第15話 古城への潜入

 草深い森の中を複数の影が疾駆する。その先には大柄な獣の姿があった。


「くっ、速い!」

「必ず仕留めろ、仲間を呼ばれたら厄介だぞ!」


 彼らが追っている獣は魔物だった。魔物の手先として活動し、その拠点の防衛や偵察を担っている。発見された騎士たちは応援を呼ばれるか、仲間の下へ戻られる前に仕留めねばならない。

 しかし、逃げる獣を追いながらではつがえた矢も射ることができない。よしんば射ることができたとしても照準を定めることは非常に困難だ。


「術式展開――――『加速』」


 騎士たちの間を風が通り抜ける。放たれた矢の様にまっすぐ飛び出した少女は、その脚部に魔力を集中させ、ぐんぐん速度を上げて魔物との距離を詰めていく。


「はあっ!」


 肉薄するや否や、ダガーを抜き放ち追い抜きざまに獣の脚に刃を突き立てる。切断までいかなくとも深手を負わせれば走ることはできなくなる。


「仕留めた!」


 痛みと機能不全により体勢を崩した魔物が倒れ込む。キッカは身を翻すと同時に腰に備えた次のダガーを引き抜き、体を反転させる遠心力を推進力に加えてそれを魔物の額へと投げ放った。


「ギャウ!」


 悲鳴は短く一言だけ。咆哮する間もなく魔物は事切れる。動かなくなったのを確認してから、静寂の戻った森でキッカはゆっくりと目の前の魔物から警戒を解いた。


「……ふう」


 いつもこの瞬間は慣れない。警戒を解いた瞬間に襲い掛かられた人もこれまでの任務中に見たことがある。さすがに頭部に刃物を突き立てられて生きていることはないだろうが、それでも不安はぬぐい切れない。


「キッカ、怪我はありませんか?」

「大丈夫。このくらいの魔物程度じゃもうかすり傷だって負わないわよ」


 駆け寄るレンカにそっけなく返事を返しながらキッカは魔物の死体からダガーを引き抜く。付着した血液を拭い、刃を確認するが刃こぼれはない。まだ使用には耐えられそうだった。


「しかし、この森に入ってから魔物と何体も遭遇しますね」

「つまりこれ、この辺が奴らのテリトリーになってるってことよね……」


 村が襲撃されてから一週間ほどが経過していた。魔族の出現により付近の住民は避難し、森に入る者も途絶えたことから徐々に魔族の息がかかった地域としての色合いが濃くなりつつあった。


「平和に暮らしていただけの人たちを襲うなんて、絶対に許せない……」

「あの村のような悲劇を繰り返してはいけませんね」


 森に入る前日、滅ぼされた村の惨状も二人は見ていた。平和な日常を突如破壊され、残された者たちに深い悲しみが残される。そんな光景を身近で見ていただけに、改めて見せつけられた二人の怒りは強い。


「でもキッカ。忘れてはいけませんよ」

「……わかってる」


 感情が先走りそうなキッカを先んじてレンカが諫める。あくまで今回の任務は情報を集め、持ち帰ること。魔族との交戦は含まれていない。

 もちろん対峙した場合はその限りではないが、まだ経験が足りない従騎士の二人は魔族を倒せるだけの力量はない。同行している騎士の中、いや王国騎士の中でも、それだけの力を持つものは少ない。


