第44話 二つの刃、想いを一つに

 二人が初めて剣を手に取ったのはいつのことだったか。

 剣で身を立てた家に生まれ、父のようになりたいといつの間にか剣を振り始めていた。木剣が鋼の刃に変わり、命の重さを自覚した頃、ただの憧れは力を得た者の現実へと変わる。

 力を誇示するためでなく、誰かを守るために。善の心をもって悪の力を挫くために。正しいことのためにその力を使うために。心と技と力を磨き続けなければならなかった。

 一度、不幸から二人の道が分かたれた。しかし過ちを糧に二人は進み続けた。その道はマリーを通じて再び交わる。そしてまた共に歩み、今――。


「術式展開――――『伝心』」


 姉妹の折れぬ心と鍛え上げた技、そして受け継いできた力が一つになる時が来た。


くぞ、アザミ!」

「今こそ、あなたを討つ!」

「何をしようが無駄なことだ。今日ここで、この国は滅ぶ!」


 雄叫びを上げる姉妹めがけてアザミが自らの魔力を放つ。空中で集結し、生み出されていく無数の星は彼の号令の元に一斉に二人へと向かう。


「術式――」

「展開――」


 その言葉は寸分違わず紡がれた。声と共に重なる思いが力となる。


「――『加速』」


 二人が手を離すのと左右に弾かれたように身を翻したのは同時だった。その間に光弾が次々と突き刺さり炸裂する。直撃を回避した姉妹は爆煙たちこめる中で、強くその一歩を踏み出す。


「はあああっ!」

「はあああっ!」


 全く同じタイミングで、全く同じ初速でオウカとトウカが飛び出した。剣を構えるその姿は完全に同じ。髪型とまとう甲冑の破損の部位を除けば全てが同じに見える。


「ただ心を通わせることに何の意味がある!」


 アザミが次なる命令を魔力に込めて放つ。二人の進路を遮るべく光弾が流星となってそそぐが、それを二人は共に跳躍して逃れる。アザミがほくそ笑んだ。空中の二人めがけて残る光弾が襲いかかる。魔法を持たない人間では空中で魔法から身をかわす術はない。通常ならば。


「馬鹿め、空中はただの的になるだけだ!」

「術式解除――」

「術式展開――」


 すぐさま『加速』の術式を解除した二人は続けて新たな術式を構築する。四方八方から光弾が迫る中、二人は空中で体を反転させ、互いへと足を向ける。そして術の発動と同時に蹴り脚を合わせる。


「『空蹴くうしゅう』!」


 脚部に流し込んだ魔力はその力のベクトルをねじ曲げ、衝突の威力を推進力に転化する。正面からぶつけ合った足を踏み台に二人は左右へと跳ぶ。


「ちっ、小賢しい真似を!」


 二手に分かれた姉妹を追撃するため、アザミは両手に新たな魔法を紡ぐ。徐々に、しかし確実にその距離は詰められていることにその余裕がなくなり始めているように見えた。


「今の……術式って」

「ええ、トウカ様の魔術よ」


 そんな戦いを見守るマリーの後ろで、ぽつりと誰かがつぶやいていた。懐かしい、親しみのあるその声にマリーは振り向く。古城で対立して以来の久方ぶりのキッカとの対面にマリーは思わず目をそらしてしまう。


「お姉ちゃん、あの……」

「謝るのは後にしなさい。今はそれどころじゃないから」

「う、うん」


 キッカもまた、居心地の悪さを感じて目をそらしていた。素直になれないキッカに隣でレンカも苦笑していた。二人とも傷だらけの姿で、それでもこの場所まで駆けつけてくれた。それが自分のためであることにマリーは心の中で感謝をした。そして、今の状況を受け止めるべく、レンカへ問いをかける。


「お姉ちゃん、さっきのママたちが使った術式のこと知ってるの?」

「ええ。今、お二人はフロスファミリア家の秘伝の術式、『伝心』の力を発揮してるの」

「でも、あれは思っていることを伝え合う術なんじゃ……?」


 キッカがマリーの問いを否定する。彼女は目の前の超高速で繰り広げられているコンマ単位の命のやりとりを息をのんで見つめていた。


「あの術式の本当の力はただ心を繋ぐだけじゃないわ。呼吸、脈拍、その全てを一つにして二人でありながら一人のような感覚で戦うことができるの。わかる? 一つになるってことは、お互いの持つ魔術も全部共有するってことなのよ」

