それでも彼女は星になった

NOZOMI

それでも、彼女は星になった。

彼女は笑顔が素敵で、



彼女はとてもおしゃべりで、



彼女はどんな時も前向きで、



彼女はいつも明るくて、



彼女はいつも僕の傍にいた、




それでも





それでも彼女は星になった。






「ねぇ聞いた?」


「何?」


「転校生が来るんだって。」


「転校生?」



・・・



ある夏のある日、僕 関昴(せき すばる)は天体望遠鏡を担いで海岸の近くにまで散歩していた。


砂浜の上に天体望遠鏡をセットして、夏の夜空を覗き込む。


ベガ、デネブ、アルタイルは勿論、さそり座のアンタレスも見えた。


けれどペルセウス流星群は見えなかった。


「なぁんだ、今日も収穫なしか…」


天体望遠鏡から覗くのをやめて、砂浜に身を倒して大の字になる。


「ペルセウス流星群を探してるの?」


誰もいないはずだった砂浜に、ひとりの少女が僕の横にまできて空を見上げながら言った。


「よく知ってるね、もしかして星座とか好きなの?」


「ちょっと知ってるだけ、ほとんど知らない。」


「てか、見知らぬ顔…だね。どこの学校?」


「最近、ここに来たんだ。というか引っ越してきたの。ちょっとした事情でね。」


「ちょっとした事情?」


「そう、ちょっとした事情。」


「ふーん」

少し起き上がって少女の話を聞いていたのだけれど、なんだか気が抜けてまた砂を布団にして体を寝かせた。


「でも良かった。」


「何が?」


「ここでも、星が綺麗で。」


「どういう意味?」


正直僕には意味がわからなかった。それほど星にこだわりでもあるのだろうか。


いや、そうじゃないはずだ、だって彼女は星について知らないと自分から言ってたではないか。


「それもちょっとした事情。」


「意味わかんねーの。」


「意味わかんなくていいの。」


「なんで?」


「だって私たち、今会ったばっかりだよ?」


「確かに…」


そういえば、この子どんな顔してるんだろう。星を見上げててよく見えなかった。

服は清楚な白いワンピースで、靴は水色のサンダル。左手にはなにかのノートを抱えていた。


「ねぇ、君は将来何になりたい?」


急に顔をこちらに振り向いて、難しいことを聞いてきた。

すごく凛々しくて可愛い少女は僕に尋ねる…って何考えてるんだ僕は…。

僕は頬から耳まで、きっと赤かったに違いない。

けれど夜の暗闇、僕の懐中電灯しか照らさないところで僕がこんなに惚れていたことには気づかれていないと慢心していた。


「将来…、将来は医者になりたい。」


「すごいねぇ、夢。ちゃんとしっかりしてるんだね」


「夢はしっかりしてても、実現できるかはわからないよ。」


「そうかなぁ、夢がしっかりしてることはいいと思うけど?」


「じゃあそういう君は将来何になりたいの?」


「私?」


「うん」


「私はね、星になりたい。」


あまりに拍子抜けな答えに、何も返せなかった僕に彼女はわはは!っと笑って続けて言った。


「あー!今私のこと変なこと考えてる人とか思ったでしょ?」


「えっいや違っ!」


「ちがくないちがくない!絶対思ったって!」


「だって、余りにも拍子抜けだったから…」


「でも、本気だよ?」


彼女の声は、真剣だった。と僕は思う。


「どうして、星になりたいの?」


「どうしてだろう。明るくて、どこでも見守れるからかな?」


「ありきたりすぎるよ」


「そうとも言う。でも、なんだか星って永遠に光り続けてそうで…

ああやって、暗くて寂しい夜もずっと照らしてるあんな星に、私はなりたいなぁ」


「太陽じゃダメなの?」


「太陽もいいけど、私は星がいいかな。」


「僕にはわからないなぁ…」


彼女はその言葉を聞くと微笑んで


「そうだよ、君にはずっと解らないことだよ。いや、わかっちゃいけないのかも。」


「そういうことにしておくよ。」


彼女と話したその夏のある日は終わった。



・・・



綺麗な青空とそれより濃い紺色に白い光が混ざり合う海が見える朝。

僕は自転車を漕いで学校に行く。


夏休みといっても、なぜか週に一回授業のあるこの変わった学校はチャイムを鳴らして生徒を急かす。


校門ががらんとしているのが見えてきた。


僕は見事に遅刻をしてしまった。


僕は最後の賭けにでた。すぐに、自転車を自転車置き場に止めて、かごにあるカバンを取って校舎めがけて走り出す。


1段またいで階段を上り、自分の教室2-Bめがけて突っ走る。




「えーそれじゃあ転校生を紹介す、」


ガシャン!!という音に全員黙り込む生徒


「せ、セーフ。ですよね?先生?」


「おう、セウトだな。」


「どっちすか、先生…。」


「とりあえず席に座れ。」


そう言って、先生は僕の肩を優しく叩いて僕の席に送る。


周りの生徒の笑い声に包まれながら僕は席に着く。いやぁお恥ずかしい…。


「スバル、また遅刻かよ…どうせペ…ペペロンチーノなんちゃらでも探してたんだろ?」


「ほんと、スバルはそういう所鈍臭いよねー」


「ペルセウス流星群だよ。ばーか。あと!どんくさくない!」

後ろから話しかけてきたのは、僕の親友の浪川慶(なみかわ けい)と幼馴染の安藤理沙(あんどう りさ)だった。


「あー、えーっと、気お取り直してなんだが、今日は転校生が来る。いま職員室にいるからすぐにここに呼んで自己紹介してもらおうと思ってるんだけど、ちょっと待ってなすぐ呼んでくる。」


