第33話 マリーの下へ!
「……何とか丸く収まったみたいだな」
体を引きずりながらカルーナが二人に歩み寄る。
「すまないカルーナ。僕のせいで」
「気にするな。お前が正気に戻ったんならそれでいい」
「大丈夫なのか?」
「この程度で倒れるほど
カルーナが大きくため息をつく。
「もうちょっと周りの被害を考えて戦ねえのか……」
周囲を見渡す。
幸いシオンが術式で炎を全て吸い上げていたのでこれ以上、炎上の心配は無いが技の影響で屋敷は半壊状態だ。
「ったく、捜査する場所をぶっ壊しちまったとかどう報告すりゃいいんだ」
「……それについては申し訳ないと思っているよ」
シオンがばつが悪そうに目を逸らす。
優等生のそんな姿を見てオウカはつい吹き出してしまう。
「シオンの技は屋内向きではないからな」
「オウカ、お前もだ」
「わ、私もか?」
突然説教の矛先を向けられ、オウカも狼狽える。
「この部屋には証人になる奴もいたんだぞ、お前の剣技で飛び回ったらそいつらがシオンの技の巻き添えを食らうだろうが」
「む……」
それを言われると言い返せない。
「あの目が潰されてた男もサンスベリアの爺さんが居なかったらどうなっていたか……」
「サンスベリア殿が助けたと言うのか?」
「……不本意ではあったがな」
サンスベリアが姿を現す。
騒動に巻き込まれて顔や服が煤けてはいたが、怪我などはない様子だ。
「あの男には聞き出したいことがあった故、死んでは困るからだ」
サンスベリアが目を向ける。
そこには部屋の片隅で震えるジョンの姿があった。
「聞き出したい事?」
「……孫娘の居場所だ」
「エリカ=グラキリスの?」
「
その言葉に皆、衝撃を受ける。
首魁であるサンスベリアの孫娘までが拉致されていたと言うのだ。
さらに、マリーの行方についても彼は関係している。
「そうか……それは貴重な情報を得た」
「オウカ?」
オウカが歩み出し、ジョンの元へと向かう。
「先日、フロスファミリアの屋敷に押し入った賊だな?」
その顔と服装には見覚えがあった。
正確には、その時に顔を見た相手に彼がよく似ていたのだ。
「答えろ。
「……答えるとでも思ってるのか」
「思っていないさ」
オウカが腕を振る。
その手にはいつの間にか剣が握られていた。
誰も剣を抜く音が聞こえなかった。それ程早く抜き放たれたのだ。
「……へ?」
ジョンの頬に生温かい筋が走る。
その直後、遅れて痛みが走った。
「ひ…ひいいっ!?」
そしてジョンは理解する。
自分の頬が斬りつけられた。
しかも、表面だけを切り裂いて最小限の出血にとどめていた。
「……今のは警告だ。次はもっと深く斬る」
「ま、待て! お前、捕虜にこんな拷問まがいのことやって良いとでも……」
「黙れ」
ジョンは絶句する。
目の前の女から殺気が痛いほど叩きつけられる。
いや、これは最早殺意に近い。
目が見えないのにはっきりわかる。
この女は殺すことを何とも思っていない。そんな眼で自分を見ている。
「何だってするさ……子供たち四人の命がかかっているんだからな」
「ひいっ!?」
冷たい刀身が頬に当てられる。
「……動くなよ。生憎ケガをしているんだ。上手く斬れないかもしれない」
「や……やめ……」
オウカの雰囲気に圧倒されてシオン達も声が出せない。
ここまで鬼気迫る様子を彼らも見たことがない。
「うっかり切り落としてしまうかもしれない」
「やめてくれ! 言う、言うから助けてくれ! き、北の森だ!」
叫びを挙げると同時にオウカの手が止まる。剣の切先はジョンの耳元で止まっていた。
「……北の森だと?」
「……ああ、あそこには避難小屋があるだろう。そこに兄貴と一緒にいるはずだ」
恐怖で身を震わせながらジョンは全てを明かす。
完全に彼の心は折れていた。
「おい、オウカ。北の森って言ったら……」
「……ああ」
