第12話 魔王の血族たち

「手酷くやられたようだな、カレン」

「……魔王殺しの方はちょっと手を焼く程度だったわ。この傷はマリーよ」


 カレンの言葉にアザミも驚きの様子をわずかに見せる。両腕と頬に残る傷。痛みは既にないが、焼けただれた皮膚の修復には魔法と言えどまだ時間がかかる程だった。


「わあ……マリーの魔法は凄いみたいだね、アコ」

「わあ……マリーの魔法は凄いみたいね、ナイト」


 双子も、姉がここまで怪我を負った姿を見たことがない。カレンの周囲で跳び回りながらその傷を眺めている。


「やはり魔王の血は確かなようだな」

「魔力だけなら私たち以上かもしれないわ。でも、制御があまりに未熟、仕方がないから私がこれから教えるわ」

「ふ……せいぜい使い物になるようにしてくれ。足を引っ張られては困る」


 勿論よと、カレンは答えて続ける。


「それと忠告よ。例の二人を殺す時と場所は十分に考えた方がいいわ。迂闊に動けばマリーが暴走しかねないもの」

「それは気を付けるとしよう。私も巻き添えで消し飛びたくはない」

「消し飛ぶだって。怖いね、アコ」

「消し飛ぶだって。怖いね、ナイト」


 アザミの言葉にアコとナイトが顔を見合わせて身を震わせる。だが、その表情はどこか面白がっているようにも見える。こちらは兄に比べて感情をよく表すが、それでも意図的にこのような奇妙な言動をしているのか、それともそうせざるを得ないのか。幼い頃から見ていたがカレンにもわからない。


「カレン様、準備が整いました」


 赤髪の魔族が姿を見せる。カレンらをはじめ、魔王の子供たちに恭しく礼を捧げる。


「そう。通してちょうだい」

「はっ」


 玉座の間の大扉が開いていく。その奥から歩いてくる少女が燭台の明かりに照らされて姿を見せる。


「ようこそマリー。歓迎するわ」


 銀色の髪、紅い瞳。金の刺繍がされた黒いローブを身に纏い、カレンと同様のいで立ちでマリーが歩を進める。その眼には戸惑いと怯えが見える。


 暴走から目を覚ました時には既に城の中でベッドに寝かされていた。出会う魔族は皆マリーに頭を垂れ、敬服の意を見せる。そんな環境の違いにマリーは戸惑うばかりだった。


「紹介するわマリー。私たち四人は貴女の兄や姉。魔王の血を引く魔族よ」

「……私の、お兄さんとお姉さん」

「アコ、ナイト。挨拶なさい」


 早速アコとナイトが彼女のそばに近づいていく。その眼を見つめ、容姿をまじまじと二人で左右から眺めていく。


「ふうん。君がマリーか」

「ふうん。貴女がマリーなのね」

「あ、あの……」


 自分と同じ髪の色と瞳の色。年が近いのか、まだあどけなさの残る双子の顔はカレンよりもマリーによく似ていて、血縁であると言うことをまざまざと見せつけられる。違うのはマリーの髪が肩まであるのに対して二人の髪の毛は短めであることくらいか。


「面白くなりそうだね、アコ」

「面白くなりそうね、ナイト」


 そして、ひとしきり彼女を眺めた後は興味を失ったのか、手を取り合って部屋の中を走り回り始める。気ままで掴みどころのない姿にマリーも呆気にとられる。


「ああいう性格なのよ……私の名前は言うまでもないわね」


 マリーから静かに向けられる敵意を微笑で受け流す。


「よくもママを……」

「あら、やる気?」


 だが、ここで歯向かった所で魔法の扱いに慣れているカレンにかなわないのは彼女自身が理解していた。それに城を抜け出すことも、多くの魔族らの目がある上に王都までの方角も彼女は知らない。今はこの環境に身を置く以外に選択肢はなかった。


