第3章 Bパート
校庭の方は本格的に暗い。今まではそれでもちらほらと防犯用なのか電気が付いたライトがあったが、校庭にはそういったものは全くなかった。
それでも暗闇に慣れた目はどこに何があるかを把握する事が出来るほどの視力を保っていた。
その視力でSOS団の団長、今回の騒動の大元を捜し出す。
さっきのところにはいなかったんだ。もういるとしたら校庭の方か、後は校舎の中って事になるが、さすがにそれはないだろう。
周りを見渡す。体育に使用するんだろう鉄棒の列やサッカーゴール、昼休みに生徒が使うのかいくつかのベンチの影が見える。こんな時間だ、そういった備品が眠ってると表現したくなる気持ちが良く分かる。それぐらい静かだ。そしてだだっ広い校庭の奥には東中の正門が見える。
あそこは以前朝比奈さんに連れられて三年前に来たときに、中学生のハルヒと会った場所だ。あの時はハルヒが校庭にナスカ級不可思議地上絵を描く手伝いをさせられたんだ。まぁ、大人の朝比奈さんにそうするように頼まれたからなわけだが。
まてよ、あいつがわざわざ東中で何かやるって事は、また似たような事をしようとしてるんじゃないのか?
確信があるわけじゃない。だけど、他に心当たりも無い。俺はダメもとで中学生ハルヒに連れられた体育用具倉庫の場所を記憶から引っ張り出し駆け出した。
体育用具倉庫は校庭の端にある。その小さな建物も暗闇の布団に入って寝ていた。が、その眠りを妨げようとしている奴がいた。
どうやら俺は当たりを引いたようである。
「やっと追いついたぞ、ハルヒ」
俺の呼びかけに何かしらしていたハルヒの手が止まった。そのまま首だけこちらを向いたハルヒの顔は意外と普通だった。もっと怒っていたり、すねていたりして不機嫌だと思っていたんだけどな。
「何よキョン。こんな所まで入ってきて。不法侵入よ」
お前が言える立場じゃないだろう。
「あたしはOGだからいいのよ。あんたは違うでしょ?」
確かに俺は東中の出身じゃないが、OGだからって暗闇に紛れて体育用具倉庫を漁っている奴の方がよっぽど不法者だ。
「まぁいいわ。今丁度人手が欲しかったところなのよ。ここの鍵がなくて」
ハルヒが視線を倉庫の扉に向ける。そこには黄金色の南京錠が扉の口の番をしていた。ハルヒはこの南京錠をどうにかしようといじってたのか。
そりゃ夜にいたずらをするかもしれない奴への対策で鍵は掛かっているだろう。実際今目の前でその行為を行おうとしている奴がいるしな。
しかし、ここに用事があるってことはまた校庭に何か描くつもりなのか?
「何をしようとしてるか知らんが、鍵がかかってちゃどうしようもないだろう」
「だから、あんたには職員室からここの鍵を取ってきて欲しいの」
なんだ? 東中ってのは二十四時間開放なのか?
「そんなわけないじゃない。きっとどこか一箇所くらい鍵の開いた窓とかあるかもしれないから、そこから入ればいいのよ」
お前がやれ。俺はまだ少年Aでも新聞には載りたくない。
「さっきも言ったでしょ? あたしはここのOGなの。それなのに勝手に校舎に入ったら足がついちゃうでしょ? あんただったら大丈夫よ」
その根拠を言え。言っても絶対に取りにはいかないがな。
「あんたの口は文句しか言わないの?」
「うるせぇ。だったらたまには文句以外の言葉も言わせろってんだ」
俺の反論にハルヒは口を尖らせる。
「まったく………あたしの予知夢を信じないんだったら、せめてあたしの手伝いをしてもらいたいもんだわ」
予知夢か。本当にそんな話が嘘っぱちだったらどんなにいいか。しかし、どうやってこいつの妄想を止めればいいんだ。
ふと、ハルヒの手に紙切れが掴まれている事に気が付いた。
「なんだそれは?」
ハルヒは俺の視線から何を指しているのか察したらしく、あ~~、とか言ってその紙を拡げて俺に見せてくれた。幾何学的な模様が描かれている。
何かの紋章………? 魔方陣とかそういうのか?
