第5話 ノーベル賞を嘆く少女

「ひげ、それよ」


 わたしはテレビの前でぽつっ、と呟いてみた。

 

「だからどうしたの?」


 受賞した教授と一緒に研究していたという別の大学の教授が研究の内容を解説している。

 高校を中退したわたしにとって、何の役にも立たない話だ。

 今日も対価を貰えない残業でくたくたになって家に帰り、ソファにぼふっ、と仰向けになる。

 まだ、18歳なのに。


 わたしの従兄もこのテレビに出てる教授みたいに仕事もせずに研究続けてる。

 働けよ、とはっきり言って怒鳴りつけたくなる。

 

 この従兄の父親、つまりわたしの伯父は自分の息子に都会の有名大学で大学院生として研究を続けさせるために、祖父母の介護を放棄した。結局わたしの父さんが東京での仕事を辞め、転職して地元に帰り、休日にはヘルパーさんの範疇でない介護をしに行ってる。台所に立って10時間近くぶっ続けで常備菜を作り、腰が痛い、って毎週言ってる。

 でも、父さんはバカ者だ。

 伯父の学資ローンの連帯保証人になった。

 従兄は修士を卒業したら就職させる、って伯父は言ってた癖に博士課程まで行かせると言って追加でやや高利の学資ローンを組んだ。またもや連帯保証人となった父さん。

 従兄は博士課程を延々と続け、30歳を過ぎたのにまだ大学で、”人類に貢献する”ための研究を続けてる。

 伯父は自己破産した。

 従兄は自分が借りた奨学金でもないので何の責任も負わない。

 連帯保証人であるわたしの父さんだけが弁済の義務を負った。

 従兄がノーベル賞を目指すために、実の娘であるわたしに高校続けさせる金がない、って父さんは言った。わたしは中退し、高校の進路指導の先生の紹介で地元の中小企業に就職した。OEMばっかりやってる製薬メーカーだ。


 別に、いいけどね。

 ノーベル賞でも何でも取ったら?


 わたしはただ、今日も働いて、父さんがじいちゃんばあちゃんの介護をするのを手伝って、それでまあ、いいや。


 糞だね、この世は。


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