第48話 取り戻した日常

「う……」

「目が覚めたかい。オウカ」


 目を覚ましたオウカが見たのは、安堵の表情を見せるフジだった。


「……フジが助けてくれたのか」

「いや、僕は傷を処置しただけだ。君もシオンも元々命に別状はなかったよ」


 オウカは自分の状態を見て大きく息をついた。

 頭と手足のいたる所に包帯が巻かれ、折れた左腕は添え木で固定されていた。


「悪いけど、今は最小限の術式しか施せない。骨折に関してはまた後日だ」

「構わんさ……しかし、よく生きていたものだ」

「それは僕も驚いているよ」


『硬化』が間に合ったとはいえ、彼女が着ていた鎧は粉々に砕けていた。

 肉体に致命的な影響が出ていないと言う事は、ぎりぎり魔力が足りていたということだろうか。


「ドラセナ、オウカを見ていてくれないか。シオンの方も処置しないと」

「え、ええ。わかったわ……」


 呼びかけられたドラセナはどこかぎこちない。

 フジはその反応に首をかしげながらシオンの下へ向かった。

 彼もまた意識を取り戻しており、オウカ同様にその姿はボロボロではあったが微笑んでオウカに手を振っていた。


「そうだ、マリーは……痛っ……」


 まだダメージの残る体を起こす。

 ドラセナは彼女を支えながら指差す先を見るように促した。


「……無事だったか」


 そこには、マリーがトウカの膝枕で寝息を立てている姿があった。

 その手首には魔封じの腕輪がつけられており、もう魔力が放出される様子もない。


「うん。キッカが、頑張ってくれた」

「そうか……」


 ドラセナに助けられながら歩き、トウカの隣に座る。

 子供たちもトウカのそばにいた。その姿は泥や埃で汚れており酷いものだったが、皆でマリーの寝顔を見つめ、その目覚めを待っていた。


「感謝する、キッカ」

「か、顔を上げてください。オウカ様に頭を下げていただくなんてそんな!?」

「いや、お前がいなければ皆こうやって無事ではいられなかった」


 キッカの頬に涙が伝う。

 その言葉は自分には相応しくないと思っているからこそ、オウカの感謝の言葉が突き刺さる。


「そんな……私、わたし……わたしが、ぜんぶ悪いのに……」

「気にするな。こうして全員生きている……お前はよく頑張ってくれた」

「……オウカさまぁ!」


 オウカの胸に飛び込んで涙を流す。

 事件に巻き込まれ、年下の子たちを守り続けて奮闘した。

 マリーを救うため、命の危険にさらされた。

 年上として気を張り続けてきたキッカの緊張の糸が、ようやく切れた瞬間だった。


「……う……ん」

「マリー!?」


 マリーがトウカの膝の上で声を漏らした。

 その目が徐々に開いていく。


「……あれ、ママ?」

「迎えに来たよ、マリー」


 安堵の笑顔を返す。

 暴走の気配はない。腕輪の力で魔力は抑えられ、すっかりいつものマリーに戻っていた。


「……怖い夢、たくさん見てた。みんないなくなっちゃう夢」

「うん、もう大丈夫だよ。ママが来たから」

「……うん」


 トウカの服をぎゅっと握り、甘えるように身を寄せる。

 が、すぐに顔を離した。


「……ママ、泥だらけ。ばっちい」

「え?」

「お母さんも、お姉ちゃんたちもみんな泥だらけ。もー、マリー寝てる間に泥んこ遊びしてたの?」

「……ぷっ」


 のんきなマリーの言葉にドラセナが噴き出す。

 その笑いは伝染し、いつしか皆の間に笑いが巻き起こる。

 マリーは不思議そうに首をかしげるのだった。


「何にせよ、良かった。だれ一人欠けずに済んで」


 処置の終わったシオンが、フジとともに皆に合流する。


「あ、ママたちのお友達! フジせんせーも!」


 シオンはマリーに手を振り、笑顔を返す。

 そして座り込み、トウカを見る。


「トウカ、今度ちゃんと話を聞かせてくれないか。マリーちゃんの今後のことも考えていかなくちゃいけないからね」

「うん。でも、これからどうなるかなぁ……」

「しばらくはこれまで通りでいいと思う。でも国王陛下には一度、報告する必要はあると思う」

「そうだね……陛下も騙したことになるし」


 魔王討伐の功績、その報酬など国王に噓をついて様々な便宜を図ってもらったのは事実だ。

 その際に力を貸してくれたオウカも本来なら咎められる立場だ。


「大丈夫、陛下ならそんなに悪いことにならないはずだ。何かあっても僕やドラセナも味方だ」

「うん。ありがとう……」


 まだ不安げなトウカにシオンはおどけた様に言う。


「大丈夫。救国の英雄姉妹の不祥事なんて国民に対してイメージが悪いからね。何か対策をとってくれるはずさ」

「シオン……やっぱりあなた不良になったわ」

「え、そうかな?」