「お前たち、そこまでだ」


 アザミが玉座から腰を上げた。その身から立ち上る威圧感と、強大な魔力を感じてカレンもマリーも、感情を鎮める。


「私が長兄のアザミだ」

「……」


 一歩一歩、その歩みがマリーの下へと近づいて来る。余裕を湛えたカレンの瞳、愉悦と興味を湛えたアコとナイトの瞳とは違い、見る者全てに畏怖を与えるような鋭い眼光。


「お前が見つかったと聞いたときは驚いた。まさか生きていたとは思わなかった」


 近づくたびに鼓動が早まる。与えられる威圧感による息苦しさを覚える。竦んだ脚は動かず、目の前に立たれるまでマリーは何もできなかった。


「……っ!」


 その手が伸びる。思わず身を縮めたマリーの髪に温かい感触が落ちた。


「……え?」

「よく生きていてくれた。嬉しかったぞ」


 微笑みながら頭を撫でる。どこかで感じた温かさにマリーは戸惑いの表情を浮かべる。それはまるで二人の母と共にいた時のような――。


「……離れて!」


 手を払いのけ、マリーが距離を取って睨みつける。それをして良いのは自分を大切にしてくれた人たちだけだ。決してそれはトウカたちを傷つけたアザミたちではない。


「――兄様を叩いたね、アコ」

「――兄様を叩いたわね、ナイト」


 背筋が凍るような殺気を感じ、マリーが振り向く。無邪気に踊っていた二人が足を止め、肉親であるマリーに対して燃え上がるような憎しみを込めた視線を向ける。その姿が粒子になって飛散し、無数の黄金の鳥となってマリーを取り囲む。


 ――どうして叩いた何故叩く?

 ――それはマリーが馬鹿だから。


「アコ、ナイト。やめなさい!」


 カレンが叫ぶが二人の歌は止まらない。


 ――礼儀知らずな妹は。


 黄金の鳥が羽ばたく。マリーを中心に渦を巻くように取り巻き、その軌跡はあたかも線のように繋がり、何重にも輪を描く。


 ――踊り踊って鳥の餌。


 輝くくちばしを向け、鳥たちがマリーへ迫る。ついばむか、串刺しか、いずれにしろ無数の鳥に襲われれば無事では済まない。


「二人とも、そこまでよ」

「お前達、いい加減にしろ」


 だが、マリーを守るようにアザミとカレンの二人が立ちはだかる。共に魔力の壁を展開して、全方位からの鳥の突撃を防ぎきる。


「魔力よ、風を起こせ」

「わーっ!」

「きゃーっ!」


 腕を振り上げ、障壁ごと上方へ押し出す。魔力の壁が解け、瞬く間に魔力による空気の流れが生み出され、鳥たちが天井高くに舞い上げられた。


「むー、兄様たち酷いよ」

「むー、兄様たち酷いわ」


 鳥たちが一つに集まり、双子が姿を現す。むくれながらも即座に飛行魔法を発動させてふわりと地面に降り立つ。


「無事か、マリー」

「……う、うん」

「お前たちも、気持ちはわかるが落ち着け」

「でも兄様、マリーが!」

「でも兄様、マリーが!」

「その分、


 その時のアザミの表情は、マリーには見えなかった。だが、その声にはどこかゾッとするような恐ろしさを感じた。


「……なるほどだね、アコ」

「……なるほどね、ナイト」


 彼に諭され、双子も顔を見合わせる。その顔に浮かんだ玩具を与えられたような子供のように無邪気な、それでいてどこか残忍さを垣間見えさせる笑みがマリーに恐怖を抱かせる。


「それじゃ、行こうかアコ」

「ええ、行きましょうナイト」


 再び黄金の鳥となって二人の姿が消えていく。身に付いた埃を払いながらカレンもマリーの手を引き、立ち上がらせる。


「魔族が何かに執着する性格を持っているのは知っているわね?」

「……うん」


 それはかつてノアにも聞かされた話だった。彼はマリーが生き抜くための知識を。そして自身は花や愛情に対してと言った具合にだ。その興味の対象と度合は個人差もあり、人間並みの興味程度に見えることもあれば、取りつかれたかのように執着する者もある。興味の対象は移り変わることもあるが、何かしらに対して執着を見せるという性格は変わらない。


