第2話 『奴隷の村』
「はぁ、はぁ」
私は森の木々に隠れるように寄りかかり、荒い呼吸を整える。
耳を澄ませば聞こえてくる怒号。
「てめえらしっかり働け! 少しでもカムアセ様の所に着くのが遅れたら次の魔水晶のノルマを倍にしてやるからな!」
正直、もう、うんざりだ。
村から城下までの林道を石を持ってひたすら往き来する。それが今日の私たちに与えられた仕事だ。今私はその仕事があまりに辛すぎるので、木陰に入って身体を休めている。
「おい、ルーシィ。お前サボってると殺されるぞ」
そんな私に声をかけてくるのは同じ村出身の少年――クリフだ。エメラルドグリーンの髪を払いのけ、額の汗を拭っている。
「ごめん、死ぬ訳にはいかないや。頑張るね」
そうだ。私は死ぬ訳にはいかないんだ。クリフに手を貸してもらい、私はなんとか身体を起こす。
「おいそこ! 隠れてコソコソと何をしている! さっさと運べ!」
馬に跨またがり、分厚い鎧を着た兵が鞭ムチでクリフを叩く。クリフの顔が苦痛に歪む。
「す、すいません! 私が倒れてしまったので、彼が助けに……」
「ふん! もう動けないのか? ならば次の魔水晶候補は貴様だな」
兵は馬を降り、私の顎を掴んだ。兜の庇ひさしを挙げて私の顔を凝視する。
「貴様の顔はしっかり覚えた。覚悟しておけよ」
庇を下げて、兵は持ち場へと帰って行った。どうしよう、次は私が魔水晶候補になっちゃった。足が震えて動けない。
「ねえ、クリフ大丈夫?」
やっとの思いでクリフに声をかけることに成功した。クリフは鞭で打たれた背中を庇いながらもニコリと微笑んでくれる。
「俺の背中は大丈夫だ。それよりルーシィこそ大丈夫か? 魔水晶候補に選ばれちまったぞ」
クリフは勢い良く私の肩を掴み、顔を歪めた。背中は血だらけの筈なのに、私の事を気遣ってくれている。そんなクリフの姿と、グランの姿が重なる。
「大丈夫だよクリフ。私――――死ぬ気なんて無いから」
力強く肩を掴むクリフの手を優しく離し、しっかりと瞳を見つめた。今も足は竦んでいる。それでも、脳裏に浮かぶグランを思い、しっかりと地を踏みしめた。
「次の選別まではまだ時間はあるはずだよ。さっさと仕事を終わらせて、今日の夜話そう。きっとなんとかなるよ」
そのまま私たちは今日の仕事を終わらせて村に戻った。
既に日は暮れていて、夜の村は恐ろしく感じる。
「ねえ、ルーシィ。貴方次の魔水晶候補に選ばれたの!?」
村の畑の側を歩いていると、畑の中から泥だらけになったノルンが出て来た。
「そうなんだよ。選ばれちゃったんだよ私」
無理して笑顔を作るが、やはりノルンは私の心を見透かしていた。
「ダメだよそんなの。逃げよう」
「それこそダメだよ。村のみんなが殺されちゃう」
この村のみんなは家族の様なものだ。血の繋がった兄妹や父母はいないが、みんな家族なんだ。私は生まれた時に親に捨てられ、奴隷として売りに出された。それを買ったのがカムアセという貴族だ。ここはカムアセが支配する領地で、そこにはカムアセが買った奴隷たちが住む村がいくつかある。
逃げればカムアセに殺される。脱走者の住んでいた村も焼き払われる。だから、無理だ。私には逃げるなんて選択は出来ない。カムアセの資産なら奴隷の百人程度消えた所で痛くも痒くも無いから、躊躇なんてしてくれない。
「でも……それじゃあルーシィが魔水晶にされて死んじゃう!」
そして、彼は人を魔水晶と呼ばれる魔力結晶に変える技術を持っていた。人の身体に魔法式を埋め込み、身体を魔力の結晶に変える最低最悪の技術。彼は一月に一度、各村から数人ずつ魔水晶候補を選出して魔法式を身体に埋め込み城下へと運んで行く。もちろん、魔法式を身体に埋め込められた時点で死は免れない。魔水晶に成れようが成れまいが、結果は変わらない。
そして、その魔水晶の候補に私はなってしまった。
「大丈夫だから、グランのためにも私は生きるって決めてるから」
グラン・ドラグマン。クリフ・ドラグマンの兄で、先月の魔水晶候補に選ばれて城下へと連れて行かれた。あれは、私のせいなんだ。私が間違えてカムアセのペットのプチドラコンに怪我をさせてしまったのを庇って魔水晶候補になってくれたんだ。
だから、私が死ぬ訳にはいかないのに。どうして……。
「ルーシィ……」
目の前のノルンを振り切って私は走り出す。幸い魔水晶の選出は先週――月末に行われたばかりだ。まだ時間がある。どうにかして魔水晶候補から外れないと。でもそうすると他の人が魔水晶候補に選ばれて……。
私は私の宿舎の前まで止まることなく走り続けた。走っている間は何も考えなくて済むからだ。私は宿舎の前までやって来た。
「よお。ルーシィ、俺は決めたぞ」
宿舎の入り口――そこに仁王立ちしていたクリフは私を呼び止めてそう言った。その琥珀の瞳は静かに燃えていて、決意が固まっている様に見えた。
「俺は……俺はカムアセと戦ってこの村の奴隷たちを救い出す」
「無理だよ。そんなの。カムアセの私兵がどれだけいるのか分かってるの!?」
「分かってる! それでも俺は次に奴らが来た時に奇襲を仕掛ける」
「なんで……」
「これ以上大事な家族を殺させないためだ!」
