江戸の町
当時江戸という都市の人口はパリやロンドンよりも多い世界最大の都市だった。
しかも当時のパリやロンドンには馬の糞などが落ちており、衛生的ではない。
しかし江戸は非常に衛生的だ。たとえば「くずや」という商売がある。
今でいう紙のリサイクル業だ。彼らは紙のくずを買って生計を立てている。
「あの~~」と小さな声で丁稚さんに声をかけた。
「これは先生。何か御用ですか?」
「先生」という言葉がまだしっくりこない。
「紙と鉛筆ありますか?」
「えん ぴつ と申しますと」
しまった、鉛筆は無かったか、と思った。
実際は江戸初期に鉛筆は伝わっているが、それは家康が使ったもので一般の人々は使っていない。
そうだ、とおもいだした。
「紙と炭ありますか?」
「はい、ございますが。。。」
といって店から裏に案内された。
裏に炭小屋があり、そこに山のように炭はある。その一つを手に取るが、どう考えても太すぎる、鉛筆の代用にはならない。
「あのう。。。。」
「なんでしょうか?」
「この炭を縦に細く切ってそれに布を巻いたものって作れますかね?」
「わかりました。おい五作。ごさく」
五作とはこの家で雑用をやっている人らしい。この時代人件費は非常に安い。
「へえ。」と五作はこたえた。
丁稚が「鉛筆の代用品」の作り方を五作に伝えた。
「こったらもん、なんにつかうだか」
と言いながらも五作は10本も作ってくれた。
「ありがとうございます、五作さん」
「へえ。こったらもんなら何個でも作るべ」
「そうだ」
と五作に小さな銀の塊を渡した。昨日もらった蔦重の財布の中にあったものだ。
「ありがとうごぜえます」五作は深々と頭を下げた。
こうして作ってもらった鉛筆の先をそれぞれ違う太さの線になるように削っていく。こうしてデッサン用の鉛筆はできた。
それをもって江戸の町に出る。
今まで見たこともない世界がそこにはあった。
とりあえず「おもしろそうなもの」をスケッチしてゆく。
人物。建物。いろいろと描いて行く。
その作業を四日やったがまだまだ描きたいものはあった。
とりあえず、デッサンした中で浮世絵っぽくなるものを選んで筆で清書していく。
当時の絵具は色の付いた岩を細かく砕いてそれを水に溶かして描く。
筆をいろいろ変えては色を塗ってゆく。
四日ほどかかって「第一号」が出来た。
「ほう」蔦屋重三郎は唸った。
「先生なかなかの出来ですね。まるで絵の中から飛び出してきそうだ」
「先生ってのは恥ずかしいからやめてください」
「じゃあ、なんとお呼びしたらいいので?」
「斉藤でお願いします。」
「わかりました、斉藤先生」
蔦重は全然わかっていない。
「ところで、、」
絵を見ながら蔦重はしゃべり始めた。
「吉野とはあのあと逢いましたか?」
「いえ。絵を描くことに真剣だったので、、でもいずれまた書かせていただきたいと思います。」
「貴女のうわさで中は持ちきりですよ。吉野の間夫はどこのどいつだってね」
「そうなんですか。確かにおきれいな方ですね」
「は~」
まだまだ16歳、恋の駆け引きは苦手と見えた。
「今夜ちょっと「吉原」で寄り合いがありましてね。先生にもぜひ来ていただきたいのですが。。」
「いいですよ。ついでに吉野さんの絵を描かせていただこうかな」
「ぜひ、そうしてください」
そういって描いた絵を店の方に蔦重は持っていく。
この絵をもとに、彫り師という職人が版木をほり、出来上がったものを摺り師が着色して刷り上げる。完全分業制になっており、早ければ二日ほどで店に出回る。
少し疲れたので自分の部屋で横になっているとふいに「吉野」の顔が頭に浮かぶ。
吉野太夫の美しい姿をまた描いてみたくなった。
そう考えながらうとうとして眠ってしまった。
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