですかかかかかか』
『大丈夫かお前、だいぶ壊れてきてるけど』
これが壊れずにいられますかっ!! ……と本当なら言い返していたはずのところなのですが、この時のわたしはどうやら脳みそがクラッシュしてしまったようで、口からはほぼ意味不明な言葉しか出てきませんでした。
そんなわたしに呆れたのか、何とも微妙な苦笑いを浮かべながら佐倉くんは少し控えめな調子で答えてくれました。
『えっと……白河が、教えてくれたんだけど。村瀬は男同士の恋愛に萌えを感じる性質の人間なんだって。そういうお前みたいな種族のことを、腐女子っていうんだって』
『ななななななんですって!?』
いや、大体予想はしていましたけど。
この学校において、わたしの秘密――無論、わたしが男の子同士の恋愛に萌えを感じるという少々特殊な性癖(?)を持った人間であるということなのですが――が誰かに漏れ出るということがもしあるとするならば、発信元はそれを唯一知る結鶴ちゃんしかありえないのです。
むむ。幼馴染だからといって、易々と話すものではありませんでした。……あれ、それともこちらが打ち明ける前に既にバレていたんでしたっけ?
いや、そんなことはどうでもよくて。
『か、仮にわたしがそう呼ばれる種族の人間だとしましょう』
『さっきの反応で、まだ誤魔化せてると思ってるんだ。仮にっていうか、本当なんだろ?』
『……』
何ででしょう。汗が止まりません。今は夏というにはまだ早い季節ですから、もちろん冷や汗だと思うんですが。
『……と、とにかく。わたしに頼みたいこととは、いったい何なんでしょう』
少し無理矢理かとは思いつつ、話を戻してみますと、佐倉くんは『あ、そうそう』と思い出したように話を再開してくれました。……よかったです、うまく逸らせました。
『俺さ、好きな奴がいて』
『恋愛相談ですか? それを何故わざわざわたしに』
『それが、俺と同じ男なんだよね』
『なんですって!?』
キラン、と目が光ったのが、自分でもわかりました。その時、目が合った佐倉くんが怯んだように一歩後ずさったのですが……失礼ですね。いくら常人にとっては受け入れがたい性癖といっても、やはりその反応はちょっと傷つきますよ。
『詳しくお話を聞かせていただきましょうか』
『うん。目にもとまらぬ速さでノートとペンをスタンバイして、完璧メモする気満々のところ悪いんだが、別にそんな大したことでもないぞ?』
ふっふっふ。甘いですね、これだから一般庶民は……。
『大したネタでなくても、少しの公式提供により容易に妄想へと持って行けるところが、我々の我々たる
『何それ怖い。……まぁいいや。とりあえず、せっかくだしちょっと詳細を話させてもらうな』
――というわけで、話を聞いてみましたところ……。
いわく、佐倉くんが想いを寄せる人というのは、どうやらうちのクラスで学級委員長を務めている暁
暁くんのことは、クラスメイトですのでもちろん存じております。非常に社交性の高い人で誰とでも気軽に話すような人なので、わたしもいくらかお話をさせて頂いたことがありますし。
文武両道で、社交性も高く、リーダーとしての役割もばっちりと。女の子からはもちろんモテるようですし、確かに同じ男の子としても憧れの存在ではあるでしょう。
一応そんな彼の友人というポジションにいる佐倉くんは、どっちかというとひっそり過ごしている地味風な存在の男の子。やはり例に漏れず、自分にないものを持つ暁くんに対していつしか恋愛感情を抱いてしまっていたとのことです。
『プチ身分差というやつですね……はい、非常に萌えます』
『村瀬さん? 俺の話ちゃんと聞いてます?』
『……はっ。すみません、つい』
横道にそれていたことに気付き、わたしは慌てて小さくコホンと咳払いをしました。クスリ、と小さく笑う佐倉くんの声が聞こえた気がしましたが、ここはあえて気にしないことにします。
『それで、わたしに協力してほしいと』
『あぁ。お前なら、そういう……その、男同士の恋愛について当然詳しいに決まってるだろうし、あいつの心を掴む方法とかも伝授してくれるんじゃないかと』
『なるほど……』
確かに、これまで様々なタイプのそういった本を読み漁ってきた身ですから、ある程度の知識はあるつもりです。それこそ、初心者の方にお教えするなどお安い御用というくらい。
それに……この申し出に手を貸せば、わたしもその代わりとして大変な萌えを補給できるでしょう。むむ、悪い話ではないですね。非常に素敵な取引です。
『わかりました、お受けいたしましょう』
『本当か!?』
不安そうにわたしを見守っていた表情から一転、ぱぁっと華やかに表情を崩した佐倉くんは、わたしから見ても非常に可愛らしく映りました。もう少しテクニックを磨けば、きっと暁くんも落ちてくれるに違いありません。
『えぇ、この村瀬瑞希に二言はございませんとも』
『ありがとう!』
正座していた状態からぴょこんと立ち上がり、嬉しそうにわたしの両手をがっしと掴んだ佐倉くん。……普段男の子に触れられ慣れてないゆえに、ちょっとドキリとしてしまったのは秘密です。
『暁くんのハートを手に入れるため、これから一緒に頑張りましょうね、佐倉くん!』
『よろしくお願いします、師匠!』
そんなわけで、この日からわたし――村瀬瑞希による、佐倉くんへの恋愛レッスン的なモノが幕を開けたというわけなのです。
「――瀬、村瀬!」
「っ、はい!?」
いけません。昨日の回想をしていたら、ついうっかりホームルームを聞き逃してしまっていました。
名前を呼ばれて我に返れば、困った表情で教卓に立つ暁くんと、傍らの椅子に座りながら動向を見守っていたらしい担任の先生、そしてクラスの子たちがみんなこちらを見ていました。無論、昨日わたしに相談事を持ちかけてきた佐倉くんも。
どうやら注目されているようです……うぅ、恥ずかしい。
「な、何か御用でしょうか。暁くん」
「何か御用でしょうか、じゃないよ。ちゃんと話聞いてた?」
もちろん、聞いているわけがないです。
答えに窮した結果、とりあえず曖昧に笑ってみると、暁くんは少し呆れたように溜息を吐きました。
「まぁいいや。とにかく、村瀬は図書委員で決定ね」
「へ!?」
いつの間にか、決め事――どうやら、今期の委員会を決める話し合いだったようです――はあらかた終わっていたらしく、わたしが話を聞いていなかった間に勝手に割り振られてしまっていたようでした。
「いい?」
「はい……わかりました」
暁くんの有無を言わさぬような確認に、半ば肩を落としながら答えます。今回ばかりは完全にわたしが悪いので、決まったことには大人しく従うしかありません。
図書委員ですか……まぁ、比較的楽な仕事のようなので別に構いませんが。せっかくの機会ですし、ボーイズラブの書籍を図書室に入れてもらえるよう掛け合ってみましょう。
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