いきものと謎解き
沖伸橋
First Step バネをみつける
春になった。
三月いっぱいの間は友達と遊び呆けていたせいか、どこか頭がゆるくなった気がする。おまけにあたたかな陽気につつまれて眠気まですごい。電車で通学するなんていうのは初めてだったから、朝一は多少緊張もして目覚めたが、それでも満員の中で揺られるというのは多少なりとも疲れるものだった。
駅を降りると同じ制服に身を包んだ人間が、同じようにぞろぞろと出てくる。ここに混じっているのは僕と同じ一年生だけではなく、二年生や三年生の先輩もいるのだろうか。右前を歩いていた生徒の鞄の縫い目が、少し、綻んでいるのを横目に見つつ、そんなことを思う。
ホームを降りて、改札にパスをかざすとフラップが勢いよく開いた。駅の外に出ると日差しが、前に伸びる遊歩道を照らしている。
僕は鞄を持ち直して、ゆっくりと高校の方へ歩み出た。
遊歩道の途中で誰かに肩を叩かれた。
「ういっす」
突然の事だったので、びっくりして振り返る。
「よっ」
そこには見知った顔があった。
「お前こんな早くに起きれる人間だったのか・・・」
「いやいや、今日入学式でしょ!いつもみたいに遅刻なんてしないって!」
「僕は入学式の途中で慌てて入ってくるお前を見るの、結構期待してたぞ」
「ええ!?いやそれはないよ!?流石に入学式だよ!?」
「お前の生き方の一貫性はそんなもんだったのか。見損なったよ。」
「意味わかんね・・・」
菖蒲は頭を抱えている。
彼は中学が同じだった。三年のときはクラスメートで結構話したりもした仲だ。
「うちの中学から岩多に来たやつ数人しかいないからなぁ・・・ほら、だからあんまり喋れる奴がいないんだよ。なぁ、高校からも仲良くしようぜ~」
「気持ち悪い声を出すな!というか、新しい人間がたくさんいるからこそできることもあるんじゃないのか。前から知ってる奴とばかりつるんでると、新しい友だちができないぞ。」
「そうだけどさ、やっぱ最初は怖いじゃん!?だからさ、ね!?」
「ね、じゃないよ・・・。まぁ僕も入学してすぐは怖いなとは思ってたし。ぼっちになりそうなら互いに助けていこうな。」
「いやそれはないわ。」
「なんでそこ拒否するんだよ!?」
その時だった。ものすごい勢いで誰かにぶつかった。いやぶつかられたというのが正しい。ぶつかられた時の衝撃で僕は遊歩道の石畳にこけそうになる。なんとかふんばって持ち直した。
「・・・」
地面から目線を上げると、目の前に背の高い男子生徒が突っ立っていた。眼鏡は銀縁で知的に見える。髪は短めでさっぱりしていた。それと手に本を広げて持っている。
「あ・・・」
男子生徒は何か言いたげだ。焦ったような、また、心配そうな目で僕をみつめていた。
「ご、ごめんなさい。僕は大丈夫ですよ。」
先に謝ってみる。こちらも菖蒲と雑談に現を抜かしていたところなのだし、非はある。というかおそらくこの人はうちの高校の先輩だろう。
「あ・・・」
男子生徒が僕の目をしっかりと見つめて、その口を開こうとする。
「もう!!かっくん!先に行っちゃダメって言ってるじゃん!もう!!!」
男子生徒の声をかき消すように、遊歩道の下から甲高い声が登ってくる。ショートボブの髪を必死に上下させて、女子生徒がすぐそばまで走って来た。
「かっくん!どうしていっつも改札先に出ちゃうの!?あと本読みながら歩かないでって言ったよね!?危ないでしょ!?」
「あの・・・俺・・・」
背の高い男子生徒はバツが悪そうに眼鏡を直した。
「え!?うん!?この子たちは何!?かっくんの知り合い!?」
「あ、いや違うんです。あの、さっきこいつとぶつかっちゃいまして・・・」
菖蒲が慌てて状況を説明する。