カルーナも渋い表情でオウカを見る。
北の森と言えば先日、国境を破った魔物たちが逃げ込んだ場所だ。
王都からは岩石地帯を越え、渓谷に広がる地域のため、たどり着くまでが面倒であると言う事、森が迷いやすいと言う事で元々人の立ち入りが無い地域だが、それ故に彼らは監禁場所として利用したのだ。
「どうする。あそこに行くとなれば魔物の討伐隊と救助隊を編成しなくちゃならん」
「……そんなことをしている時間はない」
ただでさえ朝からこの騒動で王都を騒がせたのだ。
後処理と関係者の逮捕・連行とすることが山積みだ。
しかも、名家の人間が複数関わっていたこともあり、取り調べも難航することが予想される。
しばらくは騎士団と治安維持部隊から人員が回せるとは思えない。
「私が行く」
「待て、お前は騎士団長代理だろうが。現場から離れる気か」
「その点は問題ない。シオンが復帰した以上、私の仕事は終わりだ」
シオンがため息をつく。
「仕方ない。後は引き継いだよ」
「いや、お前らはそれで良いかもしれんが……そもそもそのケガで行く気か」
「……ならば力尽くで止めるんだな」
時間がない。
砦一つを壊滅させた魔物三体を前に、小屋などひとたまりもない。
遭遇する前に一刻も早く子供たちを保護しなくてはいけない。
「やれやれ……止めても無駄か」
「心配するな。一人で行こうとは思わんさ」
オウカはカルーナに向き直る。
「カルーナ。お前にドラセナ=ゴッドセフィアの即時開放と、町医師フジ=ウィステリアへの連絡を頼みたい」
ドラセナはここまで騎士団の任を解かれ、捜査協力として治安維持部隊の詰め所に軟禁状態だ。
解放されたからとは言え、即時職務に復帰することはない。
現在、騎士団で最も自由に動ける立場だ。
そして、子供たちが
中には体の弱いレンカもいる。
真冬の森の中で、子供たちの健康状態が気にかかる。
マリーがケガをしている場合も想定すれば、唯一彼女を診ることのできるフジが適任だ。
「そりゃ構わんが……戦えるのがお前とゴッドセフィアの嬢ちゃんだけじゃ戦力が足りなくないか」
「贅沢は言えんさ。それにもう一人連れて行く。戦力的には申し分ない」
「もう一人?」
シオンはすぐに理解した。
こんな時、オウカが頼りにする人間は幼馴染以外には一人しかいない。
「ああ。最強の民間協力者だ」
「……一つ、良いか」
やり取りを見ていたサンスベリアがオウカの背に言葉をかける。
「こんなことを頼めた義理ではないが……孫娘を頼みたい。あの子には罪はない」
「……言われるまでもありません。サンスベリア卿」
何の躊躇いもなく、オウカは頷く。
その決断にサンスベリアは面食らう。
「儂がフロスファミリアを目の敵にしていたことはお前が一番知っているだろう」
「今、ご自分で仰ったではないですか。『あの子に罪はない』と。私も同じ気持ちなだけです。それに……」
エリカと一緒にいるマリーの笑顔を思い出す。
建国祭の時の二人は本当に楽しそうだった。
「……それに?」
「娘の大切な友達ですから」
オウカ=フロスファミリアが動くのに、理由はそれで充分だった。
オウカを見送ったシオンは、不意にカルーナに尋ねた。
「そうだ。さっき何か言おうとしていなかったかい?」
オウカと決着を付けようとしたその時、カルーナが何かを叫んでいた。
その言葉をシオンはしっかりと聞いていた。
「ん? ああ……こいつはブルニアから口止めされていたんだがな」
そしてカルーナは語り始める。
それは、シオンがブルニアの副官に就くことが決まった日の事だった。
「シオンの奴、また出世だってな」
「ああ、我が弟ながら凄いな」
酒も入っていつもよりブルニアは饒舌になっていた。
「信じられるかい、あいつは僕の
「ははは。お前がそこまで褒めるとはな!」
俺は普段見せないブルニアの浮かれた様子が面白かった。
