終章
「またやっちゃった。どうしよう・・・」
頭をかかえ、消沈するあかね。
すぐ横で嘆息するミチル。
「あんたさあ、気が強いのか弱いのか、どっちなの?」
半年くらい前にも見た姿。
「どうしたらいいと思いますか?」
「私に聞くなよ。自分でした事だろ」
「えー。ミチルさん冷たすぎですー」
泣きそうな顔で訴えるあかね。
困っている彼女を見ると、なんだか愛おしくなってしまうミチル。
気配なくウェイターが現れ、カップに紅茶を注ぐ。多種多様な植物に囲まれたアンティークな空間。魔法使い御用達のカフェである。
二人はここで待ち合わせをしていた。
あの橋での騒動から数日。ほぼ毎日、朝から晩まで、二人は行動を共にしていた。いや、正確に言えば、あかねがミチルにつきまとっている。
わざわざ魔法世界のギル・ド本部まで行って、宣戦布告したまではよかったものの、勢いが冷めてしまえば、まわりにいる人全てが魔法使いに見えて怯える毎日。あかねがこの世界で頼れるのはミチルだけ。
必然的に、こういう状況にあるわけだ。
「ミチルさん、今日も泊まっていいですか?」
目を潤ませて尋ねるあかね。
「その顔やめろ。ちょっとドキドキするから」
抱きつくあかね。
最近、自分の感情に疑問を持つミチル。もしかして私は、男より女の方が好きなのではないか。あかねに対するこの気持ちは何なのか。彼を一途に思っていた私は何処へ行ってしまったのか。そんな思いがグルグル回っている。
顔を上げたあかねと目が合った。
「今夜は、ちょっとくらいなら、エッチな事してもいいですよ」
恥ずかしそうに、またミチルに抱きつく。
うめくミチル。
ドキドキかムラムラか。よく分からない感情がこみ上げる。
「遅くなってごめんね」
後ろから声がした。
ミチルの背筋が急に伸びて、表情が変わった。彼は二人の前の席に座った。
霧野せつなである。
ミチルにとって三ヶ月ぶりの再会だった。
「こんな可愛い私を放っておいて、よく平気でいられたよね」
甘えたような声。
あかねと話していた時とは別人のような態度。
「まあ、君に言い寄れる男は、僕くらいしかいないからね」
「それって求愛ですよね。私はいつでもオッケーですよ。なんなら今夜、私の家に泊まって・・・」
後半は聞き流す。
精一杯身を隠そうとするあかねを見るせつな。
苦笑。
「あかねちゃんはあれだよね、自分で敵をつくるのが得意だよね」
あかね、苦笑い。
「ギル・ド本部では、今君の話題で持ち切りだよ」
怒っているとか、困っている様子ではない。
むしろ、せつなは喜んでいる感じだ。さすが親子、といったところか。
「ど、どうしましょう」
泣きそうな顔を向けるあかね。
「いいんじゃない、それくらい強気でも。あの三人を負かしたんだから、自信持っていいと思うよ」
励ましたつもりだったが、あまり効果はなかった。
「・・・今日は大丈夫な日ですから。あ、いや、大丈夫じゃない日でも、私は全然いいんだけど・・・」
ミチルは勝手に何やらつぶやいている。
「『魔眼』の力を上手く押さえ込めたようだね。おめでとう」
せつなが言った。
「まだ半信半疑なんですけど、どうにかなったみたいです」
あかねが答える。
「身体を奪われた状態から、どうやって意識を取り戻したの?」
「実は、よく覚えていないんです。突然意識がなくなって、突然意識が戻った感じなんです」
当時の事を思い返す。
「『魔眼』の魔法使いさんから自分を取り戻せたのは、誰かに呼ばれた気がしたから。それがたぶん、リサさんじゃないかと思います」
うなずくせつな。
リサのことはよく知っている。
生意気で口うるさいが、静が認めた魔法使いだ。彼女の言葉なら、魔法以外の効果があっても納得できる。
偶然か必然か。リサがいてくれたおかげで、『魔眼』の覚醒に成功した。ひとまずはこれで安心だ。この先、色々な難関が待っているのだが、さて、どこまで話すべきか。せつなは思考をめぐらせる。
あのう、とあかねが遠慮がちに目を向ける。
「なんだい?」
意識を今に戻す。
