Sixth Step 開いている

入学して一週間も経ったころ。

僕は、本格的に始まった授業にも慣れ始め、少しずつ、眠気なんかとも格闘し始める頃だった。授業中に気怠そうに寝ているというのは、現代の高校生像に近しいものがある。けれど、それが僕の思う大人、と近いかどうかはわからない。


授業中のことだった。後ろから一枚の紙がはらりと机の上に落ちた。

後ろの席といえばもちろん石切さんである。生物部に入った彼女はというと、放課後になれば生物準備室に直行し、桃山先輩や布施先輩となにやら生物談義をしているらしい。授業の終わる7限の始め頃になると、石切さんの顔はだいたい伸びきってにやにやしている。


それはそうと、紙である。

何だ何だ、中学の時にもこういうのはあったが、高校生でもやっぱりこういうことをするのか。しかも石切さんはまぁ、一応女子だし、ちょっとそういうことをされるとドキッとしてしまう…。


紙を開くと、こう書いてある。


「”ズボンのチャックあいてるよ“」


「あ!?!?!?」


混乱して喉から謎の声が出てしまった。


周りのクラスメートがザワつく。


石切さんは口を抑えてクスクス笑っている。


なんという恥ずかしさ。


ふざけやがって…生物女いしきりひかる…‼︎‼︎


いや、でもチャックが開いていたことを周りに知られず済んだというのは石切さんに感謝しなければならない。授業終わりに彼女に一言言っておこう。


あなどれぬ、石切ひかる。


ーーーーーーー


7限の数学が終わり、放課後になった。


後ろの席に顔を向けて、石切さんに向かう。


「石切さん、さっきのアレ、ありがとう。」

少し小声目でいうと、石切さんは


「ああ!チャックのこと!ぜんぜんいいよむしろ!!」


「ちょっとおおおおお声がでかい!!!」


石切さんはどちらかというと声が大きめである。

それも加味して少し小さめに喋りかけてトーンダウンを図ろうとしたのに…。だめだこれは。



すると教室に普段とは見慣れぬ人影が入ってきた。


「やぁチャック全開くん」

放課後の教室に入ってきたのは桃山先輩だった。

「久しぶり」

銀縁眼鏡の奥の瞳が笑っている。


「久しぶり、阿倍野くん!」

続いて布施先輩。

ショートボブの髪を揺らして桃山先輩の後ろから顔を出す。

やはり三年ともなるとクラスメートの一年生と比べて少し大人っぽい。


というか


「なんで知ってるんですか???」


「いやだって今石切が言ってたじゃないか。廊下まで聞こえていたよ。」


僕はあたまを抱える。


桃山先輩はニヤニヤしながらこう続けた。


「そういえばチャック、チャックの構造は案外生物学に関係しているんだよ。岡崎フラグメントって奴さ。」


「岡崎⁇鴨川等間隔ですか。」


「それは体育!」


石切さんのツッコミ。ナイス。


「 岡崎フラグメントを発表したひとの名前は間違いなく岡崎だから、多少はかすってるけどね。」


石切さんが少し呆れ顔で言う。


「岡崎フラグメントっていうのは、 DNAの複製をするときに生じるDNA断片のことだ。DNAの二重螺旋構造をほどいて、その後に複製を行うから、まぁチャックを開ける動作に似ている。」


DNAが生物の情報を書き記したものならば、チャックをあけることとDNAの複製に関連があるなんて、なんか、こう、男子高校生的だ。


「それはそうと、ちょうど岡崎フラグメント、に関わる面白いことがあってね。しーちゃんと石切と考えようとしてたところなんだ。君もちょっと知恵を貸してくれよ。」


桃山先輩は微笑みながら言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いきものと謎解き 沖伸橋 @tgf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