第9話 五年目の真実

「危ない、マリー!」

「え?」


 突如聞こえた風を切る音に、トウカがマリーを抱えて飛び退く。二人が立っていた場所に次々と光弾が打ち込まれ、次の瞬間爆発を起こした。


「くうっ……!」

「ママ!」


 マリーを抱きしめ、降りかかる土砂から身を盾にする。何が起きたのか、まだ事態を把握できない。それでも、トウカは自分が傷つくことを厭わずに娘を守った。


「大丈夫、マリー?」

「う、うん……」


 幸い、お互いに怪我は無い。無事を確認する二人の下へ、土煙の向こうから声がした。


「あら、避けられちゃったわね……でも、あっけなく終わってもそれはそれでつまらないわね」


 徐々に視界が開けていく。土煙の向こうから現れたのはフードで顔を隠した黒装束の女。ローブには金で刺繍された禍々しささえ覚える異様な文様。そのいで立ちに、トウカは覚えがあった。


「まさか……魔族」


 先日、城で行われた叙勲の式典で目撃された騒動の元凶と目される不審な黒装束の女。女はわずかに見える口元を緩ませ、トウカの言葉に答えを返す。


「察しが良いわね。その通りよ」

「……何の用?」


 マリーを背に隠し、トウカは身構える。かつて戦った魔物よりも不気味で、ノアよりも強大な力の気配。感覚的に彼女はその危険を感じ取っていた。


「あら、わざわざ魔族がこんな所に来るなんて、決まってるじゃないの」


 魔族の女はその掌に拳大の光弾を生み出す。高密度の魔力が濃縮され、漏れ出る力が火花を散らす。


「“魔王殺し”を殺すこと」

「マリー、離れて!」

「ママ!」


 自分が狙いと悟ったトウカはマリーを家へと走らせる。魔族の目を引き付けるために立ち向かっていく。


「光栄だわ! お相手してもらえるのね!」


 女が光弾を投じる。二つ、三つと生成し、立て続けに放つ。


「術式展開――――『加速』!」


 トウカが走る速度を上げた。次々に飛んでくる光弾に取り囲まれる前に縦横無尽に駆け回り、それらはいずれもトウカが通り過ぎた後に炸裂して行く。


「ちっ、ちょこまかと!」


 苛立つ女が更に展開する光弾の数が増す。解き放った魔力が空中で次々と結びついて光弾となって展開し、一斉に何十と言う数を撃ち出す。


「跡形も残さないわ!」


 雨の様に降り注いで次々に炸裂し、草原の色を変えてしまうほどの絨毯爆撃。爆炎の中にトウカの姿が消える。


「あははははは! 消えてしまいなさい!」

「ママ!」


 爆撃が止み、静寂が戻る。もうもうと立ち上る煙。大地が抉られ、めくれ上がった地面が岩となって転がる。


「――っ!?」


 だが、女は気づく。死体はおろか、血の跡も、衣服の切れ端も。何もそこに残っていないことに。


「まさか……あの魔法の雨の中を!?」


 その瞬間、彼女に影が落ちる。見上げるそこには太陽の光を背負い、降下してくる人の影――。


「ママ!」

「はああああっ!」

「ちいっ! 魔力よ、盾に!」


 落下と回転を加え、トウカの脚が叩きつけられる。女は咄嗟に魔力障壁を展開し、受け止める。


「術式展開――――『空蹴』」


 だがトウカも即座に魔術を展開し、衝突の反発を推進力に転化して後方へと跳ぶ。


「な――!」

「せやああーっ!」


 女はまだ頭上に魔法を展開したままだった。着地したトウカは即座に懐へ飛び込み、蹴りを放つ。


「がふっ!?」


 腹部に強烈な一撃が入る。黒装束の女が吹き飛ばされ、草原に背中から叩きつけられる。


「ぐ……あれを全部避けたというの……魔王殺しは伊達じゃないわね」


 ゆらりと、幽鬼の様に女が立ち上がる。その口元には愉悦の笑みが浮かぶ。


「面白いわ……ああ、面白いわ! 何年振りかしら、人間相手に“本気で遊べる”のは!」