「『魔眼』を持っていると、やっぱりこの世界には住めなくなるんですか?」
そこが気になるのか。
まあ、当然か。
「特別なきまりは無いんだけど」
と、前置きをししておいて、
「その世界の歴史に影響を与えた場合、厳重な罰が与えられる」
せつなはあかねを指差す。正確には、彼女の左目。
『魔眼』の中の魔法使いは、どれほどの罪を犯したのか。
想像しただけで怖くなる。
せつなは、場に合わない笑顔をつくった。
「大丈夫だよ。あかねちゃんは、もう『魔眼』をコントロールできるわけだし。それに、この世界の生活で、大きな魔法を使うことなんて無いでしょ」
「それはそうなんですけど・・・」
あ、それから。
せつなが話を振る。
「魔法世界では十八才からが成人。あかねちゃんはまだ未成年なので、僕が保護責任者として君を守る事になりました」
ギル・ド本部に殴り込んで、本来なら厳しい処分が下りそうだが、色々な人の色々な力のおかげで、せつなが保護者になる話でおさまった。
何かがあれば、全てせつなが責任を取る。
そういう事だ。
「そうですか・・・」
複雑な表情のあかね。
せつなはちょっと不安になる。
「大丈夫、だよね? 騒ぎを起こしたりしないよね?」
「大丈夫。せつながいない時は、私が見張っているから」
彼の横に座ったミチルが言った。
腕に抱きつき、わざと胸を押し付ける。
「それはそれで、ちょっと心配なんだけど」
せつなは苦笑する。
「お久しぶりです、せつな様」
突然の声に、ミチルが短い悲鳴を上げた。
テーブルのすぐ横に、ワゴンとウェイターが立っていた。いつからそこにいたのか。爽やかな笑顔をふりまきながら、せつなのお茶を用意している。
「やあ、久しぶり。元気そうだね」
せつなが言った。
この人の声、初めて聞いた。と、ミチルがつぶやく。あかねは何だか不安顔。下を向いている。彼女の様子を気にしながら、せつなはウェイターと会話を続ける。
「君、十年前と変わらないけど、年をとらないの?」
「はい」
即答だった。
テーブルにカップを置き、ティーポットからお茶を注ぐ。
「私はオーナーの使い魔ですので」
「へえ~、そうなんだ。よくできてるね。本物の人間と区別がつかないや」
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取らせて頂きます」
笑顔で一礼。
ワゴンとウェイターはどこかへ去っていく。
「せつなさん」
あかねが言った。いつもの、泣きそうな顔だ。
「私、やっぱり自信が・・・」
言葉が途切れる。
目線がせつなとは別の方へ向いている。
「どうかした?」
振り返るせつな。後悔した。
色々あるが、人の分野で最も苦手なものが立っていた。
「あれだけの騒動を起こして、まだそんな弱気な事を言っているのですか」
先生に怒られている気分。
無意識に背筋が伸びる。
「や、やあ、リサ。今日も一段と綺麗だね」
せつなが言った。
頭の中で思考をめぐらせる。彼女が何故ここにいるか。目的は何か。
リサは彼らのテーブルに歩み寄った。つかさずあかねが奥の席へ移動して、リサがとなりに座った。和やかだった雰囲気が、一変して緊迫したものになる。
「せつなも、あかねさんにもっと厳しく言わないと。保護責任者なのでしょ?」
「はい、すいません」
リサの目線があかねに向く。
泣きそうな顔がさらにひきつる。
「今回は、レイラ姉さまが手を回してくれたので何もありませんが、次はありませんよ。その事を肝に銘じて行動すること。分かりましたか?」
「はひっ」
声が裏返るあかね。
またミチルが短い悲鳴をあげる。
ウェイターがすぐ横に立っていた。ワゴンからカップを取り出し、リサの前に置く。ポットから注がれたお茶は、色合いは同じでも香りが違った。この店にはメニューが無いが、何故だか客の好みを理解している。その場に合った、最良のものを提供してくれる。ひと口飲んだリサが、笑顔になったのがその証拠だ。
あかねとミチルがせつなを見た。
僕が聞くの?
