第44話 姉として母として

 ドラセナは無事だろうか。

 そんな思いを抱え、私は飛来する光球を弾き返した。

 既に迎撃を始めてからかなりの時間が経過している。

 私も、トウカも、シオンもこのままでは無駄に消耗するだけだ。


「また大きくなった!?」


 トウカが後退する。

 マリーを覆う光の壁の範囲がさらに拡大した。

 先程よりも激しい攻撃が行われるのがここまでの経験から予想ができた。

 どれだけ防いでも埒が明かない。解決手段が見当たらない。


「二人とも、聞いてくれ!」


 そんな危惧を抱いていたところに、シオンが言った。


「今ので確信した。あの光の壁と魔力攻撃の関係は僕の天昴烈火わざに近い!」

「どういう事だ?」


 シオンは光球を回避しながら続ける。


「もし、マリーちゃんの魔力がただ暴走しているだけならもっと攻撃の範囲は広いはずだ。でも、あの光の壁が異常な魔力の放出を妨げている」


 私も確かに違和感を抱いていた。

 光球は、あの光の壁を突破して飛んでくるように見える。

 まるで、隙間から強引に出てきたかのように。


「恐らく、溢れ出る魔力を押し留めようと働いている体の安全装置みたいなものだ。でも、抑える量より外に出ようとしている量の方が多い。だから押されて膨らんでいるんだ」

「……じゃあ、空気の詰まった袋みたいなもの?」


 トウカの例えは的を射ている。

 個体ではなく、流体や気体ならば、小さな綻びから漏れ出すことは十分にあり得る。

 そして、容量以上に注ぎ込まれれば膨らみは大きくなっていく。

 だが、それはつまり――。


「……限界を迎えた袋がどうなるかは考えるまでもないな」


 言ってしまえば今はまだギリギリのところで押し留めているだけに過ぎない。

 もし、限界を迎えて光の壁で防ぎきれなくなればどうなるか。

 濃縮された力が一斉に解放される。

 それはつまり、周囲に存在するもの全てを吹き飛ばす爆弾だ。

 魔力の持ち主はその爆心地。当然生き残れるはずもない。


「このままじゃ爆発するのを待つだけだ。だから行動を起こすしかない」

「でも、そんなこと言ったってどうすれば!」


 トウカの問いへの答えは私が思い至っていた。


「……限界を迎える前に中身を抜く。そうすれば破壊力もまだ小さいはずだ」

「中身を……?」


 ややあってトウカもその意味を理解する。


「それじゃ、あの光の壁を壊すってこと?」

「それ以外にない。『付与』を使っての攻撃なら砕くか、切り裂くことができるはずだ」

「でも、そんなことをしたら!」


 張りつめた袋を斬ればどうなるか。

 当然その場所から一気に決壊し、その前にいるものには中身全てが降りかかる。


「危険よ。命の保証がない!」

「だが、このままだと全員が巻き込まれるぞ。私も、お前も、ここにいる全員がだ。マリーも間違いなく助からない!」


 トウカが唇を嚙む。

 私の言葉に理があることは彼女も理解している。

 だが、感情がそれを認めたくないのだろう。


「優先順位を間違えるな。お前は何のためにここへ来た」

「……マリーを、助けるため」

「なら、それを全うしろ」

「じゃあ、せめて私が!」

「いや、壁を破壊する役は私がやる」


 その言葉を聞いて、トウカの顔色が変わる。


「ダメだよ。『付与』なら私の方が使いこなせる。なんなら桃華繚乱切り札を使っても……」

「いい加減にしろ!」


 私の一喝にトウカがひるむ。


「この魔力飛び交う中で、あの技で壁だけを破壊できる保証がどこにある!」

「なら近づいて斬れば!」

「二つの魔術を同時に使えないお前にできるのか! この魔弾の嵐を一瞬で掻い潜り、壁に一撃を加えることが!」


 もしかしたら可能かもしれない。

 だが二つ目の術式を展開する前にどうしても一つ目の術式を解除する手間が入る。

 その瞬間が命取りになる可能性だってある。


 トウカの気持ちもわかる。

 誰も傷ついてほしくないから代わりに自分が傷つく事を厭わない。

 なるほどそれは一つの美徳かもしれない。

 だが、今この時においては非現実的な理論を振りかざすだけに過ぎない。


「『加速』なら私の方が早い。私が適任だ」


 それにもう一つ、譲れない理由がある。




 私の魔力が尽きかけているからだ。




 シオンとの戦いが予想外に魔力を食った。

 それに加え、たて続けにこの森で魔物との戦い。そしてマリーの暴走への対処だ。

 体を休める間もなく、次から次へと降りかかる事態に魔力を温存して戦えなかったためか、魔力がもう持たない。

 恐らくシオンも似たようなものだ。

 切り札の緋炎双牙あの技は使えてあと一回か二回。

 勝算が見出せていない状況で無理にでも行動を起こすことを提案したのが何よりの証拠だ。


「話をまとめよう。私が『加速』で接近し、壁を破壊する」