「カナちゃんが教えてくれたのよ。この魔方陣の中心で眠れば好きな夢が見れるって」
水上が渡した模様、これが言ってた『きっかけ』ってやつなのか? だとしたら余計に手伝うわけにはいかないな。
「あたしの予知夢の力はすごい能力だと思うんだけど、一つ大きな弱点があるの。夢って自分の思い通りに見ることは出来ないでしょ? だからそれがコントロール出来たら凄いと思わない? あたしの見たい夢が見れて、それが現実になるのよ」
水上に何を吹き込まれたか分からんが、やけに上機嫌で、その魔方陣らしきもので本当に夢をコントロール出来るものだと信じきっているようだった。
こいつはどんな夢を見ようってんだ………? SFか? ファンタジーか? 何にせよ、世界にはいい迷惑だ。
「あんたの願いも一つくらいなら叶えてやってもいいわよ」
ふふん、と鼻を鳴らす。もはや自分を神か何かと言わんばかりだった。
………あ、そうか、水上の狙いはこれか!
そこで俺は気が付いた。水上はハルヒの中途半端に目覚めてしまった能力を、夢をコントロールするという形で完全な物にしようとしたんだろう。それでそんな事が可能な魔方陣を教えた。
………いや、そもそも予知夢自体、ハルヒの妄想じみた勘違いから始まったものだ。魔方陣にそんな力はなくても信じ込ませてしまえば、後はハルヒの願望を実現させる能力で、予知夢同様思い込みによって自分の見たい夢を見るようになる。そうすることでハルヒの完全な、古泉の機関でいうところの『神』にして、情報を得ようっていうんだろう。
そうなったらもう完全にハルヒが自分の能力に目覚めたも同じだ。世界をどう改変、もしくは初期化するも思いのままじゃないか………。
俺は改めて世界が崖っぷちにあることを思うと、大きな不安に包まれた。
ハルヒを見る。
ハルヒは………どんな世界を望むんだろうか………。
「なぁ、お前はどんな夢が見たいんだよ?」
得意になっているハルヒの話の腰を折ると、面倒くさそうな顔を見せた。
せめてハルヒが今のこの世の中をつまらないと感じてさえいなければ、この数ヶ月で少しは気持ちに変化があれば、少なくともこの世界は今のままであり続ける事が出来る。だから、もしハルヒの妄想を止められなかった場合、本当に世界が変わってしまうのかを確認せずにはいられなかった。
「どんな夢って、それは………」
そこまで饒舌に動いていた口と舌がピタリと止まった。
訊いた俺の方を上目遣いでじっと見る。
それまでのハルヒの賑やかな口調が消えて、再度夜の静けさが辺りを包んだ。
返事を待っている間が無性に長く感じた。変な事を言い出さないか気が気じゃなかった。
「それは、なんだよ?」
俺の問いかけにハルヒは急にそっぽを向く。なんだか恥ずかしそうにしているようにも見えるが、暗くてよくわからん。
チラリと俺を覗く様に見る。そしてすぐにまた地面へと目を背けた。
「あーーもう! あんたには関係ないでしょ!! とにかく職員室からここの鍵を持ってきて!」
声を荒げると、乱暴に指を校舎の方へと指すハルヒ。会話が振り出しに戻った。だけど、相変わらず目は俺を見ていない。
濁された感が否めないんだが、そんなに言いたくないような夢を見ようとしてるのか?
俺はそんなハルヒをどうしたもんかと首を傾げた。そんなただ突っ立ってる俺に痺れをきらしたようにハルヒは捲し立てた。気が短い奴だな。
「もういいわよ! あたしが鍵を取りに行くからあんたはここで待ってなさい! 誰か来たら適当な事言って追っ払うのよ!」
店にクレームを付ける客のようにカリカリしながら俺の横をすり抜けて校舎へと向かうハルヒ。
まずい。こいつに鍵を取らすわけにはいかない。鍵さえなんとか手に入らなければハルヒも諦めるかもしれん。だけどこいつの事だ、自分で取りに行ったらどんな手を使っても鍵を取りに行くだろう。
俺は踵を返してハルヒの手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと何よ??」
と、掴んでしまってから、それから先の行動を頭が考え始める。
とりあえずここは俺が鍵を取りに行って、なんとか誤魔化すしかないな。でも、どうやって誤魔化す………? ただ取れませんでした~なんて言ったら、罵倒されて結局は自分で取りに行くだろう。それじゃあ意味がねぇ。根本で無理と判断させる方法じゃないと………。
そんな脳内会議を繰り広げてどれくらい経ったか。時間的には数秒かもしれない。だけど、女子の手を掴んで、しかもその相手はあのハルヒだ。なんとも気まずい空気と間を形成しちまっている事にも気が付いた。
硬直したままの時間は経てば経つほど、その気まずさが増してくる。だけど、それが焦りを核分裂みたいに急速に増殖していって考えなんぞは纏まりゃしない。
早く何かしらの言葉を発しなければハルヒが行っちまう。
前の客が清算をモタモタしているレジを待つ時のような表情をしているだろうハルヒの様子を伺う。
うん?