目線だけで彼にプレッシャーを与える。
せつな、ひとつ咳払い。
「ところで、何故ここにリサがいるのかな?」
彼は共有の疑問をリサに投げかける。
リサはゆっくりとカップを置き、三人を見回した。
「私がいると、何か不都合な事でもあるのですか?」
「いやいや、そんな事ないよ。魔法書庫の仕事が忙しいのに、どうしたのかなあって思ってさ」
ああ、とリサ。
「今日はミチルさんとあかねさんに用事があって来ました」
「えっ」
ミチル、言ってすぐ口をふさぐ。
言葉のなかに、思いっきり嫌そうな気持ちが入ってしまったからだ。
リサは気にした風もなく、片手を顔の前に上げる。指で押すとモニターのような画面が現われて、何やら検索を始める。
「少し時間がとれたので、この間忘れていた事を済ましておこうと思いまして」
指の動きに合わせて画面も変化する。
読めないが、魔法文字と記号のようなものが画面に現れた。何かを選択して画面は消える。
微量の魔力。
リサは指先であかねの首筋を軽く押す。続いてミチルも。
これって・・・・
「マーキングです。仕事が忙しくて、なかなかこちらには来れませんので、メールを送ろうかと」
もう来なくていいよ。
ミチルさん、それは言い過ぎです。
目線だけで会話するミチルとあかね。
「あかねさんは、『魔眼』の覚醒に成功しましたが、知識が全然足りません。資料を送りますので勉強するように」
声にならないうめき声。
「ミチルさんは、せっかく良い力をお持ちなのに、無駄な部分が多いようです。アドバイスを送りますから鍛錬に活かしてください」
大きなお世話だ。
表情だけで語るミチル。
二人の気持ちに気づいているのか、気づかないふりをしているのか。満足そうな顔をしてお茶を飲むリサ。
苦笑するせつな。
「せっかくですから、せつなにもひと言伝えておきます」
予期せぬ言葉に、せつなの顔がこわばる。
「前から言おうと思っていましたが、あなたは『魔眼』の力に頼りすぎです。魔力が弱いからといって、剣術ばかり強くなっても駄目です。もっと静を見習いなさい。静は、弱い魔力を有効に使って・・・」
気のせいだが、せつなの身体がだんだん小さくなる。
アンナの孫とは思えない、理論的な指摘に、返す言葉がない。
「お父さんを、知っているのですか?」
二杯目のお茶がなくなる頃、あかねが聞いた。
リサはそこで、彼女に何も話してなかったことに気づいた。
「十年前に一度、お会いした事があります。とても素晴らしい魔法使いでした」
多くは語らない。
せつなの『魔眼』覚醒を、静が手伝い、それを間近で見たことだけ。
「彼の術式は完成度が高く、子供ながらに大変驚きました」
出会った瞬間、恋に落ちた。一生彼を想い続けると誓った。そのことは、あかねさんには言わないでおこう。
腕時計を見る。
そろそろ時間だ。続きはまた今度。最後に・・・・
「あかねさん、恋愛は自由ですが、女性は男性を好きになるものです。そういう恋をしてください」
ミチルのことだ。
はっきり言葉で言われると、ちょっと恥ずかしい。
「ミチルさん。せつなさんと会えない寂しさから、あかねさんを慰み者になさらないように」
慰み者って・・・なんかエロい。
リサの言葉に、うなずくだけのミチル。
ちょっとジャレただけなのに悪人扱いだ。思ったが言わない。三倍になって返ってきそうだから。
風のようにリサが去って、ミチルの告白の返事をしないまま、せつなも魔法世界へ帰ってしまった。
あかねがとなりに座って腕に抱きついた。ミチルがせつなに使った手だ。わざと胸を押し付けて、甘えるような視線を送る。
「今夜、泊まっていいですか?」
あかねが尋ねる。
モヤモヤだか、ムラムラだか、自分でも分からない感情がこみ上げる。
そうだ、キョウコを誘おう。
我ながら名案だ。笑みを浮かべるミチル。
その夜、有坂家で起きた惨劇は、また今度語ることにして、今はただ平和な時間を楽しめばいい。
新たな戦いが、これから始まろうとしているのだから。
キリノR 九里須 大 @madara
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