「なら、その後に噴出する魔力の対処は僕がする」


 壁を破壊することで想定される魔力の噴出。

 恐らく広範囲に渡って影響が出るはずだ。

 放置すればフジやドラセナ。キッカたちが巻き込まれる可能性がある。

 せめて私たちの後ろの皆は守る必要がある。

 シオンの技ならば私たちの中で最も火力がある。適任だ。


「絶対に僕がみんなを守る。その後はトウカ、君の出番だ」

「……わかった」


 トウカがマリーの腕輪を握りしめる。

 色々と言いたいことはあるだろう。

 だが、それを必死に出さないで耐えている。


「機会は一度きりだ。絶対に成功させよう」


 シオンの言葉に私もトウカも頷き、位置を移動する。

 キッカたちが隠れている場所を背に、シオンが立つ。

 その後ろにはトウカと私がいる。


「オウカ……死なないでね」

「誰に言っている。『王国最強』の私だぞ?」


 虚勢だ。

 私が消耗しきっていることをトウカは気づいていない。

 だが、気づかれれば無理にでも役目を替わろうとするに違いない。


 魔力を励起させる。

 恐らく使える魔術はあと十回分もない。

 その内の数回分の魔力を消費して『加速』を使う。

 トウカと違い、私の『加速』は二種類ある。

 通常用いる高速移動型のものと、魔力を爆発的に放出して一瞬で距離を詰める瞬間移動型だ。

『加速』で近づき、『付与』で斬る。

 運が良ければ身を守る術式の分くらいは残っているだろう。


 魔弾の飛び交う様子を観察する。

 光の壁まで一直線で走り抜けられるたった一瞬を見出さなければならなかった。

 飛来する魔弾をシオンが次々と二刀で叩き落とす。


「術式展開――――『圧縮』」


 シオンが両の剣に炎を集め、同時に撃ち出す。


天昴烈火てんこうれっか!」


 二刀を振るい、二つの火球を放つ。

 魔弾の飛び交う中へ飛び込んだそれは炸裂し、周りを巻き込んで大爆発を起こす。


「今だ、オウカ!」

「術式展開――――『加速』」


 術式が展開し、魔力が脚部に集中する。


「トウカ……これから言うことをよく聞け」

「オウカ……?」


 お前の優しさは素晴らしい。

 それは多くの人を救い得るものだ。

 魔王の娘を我が子として愛することを躊躇いなく選択するなど私にはできない。

 だが、時としてそれは正常な判断を鈍らせる。

 優しさだけでは全てを守れない。


「何があっても前を向け。マリーのことだけを考えろ」

「オウカ……何を言ってるの」

「良いな。決して振り返るな」


 これからすることから生き残れる保証はない。

 もし、万が一のことがあれば、もう私はお前たちを守ってやれない。

 だからこれが――。







 お前の姉として、マリーのもう一人の母として。

 私が残せる最後の言葉だ。







「その手で娘を抱きしめてやれ」

「待って、オウカ!」


 振り切るように魔力を放出する。

 光の壁までの距離を一気に駆け抜ける。


「術式展開――――『付与』」


 走りながら魔力を剣に注ぐ。

 魔力を帯びた刃は魔力耐性を得て、魔力で形成されたものに物理的な力を加えることができる。それが本来のこの術式の使い方だ。


 だが、トウカはここから魔力付与の対象を斬撃に変え、己の特性を最大限に生かす技を編み出した。よくそこに考え至ったものだ。

 魔術の力に秀でていなかったからこそ、不利な状況を覆すために生まれた発想だ。恵まれていた私では到底考え付かない。

 その柔軟な発想こそ、これからマリーとともに歩んでいくのには必要だ。


「おおおお!」


 魔力をさらに注ぎ込む。

 通常以上に用いることで効果をより高める。


「オウカーっ!」


 妹の声が聞こえる。

 相変わらず泣き虫な奴だ。

 そう言えば、最初はそんな妹を守ろうとして強くなろうと思ったのだった。

 いつの間にか、あいつの方が強くなってしまったが。


 ああ、そう言えば。

 決着をつけるのを忘れていたな。


「フッ……その日はいつになるのやら」


 剣を一閃する。

 予想通り、光の壁に亀裂が一筋入る。

 瞬く間にそれは広がり、崩壊の兆しを見せた。


桜華絢爛おうかけんらん』を使って回避するだけの魔力は残っていない。

 残された魔力はわずか。

 それを全て防御に回す。


「術式展開――――『硬化』」


 視界が光に包まれていく。

 まるで朝日のようだ。


 さあマリー。いつまで寝ている気だ。

 目を覚ます時間だぞ。

 一緒に帰ろう。


 そうだな……今日は特別に私が朝食を作ろうか。

 知らないだろう。私も料理はできるんだぞ?

 何がいいかな。そうだな――。

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