第2.5部 日常編
第1話 初めてのおつかい
それは、娘の唐突な一言から始まった。
「ママ、お手伝いしたい」
王立学院に入学してから、マリーは少しずつ身の回りのことを自分で取り組むようになった。
勉強だけでなく、始めたばかりの魔術の訓練――と言っても初歩の初歩だが――も毎日休むことはない。先の事件で多くの人に助けられたことを彼女なりに受け止め、頑張ろうとしているのかもしれなかった。
「いいよ、じゃあ今日は何をしようか?」
そんなマリーの気持ちにトウカは応え、多くのことに挑戦させていた。
洗濯やその取り込み、料理や掃除。興味を持ったものは危険なものは除いて何でもさせた。
決して成功ばかりではないけれど、その気持ちを大切にしてあげたかった。
「今日は、お買い物したい」
トウカが笑顔のまま固まる。
それは、彼女にとって一番恐れていた“お手伝い”だった。
「……お買い物?」
「うん。マリー、お買い物を一人でしたい!」
トウカの懸念はまさにそこだった。
一緒ならば、ちゃんとした道筋を示せる。危険なものが近付いてきた時にすぐに察知できる。お金の計算も一緒にできる。
マリーの意思は尊重したい。だが一人で広くて人の多い王都へ送り出すのはまだ早い。
誤って盛り場や治安のよくない裏路地へ行ってしまうかもしれない。迷子になったら誰が助けてくれると言うのか。
「……ママ?」
「う、うん。お買い物ね! ……ちなみに、他にしたいことはない?」
「お買い物」
「他には?」
「お買い物!」
精一杯、話を逸らそうと試みるも、マリーはニコニコと笑顔で自分の意思をトウカに示す。
頑としてやりたいことを譲らない辺り、フロスファミリア一族の特徴を受け継いできたのかもしれない。
母として娘が強く成長したことを喜ばしく思いたかったが、今はその話はさておくことにした。
「うーん……」
ダメと言うべきか、それともせっかく芽生えた自立心を尊重してあげるべきか。トウカは母として一つの岐路に立たされていた。
「……ダメ?」
「う……」
小首を傾げて可愛くおねだりする。その姿にあっさりトウカは陥落した。
「ダメじゃ……ない…です」
「わーい、やったー!」
喜びでテーブルの周りを跳ね回る。そんな姿に心が温かくなる。
我ながらマリーに甘いと、溜息をつきながらつくづくトウカは思うのだった。
さすがに郊外のトウカの家からは遠いので、王都までは一緒に行くことになった。
今日は月に何度かの市が立つ日だった。各地から集まった産物と行商人たち、そして商品を求めて集まる人々で市場は賑わっている。
魔王討伐の影響でアルテミシア王国は安全であるという認識が広く知れ渡り、ここ一年で旅人や商人の往来も盛んとなっていた。
「買うのはパンと野菜。あと……そうだ、インクも切れかかっていたからお願いね。余ったお金はお小遣いにしていいから」
「いいの!?」
渡した金額なら残った分でちょっとしたお菓子くらいなら買える計算だった。
「じゃあ、私はフジの病院で待ってるからね」
「うん、いってきまーす!」
意気揚々と、マリーは市場へと歩き出す。
トウカはそんな我が子を温かい目で見送る。
「さて……と」
やがて、人波の中にその姿が消えた所でトウカも歩き出した――市場へと。
やはり一人で行かせるのは不安だった。だから別れるふりをしてトウカはマリーを尾行するつもりだった。
「そうだ。変装しないと」
一応トウカは魔王を討伐し、先日は王国領に侵入した魔物を倒した英雄の一人。王国中にその顔は知れ渡っているため、歩けばそれだけで目を引く。そうすればマリーに尾行が気付かれる可能性もある。
「ふふふ……完璧」
そんな訳でフードを目深に被り、髪と顔を隠して市場に入っていく。
しばらく歩きながら特徴的な銀髪の女の子を探した。歌いながら歩いていたので見つかるのは早かった。
「おっやさーい、いんくー、ぱんー」
腕と一緒に買い物袋を大きく振りながらマリーは市場を闊歩する。
そのお蔭か、小柄な彼女ではあるが人込みで自分の存在を示す結果となり、周囲の人々も道を開けてくれていた。