「ぶつかっちゃったの!?ごめんね!かっくん謝ったほうがいいよ!」
「ごめんなさい・・・」
男子生徒は悪そうに頭を下げた。
「いやいいんです、僕が雑談してて不注意だったから。」
慌てて僕も謝る。
「ごめんね。この子いっつも本読みながら歩いてるからすぐ人とあたっちゃって。君たち新入生?」
「はい、そうです!」
菖蒲が嬉しそうに答える。
「そっかー。せっかく入学式の日の朝なのに、色々ごめんね!」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそいざこざ起こしちゃってすみません。」
「ううん。そんなことないよ!ごめんね!・・・さ、かっくん早く行くよ!」
「うん・・・」
女子生徒は"かっくん"と呼ばれた男子生徒と急かすと、二人は遊歩道を学校の方へ走っていった。
「なぁ・・・見たか・・・」
菖蒲がつぶやく。
「何を。」
「あの人だよ。」
意味ありげだ。
「ぶつかった先輩か?背が高かったな。高校生ともなるとあれぐらい背の高い人が」
「じゃなくて!!」
怒鳴られた。
「なんだよ。」
「あの女の先輩だよ!」
「え?」
「え、じゃないよ!!え、じゃ!!めちゃくちゃ可愛かったじゃん!!」
そんなことか・・・。僕は菖蒲に軽蔑の目を向ける。
「お前はこんな朝っぱらから頭の中がピンクなのか。先が思いやられるな。」
「いや、阿倍野こそおかしいよ!逆にあんな可愛い人みて何も思わないのか!」
確かに彼女は美人だと思う。それと大人っぽいとも。でも・・・
「でも、そんな大声で言わなくてもいいだろう・・・」
横を通りかかった男子生徒の集団がこちらを向いてクスクス笑っている。
「う・・・」
菖蒲は周りをみまわすと、恥ずかしそうにした。
「まぁ確かに美人だったな。」
僕も多少はそう思ったわけだし、同意はしておくことにした。
「だろう!?はぁ、高校ってのはすごいんだなぁ。岩多高にはあんな人がうじゃうじゃいるんだぜ・・・」
「うじゃうじゃかどうかは分からんだろ。」
「でもさぁ・・・・・あー!ワクワクしてきた!阿倍野、早く行くぞ!」
菖蒲は突然遊歩道を駆け出した。
待て、と大声で叫びそうになる。いや落ち着くんだ阿倍野酵介。今日から僕は高校生なんだ。落ち着かなければならない。高校生は大人なのだ。中学生とは違う。自分に言い聞かせるように心のなかでつぶやいた。
菖蒲を追って、また歩き出そうとした時だった。自分の足元に一瞬、何かが光ったのが見えた。
地面を見る。
「なんだこれ・・・」
それはビーズでできたアクセサリーだった。
本体からは、小さなチェーンが通してあって先はフックになっている。チェーンは切れてしまっていた。
しかしながらそのアクセサリー自体の構造が問題だった。
ふたつの線が、らせん状に絡まって並行に伸びており、そのふたつの線もビーズの短い線で何箇所かつながっている。一見バネのようにも思えた。バネのアクセサリー、だろうか。しかしなぜこんな可愛く作られているのか。持ち主は女の子に違いない。バネが好きでアクセサリーにしてしまった女の子。
何だそれは・・・。
普通なら公道の落し物など気にもとめない僕だったが、何故かとても気になり回収してしまった。この遊歩道を使うのはほとんどが岩多高生だと聞く。恐らくうちの高校の生徒の落し物だろう。落し物預かり所にでも持っていけばこの珍妙なアクセサリーの持ち主も見つかるかもしれない。もしかしたらさっきのショートボブの女子生徒が落として行ったのかも。
アクセサリーを鞄に入れると、菖蒲の姿はもう見えなくなっていた。
僕も先を急ぐとしよう。
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