 再び女が光弾を生成する。だがその形が歪み、更に極細の形に圧縮されていく。


「……針」


 その形には見覚えがあった。エリカの首筋に刺さり、式典会場の国民たちを操った魔力で作られた針。


「あら、無粋な呼び名ね。“いばら”という優雅な名前があるのよ」


 次々と生成した棘を指の間に挟む。手の中でもてあそぶ一本一本が高密度の魔力の塊だ。


「式典会場で使ったのは錯乱と強化に組み上げた魔法式。でもこれは……」


 女がそれを投げ放つ。トウカの周囲に突き刺さり、連鎖するように次々に爆発を起こす。


「破壊の式よ」

「嘘……まるで魔術」


 その使い方には覚えがあった。ただ魔力を放出し、破壊を行うだけの使い方とは違う。その力に特定の方向性を持たせ、特化させた運用法。人間の使う魔術にあまりによく似ていた。


「あら、知らないの? 高位の魔族になると魔法の使い方に特定の“型”を生み出すのよ。あなた達の“魔術”は方向性を特化させたものを二つまで組み合せる使い方みたいだけど、私たちは自分の“型”に他の力を加えて運用するの」


 一部の魔族が戦いの中で人間側の魔術を「紛い物」という事があった。それは、人間にとっては同じ魔力を使う技術でありながら、魔法ほど汎用性がなく、ある種の下位互換的なものであるために付けられた侮称と考えられていた。

 だが、真実は違った。魔族の操る魔法は、その先に特定の型を生み出す。それはあたかも人間の魔術の様に特定の方向に特化したものになる。魔法の汎用性は残した上で行われる特化した運用法。それこそが魔術の完全なる上位互換。「魔法」だった。


「私はこの“棘”に様々な魔法式を組み込んで突き刺すことで力を発揮させることができるわ――そう、こんな感じにね」


 女の周囲に次々と棘が生成される。その色はいずれも異なる。彼女の言う通りならばその一つ一つの発揮する力は別物という事になる。


「術式展開――――『加速』!」


 トウカがその場から離脱する。それを追いかけて女は 棘を放つ。地面に突き刺さった傍から爆発、氷結、放電と様々な力を炸裂させた。


「さあ、あなたはどんな死に方がお好みかしら!」


 先程までとは違う、一本一本が極細の魔力の塊の射出。その速度も段違いで、光の線が美しく尾を引いて飛んでくるようにしか見えない。


「言うでしょ、綺麗な花にはとげがあるって!」


 地面に刺さり、爆発するそばから新たな“棘”が飛んでくる。一本でも刺されば甚大な被害を受ける。故に速度を落とせない。だが、『加速』の効果時間は迫りつつある。


「せめて剣があれば……!」


 剣さえ使えれば『付与』の術式を込めて棘を叩き落せる。だが、マリーとの散歩の途中であったために剣は持っていない。もしも持っていたら先程肉薄した時点で戦いは終わっていただろう。家の中に保管されている自分の剣を取りに行く時間を稼ぐこともできない。丸腰のまま戦い続けるには圧倒的な戦力の差だった。


「うふふ……もっと惨めに、無様に逃げ回りなさい!」


 それを分かっている女は喜悦に染まった声で新たな棘を撃ち続ける。圧倒的な力の差でまさに“遊んでいる”のだ。


「――しまった!?」


 必死に避け続けていたその時、『加速』の効果時間が終わる。走る速度が通常のものとなり、その瞬間を魔族は見逃さない。


「“棘の束縛ジェイル・オブ・ソーン”」


 棘が光の輪で繋がり、トウカを取り囲む。それはあたかも棘の庭園のごとく、その中に佇む者を縛り上げるために、そしてその棘を突き刺すために輪が閉じていく。


「ママ!」

「来ちゃ駄目、マリー!」


 その窮地を見ていたマリーが黙っていられるわけがなかった。大切な人を守りたい。その思いが一つの形へと編み上げられていく。魔力が掌に集結し、思い描いたままの力を付与され、トウカを囲む棘の檻へと解き放つ。


