第2話 叙勲の式典
式典は国民へのお披露目の目的もあり、城の広い中庭で行われる。
普段入ることが許されない城内もこの日ばかりは国民に解放され、一部の施設も見学が許されていた。
とは言え、トウカはオウカら王国騎士の身内と、救国の英雄と言うこともあり特別に入場が許されている立場のため、今更物珍しく場内を見学する必要もない。
フジもかつて城に出入りしていたこともあり、ドラセナは現役の王国騎士だ。プリムラとジュリアンを連れて色々と案内することもあった。
トウカとは城の兵士もよく知っているため、挨拶程度で通してもらえた。
階段を上り、関係者用の区画へと入っていく。
「トウカ、こっちこっち」
中庭の式場を見下ろすことのできる二階のバルコニーに設けられた貴賓席。
その一つに通じるドアを開けて廊下の向こうへドラセナが手を振る。
彼女に通され、中へ入る。本来ならゴッドセフィア家用の一画らしいが、一族に関係のない式典のためにゴッドセフィア家当主は欠席。そこをドラセナが名代として出席するとして確保したという。
と言っても、他の人の目もほとんどない場所。家族でのピクニック気分だった。
「とうかー」
「とうかだー」
「こーら。“トウカさん”でしょ」
よく遊んでくれることもあり、双子はトウカが大好きだった。
最近は友達感覚で話そうとするのでドラセナはそのたびに窘めている。
「あはは、プリムラもジュリアンも元気そうね」
「元気すぎて困ってるくらいよ……今度相談に乗って」
最近のドラセナの悩みは双子の食べ物の好き嫌いだ。
双子でも好みが全く違う。時にプリムラが好きなものがジュリアンの嫌いなものだったりするので、献立を考えるのも一苦労らしい。
「ドラセナもすっかり母親が板についてきたんじゃない?」
「まだまだよ……いきなり男と女の双子だもの。みんなが手伝ってくれるから助かってるようなものよ」
「フジもちゃんと手伝ってる?」
「仕事の後に二人のおもちゃにされてるわ」
フジの方に視線を向ける。
何とも言えない顔で舞台上を眺めていた。あっちはあっちで頑張っているらしい。
イーリスの病院ができた後も、フジの病院は盛況だった。
専門的なスタッフを多数配置したイーリスの病院はその分コストも高く、町の中流階級層以上の利用が多い。
対してフジの病院は人々の生活に密着した医療を売りに、できるだけ安価に。庶民も手の届く医療を提供している。その為人も集まりやすく、最近は憩いの場のような場所になっている。生活は決して裕福と言うわけではないが、人々の笑顔が絶えない環境だという。
「そう言えば、オウカのことだけど。随分活躍してるみたいね」
「そうだね。去年なんて凄かったもの」
「
「それでいいんだけどね。あんまり目立たず静かに暮らして行きたいから……でもドラセナだって、復帰したばかりなのに魔物討伐で功績をあげてるじゃない」
「オウカに比べたら小さいものよ。それにしばらくは子育てが中心だし、騎士としては最低限の活動しかできないわ」
「……騎士を辞めようって思ったりはしないんですか?」
トウカの傍で会話を聞いていたマリーが、つい問いかける。
「失礼よマリー」
「いいのよ。うーん……大変だけど、そうは思わないかな」
「危ないこともたくさんあるんですよね。子供もいるのに……」
「むしろ、子供たちがいるから……かな」
プリムラたちはフジに抱えられてバルコニーから下の群衆を見ている。
普段見たことのないたくさんの人に興奮気味だ。
「昔は家のためって気持ちが強かったけど、全然達成感が得られなかったのよね。でも今はあの子たちのために戦っているって実感があるの」
「あの子たちのため……?」
「帰る場所があるって、とても素敵なことだってわかったの。この場所を守りたい。そして、子供たちが成長した時に、少しでも平和になっていて欲しい。そんな気持ちで今は戦っているの。だから、まだまだ辞めるわけにはいかないわよ」
「……子供たちの未来のため……か」
未来を作るため。それも将来の道を選択する一つの動機だ。
フジの医者と言う道も、命を繋げ、未来を作るための道だ。手段は違うが、ドラセナと向かう先は同じものだ。
――では、自分は何をしたいのか?
魔族として? それとも人として?
