第39話 その力は誰かの為に

 魔王討伐の真の英雄は一人。

 妹はお零れを頂戴しただけだ。

 そもそも魔術の才能に劣る妹が魔王を倒せるわけがない。

 家から飛び出した実戦経験の乏しい人間が活躍できるわけがない。

 オウカ様の件といい、卑怯な手段でしか手柄を立てられない女だ。

 そう教えられてキッカは育ってきた。

 ラペーシュ家で噂されていたのはそんなことばかりだった。


 だが、どうだろう。

 目の前で繰り広げられているのは実力が劣っていると言われていた人物が大型の魔物を相手に奮闘している光景。

 術式を展開し、獣型の魔物に一歩も譲らない戦闘を行っていた。


「これが……魔王を倒した実力」


 魔物から繰り出される牙や爪をある時は回避し、ある時は受け流す。

 王国一と言われたオウカの剣技を何度も見ていたキッカには分かった。

 あれはオウカに勝るとも劣らない、互角の剣技だと。


 恐らく単独術式しか使えないのは本当だろう。

 だが、それを置いて余りある剣の才能。

 気づけばキッカはトウカの戦いに目を奪われていた。


「フッ……私の出る幕がないな」

「お、オウカ様!?」


 いつの間にか、すぐ傍にオウカが立っていた。

 彼女の接近に気づかないほど夢中になっていたのだ。


「大丈夫か、キッカ?」

「はい、何とか」


 オウカがキッカを抱き起す。

 全身に痛みはあるが後遺症になりそうな傷はどこにもないようだった。


「……こんなにボロボロになるまで、よく戦った」

「はいっ……」


 労いの言葉にキッカが涙を流す。

 オウカは周囲を見渡す。

 そして、遠くで倒れているレンカと木にもたれかかっているマリーを見つけた。

 マリーはトウカと魔物が戦っている場所を挟んで反対側。

 すぐに保護するのが難しい位置だった。


「キッカは安全な位置に下がっていろ。まずはレンカを連れてくる」

「はい……でもエリカが魔物にさらわれて」

「そっちも心配はいらない。仲間が向かっている」

「仲間……ですか?」


 常に孤高の戦いを行っている印象が強かったオウカから出た言葉にキッカは驚く。


「意外か? 私にだって友人はいるぞ」

「あ、いえ……でも、どなたが?」


 オウカは自慢げに笑う。

 いずれもキッカが普段見たことのない表情だった。


「まあ、待っていろ。すぐに皆再会できるさ」




 月夜の空に一羽の怪鳥が羽ばたいていた。

 その鉤爪にエリカは捕らわれている。

 抵抗すれば森へ墜落する可能性があるため、彼女も下手に動けないでいた。


 魔物の向かう先の森の中で、ドラセナとフジは走っていた。

 それを見つけたのは本当に偶然だった。

 爆発があったと思われる辺りから巨大な鳥型の魔物が舞い上がったのをドラセナが見つけたのだ。

 弓兵のドラセナは索敵の力に優れている。

 月明りがあれば夜でも十分に遠くまで見渡せた。


 ドラセナが魔物の鉤爪に子供が捕らわれているのを発見し、一行は二手に分かれた。

 トウカとオウカは爆発のあった場所へ。

 ドラセナとフジは怪鳥の討伐へ向かった。

 情報によれば魔物は三体。

 獣型、鳥型、そして岩石系だ。

 空を飛ぶ鳥型の魔物相手ならば弓を持つドラセナが唯一対抗できる。


 開けた場所へ出る。

 空が枝で覆われていない。狙撃に最適の場所だ。

 ドラセナは天に弓を構える。

 矢をつがえ、怪鳥が視界に入ると同時に術式を展開した。


「術式展開――――『投影』」


 ドラセナの周囲に魔術で生成された無数の矢が展開する。

 いずれも実物ではなく、投影された虚像の矢だ。


幻矢げんし展開……一斉射出!」


 ドラセナの号令で空に向けて無数の矢が放たれる。

 魔物は何の前触れもなく無数の矢が飛んできたことに驚く。

 矢を避けるために夜空を急速に旋回を始める。


 その光景をドラセナは集中して観察する。

 旋回速度、その動きのパターン。

 そしてはじき出される数瞬後の位置。

 弦を引く。次に放つのは本物の矢。


「フジ、キャッチよろしく」

「え!?」


 フジの返事も待たず、矢を放つ。

 幻の矢に紛れた本物の矢は狙い通りに魔物の足の付け根に命中する。


「ギャアアアア!」


 悲鳴を上げて魔物は鉤爪を広げる。

 その拍子に掴まれていたエリカが空中に放り出される。


「きゃああああ!」


 森に向かってエリカが真っ逆さまに落ちていく。

 術式も、装備もないエリカにそれに対処する事はできない。

 もうダメだ――――彼女がそう思った瞬間、強い衝撃があった。


「ま……間に合った」


 恐る恐るエリカが目を開ける。

 息を切らせたフジが、滑り込むようにしてエリカを受け止めていた。


「ナイスキャッチ。フジ」

「……さっきと言い、無茶振りも大概にしてくれないかな」

「……さっきは悪かったわよ」


 崖を降る際のことだ。

 ドラセナに巻き込まれて飛び降りることになったフジだが、腕に懲罰術式が刻まれている関係上、術式を使うと頭に激痛が走る。

 結局、フジは岩壁にしがみついて落下を拒否した。

 先に降りたオウカとドラセナが受け止める形で何とかフジも降りることができたのだ。

 だが自力で降りられなくなった挙句、女性陣に受け止めて降りられたと言うのは何とも情けなく思えた。