「それじゃ、兄貴のお前を超える日もそう遠くないかもな」
「……それだけはまだ許すわけにはいかないな」
俺の軽口に、ブルニアは真面目な表情に戻る。
「恥ずかしいからシオンには言わないでくれよ。私はあいつにとって『憧れの兄』で居続けたいんだから」
「大変だねえ、兄貴ってのは」
俺の言葉にブルニアも笑う。
いつかシオンがブルニアを超える日が来るのかもしれない。
その時は二人で祝ってやろう。
きっと戸惑いながらも喜ぶに違いない。
「はは……」
思わずシオンから笑いが零れた。
笑わずにはいられない。
兄は決して自分の手に届かない存在じゃない。
むしろ、兄も自分に負けじと努力し続けていたのだ。
結局、自分の事を一番わかっていなかったのは自分自身だったのだ。
「で、どうするんだお前は?」
シオンは騎士団長の仕事を引き継ぐと言った。
だが、オウカのケガの原因は彼自身だ。
責任感の強い彼にとって見逃せる話ではない。
「……僕まで行ったら始末書が増えるんじゃないのかい?」
「今更一枚や二枚、増えた所で同じだ」
大きな手がシオンの方に置かれる。
「あいつも言っていただろ。もう少し自分本位になれ」
「でも……」
「ブルニアなら仲間を守りに行くんじゃないのか?」
「……卑怯だよ、その言い方は」
シオンにとって、この言い方は一番効果がある。
カルーナも意地悪な言い方だと言う事は自覚している。
「はあ……カルーナにそう言われちゃ仕方ないな」
「ダチの力になってやれ、シオン」
「ああ、行ってくるよ」
シオンが走り出す。
やはり居ても立っても居られなかったのだ。
――だが、その足をシオンは不意に止めた。
「シオン?」
「カルーナ。一つだけ訂正しておくよ」
陽光を後ろに振り返る。
晴れやかな笑顔だった。
「『兄さんなら』じゃない。兄さんじゃなくたって、友達を助けるためなら動くさ」
「……ああ、そうだな」
そして、シオンは再び走り出す。
友達が窮地に陥っている。
シオン=アスターが動くのに、理由はそれで十分だった。
「はっ……やあっ!」
庭で声があがる。
トウカが一人、剣を振るっていた。
あれから、何度もスープを温めた。
マリーの好きなものを作って待っていた。
でも、一人でマリーを待っているのはもう限界だった。
目の前にあの子がいない、寂しさのみが募る。
気付けば剣を取っていた。
汗を流せば気が紛れるかもしれなかった。
「はあ……はあ……」
でも、紛れない。
頭に浮かぶのはマリーの事ばかり。
あの子に何かあったらと思うと、不安で押し潰されそうだった。
「やあーっ!」
振り払うように思い切り振り被る。
太い薪が一撃で両断された。
「……やめよう」
雑念しかないこんな状態で剣をこれ以上振るっても意味はない。
そう思い家の中へ戻ろうと剣を納めた時、それは聞こえた。
「馬……?」
馬が地を蹴る音が近づいて来る。
この家に馬に乗った人がやって来ることなんてまずありえない。
そう、たった一人を除いて――。
「オウカ!」
馬の背に乗った人物に気付く。
向こうも家の前にいるトウカに気付いた。
「待たせたなトウカ。一緒に行くぞ!」
オウカが叫ぶ。
よく見れば体のあちこちが
ここに来るまでに何があったのか。
だが、オウカの表情は希望に満ちていた。
マリーの事で進展があったことは明白だ。
「行くって……どこへ?」
「決まっているだろう!」
トウカの前で馬が止まり、オウカが手を差し出す。
「私たちの娘を迎えにだ!」
「……うん!」
その言葉をどれだけ待っていたか。
トウカは手を取り、オウカは彼女を馬上へ引き上げる。
「行くぞ!」
「うん!」
そして、二人の母を乗せて馬は走り出す。
「マリーの
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