「おー、マリーちゃんじゃねえか」
「こんにちはー」
やがて、目的の店の一つに到着する。青果を取り扱う店だ。
「今日は一人かい?」
「うん。おつかい!」
買い物袋を得意げに示す。普段からトウカと一緒に訪れているので店主とも顔馴染みだ。
「偉いねぇ。で、何を買いに来たんだい?」
「インクとパン!」
「うーん……それは売ってねえなあ」
「あれ?」
首を傾げるマリー。
会話をする中で「野菜」が抜け落ちてしまっていた。
「んーっと、えーっと……」
「マリー、がんばれ! 野菜、野菜!」
思い出そうとしているマリーの遥か後方で、物陰からトウカがエールを送る。
「果物かい?」
「うん!」
だが、その願いは空振りに終わった。
「今日はいいのが入ってるよ。ほら、ママの分もおまけしといてあげるから、一緒に食べな」
「わーい、おじさんありがとう!」
買い物袋からお金を出し、支払いを済ませる。
二つ大きな果物を見繕ってもらい、袋に入れるとマリーは再び歩き出す。
「いーんくー、ぱーん」
「うう……違うのに……」
トウカは自分で野菜を購入し、上機嫌のマリーを追うのだった。
次はインクだ。さすがに間違えようがない。
「いーんくー……あった!」
ペンやインクを取り扱う店を発見し、マリーは駆け寄っていく。
「マリー、ちゃんと言えるかなぁ……」
「インクくださーい」
今度はしっかりと憶えていた。思わずトウカは拳を握る。
「はい、まいど」
「ありがとうございまーす」
お金を払い、袋にインクの小瓶を入れる。
順調に(買い間違いはあるが)買い物が進み、マリーも満足そうだった。
「えーっと、あとは……」
「あら、マリー?」
不意に、マリーに声がかけられる。
振り向いたそこにいたのは、カルミアと共に歩くエリカだった。
「あ、エリカ!」
「ごきげんよう、マリー」
「お買い物ですか、マリーさん」
「うん、おつかい!」
買い物袋を高々と掲げる。
「エリカは?」
「この先に美味しいケーキを焼くお店があると聞いて、カルミアさんに連れて行ってもらう所よ」
「ケーキ!?」
マリーの目が輝く。ケーキは彼女の大好物の一つだ。
「よかったらマリーも行く? いいですか、カルミアさん」
「ええ、マリーさんなら構いませんよ」
だがマリーはトウカから言われたお使いの途中だ。甘い誘惑に、彼女も揺れる。
家の影からその様子をうかがっていたトウカも必死に念を送る。
「マリー、行っちゃダメ!」
「うー……」
「がんばれ!」
エリカと買い物袋を交互に目をやる。本音ではエリカと一緒にケーキを食べに行きたいが、自分からお手伝いを申し出た責任感との板挟みになっていた。
やがて、マリーは決断を下す。
「……おつかいの途中だし、ママも待ってるから」
「マリー……!!」
トウカは誘惑に打ち勝ったマリーを心の中で大いに褒め称えた。
感激のあまり飛び出しそうになったが、そこはぐっと堪える。
代わりに、今度ご褒美にそのお店に連れて行ってあげようと思った。
「そうですか。それでは、またの機会にしましょうか」
「うん!」
「またね、マリー」
手を振って二人と別れるマリー。
残された品を買うため、再び彼女は歩き出した。
「ふぅ……よかったぁ」
「……お前は一体、そこで何をしているんだ」
胸を撫で下ろすトウカの後ろから呆れ返った声がかけられた。
振り向くとそこには流れるような長い黒髪が鮮やかな女騎士、オウカが立っていた。
「え、えーっと……何の御用でしょうか」
射抜くような姉の眼を前に、思わずトウカが後ずさる。
顔はまだ見られていないからトウカだとはわかっていないはず。言葉を選んで気取られないようにする。
「付近住民から通報があってな。『市場で顔を隠した怪しい奴が幼子を付け回している』と」
「これは……その」
「ええい、私の目を誤魔化せると思ったか。そのフードを取れ、トウカ!」
バレバレだった。
観念したトウカはフードを取って顔を見せる。
「……完璧な変装だと思ったのになあ」
「マリーを付け回し、その行動に一喜一憂している奴がお前以外にいるか」