 ドラセナがため息をつく。

 トウカも、オウカも同意するように頷いていた。


「よし、話もまとまったことだし、そろそろ帰ろうか。ここにいたら風邪をひく」


 フジが皆に呼びかける。ずいぶんと遅い時間になっていた。

 気温もかなり下がっている。気づけば、東の空が少し明るくなり始めていた。


「……ね、ねえフジ」

「どうしたんだいドラセナ?」


 全員が立ち上がり歩き出す中、フジをドラセナが呼び止める。


「えっと……さっきのことなんだけど」

「さっき?」

「うん。私を助けてくれた時のこと……」

「……あ」


 唇に手を当てるドラセナ。フジも彼女の言葉が何を指しているのか気づく。


「もしかして……気づいてた?」

「意識……少しだけあったから」

「あー……」


 フジが言葉に迷う。緊急時とはいえ、唇を重ねてしまったのは間違いない。

 そして、彼自身ドラセナに対して好意があるのも確かだ。


「えっと……その、私は別に嫌ってわけじゃないから……」

「ごめん!」


 もじもじと言葉を選ぶドラセナに、フジは全力で頭を下げた。


「え?」

「治療のためとはいえ、淑女レディーにとても失礼だった。心からお詫びする!」

「ちょ、ちょっとフジ!?」

「できれば気にしないでもらいたい。ほら、治療のためだから訳だし、あの時は緊急事態だった訳だし!」

「――っ!」


 甲高い音が明け方の森にこだました。


「……え?」

「……バカーッ!」


 振り抜いた右手を握りしめ、フジに思い切り怒鳴る。

 ドラセナは呆然とする彼の横を早歩きで通り過ぎていく。

 フジは突然のことで頭が真っ白になっていた。


「え……ドラセナ……なんで……?」

「フージーぃ?」

「うわっ!?」


 気づけばトウカがフジの顔を覗き込み、半目で睨んでいた。


「フジ最低」

「何だよいきなり!?」

「何があったかは知らんが、女性を泣かせるとは感心しないな」


 いつの間にかオウカが後ろに立っていた。

 姉妹二人に前後を挟まれる。


「フジ先生、最低」

「……最低です」

「フジ先生……」

「せんせいさいてー」


 子供たちまでフジに軽蔑と呆れの目を向けていた。


「え、え?」


 助けを求めるように唯一の男のシオンを見る。


「フジ……友人として君たちの門出を祝いたかったけど……今のは……さすがに」


 シオンまでが目をそらす。救いがなかった。


「フジ、まさかとは思うけどドラセナの気持ちに気づいてなかったの?」

「ドラセナの……気持ち?」

「うわあ……会ったばかりの私たちが気づいてるのに……」


 キッカが肩を落とす。


「ドラセナお姉ちゃんね、フジ先生のこと大好きなんだよー」


 マリーが少し怒った顔で言う。

 そこで、ようやくフジが察した。


「え……そうなの?」


 全員が頷く。

 フジの顔色がどんどん青くなる。自分がどれだけまずい事を言ってしまったのかと気づき、頭を抱えたくなる。


「だって、小さいころからそんな素振りドラセナは……」

「フジ鈍い! 本人が気づいてなかっただけに決まってるじゃない」

「毎日楽しそうに図書館に通い詰めて……どう見ても子供のころからお前が好きだったぞ」

「言ってくれたっていいじゃないか!」

「ドラセナの初恋よ。見守ってあげるのが友達じゃない」

「それとも何か、人の恋路を面白おかしく騒ぎ立てろとお前は言うのか?」


 姉妹に挟まれてフジが責められる。

 口喧嘩でこの二人が手を組んだら、理詰めと感情論の両方から攻め込まれるので逃げ場がない。シオンもそれを知っているからこそ余計なことを言わないように距離を置いている。


「フジだって、ドラセナのこと好きなんでしょ!」

「何でわかるのさ!」

「あれだけお互いに親密なやり取りをしておいてわからないとでも思うか!」

「……二人とも、その辺で」


 ようやくシオンが助け舟を出す。


「だって、シオン!」

「それより、フジはまずやらなくちゃいけないことがあるだろ?」


 確かにそうだった。ここで彼を断罪していても埒が明かない。


「ほらフジ。ドラセナを追いかける!」

「わ、わかった!」


 フジがドラセナの背を追って走り出す。


「待ってくれ、ドラセナ!」

「知らないわよ!」


 ドラセナが足を速める。

 フジはそんな彼女の背を必死に追いかけるのだった。


「……やれやれ、前途多難だな」

「あっちの決着はもう少しかかるかもね」

「……さて、僕たちも帰ろうか」


 シオンの言葉に頷く。

 太陽が昇っていく。今日はいい天気になりそうだった。

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