第6話 ノーベル賞にやられる少女

「俺は兄貴の借金を必死になって返してきた。それなのに、女房は病気で寝たきりになるし、子供はリストラに遭うし」


 わたしは何でこんなことをやっているんだろう。何でこの人と会って、この人の人生を一緒になぞってるんだろう。

 高卒ですぐに就職したこの会社で、わたしはお客さんたちの境遇をひたすら聞いて来た。もう1年になる。


 気が付いたらわたしは19歳になっていた。

 本当は大学に進学したかったけれども、お父さんが伯父の連帯保証人になっていたのですぐに働き始めるしかなかった。伯父は自己破産したので、お父さんが代わりに少しずつ返済を続けている。

 

 お客さんたちはわたしが女で、しかも高卒の新人だと聞くと、自分自身の境遇も忘れてわたしに同情したりもしてくれた。本当はお客さんこそ、お客さん自身を憐れむ資格を持った数少ない人間なのに。


「記録、書いといてな」


 支社長がわたしに、”仕事しろよ”、と無言の指導をくれる。

 仕事。

 今となってはそのために生きているのかもしれない。人生の大きな目標としての仕事ではなくって、今日をやり過ごすための仕事。


 伯父の息子、つまりわたしの従兄は30過ぎた研究者だ。大学の研究室にいつもいる。これが、仕事のつもりらしい。

 そして、夢を語る。


「人類のために研究している。お金じゃない。崇高な仕事なんだ」


 でも。

 わたしから見たらいいご身分だな、って感じだ。


 じゃあ、お前の仕事は何だ、って訊かれたら。

 わたしはごく自然にこう言うしかない。


「借金取りだよ」


 わたしはその対価として得たお給料でご飯を食べている。

 従兄が研究を続けるために、伯父の代わりに借金を返済し続けている。

 

 ざまあみろ。

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