「あの二人はアザミ兄様に対して異常なまでの執着を見せているわ。今が一番激しいかもしれないわね」

「ふ……お蔭で私の言うことならちゃんと聞いてくれるから助かっている。マリーにはもう手を出すなと言っておこう」

「それがいいわね。この子が反抗するたびに暴れられても面倒だもの」


 溜息をつくカレンに背を向け、アザミは歩き出す。


「まだこの環境に慣れるまでは時間がかかるだろう。しばらくゆっくりとしていればいい。カレン、マリーのことは任せた」

「あら兄様、どちらへ?」

「あいつらの遊び相手だ。やり過ぎないように見ていてやらねばな」

「ふふ……ごゆっくり」


 その言葉の真意はまだマリーにはわからない。だが、それがただの遊びではないことは薄々感じ取りつつあった。それでも彼女にはそれを止めることはできるものではない。


「明日からは貴女の魔法の訓練よ。魔王の娘として恥ずかしくない程度には仕上げてあげるわ」


 待機していた魔族にカレンが指示を出す。まだ城の中は迷路のようでマリー一人では自室へ戻ることもままならない。


 部屋を出る直前、ふとマリーは気にかかったことをカレンにぶつけてみた。


「……あの、執着って言ったけど……それじゃ、あなたは?」

「……さあて、何かしらね」


 答えを濁しながら、思案する。カレンは微笑みを浮かべて冗談めいた口調で言葉を返した。


「私を“姉さん”って呼んでくれたら教えてあげてもいいかもしれないわね」

「……誰が」


 吐き捨てるように言葉を残し、踵を返して歩き出す。カレンはそんな反応にクスクスと笑いをこぼす。人の心を見透かして乱すことが得意な魔族のペースに乗せられるのはごめんだと、そうマリーは思うのだった。




「僕は五人殺したよ、アコ」

「私は六人殺したわ、ナイト」

「兄様は?」


 古城のある山の麓。川沿いの村が燃えていた。家々を燃やす炎は夜空を紅く照らし、地はそれを上回る鮮やかな色が染め上げていた。


「九人だ」


 理由などない。敢えて言うのなら“城に一番近い村があったから”に過ぎない。気晴らしに出かけたアコとナイトは、そこでどちらが多く人を狩るかと言う遊びに興じた。そしてアザミは、そのゲームを提案した張本人でもあった。


「さすが兄様だね、アコ」

「さすが兄様ね、ナイト」


 ルールは単純。逃げ惑う村人たちを己の魔法で狩ること。一度に爆発などで吹き飛ばさず、あくまで一人一人を狩ることが条件だ。村人はすぐそばで家族や知り合いが一人ずつ殺されていく中で恐怖に慄きながら逃げ惑う。そんな彼らを容赦なくアザミらは狩った。隠れている物も見つけ出し、その命を奪う。まるで幼子が蟻を踏み潰すように、追いかけ、確実に息の根を止めた。


「あーあ、村から出た奴も殺せたら僕が勝ったのに」

「ルールは村の中だけよナイト。一歩でも出たらノーカウント。よ」


 普段は同じような言動を繰り返す双子だが、ゲームの時ばかりは自由に動き喋っている。そう、あくまでこれはゲーム。だから皆殺しが目的ではない。可能な限り多く殺せればそれでよかったのだ。


「わかってるよアコ。だから放っておいたんだ……でも、いいの兄様?」


 村の敷地から脱出した何人かが船に乗って川を下るのが見えた。そこには女子供や傷病人も交じっている。この川を下って行けば王都へとたどり着く。そうすればこのことは伝わり、魔族が国内にいるということは周知の事実となる。


「構わんさ。次は王国側がどう動くのかお手並み拝見と行こう」

「くすくす。次は人間の番なんだね」

「くすくす。次は人間の番なのね」


 アザミが魔法を発動し、宙に浮きあがる。それを追いかけて双子も空へと飛びあがる。


「楽しくなるといいね、アコ」

「楽しくなるといいわね、ナイト」


 燃え盛る村を空から鑑賞しながら、三人は自分たちの城へと飛んでいくのだった。

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