Second Step 期待に応える
「ワトソン・クリックだよ!」
女の子が興奮気味に言ってくる。おまけに体を僕の椅子に乗り出してくるものだから、こちらとしては前に退けるしかない。
「え?詐欺?」
「それはワンクリック!」
さらに体を乗り出してくる。近い近い。
彼女は胸にかかるくらいの黒髪をゆるめのサイドポニーにしているが、大声でワ二クリップだの言うたびに、それがパタパタと跳ねていた。
「と、とりあえずちゃんと席座って!」
彼女はゴホン、と咳払いをすると少し恥ずかしそうに、スカートを整えながら元の席の位置に戻る。
「ワトソン・クリックだよ。ワトソン博士とクリック博士。」
「その博士とこれになんの関係があるのさ。」
「そんなことも知らないの!?」
また僕の椅子に体を乗り出してくる。だから近い。
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入学式は滞りなく終わった。
気がかりだったのはやはりあのアクセサリーだ。鞄の中に入れておけばいいものの、入学式の間も手の中で弄んでいた。
不思議なかたちだった。丈夫にできているらしく多少触ってもびくともしない。早く落し物コーナーに届けたかったが、入学早々はなかなか自由にはさせてくれない。
種々の説明やオリエンテーリングをしているうち放課後となり解散となるまでお預けになってしまった。まだ日は昇り切っていないらしく、昼前の穏やかな時間が教室に流れている。
僕はやはりそのキーホルダーを弄んでいた。ふたつのらせんを繋ぐこの線は一体何なのだろう、という考えをしてる時だった。後ろの石切という女の子がものすごいうっとりとした目で僕の手元を見つめていたのである。
「あのー、石切さん、だっけ?このアクセサリーに何か心当たりでも?」
あまりの恍惚とした表情に、僕は何か言わざるを得なかった(少し恐怖も感じていたのかもしれない)。
「二重らせん・・・」
「え?」
「もしかして好きなの!?そういうの!?」
「あ、いやこれは今日うちの高校の前の遊歩道で拾ったんだよ。僕の趣味ではなくて。石切さん、これが何かわかるの?」
「デオキシリボ核酸」
「デオ・・・?」
「デオキシリボ核酸だよ!!!」
石切さんは嬉しそうにそう叫んだ。
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「いやだから、あの近・・・」
「う、あ、ごめんなさい」
石切さんはあたふたと元の位置に戻る。同時に髪も整えようと手櫛なんかしている。
「まぁとにかく、僕はこれを落し物コーナーに届けにいくよ、これで一件落着だ。じゃあね石切さん」
「まって!!!」
突然アクセサリーを持っているほうの手を掴まれた。
彼女によるとこのアクセサリーはDNA(デオキシリボ核酸)という、言わば生命そのものの情報が書かれた化学物質の構造を模したものだという。
特にこのらせんが二重に絡み合い、間を短い線が結んでいるのはこの物質の大きな特徴で、なかなか他のものにはないらしい。
ワトソン博士、クリック博士というのはDNAの二重らせん構造を発見した生物学者の名前だそうだ。また原則的にDNAは、どんな細胞の中にも入っているという。
そんなものだったのか、これ。バネとか考えてた僕がバカだった。
「わたし、こう、なんていうかな、こう、生き物の壮大なストーリーに繋がるお話が大好きっていうか!」
石切さんの顔は今にもこぼれそうなほどにたーっとしていた。
少し引いてしまう。
「そ、そうなんだ、じゃあこのアクセサリーの持ち主とは気が合うんじゃない?」
「そうだよね!私ね!岩多高校って進学校だから、こういうの好きな子が私以外にもいるんじゃないかなって思って来たの。このアクセサリーの持ち主と合ってみたいなぁ。」
石切さんが僕の目をみてくる。彼女は"期待"している。
こういう時、大人ならどうするだろう。
・・・大人なら、こうする。
「わかった。手伝うよ。このアクセサリーの持ち主と石切さんがお話できるようにね。でもどうする?
まさかこのまま落し物コーナーに預けて毎日そこを監視して誰が来るか見張ってろ、なんて言わないよね?」
「え・・・」
「え!?それするつもりだったの!?」
「流石に無理か・・・あはは・・・」
高校入学早々女の子と交代ごうたいで落し物コーナーを見張る羽目になるところだった。そんなことをしては入学早々に岩多高新一年変人のレッテルを貼られてしまう。僕の目指す大人、とはかけ離れたものだ。
しかし何となく、彼女の“期待”を裏切るのは癪な気がした。
ぼくはその気持ちに答えるべく、少し考えてみた。
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