第3話 『決意』

「これはいったいどういう状況なんだい?」


 泡を吹いて倒れる兵士を見下ろして、未だ熱気の冷めない村の中、アルフォンス・ヴァン・アーノルドは小さく呟いた。


 村人たちの中には奇跡に感激し涙する者、新たな敵だと勘違いし絶望する者など、様々な人が居た。


「魔水晶候補の選出をカムアセの兵たちが行いに来たんだ。それがもううんざりだったから、俺が止めようとした」


 ノルンに支えられながら、クリフは言う。


「魔水晶?」


 聞きなれない単語を聞き、アルフォンスは顎に手を当てて考える。百年前――アルフォンスは魔法に関する知識なら全て頭に叩き込んだ。洞窟に居る間だって、魔導書を読んでいたので知識が抜ける事もない。


 ならばなぜ、魔水晶という単語を知らないのか。


「魔水晶っていうのはどういう物なんだい?」

「魔水晶っていうのは――人を魔力の塊に変えた後の結晶の事です。その魔力はとても強力で、人によっては聖帝級の魔力量を超える事も」


 アルフォンスの元まで歩いて来たのは、金色の髪をした少女だ。髪は泥に濡れ、ボサボサしている。碧眼を潤ませ、少女はアルフォンスのローブを力無く握った。まるで、すがるように。


「アルフォンスさん……アルフォンスさんは、どうしてこんな所にいたんですか? もしかして大魔導士アルフォンスと何か関係があるなら――――」

「おいルーシィ。それ以上は止めろ。これ以上はこの人に迷惑だ。五英傑は魔王を含め全員姿を消しただろ」


 金髪の少女――ルーシィは何かを言いかけ、クリフに止められる。

 だが、アルフォンスもアルフォンスでここで引くわけにはいかない。聞き捨てならない単語が聞こえたからだ。


「ちょっと待ってくれ。五英傑? 消えた? それについて詳しく聞かせてくれないか」


 魔水晶。五英傑。この百年で世界は大きく変わってしまったらしい。百年間洞窟を守.り続けている間に、世界ではいったい何があったのだろうか。


「五英傑っていうのは、魔王を倒した五人の英雄の事だよ。この五人は魔王を倒した後、魔王を含めてみんな姿を消した。それ以降歴史には出てこないし姿を見た人もいないらしい。てかこれ有名な話だぞ。奴隷の俺でも知ってるわ!」


 魔王を倒した五人の英雄。うち二人の行方は知っている。アルフォンスとペティ――彼らは魔王の死体を洞窟に閉じ込め、その墓守として一生を過ごす決心をした。しかし、ペティはその途中で魔導書を持ち出し音信不通。それ以外の三人は幸せに暮らしていると思っていたが、アルフォンスと同じくどこかへ姿をくらました。

 消えた四人の仲間。持ち出された魔導書。魔水晶。もしかしたらアルフォンスの知らぬ場所で何か重大な事が起こっているのかもしれない。


「魔水晶っていうのが現れたのはいつ頃なんだい?」

「言ったろ。俺たちは奴隷なんだ。教育なんてこれっぽっちも受けてねえからよ。深い知識を期待されても困るな」

「だったら僕が救ってやる。そしたら見返りとしてその情報をくれ」


 アルフォンスのその一言で場に居合わせた面々がおし黙る。


「アルフォンスさん! アルフォンスさんはやっぱりあの大魔導士と何か関係があるんですよね!? だったら――だったらグランをどうにかしてください!」


 その沈黙を破ったのはルーシィだった。


「グラン?」


 新たな単語にアルフォンスは再び眉をひそめる。


「俺の兄貴だよ。魔水晶に変えられちまった」

「成る程。では、彼の居場所まで行ければ何か手がかりがつかめるというわけだな」

「良いんですか!?」

「僕に何が出来るかは正直言って分からない。だけど、そのグランとやらがいる場所までは行ってみる。ところで、グランはどこにいるんだい?」


 瞬間――ルーシィやノルン、クリフの顔が暗くなる。


「それは……カムアセっていう最低な貴族の館だよ」


 ここに来てノルンがやっと口を開いた。声は震えていて、その声色からはカムアセに恐怖を植え付けられてしまっている事が伺えた。


「では、そこに行けば良いんだな。で、詳しい場所は」

「俺が教える。俺は兄貴と共感覚で若干だが繋がってる。例えカムアセが兄貴を連れ出したとしても分かるだろうよ」

「なるほど、『共感覚』か、羨ましいな。では任した」


 そう言ってアルフォンスはクリフの肩を叩いた。


「カムアセの館まで行くのはいいが、その前にこの村のパニックを収束しなくてはなら」


 アルフォンスは歩き出し、村人たちを見る。彼らは軽いパニック状態で、手のつけようがなかった。

 彼は指を鳴らす。すると、彼の手元に一冊の古ぼけた本が現れた。


「魔導書――蒼天の書 第一章 『癒し』より、『ヒール』」


 刹那――村中が暖かい安らぎに包まれた。


「すまんな。回復魔法は得意でないのでな、魔導書に導いてもらわねばならない」


 奴隷の村はヒールの空間に包まれる。次第に村人たちは落ち着きを取り戻し、平静を保てるようになる。


「良し、僕は明日出発する。君たちはついてくるか?」

「「「もちろん」」」


 この百年で世界は大きく変わってしまった。彼の知ってる大切な人物達がどうなってしまったのか、彼は未だ知らない。ただ、一つだけ確かな事があった。魔水晶というのはペティが持ち出した世界最低最悪の魔導書と何か関係がある。恐らく、そこから生み出された新たな魔法だ。この世界にはきっとその魔導書から生み出された最低な魔法がいくつもある。これも恐らくだが、アルフォンスとペティを除く三人が失踪したのもその魔導書と何か関係がある。そして、ペティも。


 アルフォンスは目の前の少年少女三人を見て小さく小さく微笑んだ。


「僕が救った世界で何をしている。絶対にペティも魔導書も仲間たちも見つけ出し、今度こそ平和な世界を作ってやる」


 伝説の英雄は再び決意する。その拳を握りしめ、まだ見ぬ敵を倒すと誓った。

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