第2話 ナポリタン

「暑いねぇ」

入ってくるなり、ネクタイを緩める男性客。


冷蔵庫から、手拭いとお冷やを用意し、40代だろうか、男性の前に置く。

「いらっしゃいませ。今日のご飯はナポリタンですよ。」

時々寄ってくれる男性客である。

名前は知らない、ハズだ。


「給料出たからさ、チケット買おうかと思って。」

「ありがとうございます。五百円券十二枚で五千円、二百円券十二枚で二千円ですが、どちらにしましょう。」

「両方貰うよ。今日から使える?」

「勿論です。ウチで保管させて頂いても良いですし、お持ち帰り頂いても」

「保管、お願いするよ」

「では、この栞の中から、お好きな柄をお選び下さい。」


保管させて頂く券の、割り印代わりの栞は、大和の手作りである。

そう、凝ったものでは無いが、短冊形の厚紙に和紙を貼り、25、と印を捺してある。

小さなリボンを、上下共に付けてあるのが、変わった所といえる。

お客様にお選び頂いたら、ハサミでパチンと切れば、割り印の出来上がりである。

その時の気分で、斜めだったり、楔型だったり、と、切り方を変えている。


今日は、一人目のお客様で、お仕事途中の様子。

お急ぎかもしれない。

男の選んだ濃い緑の竹の模様の栞を、三分の一付近で、パチンと真っ直ぐハサミを入れた。

「お好きな長さの物をお持ち下さい」

財布に仕舞うなら短い方、栞として使うなら、長い方が良いだろう、と、いつも、少し長さを変えて居るのだ。


「ほう」

ちょっと、目を眇め、内ポケットから手帳を取り出し、長い栞を手に取った。


「では、この帳面に、お使い頂く都度、印を捺させて頂きます」

緑、赤、青。

背表紙を色分けした薄い小型の大学ノート。

その、緑のノートを開くと、上下に分けられ、各十二に線引きしてある。

その上下一つづつに印を捺した。

「本日のお会計は、七千円になります」


大和は、店を一人で切り盛りしている。

調理の前には、必ず手を洗うため、会計は先払いにしている。

食べ終わり、飲み終わったら、好きなように席を立てると、ご好評頂いている。

飲み物は二百円、食事は五百円。

午後五時過ぎから出す酒も、徳利やグラスのサイズを大小分けて、二百円と五百円。


何しろ、店名が【25】である。


大和は、意外と、単純である。

・・・頭が悪い訳では、無い、筈だ。

かつて、言われた事がある。

「ヤマトはね。何て言うか、んーー。そういうのを、多分、シンプルって言うのよ。」


そう言った、母は、もう亡い。











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