そう言って、先生は教室から出て転校生を呼びに行った。


周りは転校生の想像でざわついていた。どんな子なんだろうとか可愛いのかなぁとか。


僕は一切転校生の情報を知らなかったので想像ができなかった。


「転校生、可愛いかな。」


慶が聞いてくる。


「さぁ?」


「巨乳だったら最高だよなぁ…俺毎日拝むわぁ」


「お前さぁ…」


くだらない会話をしていると、早速先生が戻ってきた。


そして先生の後につくように一人の少女が入ってきた。


「今日から俺らの仲間になる、天野夏樹(あまの なつき)さんだ。さ、なんかみんなの前で一言!」


先生は自分の教師用の教科書を丸めてマイクに見立てて天野さんに向ける。


「長野県の高校から転校してきました、天野夏樹です。よ、よろしくお願いします!」


天野さんがお辞儀をすると、クラスのみんなはよろしくー!!とか可愛いー!とかお祭り騒ぎのようなノリだった。


慶はアルファベットを連呼していたが・・・聞かないことにした。


皆のその迎える優しさは天野さんにはとても心を落ち着かせる材料のひとつだったに違いない。




その日はずっと天野さんには取り巻きがいた。


興味津々のクラスメイトと明るく返す天野さん。


僕は彼女に近づこうともせずにただ、眺めていた。


「ねぇどうやったらそんな綺麗な肌でいられるの?」


「えぇ?それはねぇー!もう!裏の努力があるからだよー!」


「なにそれ、ウケる!」


「天野さん面白いね!!」


「天野さん何カップ!?」


おい…慶お前なんてことを…


「えっと…そういうのは非公開かなw」


「えぇそんなぁーあまのさぁあん」


「ごめんね、胸の話だけは苦手なんだよね私」


「ほらー!夏樹ちゃんも言ってるじゃん!慶の変態!」




話題の絶えない天野さんは、クラスの注目の的になった。


放課後の事だった。


僕は特に部活に入っているわけでもなく、日々音楽を趣味としているだけだった。


といっても、学校のピアノを適当に弾いてみたり、家に帰ってギターとかしたり。


自由奔放な生活だった。


今日も僕はいつものグランドピアノのある学校の広場に行こうとしていた。


鼻歌を歌いながらそこに行こうとすると、ピアノの音がもう鳴り響いていた。


いつもは僕の貸切のステージに、先客が居るようだ。


聞いていると、それはドビュッシーの月の光だった。


グランドピアノのある広場と繋がる廊下の角から、覗いていた。


弾いていたのは、天野さんだった。


その時には、もう随分聞き入っていたと思う。


なんだか、その音一つ一つに儚さのようなものがあって、胸をグッと握られるような感触だった。


喉からつばを飲み込んでその姿を見る。


自分も弾こうとしていた楽譜を持ってきていたのだがバレないように帰ろうとしたのだが…。


そのタイミングでバランスを崩して転んでしまった。


彼女の月の光は止まり、もう僕に気づいていた。


「大丈夫?」


「あぁ、えぇと。大丈夫…。」


自力で起き上がると、彼女は微笑んで。


「なんだ、あの時の…」


と言った。


「あの時…?どの時?」


「忘れたの?昨晩一緒に話したじゃない?」


「えっ!?もしかして…!?」


「そうだよ!星になりたい夏樹だよ!!」


「あの時は暗くてよくわからなかったよ…」


「むぅ、私は暗い顔などしてないのに!」


「そういう話じゃなくて…」


彼女と、またたくさん話をした。溢れるばかりの想像の世界を共有しあった。


「そういえば、さっき弾いてたの。月の光だよね、ドビュッシーの。」


「そう、私の一番好きな曲。」


「どうして好きなの?」


「好きなことに理由はいるの?」


「え?」


「私は直感的にこの曲が好き。だからこの曲を好きになる理由なんていらないと思う。」