俺の目に映ったのは極めて普通のハルヒの表情。………いや、何かしら考え事をしているように見える。
そんな意外なハルヒに俺が気が付くのとタイミングを合わせたかの様にハルヒが口を開けた。
「ねぇ」
目は俺を見てはいない。
「なんだ?」
「あたし、予知夢を見ることが出来る力に昨日気が付いたって言ったじゃない?」
確かにそんな事を言っていた。それに古泉曰く、ハルヒの予知夢は俺がデートに誘った事にあると言っていたし、ハルヒが予知夢を見ることが出来ると勘違いし始めたのは昨日で間違いないだろう。
でもなんでそんな事を俺に訊くんだ?
「部室ではそう言ってたな」
ハルヒはそこから暫く時間が止まったようにピクリともせずに難しい顔を作っていた。どこかに座っていたら間違いなく、考える人の銅像を重ねてしまうだろう。それくらい何かを考えていた。
急にどうしたっていうんだ?
「一つ、思いついたことがあるの………」
ぽつりと、長門みたいに小さな声で呟いた。
思いついたって、また変なことじゃないだろうな………? これ以上厄介な事になったら本当に収集がつかなくなっちまう。
だけど、俺の不安を他所にハルヒはそのままの声のトーンで話を続けた。
「あたしが予知夢に気が付いたのは昨日なのよ………だけど、だけどね、それは気が付いただけで、あたしには………もともと予知夢の力があったんじゃないかって………」
ハルヒの言葉に目を瞬かせる。
何を言ってるんだ? ハルヒにはそもそも予知夢の力なんてない。なのに昨日以前もへったくれもないもんだ。
突拍子もない発言。ハルヒを体現しているとも言えるが、何を考えているかが分からないから困る。
「お前、予知夢は昨日から始まったんじゃないのかよ?」
「そうなんだけど………あたし、見たことあるのよ」
「何をだ?」
「今と良く似た夢よ」
ハルヒは辺りを見渡すように上半身を右へ左へと動かした。しかし、不思議と俺の掴んだ手を振り解こうとはしない。
「今って………今のこの状況の事か?」
「そうよ。夜の学校で、周りに誰もいなくて、いるのはあんたとあたしだけ。そして、」
そこで一呼吸してハルヒは俺を見た。
「こうしてあんたと手を繋いでるのよ」
そういうハルヒはちょっと恥ずかしそうだった。
こいつも変わった夢を見る。夜の学校で俺と二人きりになる夢だとさ。しかも俺と手を繋いでと来たもんだ。そんな夢俺だって見たこと無い、
………いや。
と、俺の思考がピタリと止まる。
俺の脳内検索エンジンが一件の該当項目を引っ張り出す。
俺も記憶にある。今と良く似た状況。ただしハルヒと違うところは俺の場合その記憶は夢じゃないってことだ。その時ハルヒも一緒にいたが、こいつはその時の事を夢だと思っているらしい。
俺は背筋がゾッとした。無性に底無しな不安にかられる。頭の中ではその不安対象は未だ形を成していない。しかし、第六感みたいなものが激しくアラートを鳴らしていた。
ハルヒ………お前まさか!
「すごくリアリティがある夢だったのよね。本当に起きたことみたいだった。だからさっきから妙なデジャヴを感じてたのよ」
俺の中で不安の形がどんどん鮮明になっていく。
「あの時の夢って絶対この事を予知していたんだわ………あの時からあたしには予知夢の力があった………あの時の夢ってどんな夢だったかしら………?」
やめろ、ハルヒ………!
「こうしてあんたと一緒に学校の中にいて、学校に閉じ込められて、校舎に入って………逃げ回ってた………そうよ、何かから逃げ回ってたわ………どうして逃げてたの………?」
パズルのピースを一枚一枚丁寧にはめていくように記憶を紐解くハルヒ。
それ以上は思い出すんじゃない!
「そうだ………」
ハルヒの顔がぽゎっと明るくなる。
「青い巨人」
空気が動いた。
俺は心臓を鷲掴まれたような錯覚に陥る。視点が一点で定まって動けそうに無い。
校庭のど真ん中、そこには忘れようとしても忘れることなんて出来ない巨大な人型が現れて俺とハルヒを見下ろしていた。
神人だ。
やっちまった………!