それ程怪しい行動に見えていたらしい。来た相手がオウカでなければ取り押さえられていた可能性もあった。
この市は各地から人が訪れる。そのため、無用なトラブルを避けるためにも騎士団や治安維持部隊が駆り出され、オウカもその一員として警備に付いていた一人だった。
「で、何をしていたんだお前は」
「あはは、マリーが一人でおつかいに行きたいって言うから……」
「……また随分と目立つ尾行があったものだな」
オウカは表情を引きつらせる。
顔を見られない様に変装したその結果、むしろ怪しまれて通報されてしまったのでは呆れてものも言えないのだろう。
「まあ、心配になるのはわからんでもないが」
「でしょ? マリーの初めてのおつかいなんだから、この目でしっかり見ておきたいの」
「……ちょっと待て。そのマリーがどこにもいないぞ」
慌ててトウカが市場へ視線を戻す。さっきまで文具屋にいたマリーの姿が消えていた。
「見失ったーっ!?」
「落ち着けトウカ。探せばまだその辺にいるはずだ」
「オウカも探してよ!」
「わ、私もか!?」
あまりのトウカの迫力にオウカがたじろぐ。
マリーが関わると相手が姉でも騎士でも容赦なしだ。
「オウカが声かけたから見失っちゃったんだよ!」
「く……」
むくれて、眼でオウカを非難する。確かにトウカが気を取られなければ見失うことはなかっただけに声をかけたオウカは責任を感じていた。
「いや、私も仕事中なんだが……」
「うー……」
「わ、わかったからそんな眼で見るな!」
泣く子とトウカ――むしろ、泣いたトウカ――には勝てない。オウカも見回りついでに一緒にマリーを探すことになった。
「どこへ行っちゃったんだろう……」
「呼んでみるか?」
トウカは首を横に振る。あくまで見守りの立場のため、マリーに見つかるのは全力で避けたかったからだ。
「あの子のことだ。責任を放棄するようなことはしないと思うが……いた」
そう言いながら目を向けた先の店先に、マリーを見つけた。
すぐにトウカと一緒に物陰に隠れる。
「……考えたら、私は隠れる必要がない気がするんだが?」
「しっ、オウカ静かに!」
「やれやれ……」
オウカも諦めることにした。二人で娘の動向を伺う。
マリーが出てきた店は買い物の予定にない場所だった。
「オウカ、あそこ何の店?」
「お菓子屋だな」
「お菓子屋?」
マリーは買い物袋から包み紙にくるまれた飴玉を取り出し、口へ運ぶ。
どうやらあれが、買った品のようだ。
「……買ったのは飴か」
「余ったお金はお小遣いにしていいって言ったから、それでかな?」
「そのようだな」
買い物はまだ途中なのだが、先に菓子屋を見つけたマリーはつい順番を逆にして、終わった後のご褒美を先に買っていた。
口の中いっぱいに広がる甘い味を舌で転がしながら、上機嫌のマリーは軽やかな足取りでパン屋へと向かう。そして、店先の老婆に声をかけた。
「パンくださーい」
「おやマリーちゃん。おつかい? 偉いねえ」
「うん!」
「いつもの奴だね。ちょっと待ってておくれ」
老婆が店の奥へと消え、棚からパンを一斤取って戻ってきた。
その大きさにマリーも目を丸くする。いつもトウカが持っているものはこんなに大きかったのかと。
「持てるかい?」
「がんばる!」
袋は、パンを縦に入れれば入る大きさだった。それでも上からはみ出しているが、マリーでも何とか持てる重さだった。
そして、マリーが老婆に金額を告げられて支払おうとするが、硬貨の数を数えるその手が止まる。
「……あれ?」
「おや、足りないのかい?」
トウカたちも思い当たる。先程買った飴玉だ。
実は、マリーは少し欲張って大きめの飴を買ってしまっていた。そのため、少しだけ金額が足りなくなってしまっていた。
「あう……どうしよう」
「ありゃま、困ったねえ。今日、これより小さいのは売りきれちゃったんだよ」
老婆曰く、切り売りは計算が大変なのでしていないらしい。二人で困り顔を見合わせる。
「どうしよう、オウカ!?」
「どうしようも何も、私たちが手を出す訳にもいかないだろう」
