プロジェクト写楽
「先生、先生」と寝ているのを番頭さんに起こされた。
うーん。と目をこする。
「先生、あるじが寄り合いに行くと申して先生をお呼びするようにいわれました。」
「そうでしたね。じゃあ、いきます」
そう言って服を着替えたが結局帯の絞め方は番頭さんに教わった。
「今夜はわれら版元と浮世絵師の先生方が大勢参ります。先生の事も噂になっておりますよ」
言うのが遅れたがこの蔦重こと「蔦屋重三郎」は今でいうところの「小澤征爾」や「映画監督」を兼任するプロデュサーにあたる。その中でも蔦重は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
ところが数年前、お上から罰をうけて財産を半分召し上げられていた。
吉原の大門を通りいつも通り三浦屋で一席を設けた。
後で名前を聞いて驚いたが教科書で見たことのある作者たちがいた。
歌川豊国、丸山応挙、谷文晁、なんでも鑑定団に出てる絵を描いた人たちだ。
彼等からの質問攻めには参ってしまったが、彼らの描いた絵を肉眼で見ることが出来たのは幸せだった。
やがて女たちが入ってくる。
吉野太夫もいた。
吉野はゆっくりと隣に並んだ。
「やるね~、斉藤先生は。。。」
寄り合いは盛り上がってきた。
その時を見逃さず、蔦重が大きな声を出した。
「わたくし蔦屋重三郎こと蔦重。今回、一世一代の大喧嘩をしようと思っております。」
「よ、つたや」と声をかけるものがいた。
「喧嘩の相手は「ご公儀」でございます。山東京伝先生の敵討ちでもございます」
すーと静かになった。山東京伝とは蔦重とともに幕府にお咎めをうけた作家である。
「今回わたくしは斉藤十六兵衛先生に筆を取っていただき、東洲斎 写楽(とうしゅうさい しゃらく)という名前で売り出したいと思います。」
「つまりは東洲は江戸、つまらねぇことでお咎めなんかを出すご公儀なんてしゃらくせい、で写楽です」
皆話に飲まれたがまだつづいた。
「しかも、写楽は10か月で消えます。謎の絵師というわけです」
「ほう」
みな、満足げな顔をしている。松平越中守が老中になってから版元業界も冷え切っていた。
不満の先は越中守にある。
それをこんな「粋」な江戸っ子らしいやり方で喧嘩を売るなんておもしろいのである。
当の斉藤は呆然としていたが、とりあえず仕事の口は見つかったということになる。
たちまち拍手で会場が包まれる。
吉野太夫と斉藤は二人だけになっていた。
「これ、安いものだけれども、吉野さんに似合うと思って。。。」
といって銀のかんざしを送った。
「うれしいでありんす」といって唇を重ねる。
「この前はありがとうございました。こんな僕を間夫って言ってくれて。。」
「でも、少し怖くて。。。」吉野は目を伏せた。
「ぬしがどこかに行ってしまいそうで。。。」
銀のかんざしを斉藤は手に取り吉野の髪に刺した。
月夜に照らされてきらきらと光る。
そして二人の夜は更けてゆく。
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