第3話 体内時計

「人間の体内時計ってね、25時間なんですって!」

新聞を広げ、窓際のテーブルで、肘をついて。

栗色の波打つ髪をかきあげて。

その時目にした事柄を、誰にともなく、大声で報告する母だった。


「ほぉ。それは興味深い」

大して、興味無さそうに、返答しつつ、ネクタイを締めて、背広に手を伸ばす。

そんな、父だった。


そんな、他愛の無い、ごくありふれた風景が。

ひどく、温かく、いとおしむべき、有限な風景だったのだと。

気が付いたのは、両親が亡くなって、四十九を終えた、ある、朝の事だった。


あれ、昨日は、朝日の昇るのを、見たな、と。

そして、その翌日は。

母の見ていた、朝のテレビ小説をやっているな、と。


あれ?

起床時間、一時間づつ、遅れてないか?


些細な興味から、記録してみれば。

起こす人が居なくなり。

尚且つ、傷心であろう、大和をそっとしておいてくれる、優しい周囲の人達のおかげで。

大和の体内時計は、地球の自転とは、違う時を刻み始めたようで。


それに気付き。

母の一言を思いだし。

面白いな、と。

思ったのだ。


両親を亡くして、初めて。

心が動いた瞬間だった。


そして。

体内時計の朝が。

世の中の朝と、巡り合ったその日。


大学に、退学届けを出し。

役場で、飲食店経営に必要な、手順の、教えを乞うたのだ。


カフェ&スナック【25】は、こうして、誕生し。

日々、一時間づつ。

開店時間が遅れていく。

営業時間は、十二時間。

五日毎に一日休業。


大和にとっては、シンプルな。

客にとっては、摩訶不思議。

開いていたら、儲けもの。


そんな、こんなの、【25】

カフェ&スナックでございます。

お酒は、夜の六時から。

どうぞ、ご愛顧下さいませ。




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