慌てるトウカに冷静に返すオウカ。
二人の母はマリーがこの窮地をどう乗り切るのかを黙って見守る。
「――足りない分、私が払います」
困り果てたマリーの前に一人の女性が現れた。
足りない分の硬貨を老婆に差し出す。
「あー!」
お金を立て替えた人物のその顔を見上げてマリーが笑顔を見せる。
同様に物陰のトウカも思わず声をあげた。
「ドラセナ!?」
「馬鹿、声がでかい!」
「むぐー!」
慌ててオウカが口を塞いで引き戻した。
「おや、いいのかい?」
「ええ。知り合いの子ですから」
買い物袋を抱えるドラセナ。どうやらその量から見るに、フジの病院の買出しの手伝いらしい。
「ドラセナお姉ちゃん、ありがとう!」
「いいのいいの。頑張るマリーちゃんへのお小遣いという事にしておくわ。それより、お金はちゃんと数えておきなさい」
「はーい」
「それじゃ、私はまだ買うものがあるから」
そう言って手を振りながら、ドラセナは立ち去ってゆく。
「……それにしても、あの二人は隠れて何してるのかしら」
物陰でじっと様子をうかがう二人の姉妹に、ドラセナは早々と気づいていた。
マリーが一人で買い物をしている所から、恐らく心配で――主にトウカが――見守っているのかもしれないと思うと、つい笑いが込み上げてくる。
「親バカねえ……」
オウカも付き合わされたのだろうが、一緒になって見守っている辺り、まんざらでもないように思えていた。
自分も子供を持ったらあんな感じになるのだろうかと思うのだった。
「……ありがとう。ありがとうドラセナ」
そんな彼女の背中にトウカは手を合わせて拝んでいた。
彼女にとってはドラセナの登場は天の助けとも言えた。
「で、これで買うものは全部か?」
「うん。あとはフジの病院で待ち合わせする予定」
「それなら私もこの辺で行くとしよう。その内実家にも顔を――」
その時、不穏な言葉を二人は聞いた。
「あ、猫さんだー!」
「うん、猫さ……ん?」
見ればマリーは道を横切った猫を追いかけ、大通りから外れた細い道へと入っていくところだった。
「いかん、あっちは入り組んでいてマリーでは迷いかねない!」
「マリー、待って!」
慌てて二人は追いかける。しかし、路地を覗き込んだ時にはその姿は見えなくなっていた。
「ええい、好奇心の塊め!」
「探そう、オウカ!」
さすがに迷子になってしまえば、手を出す出さないとは言っていられない。
マリーを追って二人は路地へと飛び込んで行った。
「ねこさーん」
「にゃー」
「なでなでー」
「みゃあ」
撫でるマリーと撫でられる猫。どちらもご満悦だった。
「ごろごろー」
「うみゃあ」
道端に生えていた猫じゃらしも使って猫と戯れる。
ひとしきり遊んだ後、一人と一匹は別れた。
「さよならー」
「にゃー」
そしてようやく気づく。
「……ここ、どこ?」
見たこともない場所だった。
猫を追いかけるのに夢中で、どの道を進んできたのかを全然記憶していない。
故に、どの方角へ進めばいいのかすらわからない状態だった。
「どうしよう……」
周囲を見渡す。道を示すようなものは置かれていない。
川沿いの少し大きめの道に出るが、人通りもない。
マリーは完全に迷子になり、途方に暮れてしまった。
「……あ、馬車」
遥か向こうから馬車が近づいて来るのが見えた。
できれば止めて道を聞きたいのだが、前に飛び出すと危険だと以前トウカに聞いていた。
馬車が近づいてきたら道脇に下がって避けるようにとも教わっていたのでマリーは買い物袋を抱えて移動する。
そして次第に馬車は近づき、彼女の前を通り過ぎようとしていたその時だった。
「すまない、止めてくれ」
馬車の中から御者に声がかかった。
徐々に速度が落ち、馬が脚を止める。
マリーが不思議に思っていると、その扉が開いた。
「やっぱり、マリーちゃんだったか」
「あ、シオンさん!」
馬車の中から顔を出したのはシオンだった。
顔馴染みが現れたことでマリーは安堵する。
「珍しい所にいるね。一人かい?」
「うん、おつかいの帰り」
「市場は向こうなんだけど……何でここに?」