「そう、なのか…」


納得しがたいその彼女の持論のようなものは僕の価値観を動かしていた。

まるで今あるものをそのままに感じることが大切なのではと、僕が失っていた小さな価値観。

でもそれは変われば大きくて急な変化になる物。


「ねぇ」「あのさ」


『あっ』


僕らは、互いに同時に話しかけようとして、声を揃えて一旦引く。

僕が両手でどうぞっとジェスチャーすると、彼女は自分の胸に手を当てて。


「せっかくの話なんだけどさ…?」


「?」


「あの…」


「あの…?」


「私…」


「君…?」


「あ、やっぱやめる…」


「えええーここまできて!?」


「うん、いいじゃん」


「じゃあさ、僕から」


「うん?」


「好きになりました、付き合ってください。」



ダメもとで聞いてみた。無邪気な告白は、彼女の微笑みと僕の照れ笑いが混ざりながら受け入れてくれた。


「まじで!?ほんと!?」


「うん、顔も性格も考えてることも、みーーーーんな 私のタイプ」


「直感?」


「うん、直感」


「ひどいなぁー」


「じゃあスバくんは?」


「直感」


「ひどーい」


「えぇ、だって自分で言ってたじゃん!」


そんな会話をしていると、なんだかバカらしくなってきて、一瞬の間から笑いが溢れた。




・・・




その日から、彼女と夜は星空を見るようになった。誰もいない砂浜に波の音と少女の声。

それと少しの夏虫が、この景色を創りだす。


僕と彼女二人で、ペルセウス流星群を探すようになった。


でも、見つからなかった。


「はぁなんで見つからないんだろう。」


「きっと、それは私が星だからだよ。」


「なんだよそれ」


僕はきっとその時、馬鹿にするような笑い声だっただろう。


「私が星になったら、流星群見れるもん。」


「ふーん。」


「信じてないでしょ?」


「信じてるとも。」


「理由は?」


「直感。」


「えーーーなにそれー」


「さぁねぇなんでしょう?」




・・・




ある日の夏の日のことだった。


いつもの様に、天体望遠鏡を担いで海岸の近くにまで散歩していた。


そして、いつもの様に、彼女と覗きながら話したり…とするつもりだった。


今日は彼女は来なかった。


いつも一人でやっていたことなのに、何故か二人から一人に減った時に寂しくなる気持ちはたくさん出てきた。


きっと何か家の事情でもあったのだろう。明日になったら慰めてあげなきゃなぁ。と思っていた。





けれど、何かがおかしかった。





週に一回の学校でさえ顔を出さない彼女は、ついに僕にも音信不通になった。


クラスメイトも、最近の彼女についての話題もあり心配になってきた。


僕は、すぐに職員室に行き、先生に話を聞いた。


先生は、最初苦笑いをしていた。




「先生、最近、夏樹…えっと天野さんを見ないんだけど…なにかあったのかな…」


「なにかはあったさ。」


「知ってるのか!?先生、教えてくれよ。」


「まぁ、あいつの”最後”の王子様にはちゃんと伝えないといけないよなぁ…」


「最後…?」


「ん、とまぁここで話すのはいろいろとな…職員室じゃなくて屋上にでも行くか?」


そう言って先生は僕を屋上に連れて、彼女の秘密を全て明かそうとしていた。


「あいつはぁ、ちょっとなぁ、病気を持っててなぁ。」


「びょ、病気!?そんなの聞いてないよ。」


本当に聞いていなかった。彼女が病気だったなんて気づきもしなかったしわからなかった。


「悪性葉状腫瘍って言ってな、いわゆる乳がんなんだ、夏希は。長野の親御さんも海好きな夏樹のためを思って海の近いところに引っ越してきたんだとさ。その親御さんも夏樹も自分の病気についてしっかり理解している様子だった。」