「わあああーっ!」


 魔法の蔓を通じて魔力が侵食して行く。強引に魔法式が書き換えられ、トウカに向かう前にその場で次々と爆発していく。


「凄い……」


 マリーの潜在能力は理解していた。だが、トウカもこれほどとは思っていなかった。魔族の魔法式に介入し、書き換えて爆発させるなんて並大抵の力ではない。


「大丈夫、ママ!」

「来ちゃ駄目って言ったのに……」

「嫌、ママが目の前で傷つくなんて見てられない! 私だって戦えるんだから!」


 王立学院に入った頃から一日も欠かさなかった魔力の鍛錬。オウカとトウカに魔術を学び、ノアにその膨大な力の使い方を学んだ。十分とは言い難いが、既にある程度暴走を起こさない様に自分で制御をできるようにはなった。魔族と相対するどころか戦闘自体が初めてのこと。それでも、トウカを救い出したことは一つの自信を彼女に持たせてくれた。


「――ふ。ふふふ……あはははははは!」


 己の魔法が破られた魔族の女の口から、突如笑いが漏れる。それは喜びのようでもあり、狂気のようでもあり、トウカたちにはあまりに不気味に聞こえた。


「やっぱり……ああ、やっぱり! もしかしたらと思っていたのよ。人間に育てられた魔族なんてあり得ないって思っていた。でも今ので確信したわ!」


 その口元は喜んでいるかのように歪み、フードで隠されているのにマリーはギラリと鋭い視線に射抜かれたような感覚を覚える。


「貴女、ね」

「――っ!?」

「え……え?」

「私の魔法を吹き飛ばすなんて力技、その辺の魔族じゃできやしないわ。いるとしたら魔王級の魔力の持ち主……つまり魔王の眷属以外にありえない」

「わ、私が……魔王の……娘?」

「あら、知らなかったの? それとも、ずっと隠していたのかしら、そこの“ママ”に」

「本当なの、ママ……」


 見上げたトウカの表情は蒼白だった。唇は震え、マリーへとかける言葉を見出せていない。その様子を見て魔族の女はくすくすと笑いを漏らす。


「あらあら。その様子だと秘密にしていたみたいね。でも当然よね、だって自分が親の仇だなんて知られたくないでしょうし」

「本当……なんだ」

「違う! 私は、マリーの親の仇じゃ……」

「 “魔王を倒した英雄”と国中で呼ばれながらその言い分は通らないわ。貴女は魔王を殺し、その子を連れ去った。それが事実。誤魔化しても無駄よ」


 何と言えばいいのか。トウカは混乱した状況の中でマリーに正しく伝える言葉が思いつかない。


「一体何が目的なのかしら……魔族の生態の研究? それとも魔王級の力を我が物にしてこの世界を手中にする気かしら?」


 トウカが黙り込めばそれだけ女の推測が重ねられ、更なる疑惑を生む。トウカは違うと否定することしかできない。だが、論理立てて説明するにはあまりに状況が悪すぎた。


「人と魔族が共存することなど有り得ないわ。人間の世界に反抗するようなその行動、利がなければしようなんて思うはずがないわ!」

「――貴様らの尺度で物を語るな。魔族」

「っ!?」


 咄嗟に女が左方へ魔力の盾を展開する。眼前まで迫っていた剣が障壁で止められる。


「あら、危ない」

「ちっ!」

「盾よ、棘になりなさい」


 その剣を受け流し、不要となった盾を圧縮して続けざまに女は撃ち出す。その魔法から身を翻し、黒く長い髪を爆風になびかせながら彼女はトウカたちの目の前に降り立つ。


「オウカ!」

「遅くなった、すまん」

「あら、もう一人のマリーの親殺しのご到着ね」

「……貴様」