「猫さんと遊んでた」
帰り道はわかるかと聞けばマリーは首を振る。
それでシオンは全てを察した。
「良かったら乗っていくかい? 送るよ」
「わーい、ありがとう!」
マリーは乗り物に乗るのが好きだった。
特に、馬車に乗って流れていく景色を見るのは楽しみの一つだ。
「トウカはどこにいるんだい?」
「フジ先生のところー」
「わかった。すまない、少し寄り道をする。町医者の病院まで頼むよ」
マリーが馬車に乗り込み、シオンは御者に行先を告げる。
「揺れるからちゃんと座っているんだよ」
「はーい」
そして馬車は動き出す。
少し進むと、賑わいのある大通りへと行き当たる。
元の市場へと戻ってきたのだった。
「わあ、すごーい」
少し高い位置から眺める市場の様子はマリーにとっては別世界のようだった。
さっきまで歩いていた場所、物を買った店が全く違って見える。
そんな、大はしゃぎするマリーをシオンも微笑ましく見ていた。
「……ねえオウカ、今の馬車」
「……お前も見たか」
一方道路側では、通り過ぎて行った馬車の窓からよく知る笑顔が見えていたのを、たまたま路地から出て来たばかりの二人の姉妹が見逃したりはしなかった。
「その馬車待って!」
「追うぞトウカ!」
「術式展開――あ痛っ!?」
馬車に追いつくため魔術を使おうとしたトウカだったが、その前にオウカに頭を叩かれ、無理やり術式を中断させられた。
「何よー!」
「街中で『加速』を使う奴があるか、取り締まるぞ馬鹿!」
魔術を使うと常人を超える身体能力を発揮するため、医療用のものなど一部を除いて街中での使用には制約が掛けられている。特に、市場など人の多くいる中で『加速』を使えば、誰かに衝突して大ケガを負わせる可能性もある。いかに我が子のことがあるとはいえ、見逃していいものではない。
「ちょっとくらい良いじゃない!」
「駄目だ。面倒だが自分の脚で追いかけろ!」
「わかったわよー!」
王国騎士の姉が傍にいては決まりを破る訳にもいかない。そもそも有名人の二人がそんなことをすればフロスファミリア家の名誉にもかかわる。
市場を抜け、速度を上げ始めた馬車を二人は全力で追いかけるのだった。
「こんにちは、フジせんせーい」
シオンに病院の前まで送ってもらったマリーは、買い物袋をしっかりと抱え直し、意気揚々と扉を開けた。
「やあマリーちゃん。こんにちは」
笑顔で挨拶を返すフジ。順番待ちをしている患者たちにもマリーと顔馴染みの者が多く、同じように挨拶を交わしていた。
「ママはー?」
「トウカかい? えーっと……」
フジは苦笑いを浮かべながら目線を向ける。
待合室の椅子に座ってぐったりしているトウカとオウカがそこにいた。
「あ、ママいた。お母さんもいる!」
マリーは二人の所へ駆け寄り、興奮気味に買い物袋をトウカに差し出した。
「はい、お買い物できたよママ!」
「うん……おつかい、頑張ったねマリー」
「うん!」
あの後、馬車がフジの病院の方角に向かっていることに気付いた二人は裏路地から先回りして病院にたどり着いていた。
だが、マリーが来るほんの少し前に到着したので、市場から全力疾走してきた二人はまだ息も整っていない。
「お母さん、お母さん! マリー、一人でお買い物できたよ!」
「そ、そうか……どんどん一人でできることが増えて行くな……うん。凄いぞ」
「えへへー」
褒められてマリーは満足そうだった。
また一つ、できることが増えた。母の手伝いができたと言う事が大きな自信となっていた。
「マリー、また頑張るね!」
その一方で、マリーを見守っていて疲弊した二人の存在など知らないままで。
「あはは……ねえ、オウカ」
「……何だ」
「……今日、実家に帰って良い?」
「……好きにしろ」
一日振り回されたトウカは、郊外の自宅まで帰れる体力が残っていなかった。
そんな彼女をよそに、フロスファミリアの屋敷に行くと知って、キッカやレンカと遊べるとマリーは大喜びしていた。
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