「そ、そんな…その病気直せないの?」


「そもそも悪性葉状腫瘍っていうのはな、切除が難しい病気なんだと。」


その後、僕は先生からの信頼によって彼女がいる病院を教えてくれた。


面会受付を済まして、彼女の病室を探す。


機械音に囲まれたその無機質な病室にただ一人、まるで別人のようになっていた夏樹がベッドの上で呼吸器を付けて眠っていた。


「な、夏樹?」


彼女はその声に気づいて目を開く。目を開くと、あぁバレちゃったかとでも言うような顔で、目をそらした。


「なんで、言ってくれなかったんだ…」


その時、彼女の目から潤いに満ちた涙がぽろりぽろり流れていた。


僕はずっと手を握って、謝り続けてた。きっとあの時すごく鬱陶しかったかもしれない。


どうやら僕が来た後の時は術後だったらしく体力も限界に来ていたらしい。



・・・



次第に病院に行くにつれて元気になる彼女だったが、病院に出られることはなかった。


彼女を貪るように、病気は彼女の活気までも奪ってしまった。


痩せ細くなった彼女は毎日自分の状態を受け入れるのに必死そうだった。



それ以来、僕は天体望遠鏡を病院に持っていくようになった。



「私、死んじゃったらどうなるんだろうね。」


苦笑いをしながら彼女はそう言った。


「そんなこと、誰にもわからないよ。」


「天国、行けるかな。」


「天国に行くの?」


「地獄よりもマシかなって。でも…」


「でも?」


「天国も地獄みたいなものだよね…会いたい人に会えなくて…絶対天国じゃないよ…」


その言葉を聞いて、あっと納得させられた。無念のあまり死んでしまった人は、きっと天国でも悲しんでいるに違いないと。


たとえどんなに良い所でも大切な人がそばにいなければそこは地獄に化すという彼女の考えはどこか筋が通っている気がした。


「でも君は言ったじゃないか。」


「え?」


「星になるって、ペルセウス流星群になるんじゃないの?」


「ふふ」


「なんだよ」


「わっはははは」


彼女はその日、一番の笑顔を見せた。


いや、もうあれが最後だったのかもしれない。


僕は咄嗟に彼女の唇にキスをした。


彼女はこんなのずるいよ、なんて言って怒っちゃったけど、僕のささやかな愛情表現だった。




・・・


彼女のお葬式にはクラスメイト全員で行った。

皆を明るくするポジティブな彼女はクラスメイトにとって大きな存在だったということが、彼らの涙で分かる。

淡々と終わりを告げるお経と遺族の悲しみが耐えなかった。


僕はお焼香を済ませて食堂のようなところに行った。


・・・



































ある夏のある日、僕 関昴(せき すばる)は天体望遠鏡を担いで海岸の近くにまで散歩していた。


砂浜の上に天体望遠鏡をセットして、夏の夜空を覗き込む。


ベガ、デネブ、アルタイルは勿論、さそり座のアンタレスも見えた。


そして、僕が今まで探してきたペルセウス流星群が綺麗な光を放ちながら輝いていた。






























きっと、今悲しい天国にいるのかもしれない。

きっと、今あそこでも無念の思いを持っているかもしれない。

きっと、まだ彼女にはやりたいことはあったかもしれないけれど。

彼女は残りの命を託して死後の自分を定めていた。



それでも、彼女は星になった。









































「綺麗だよ、夏樹。」









































拝啓、夏樹へ


元気にしていますか?


こっちは君を見届けて9回目の夏が来ました。


今思うと、とてもあの時は僕も夏樹も輝いていましたね。


僕はもう、とっくに大人になり、嫁さんも居ます。


結局僕の夢は叶いました。


今は総合内科の医師になってます。


でもあの時将来の夢というのは医者になること…程度だったけど、医者といってもいろんな医者がいるわけで…


そう考えると、君の方がしっかりしていた夢かも知れないね。


今度、そちらのお父さんお母さんに挨拶しに行きます。


だからちゃんと見守るんだぞ!!


関 昴








星になった君は今年も綺麗に輝いていた。

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