「全部を……共有?」

「そう、魔力の繰り方も……その魔術の効力までも」

「それって……じゃあ、今の二人は」

「ええ、お二人はお互いが持つ魔術全てを共有している状態なの。そして、その効果も」


 オウカとトウカ、二人は再び『加速』を使用して高速で立ち回る。爆煙が立ちこめ、つぶての飛び散る中で互いの位置、剣の軌道、その全てを目視することもなく二人は完璧なコンビネーションでアザミの魔法を回避していく。


「オウカ様と完璧に息を合わせられるのは妹のトウカ様のみ。しかしトウカ様には唯一とも言って良い弱点がある……それが魔術の才能」

「魔力量が少なく、複合魔術も使えない。そんなあの方がこの術を用いることで他の人が使った魔術の恩恵を受けることができるの」

「今のトウカ様は複合魔術の使い手も同然。今のお二人なら……きっと!」


 レンカの言葉を証明するかのようにトウカが新たな術式を紡いだ。そしてその術式はこれまで彼女が使ったことのないもの。


「術式展開――――『投影』」


 その言葉を口にした刹那、二人の姿が陽炎のように揺らぎ、何重にもなった輪郭が分かれ出る。現れた人影は六人。オウカの姿と、トウカの姿を取る分身がそれぞれ三体ずつ出現した。四人のオウカと四人のトウカが一斉に動き出す。


「それがどうした。所詮はただの幻影に過ぎん!」

「術式展開――――『置換』!」


 オウカが続く術式を叫んだ。直後、アザミの魔法で二人が貫かれる。


「ちいっ!」

桜華絢爛おうかけんらん! お母さんの技!」


 だが、いずれもそれは虚像。アザミの攻撃は素通りして虚空へ消える。


「あなたの魔法がどれだけ強力でも、オウカの技なら当たらない!」

「この術を破りたければ八人同時に斬ってみろ」


 目まぐるしく位置を入れ替え、二人は嵐のようなアザミの魔法から身をかわし続ける。レンカの言葉通り、『置換』の魔術を宣言していないトウカまでもがその力によって分身との位置の入れ替えを行っている。

 三体ずつの分身と位置を入れ替えながら二人はアザミへと迫る。ならばと分身ごとまとめてなぎ払おうとアザミはその手に魔力を集わせていく。


「むっ!」


 だが側面から飛んできた矢と火球に気づいたアザミは障壁を生み出してそれらを防ぐ。


「よそ見をしているなんてずいぶん余裕じゃない!」

「お前の相手は二人だけじゃないぞ、アザミ!」


 ドラセナが次なる矢をつがえる。シオンも魔法の炸裂による炎上を利用して次の火球を生成する。


「ちっ、次から次へと!」


 シオンとドラセナの二人の次の手を警戒し、アザミは更に距離を取るべく後退する。だが、アザミが視線を外したその一瞬のうちにトウカとオウカの姿は視界から消えていた。トウカが作り出した分身たちもだ。


「――感謝する」

「ありがとう。シオン、ドラセナ」


 アザミを挟んで左右離れた場所に二人は佇んでいた。腰を落とし、前傾姿勢で剣を構えた二人は唱えるべきその言葉を紡ぐ。たった一瞬で十分だった。アザミの注意を逸らして二人の姿を見失わせる。そのわずかな時間が生まれればそこから勝機を見いだすのがフロスファミリアの剣士。


「術式展開――――『強化』」

「術式展開――――『加速』」


 猛烈な加速の反動に体が耐えられるよう、二人の身体能力が高まっていく。そしてオウカの『加速』により、魔力が爆発的な速度を生み出す。二人の姿は瞬時にその場から消え失せた。

 

瞬華終刀しゅんかしゅうとう――」

鮮花せんか!」


 アザミに逃れるための魔法を発動させる余裕すら与えない。二人がアザミめがけて突撃していく。目にも留まらない早さでその姿が交錯し、アザミの体を左右から切り裂いた――。

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