「君はもう少し、男のプライドというものを理解してくれないか」

「何よ、女々しいわね」


 フジの抗議が一蹴される。

 弓兵だからだろうか。口での遠距離戦ではドラセナに勝てる気がしなかった。


「危ない、魔物が!」


 エリカの叫びでドラセナは思考を切り替える。

 空から一直線に魔物が降下してくる。


 ドラセナは冷静に相手の思考を読む。

 今、魔物は獲物を奪われ、手傷を負わされて激昂している。

 ならば冷静な攻撃ではない。

 怒りに任せて己を傷つけた相手を襲おうとしている。いわば八つ当たりに近い。

 その一方、興奮状態にあるために矢を一本受けたくらいでは止まることはない。

 確実に一撃で仕留めなくてはいけない。


 ドラセナは矢筒から一本の矢を引き出す。

 矢羽の色は赤。それは、毒が塗られている証。


 矢をつがえ、迫る魔物に向けて構える。

 先ほどは誤ってエリカに矢が当たる可能性を考え、毒矢を使わなかった。

 これから放つ矢は必殺。

 確実に当たった相手を死に至らしめる。


 命を確実に奪う技術をゴッドセフィア家は磨いてきた。

 だからこそ、幼い頃のドラセナはその恐ろしさに逃げもした。

 だが、今は違う。

 命を奪う力は確かに脅威だ。だから、その使い方を誤ってはいけない。

 力は、ただ力でしかない。

 それを使う者の心で善にも悪にもなる。

 名誉も地位も捨て、家を出ても誰かの為に持てる力を振るおうとしたその人が気づかせてくれた。

 だからドラセナは迷わない。


「術式展開――――『穿孔せんこう』『浸蝕しんしょく』」


 心を冷やす。

 狙う場所へ意識を集中する。

 不要な感覚・思考は全て排して全ての感覚を一点へ注ぐ。


「――萌芽ほうがしろ」


 シオン襲撃事件でドラセナが犯人たり得ない理由がここにある。

 致死率の高い神経毒を用いた点からも犯人はシオンを殺す意図があった。

 だが、シオンは生きている。

 彼女が殺す気で矢を放てば医者に担ぎ込まれて治療を行うことなどできはしない――そもそも、その場で終わっている。


一条訃告いちじょうふこく


 術式を込めた矢を射る。

 魔物目がけ、風を切って突き進む。

 突撃の勢いで魔物は回避しきれない。

 狙い澄ました一撃は魔物の翼の付け根に命中した。


 その瞬間に術式が発動する。

 命中の衝撃が『穿孔せんこう』の術式で増幅され、命中部から放射状に体内を抉り、あな穿うがつ。

 続いて『浸蝕しんしょく』の術式が発動する。

 拓かれた経路を通じて矢の毒が一気に全身を駆け巡り、魔物体内の中枢部を瞬間的に侵す。


 全身各部を動かす神経が働きを失う。

 筋肉はその動きを止めた。

 視覚は瞬時に失われ、呼吸器官が塞がれる。


「――――――――」


 悲鳴を上げることすら許されない。

 制御を失った巨体はそのままドラセナの頭上を越え、魔物は木々を薙ぎ倒して墜落する。

 既に魔物は事切れていた。


 目を閉じる。

 魔物とは言え、命を奪ったことへ哀悼を捧げる。

 ドラセナが唯一死した者へ行えることだった。




 トウカと魔物の戦いも終わりの時が近づいていた。

 足を一本失ったとはいえ、魔物の反応速度は獣のそれだ。

 正攻法では致命的な一撃を与えられない。

 そんな中、『加速』の術式が制限時間を迎えた。


「グオオオオ!」


 足が止まったトウカに魔物が飛び掛かる。

 飛び退き、魔物の牙から逃れる。


「トウカ様、危ない!」


 キッカが叫ぶ。

 魔物は飛び掛かった勢いのまま体を反転させる。

 まだトウカの体は空中にある。

 無防備な彼女目掛けて斜め下方から魔物の尾が迫る。


「術式展開――――『空蹴くうしゅう』」


 トウカが迫り来る魔物の尾に合わせて蹴りを放つ。

 脚部に展開された術式は激突の力を推進力に転換し、トウカは上空へと打ち上げられる。


 以前家に帰った時、母のローザから授けられた術式だ。

 魔術の才能に乏しく、単独術式しか使えないトウカは戦い方を常に工夫する必要がある。

 その為に体術を更に磨いた。

 その為の術式も会得した。

 全ては助けを求める誰かに手が届かないことが無いために。

 どんな時でも駆けつけるために。


 魔物の頭上の遥か上に到達する。

 魔物はトウカの姿を見失っている。

 それに対してトウカは既に次の動きを見据えていた。

 上空へ打ち上げられると同時に鞘の留め具を外していた。

 跳躍の最高点へ到達し、鞘を手放す。

 体を反転させ、満月の夜空に弧を描く。


「術式展開――――『空蹴くうしゅう』」


 再度術式を発動する。

 手放した鞘は足元へ。

 蹴り上げた衝撃は推進力に転化する。

 そしてトウカは、


「――咲き誇れ」


 無防備な魔物目掛けてトウカが急降下する。


月華一咲げっかいっしょう


 すれ違いざまに剣が舞い、無数の斬撃が命の糸を切断する。

 魔物の眼から光が失われる。

 トウカは着地し、天に左手を掲げる。

 落ちて来た鞘を受け止め、剣を納めると同時に魔物の巨体が静かに崩れ落ちる。


 トウカはそれを背に静かに佇んでいた。

 ――月夜に咲く花のように。

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