第3話 見合い
○ 中国。道路わき草むらに突っ込んだタクシー。
杉山が助手席の倭を心配そうにのぞきこむ。
杉山「倭さん、いけるか」
倭「え?あ、ああ……杉山さん」
ようやく状況を把握する倭。
倭「なんだか記憶が走馬灯のように……」
車をおりる倭たちにゲラゲラと笑う声が届く。
運転手たちと同行した林が談笑しているのだ。
倭「どういう神経してるんだ」
杉山「まあ無事でよかったですわ」
倭「そうだ藤井さんは……!」
藤井「ちびった……」
藤井は失禁しており濡れたズボンが気持ち悪そうにもじもじしていた。
倭「トランクから着替え出しましょう」
ため息をついてつぶやく。
杉山「せやな」
○ 瀋陽の街並み
瀋陽のビル群に圧倒される倭たち。
倭「建設中のビルが多いですね」
杉山「いきおいを感じまんな」
タクシーはひなびたホテルの前に停まった。
倭「こりゃまた年季がはいったホテルだ」
杉山「三百万円でこれはないやろ」
大酒店とは名ばかりの建物を見上げた。
林「急ぐね。花嫁さんたち待てるよ」
ひとりだけ元気な林が玄関前から呼びかける。
ロビーには20人近い女性が待ち構えていた。
倭「なんだこの人数は?」
林「みなさんこれから花嫁さん選んでください」
杉山「花婿六人に花嫁候補がぎょーさんいてるわ!」
倭「林さん待ってください、ぼくの相手は楊さんのはずでしょ」
林「没問題、没問題、楊さんもきてますよ」
たしかに倭と視線をあわせない楊小雪が後ろにたたずんでいた。
倭「それじゃなぜ?」
林「もっといい人いるかもしれません」
倭「いまさらなにを……!」
杉山がいきどおる倭の肩に手をおき制止した。
杉山「倭さんここはむこうの手にのりましょ」
倭「え?杉山さんだって決まっていたお相手がいるはずじゃないですか」
杉山「どうせ本当に会うのは今日がはじめてなわけやし、それに……」
そっと倭に耳打ちする。
杉山「日本人好みのサクラをつかまされたかも」
倭「まさか?」
杉山「ちがう相手みつくろったほうが無難かもしれんで」
倭はうつむき思いつめたように立ちつくしていた。
倭「そう器用に気持ちをきりかえられるようならこの歳まで独身でいないよ」
自嘲気味に吐き捨てた。
○ ホテルの広間。
円卓を囲む花婿と花嫁候補たち。
倭のテーブルには楊小雪一人。通訳すら席についていない。
倭「ニーハオ」
楊「ニーハオ」
盛り上がる周囲の見合いに比して、ぎこちない二人。
倭は電子辞書、楊はメモとペンを手にしている。
紙には<結婚>の文字が書かれている。
倭「これが簡体字……漢検準二級でも筆談でいけるか」
倭(自分だけはほかの女性との見合いを拒否し楊さんとだけ話をした。そして結婚を申し込み楊さんは受け入れてくれた。拍子抜けするほどあっけなく婚約は成立した。ほかの人たちもそれぞれ婚約したが自分以外に訪中前の相手と成立したのは藤井くんだけだった)
藤井の婚約者は日本のコギャルのような濃い化粧の女性だ。
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