クリフは物凄い剣幕で叫び、私の肩を掴んだ。
「約束したんだ。兄貴と、ルーシィやノルンは俺が守るって」
私はどう返事して良いのか分からなくなってしまった。分からないから、クリフを無視して宿舎へと入ってしまう。振り返ると、クリフのエメラルドグリーンの髪が風で靡いていた。それでも、彼の心はぶれる事なく私をしっかりと見ていた。
ああ、私はいつもこうだ。強くなりない。誰かに守ってもらうんじゃなく強くなりたい。
そして私はそのまま、ご飯も取らずに自室にこもり布団に包まった。
――――――――――――――――――――
翌朝、同じ宿舎の人に叩き起こされた。
「カムアセの私兵が来るってよ! 今月は魔水晶の選出が早まったんだって! 急いで行かないと殺されるよ!」
その言葉が私の鼓膜を打った時、一番に思った事は私の死の事よりもクリフが馬鹿な事をやっていないかどうかだけだった。
もう、グランの時の様に私のために死んでほしく無い。
「ちょっ……危ないじゃない!」
気が付いた時にはベッドから飛び降り、起こしに来てくれたソーラおばさんを突き倒し、走り出していた。
村の広場まで着いた。幸いまだクリフは来ていない。
「これより魔水晶の選出を行う!」
しかし、既にカムアセの私兵は来ていた。剣を胸の前に掲げ、兵としての威厳を見せつけ魔水晶開始を宣言する。
それと同時に乗馬していた数人の兵も剣を胸の前に掲げる。
広場に集まってきた人々の緊張感が増していく。
「安心しろ。既に今回の魔水晶候補は決定している」
その言葉と同時に、一人の兵が私を見て微笑した。いや、鼻で笑った。
「お前だ。こっちに来い。早く来ないと村ごと焼きはらうぞ」
そう言って、昨日私を選んだ兵は私を手招く。
これで終わりだ。ごめんなさいグラン。生きてねクリフ、ノルン。
その兵の元まで歩き終えた――その時だ。
「てめえら! ルーシィから離れろ! じゃねえと殺すぞ!」
一人の少年が、広場の奥から叫んだ。
「カエン!!」
呪文と共に、火球が目の前の兵士を焼く。
「てめえらが燃えろカス野郎共が!」
村中に轟く絶叫と怒号の中で、クリフが中指を立てて宣戦布告していた。
「今ここでこいつらを殺さなかったら一生自由を奪われて暮らして行く事になるんだ! 一緒に戦ってくれ!」
一瞬――村人の間に微かな希望が見える。私も、もしかしたらと思ってしまう。だけど、そんなものはやはり、虚像でしかなかった。
「カエンモア」
私の後ろ。焼ける兵士の更に後ろから静かにその呪文は聞こえた。
直後――村が燃え上がった。
「この村は終わりだ。私たちを倒す事など貴様らには出来ない。その事を後悔しながら死んで行けゴミ共」
村のあちらこちらから爆音と共に火炎が上がる。村人の叫び声が辺りに響き、誰もが死を認めた瞬間だった。当の本人のクリフさえも、地面に尻餅をついてしまっている。
呪文を唱えた兵は私の首を掴むと、ゆっくりと歩く。
クリフの元まで歩くと、クリフを蹴り上げた。
「貴様か、貴様が私たちに反逆したのだな。お前のせいで、この村が滅び、この村の人々が死に絶えるんだ」
「クリフ!!」
クリフは地面でのたうち回り、その横にいたノルンは見ていられないと言った様子で顔を伏せる。もう二人とも死を悟っているんだ。逃げも隠れもしない。
火炎の渦から逃れようと、村の外へ出ようとする人々で村中が溢れかえっていたが、それも叶わないだろう。この村には既に結界が貼ってあるはずだ。グランから教わった魔法のおかげで私にはそれが分かる。
「さあ死ね! 叫べ! お前らは逃げられない! 私はすぐに逃げ帰れる! フハハハハハハハハ!!!!」
私の首を絞めていた兵は私を地面に投げ捨てると、空を仰ぎ、目を見開いて狂笑した。
「おいお前、僕の救った世界で何をしているんだ?」
刹那――私の前で奇跡が起きた。村中の炎が消えたのだ。村人たちも逆にパニックに陥ってしまっている。
地面に這いつくばる私の前に現れたのは、白いローブを羽織った青年だった。色白で黒髪の、細い身体をした長身の青年。顔の彫りは深く、肉を付けたらカッコよくなるんだろうなと、私は思ってしまう。
「ふざけるなよ。魔王が消えた途端これか。お前らにはしばらく動けない様になってもらおうか」
そう言って青年は、指を鳴らす。その姿は美しく、私の中でグランと重なって見えた。
「スコール」
彼の周りに鋭い水の槍が無数に生まれた。
「なんだあお前、俺たちにまだ逆らうのか?」
彼が再度指を鳴らすと、水槍は村にいる兵たちに向かって飛んで行った。
水槍が凄まじい勢いで兵を薙ぎ倒す。倒れた兵は身動き一つ取れなくなった。
おそらく、この村にやって来た兵たちは全員水槍の一撃で意識を失っただろう。
それに、スコールは雨を降らせる魔法のはずだ。なのに、水の槍を作るなんて、あの青年はいったい。
「あの、ありがとうございます。貴方は、誰なんですか?」
私は胸の内から込み上げてくる感動と感謝を抑えきれなくて、聞いてしまう。
「僕の名前か? 僕はアルフォンス。探し物をしているんだ」
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