俺の不安はまさにこれだった。ハルヒがあの時の事を思い出したらこいつが出てこないはずがないんだ。本来こいつは閉鎖空間で暴れまわるはずだが、今のハルヒの予知夢なんていう厄介な名目上であればそんな制約など関係なく、通常空間でも大いに暴れまわることだろう。
世界が滅ぶぞ………!!
もはや奥歯を噛む位しか出来ない俺だったが、ふと、神人の異変に気が付いた。
青く光っていない。それどころかぼやけてさえ見える。今にも消えてしまいそうだ。
良く見れば確かに神人はハルヒの後方、校庭のど真ん中にその巨体を聳え立たせているのだが、のっそりとしていてとても破壊活動を始めようという様子はない。更には神人の足元のサッカーゴールは確実に踏まれているのだが、潰れる事は無く、透けて足の中にめり込んでいる。
どういうことなんだ?
俺の記憶とは合致しない点が多い神人に、しかし当のハルヒはその神人の登場を気が付いていなかった。未だに何か小難しい顔をして考え事をしているようだった。
「でもさすがにあんな巨大なモノが現れるはずがないのよね………仮にいたとしても自重で立ってなんかいられないわ。………だけど、夢で見たんなら現れる予知のはずだし………」
ハルヒが一人ぶつぶつとああでもないこうでもないと言うたびに、背後の神人はその輪郭をはっきりさせたりぼやけて消えかけたりと、ディスプレイの明るさを調節するように、姿を一定に保てていなかった。
もしかすると、ハルヒの中の論理思考が予知夢という非現実思考に最期の抵抗をしているのかもしれない。さすがに神人程の飛び抜けた存在は容易に信じられないか。てことは今がハルヒの妄想を止める事が出来るチャンスかもしれない。ハルヒの論理思考はこの世界に残された最後の希望だ。
今、ハルヒは神人をきっかけに現実と非現実が天秤でちょうど釣り合っている状態なんだろう。後一押し、一ナノグラムでも現実の皿に錘を加えてやれば、傾きは現実に倒れこんで予知夢なんて妄想話から目が覚めるかもしれない。
何か、何かないか?? ハルヒが納得出来る理由。言葉での言いくるめじゃなくて、こいつが自分で予知夢なんて非現実的なものは存在しないと思える理由が。
「なぁハルヒ」
「何よ?」
「お前が言ってるその青い巨人だけど、そんなのはどう考えても存在し得ないだろ? そんなデカイ奴がいたらとっくに見つかってるだろうし、こんな街中の学校に来る理由も考えられないだろ?」
そう言っている相手の後ろにその巨人がいたりするのだが、ここはきっかけとなった神人の話で攻めていくしかない。
「確かにね、あんたの言う通りよ」
俯き加減だった顎をクイっと上げるハルヒ。後ろの神人もさっきよりも薄くなったような気がする。
だけど、当のハルヒの目は強く輝いていた。
「でもね、そいつが遠い宇宙の戦闘民族だったり、深海に住む怪獣だったりしたらあり得なくも無い話でしょ?」
神人が輪郭を取り戻した。
こいつの脳内はそういう妄想で満ちているって事を忘れてた………。理論的な方向で神人の事を話ても効果は無いか………。だったら。
「じゃあ仮にそんな怪物がいたとして、俺達はどうなるんだよ? そんな奴に見つかったらタダじゃ済まないだろ? お前の夢じゃあどうなってたんだよ」
危険だという方向で話を進めれば、ハルヒの防衛本能が働いて妄想にセーブがかかるかもしれない。しかし、
「そんな邪悪な感じはその巨人からは受けなかったから大丈夫よ」
そんな言葉で一蹴に終わった。
ダメだ………! くそ、一体何を言ったらハルヒは現実的な事に納得をするっていうんだ………。
全く取り付く島の無いハルヒの言動に心が折れそうになる。
見上げれば神人にうっすら青い光が篭りだしたようにも見える。
後は………後は何か無いのか!?
ハルヒの思考が非現実に傾きつつある表れだった。
そんな焦り思考が空回りし始めた俺にハルヒが確認するようにその言葉を発した。
「でも、もしあの時の夢のように本当に青い巨人が現れたら………もう一度あの夢を見る必要はないのよね………」
あの夢を見る………?
妙にこの言葉が気に止まった。
ハルヒは水上に自由に夢を見る方法を教えてもらった。それは何か見たい夢があったってことだろ? さっきははぐらかされたけど、今の言葉から察するにハルヒはあの時の事を、ハルヒは夢だと思っている春に起きた事件を夢で見て現実にしたかった。そう考えられる。
なんだ? ハルヒは何を現実にしたかった、もう一度あの時の何を再現したかったんだ?
