第13話 今までと違う日常

「ちょっと、今大丈夫?」

何日かぶりにケヤキさんに、そう誘われた。

その頃僕は、ヒイラギさんに振り回されていたので、何がなんやらと大分疲労していたのだと思う。彼女と話せるということが、すごく癒しに思えていた。

「う……うん。ぜひ。」

そう言って二人して教室を出たところだった。

「あ、タチバナ君。丁度良かった。」

扉の外にはヒイラギさんが立っていた。そして、彼女はケヤキさんを見るなり、

「ちょっと、何、人のパートナーと話しているの?」

と彼女に詰め寄った。

「少し、タチバナ君と話したいことがあって。それくらい良いでしょ?」

ケヤキさんはあくまでも冷静に言った。

「それに、ここまでベッタリだと、タチバナ君が可哀そうよ?」

と忠告までしてくれた。

「そんなのあなたに関係ないでしょ?それとも人の物になったから、今更悔しくなったの?」

とこれみよがしに勝ち誇った顔で、言った。鼻で笑うことも忘れずに。

そして彼女は僕の腕を取って、強引にケヤキさんと離そうとした。ああ、このままいつものパターンで別の場所に連れて行かれるのかな?なんて僕が思っていたら、ガシッと違った温かさが、僕の腕に乗った。

「それは、タチバナ君が決めることじゃないかしら?タチバナ君は貴方のじゃないわよ?」

とケヤキさんの凛とした声が響いた。

「何よ、あなた。」

ヒイラギさんは、ケヤキさんの手をどかした。

「私たちは、恋人であり、パートナーなの!パートナーも持っていないあなたに、言われる筋合いはないのだけれど?!」

そして、行こうと僕の腕を強引に引っ張った。

その様子を少しだけ、悲しそうな目でケヤキさんは見ていた。

そう、彼女にそんな風に見られていたのだ。

バッと握られていた腕を振り降ろして、僕はヒイラギさんの手を放した。

「ちょ……どうしたの?タチバナ君。」

ヒイラギさんは、僕の方を信じられない者を見るような目で見つめた。

そんな彼女に向かって僕は、

「ケヤキさんとの話が先だから。」

とキッパリと言った。

「ちょっと、何言っているのよ?!パートナーが先に決まっているでしょ?!」

バカなことを言わないで、と言う風にヒイラギさんがもう一度、僕の腕を掴もうとしたら、

「聞こえなかったの?タチバナ君は私と話がしたいって言ったの。」

とケヤキさんが間に入ってくれた。

彼女の背中からもすごい気迫が伝わったから、正面から対峙しているヒイラギさんは、もっと感じたのだろう。

「い……いいわよ、もう!」

そう言って彼女は、その場を去った。

「ありがとう。」

彼女が去ってから、僕はケヤキさんにお礼を言った。

「それは私のセリフだよ。」

振り向いて言った彼女の顔は、照れていた。

「で、話って何?」

そう僕が聞くと、

「大丈夫かなー?と思って。最近のタチバナ君、疲弊しているみたいに見えたから。それだけ。もしかして、彼女さんに振り回されているんじゃないかなあ?なんて思ってね。」

と笑顔でそう言われた。

大当たり!と彼女を拍手喝采したかったが、ここは学校で、しかも教室の前の廊下で、他の人の目もあったので、僕はただ静かにコクリと頷いた。

あまり大げさにしないように、小さく。遠くの人からは分からないように。

そんな僕の様子に、

「やっぱりね。」

とどこか勝ち誇ったような顔で、彼女は言った。

「でも……」

とその後に続いたのは、意外な言葉だった。

「タチバナ君にとっては、彼女が初めてのパートナーだもんね。続けていた方が良いんだよね。退学も免れるし。」

と寂しそうに言われた。

「そ……そうだね。」

と僕もズキズキとする胸を抱えて、そう答えた。

彼女が僕のパートナーになってくれてから、確かに学校生活は劇的に変化した。ケヤキさんでさえ根本的に変えられなかったイジメも終わりを告げたし、何よりも僕はやっと学校の生徒として受け入れて貰えたような気がしていた。その代償に、今までケヤキさんといた楽しい時間は、全て無くなってしまった。

「話はそれだけ。もしも、君が時々あそこを利用したくなったら、言ってね。事前に鍵を開けておくから。」

そう彼女は言って、去って行った。多分……近くで聴いているのであろうヒイラギさんに、話は終わったなど報告に行ったのだろう。彼女が近くで僕たちの会話を盗み聞きしているだろうことは、明白だったから。

僕は久しぶりの、束の間のケヤキさんとの会話が嬉しくもあり、そして儚くも感じた。

パートナーを作れなければ、学校に居れなかったのだから、これは喜ぶべきことなのだろうけれど、でも、こんな風に何も考えずに作ってしまって良かったのだろうか?と思いながら。




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