トウカとオウカの娘としてどんな未来を求めたいのだろうか。
自分を守り、支えてくれた人々に何を返せるのだろうか。
「あ、そろそろ始まるみたいだよ。三人とも」
フジの声でマリーは考えていたことを中断する。
式典が始まる。もう一人の母、そして自分の理解者の一人の晴れの舞台だ。今は余計なことは考えないでおこう。そう思った。
式典は厳かに始まった。
大臣によって功績が読み上げられ、王から直々にお言葉と勲章を賜る。騎士として、最高の栄誉とも言える。
民衆へは、王国にこの人ありと喧伝することにより、安定した治世が保たれていることをアピールすることにも繋がる。
功労者の名があがるたび、民衆からは歓声があがる。
いつかは自分もあの立場へ。他の騎士もそう思いを強めることにより、騎士団の力も底上げされていくのだ。
オウカの番が終わり、居並ぶ騎士たちの列へと戻っていく。
「さすが、凄い歓声だね」
「シオンも相当なものだったと思うが?」
「男女問わず歓声が上がったのは君くらいだよ」
王国最強の騎士の二つ名は今でも彼女のものだ。
直接シオンと戦うことはないが、華々しい活躍を上げ続ける彼女をそう評するものは後を絶たない。
「……お前だって女性からの声が凄まじいだろうが」
シオンの隣にいたカルーナが愚痴をこぼす。
黄色い声援で言えば若き騎士団長のシオンは他の追随を許さない。
「カルーナだって大歓声だったじゃないか」
「贅沢を言うつもりはねえが……なんで俺は男ばっかりなんだ?」
確かに、カルーナの時だけは野太い声が多かったような気がした。
「仕方あるまい。泣く子も黙る鬼の治安維持部隊の隊長だ。民衆からは畏怖の対象だろうさ」
「ただ、その出で立ちと言い、強さと言い、男の“強さ”としては理想的な人物だから同性からの人気は集まると思うよ」
「そりゃあ、一緒に酒を飲みてえとかそういう評価じゃねえのか?」
肩を竦めるカルーナに、思わず二人は苦笑する。
「子供と言えば、最近はどうなんだ。そっちの子育ては順調かい?」
「フッ……気づいたら成長しているものだな。先程、将来のことについて相談されたよ」
「へえ、マリーちゃんは何て?」
「色々と悩んでいるみたいだよ」
視線を貴賓席の方へ向ける。
笑顔でオウカに拍手を送るマリーと眼が合う。
あの子がどんな未来を選ぶのか。心配だが、楽しみでもあった。
「エリカの方も、色々と考えてるみたいだ。最近じゃカルミアに頼んで魔術の勉強も始めてる」
それはマリーの魔術の鍛錬を見て触発されたのかもしれない。
マリーも学院で勉強を頑張っており、今ではエリカと並んで成績も上位だと言う。
共に刺激し合い、よい関係を築いている。それはエリカが亡き祖父に誓ったことでもあった。
「上手く行きゃグラキリス家の再興も夢じゃねえかもな。エリカにはそれだけの才がある」
ニヤリと笑うカルーナ。ウルガリス家当主の彼が言うのであれば、彼女の才能は確かなものなのだろう。
ウルガリス家の貴賓席では、話題の人物が拍手を送っている。
健やかに、そして麗しく育っているその姿に皆も期待を抱かずにはいられなかった。
「……もう、式典の最中なのにおじ様ったらよそ見して」
そんな話をしているとは知らず、エリカは真面目さに欠けるカルーナの行動に頬を膨らませていた。
「楽しそうにされていますね。何の話をされているのでしょう」
「栄誉ある式典なのに、シオン団長もオウカさんも、緊張感がなさすぎます……あら?」
「どうかされましたか?」
中庭を挟んだ向かい。エリカの視線の先にはゴッドセフィア家用の貴賓席があった。
身を乗り出して式典を見ている子供たちの向こうでは、トウカとドラセナが話をしていた。
「トウカさんがいらしてます。先日、新作をいただいたお礼と感想をお伝えに行かないと」
「ええ、構いませんよ。お供します」
先程まで式典の緊張感を説いていた表情から一転していちファンの表情になっている。
年相応の子供らしい姿に、カルミアは思わず笑みをこぼす。
「すぐそこですよ。ちょっと行って戻ってくるだけです」
「そうですか。では、お待ちしています」
小走りでエリカはトウカの下へ向かう。
マリーもいるので少しばかり話に花が咲いても目を瞑ることにしよう。カルミアはそう思った。
トウカらのいる場所へは、今いる場所から廊下を廻り、城の反対側の区画へと向かう必要がある。広い中庭を囲むような作りになっているため、子供の脚では少し遠い。
エリカはトウカへのお礼の他に、マリーとも少し話したかったので少々急ぎ足で向かっていた。
廊下の角を曲がり、最初のドアを開けた所がトウカたちのいる場所だ。
まずはどこについて感想を述べよう。
今回も面白かった――いや、それではありきたりだ。
登場人物か、話の展開か、それとも最高潮の場所か――。
「きゃっ!?」
そんなことを考えていたからだろう。
廊下の角から出てきた人物に気付くのが、エリカは少し遅れてしまった。
出会い頭にぶつかり、エリカは跳ね返されるように倒れて尻もちをつく。
「あらあら、大丈夫?」
相手はエリカの衝突に少し驚いた様子ではあったが、すぐに声をかけて来た。
フードを被っていて顔は見えづらいが、声の感じから大人の女性であることは伺えた。
「ごめんなさい……考え事をしていて」
「ふふ、気にしなくていいのよ」
色白で細く、たおやかな指がローブの中から現れる。
真っ黒な生地に、端々に見える金で刺繍された見たこともない異様な文様にエリカは目を奪われながらその手を掴み、体を起こした。
「怪我はない?」
「はい」
「そう、それは良かったわ」
ふと、見上げるような形でその女性と眼があった。
吸い込まれそうなほどに美しさを感じさせるその瞳――それは、どこかで見たような気もした。
「何か?」
「い、いえ。何でもありません」
思わずまじまじと人の顔を見てしまった。同性であってもさすがに失礼だと覚える。
「気をつけなさいね」
「申し訳ありませんでした。それでは」
頭を下げ、エリカが女性の横を通り過ぎる。
「あら、謝る必要なんてないのよ――だって」
その先の言葉はエリカの耳に届くことはなかった。
鋭い衝撃が首に走り、一瞬で彼女の意識が闇に落ちる。
「――あなた、これからもっと悪いことをするんだもの」
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