 その一言だけでオウカは状況を悟った。知られてはならないことを。自分たちの口から語らねばならなかったことを告げられてしまっていたことを。


「先日、式典に侵入した輩は貴様だな」

「ええ。楽しませてもらったわ」

「聞きたいことが山ほどある。神妙にしろ!」


 オウカが剣を構え、走り出す。魔族の女もその手に複数の棘を展開して次々と射出していく。


「トウカ、ここは私に任せてマリーを連れて逃げろ!」

「う、うん。わかった……さ、マリー」

「あ……」


 差し出されたトウカの手にマリーが身をすくませる。それは意識していたものではなかったが、手を握るのに一瞬の躊躇を生み出していた。


「……マリー?」

「あ……ごめんなさ……」


 ――女の口元に笑みが浮かぶ。


「手を取るの? その血に濡れた手を。目の前にいるのは自分の両親の仇よ!」

「貴様!」


 女の声がマリーに届く。そしてトウカは気づいてしまった。


 恐怖をはらんだ目で、マリーが自分を見ていたことを。


「邪魔よ!」

「くっ!」


 女が魔法を地面に撃ち込み、爆発で土煙を巻き上げた。視界を奪われ、オウカが魔族を、そしてトウカがマリーの位置を見失う。


「ママ!」


 マリーが手を伸ばすが、煙の中から現れた腕がそれを掴んで引きずり出す。それは慣れ親しんだ暖かな母たちのものではない。現れた魔族の女にマリーが表情をひきつらせる。


「貴女がいるべきはその女の隣じゃない! 私と一緒に来なさい、マリー!」

「は……放して!」

「きゃああああっ!」


 マリーが咄嗟に魔法を放つ。だが、未熟なマリーでは乱れた精神で魔法を満足にコントロールができない。放たれた魔法が至近距離で爆発を起こし、女の全身が火に包まれる。


「あ……ああ……」


 炎上する女を前にマリーがその場にへたり込む。魔法を放ったマリー自身が一番わかっていた。今の魔法は加減ができなかった。場合によっては簡単に人を殺せる威力の魔法を直撃させてしまったのだ。


「わた……し……殺し……て」

「マリー、こっちへ!」

「い……いやあああああ!」


 髪を振り乱し、マリーが絶叫する。その鬼気迫る様子にトウカたちも足が止まる。


「殺すつもりなんてなかった! でも……魔王の娘とか……ママたちが仇とか……もう何が何だかわからないの! 私、どうしたらいいの!?」

「マリー……」

「ふふ……大丈夫よ。このくらいで私は死んだりしないから」

「……あ」


 女が火のついたローブを煩わしく脱ぎ捨てた。それと同時にこれまで隠されていた彼女の素顔が明らかになる。


「貴女の力、大したものだわ。でも、まだ魔王級の力を使いこなせていないみたいね」

「う、嘘……」


 その容貌に三人は驚愕した。銀色の髪の毛が零れ出る。マリーよりも長い、背中まで伸びる波打つ美しい髪。


「うふふ……でも、その歳でこれだけの威力。素質は十分だわ。さすが魔王の娘ね」


 そして、その銀色の髪の間からルビーのような紅の瞳が覗く。


「合格よマリー。貴女は魔族として十分やっていける。この私が保証するわ」

「そんな……」

「貴様、いったい何者だ……」


 それは、マリーと全く同じ髪と瞳の色。現れたその素顔は、マリーを大人にしたかの様によく似ている。その瞳の様に紅い唇が開く。そこから紡がれるのは驚愕の言葉――。


「私は魔王の娘カレン。マリーの実の姉よ」

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