「ふう、やっぱり『加速』が使えるフロスファミリアの子が一緒にいてくれてよかったわ。部隊に入れてくれたシオンとオウカにはお礼をしないと」


 その一人と言われる、今回の偵察部隊隊長のドラセナがようやく二人の下に到着する。二人は敬礼で出迎えた。


「仲間は呼ばれる前に仕留めました。魔族の接近も見られませんドラセナさ……ドラセナ隊長」

「オッケー。助かったわ……でも」


 瞬きの内にドラセナが弓を構えていた。だが、その手に矢は持っていない――違う、既にその手から矢は放たれた後だ。


「潜んでいる魔物の気配探知はまだまだみたいね」


 くぐもった声が聞こえた後方の藪をキッカは覗き込む。後頭部を射抜かれたリザードマンが仰向けで倒れていた。

 襲われたのならとっさに対応できたかもしれないが、仲間を呼びに戻られていたらキッカもレンカも逃していた所だった。


「……レンカ、撃ったの見えた?」

「いえ……まったく」

「足の速い魔物の対応は今後も任せるわ。でも基本的に私のそばから離れないようにね」


 騎士団に入る前からの付き合いではあるが、日常の二人の子を持つちょっとおちゃめな女性の姿はどこにもない。一人の凄腕の弓兵としての姿に、二人は驚かされるだけだった。


「オウカ様やシオン団長の活躍に隠れていますけど、魔王討伐戦でも魔族を仕留めた数は騎士団でもトップクラスと聞いています」

「あの二人が華々しすぎるのよ……私も同年代じゃそれなりに出世頭なのよ?」


 ため息交じりで不満を漏らす。そんな姿に部下たちもつい吹き出しそうになっていた。


「ところであの協力者……アキレアはどこへ行ったの?」

「ここだよ」


 木々を揺らして枝からアキレアが降り立つ。その姿は人間のままだが元々の人狼としての優れた身体能力は十分に常人を上回るほどだ。


「先の方まで見てきた。この先は見張りも手薄だ、今なら城まで一気に行けるぜ」

「それはありがたいわ……でも、一応この部隊の指揮官は私なんですけど?」

「知るかよ。同行はするが俺は俺で動く。そう言う話で通ってんだろ?」

「それはそうだけど……」

「もたもたすんな。行くぞ」

「あ、ちょっと!」


 ドラセナの言葉も聞かずアキレアは再び飛び上がり、次々と枝に飛び移りながら先へと行ってしまう。


「……隊長、あいつは何者なのですか。オウカ部隊長の口利きで加わった協力者という話ですが」

「協力というよりはあいつのペースに付き合わされているだけのような」

「うーん……色々と事情があってね」


 不満を漏らす部下たちに本当のことを告げるわけにもいかず、ドラセナは眉間に皺を寄せて頭痛と戦うのだった。




 城の周囲には見張りはほとんどいなかった。侵入の手筈を考えていたドラセナたちは拍子抜けしてしまう。


「妙ね、気持ち悪いほどに手薄じゃない」

「自分勝手な魔族はともかく、門番の魔物すらいないのは確かに妙だな」


 城は以前より、城主が不在であったこともあり、管理がされていない。だから窓が開いていたり、壁面が崩れていたりしているのは分かるが、正門が開け放たれたままというのは解せない。


「罠でしょうか」

「中で待ち受けているってわけね」

「それにしちゃ、まるで気配がしねえ。誰もいないんじゃねえか?」

「私も同意見よ。城の中からほとんど生き物の活動している気配を感じない」


 疑念は強まる。だが、このまま静観しているわけにもいかない。


「ひとまず、二組に分かれましょう。私は協力者とキッカちゃん、レンカちゃんと一緒に正門から」

「承知しました。では、私たちは裏に回ってみます」

「何か見つけ次第、即時王都まで退却。もう片方の組のことは考慮しなくていいから」

「はい、隊長もお気をつけて」


 隊長の権限を用い、ドラセナは事情を知るメンバーで組を作る。これならば何かと動きやすい。


「すいません、ドラセナ隊長」

「いいのよ。オウカから預かってるあなた達の監督もあるし、それにもしマリーちゃんを見つけてもこのメンバーなら対応できるでしょ」

「そうですね。他の騎士たちの目を気にせずに済みます」

「ハッ。人間たちは面倒だな」

「そう言わないでよ。補い合うからこそ、できることだってあるんだから」


 アキレアの軽口に、肩をすくめてドラセナが答える。


「それに、誰かに助けられているからこそ、マリーちゃんは育てることができたんじゃないかしら?」

「……ちっ」


 周囲に気を配りながら正門へと近づいていく。ドラセナを先頭に、アキレア、レンカ、そして最後尾にキッカだ。


「……やっぱり、静かすぎるわね」

「地面にアンデッドでも潜んでいるかと思ったが、臭いもねえな」

「例の魔族がいるのであれば、マリーもこの中にいるはずなんですが……」


 一歩、一歩と警戒を怠らずに歩を進める。覗き込んだ正門の奥はたいまつが燃え、廊下が照らされている。


「行くわよ」

「はい」

「了解しました」

「――待て、お前ら!」


 飛び込もうとした三人を、突如アキレアが声を張り上げて制する。


「今すぐ城から離れろ!」


 彼が叫んだ刹那、四人の頭上に影が落ちた。それは、城の正門の上に設置されていた天使を模った彫刻――。


「危ない!」


 とっさにキッカとレンカを抱えてドラセナが飛び退いた。彫像が粉々になって飛び散る。そして、それを皮切りに廊下の天井や壁、果ては正門が音を立てて崩れ出す。


「やべえ、城が崩れるぞ!」


 壁面に亀裂が走る。滑り落ちるように城の一部が削げ落ちる。崩壊は止まらない。塔が折れ、内に向かうようにして城がその姿を消してい行く。


「――――っ!」


 轟音に声すらかき消される。そして、降り注ぐ瓦礫と土煙の中に四人の姿は消えていくのだった。

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