俺は新鮮な空気を脳みそに差し入れてやる。
思い出せあの夜のことを。何があった? 家で寝ていたらハルヒに起こされて、目が覚めたら制服を着て学校にいて、外には出れずハルヒと一緒にSOS団の部室に行って、神人が現れて逃げまくって、そして………。
記憶に眠るあの時の事を順を追って思い出す。記憶は家で目を覚ます直前まで浮き上がっていった。そこで一つの心当たりにぶつかる。
白雪姫。
まさかな。
一度浮かんだその記憶を否定した直後、ここへと来る前に古泉と話した会話が、怪我をしながらも俺にハルヒを追わせた朝比奈さんの言葉が割り込むように思い浮かんだ。
冗談だろ………? あのハルヒだぜ?
もう一度否定する。しかし、あの時に神人が出る以外で目立つ事柄といえばその一つしかない。
ハルヒは強い瞳を俺に向けているままだった。
マジでお前はそれを望んでいるのか? SFでもファンタジーでも異世界でもなくて、そんな事を実現させたくて夢をコントロールしようとしてたのか?
もし、本当にハルヒが俺の考え通りの事を望んでいるなら俺のやる事は決まっている。何も難しいことじゃなかった。
「ハルヒ」
俺はハルヒのセーラー服の肩を掴んで、その華奢な体を一歩引き寄せた。
「な、なによ………」
急な俺の行動にしかし、ハルヒは俺の手を振り払うこともせず、少し頬を赤らめたようにも見えた。
「お前に言っておきたいことがある」
そう言って俺はハルヒの顔に鼻を近づける。
「キョ、キョン………」
吐く息に言葉を乗せたようなか細い声を溢すと、ハルヒはおもむろに両の瞳を瞼で隠した。
やっぱりそういう事なんだな。
自分の中の考えを確信した俺は、ジッとハルヒを見た。
すまんな、ハルヒ。
ぴんっ。
俺の人差し指は見事にハルヒの額を弾いた。
「っ!!?」
予想とは全く違う事が自分の身に起きて頭の中が混乱しているんだろう。面を食らったように閉じていた瞼を思い切り開いている。
「な、何するのよっ!?」
「でこぴん」
「そんなの分かるわよっ!! あたしが訊いてるのは何であんたにデコピンされなきゃいけないのかって事よ!」
恥ずかしさと混乱と怒りが織り交ざった不思議な表情をしながら声を荒げるハルヒ。ただその顔は酒でも飲んだように朱に染まっていた。月の明かりでも分かるほどだ、相当なものなんだろう。
チラリと視線を校庭の方へと向ける。
いつの間にかそこを陣取っていた神人は跡形も無く消えていた。
「分かってたんじゃないのか? 今の状況を夢で見てたんだろ? それだったら俺がでこぴんするのは予知してたんだろ?」
俺の言葉に二の句が告げないハルヒは壊れたクルミ割り人形みたいに口を開けっ放しにしていた。
「なんだ? 夢と違ったのか? お前がどんな夢を見てたか知らんがな、青い巨人が現れるだなんて寝ぼけた話をする奴には、俺はでこぴんで目を覚まさせる事にしてるんだ」
「え、で、でも………」
「ほら、いつまでもこんな所にいないでいい加減帰るぞ」
俺は俯くハルヒの横をすり抜けて校舎の方へと向かう。
一瞥したハルヒの顔は憔悴しきっていた。
「………そうよね、校舎を越えるような大きな生物がこの世にいるわけないわよね………それに………はぁ、なんだか馬鹿みたいだわ」
声からでも分かる。その憔悴の度合いがどれくらいのものなのか。
ふう、しかたねぇな。
俺は校舎へと向かう足をピタリと止めた。
「行くぞハルヒ」
「あんた達だけで帰りなさいよ。あたしは………今は誰とも話したくないの」
「いいのか? 今からファミレスでSOS団の緊急会議なんだがな」
「………え?」
「体育祭の種目をどうにかするんだろ。それの対策会議だ」
キョトンとする顔を見せるハルヒ。目元が一瞬キラっとした気もするが、気のせいかもしれない。詮索するほど俺も野暮じゃないさ。
「じゃあ………じゃあ仕方ないわね! 団長たるあたしがいなくちゃ会議にならないもの!!」
どこの星を見ているのか、鼻先を上へ向けて軍隊の行進のようにドカドカと俺を追い抜いていった。
「もちろん全員分あんたの奢りだからねっ!」
へいへい。
この時ばかりは不思議と財布の痛みは気にならなかった。
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