第32話 追い続けた果て

 加速を加えながら放たれたオウカの一撃は剣を直撃した。


「ぐあっ!?」


 シオンの体が宙に浮く。

 その一撃は、普段のオウカの技を遥かに上回る威力だった。

 元々無茶とも言える体勢で攻撃を受け止めたシオンはそれに対応できるはずもなく、壁まで吹き飛ばされる。


 オウカの技では二つの術式が用いられていた。

 まずは『加速』。フロスファミリアの剣技の基盤となる術式だ。

 そしてもう一つは剣へ作用させていた『硬化』だ。

 この術式を使うと、物体の強度が高まる。

 しかし、あくまで高まるのは強度だけであって剣の切れ味はむしろ悪くなるため、斬撃には不向きな術式だ。


 だが、この技に限ってはむしろそれ自体が意味を持つ。

剛華絶刀ごうかぜっとう』は斬撃ではなく、打撃とも言える剣技。

 即ち『硬化』で強度の増した剣を『加速』の速度で生み出された慣性のまま全体重を乗せて叩きつける。

 それによって放たれた一撃は凄まじい破壊力を生み出し、攻撃対象を砕くのだ。


「……やってくれたね、オウカ」


 壁に叩きつけられたシオンがゆっくりと立ち上がる。


「『剛華絶刀ごうかぜっとう』……武器破壊の技だったとはね」


 その手に握られた剣は中ほどから先が失われていた。

 オウカの技は確かにシオンの剣を砕いていた。だが――。


「さすがはフロスファミリアだ、予想を超えた動きをしてくれる。でも……」

「くっ……」

「代償は大きかったみたいだね」


 オウカが膝をつく。

 シオンが十分に魔力を運用できなかったために威力こそ低かった。

 だが、それでも『天昴烈火てんこうれっか』をまともに受けたのだ。

 軽傷とは言え、全身にダメージを負っていた。

 そして、問題はそれだけではなかった。


「残念だったね。狙いはこっちだったんだろけど、生憎と兄の剣は折れてない」

「……浅かったか」


天昴烈火てんこうれっか』のダメージがわずかに技を鈍らせていた。

 シオンが防御の際に交差させた剣の内、前に位置していた彼の剣は技の威力で砕かれていた。

 だが、その後ろにあったブルニアの剣は折れずにいたのだ。


「『緋炎双牙ひえんそうが』は撃てないけど、兄さんの剣があれば十分だ……あの技が使えるし」


 シオンは残された兄の剣を持ち変え、掲げながら告げる。


「術式展開――――『纏化』」


 炎が集う。

 だが、今回はシオンの体にではない。

 掲げたブルニアの剣を包み込む様に炎が集まり、刀身全体を覆って行く。


「シオン、そいつは!?」


 その術式の使い方を見てカルーナの顔色が変わる。


「さすがにカルーナは知っているよね」

「ブルニアの技じゃねえか……」


 炎の剣が完成する。

 刀身を遥かに超える長さの炎が垂直に伸び、

 剣そのものを炎上させているかのように炎が揺らめく。


「あいつの技まで再現できるのか……」

「兄さんの剣と技、そしてそれを僕が使う……決着をつけるのに相応しい技だよ」

「お前、そこまでして本当にあいつが喜ぶとでも思ってるのか」


 カルーナの言葉にシオンはしばらく沈黙する。

 そして、微笑んで答えた。


「……兄さんができなかったことを代わりに果たすんだから喜んでくれると嬉しいな」

「馬鹿野郎……っ!」

「まずはそのための一歩だ。オウカ、君を倒して王国最強の称号をいただく」

「くっ……」


 オウカは立ち上がるが、剣を構える手に力が十分に入らない。


「その分だとこれは避けきれないね。でも、手加減する気はない」


 両の手で剣を握り、シオンは更に魔力を注ぎ込む。

 周囲の炎を全て取り込み、柄から炎が吹き上がる様に剣が燃え上がる。


「よせ、ブルニアの奴は――」

「さあ行くよ、オウカ!」


 カルーナの言葉も届かない。

 シオンが駆ける。


「僕の……いや、僕たちの勝ちだ!」


 炎の剣を振り上げる。

 刀身の二倍以上の長さとなった炎がオウカへと襲い掛かる。


「やめろシオン!」


 カルーナの叫びの中、炎の剣が振り下ろされる。

 ――異変が起きたのは、まさにその瞬間だった。


「え……?」


 シオンが、否、その場にいた誰もが目を疑った。


「そん……な……」


 振り下ろした剣はオウカに届くことはなかった。


「何で……」


 その前に突然、剣が砕け散っていた。

 刀身という媒体を失った炎の剣は消滅し、炎を纏った破片が落ちていく。


「剣が……兄さんの剣が!」


 戦いの中であるにもかかわらず、あまりの衝撃にシオンは剣を取り落として膝をつく。

 彼にとって、兄の剣を使ってオウカに勝つという事に意味があった。

 その剣を失ったことで戦いを継続する意思が完全に失われていた。


「何で……オウカの技は当たっていなかった。なのにどうして刀身が砕けるんだ!?」

「……技が原因でなければ考えられることは一つだけだ」


 剣を納め、オウカが呟いて答えた。


「術者の力に剣が耐えられなかったんだ」

「そんな馬鹿な!」


 シオンが強く否定する。

 それは彼にとって最も有り得ないことだった。


「この剣は、兄さんが全力を出しても壊れないように特別に作られたものだ。僕の魔術で剣が壊れるなんてまるで――」


 そこまで言ってシオンは気づく。


「あ……」

「……そういう事になるな」


 大事な兄の剣だ。手入れは怠っていない。

 オウカの技は当たっていない。技の威力で壊れたのではない。

 ならば、シオンの使い方に剣の方が耐えられなかったという事になる。

 だが、兄の全力に耐えられる剣が耐えられなかった。それはつまり――。


「まさか……そんな」

「お前は既にブルニア団長を超えていたんだ、シオン」


 いくつかそれを思わせる点はあった。

 そもそも魔術を用いた技は術者の力量に影響される。

 いかに肉親とは言え、他人の技をほぼ完璧に再現することは難しい。


 例えばオウカたち姉妹が顕著な例だ。

 二人は父の技である『瞬華終刀』を習得している。

 だが、魔力量や身体能力、技の威力や速度など細部はどうしても異なる。

 それをさらに自分なりに応用し、彼女らは長所を生かした派生技を編み出した。

 豊富な魔力を持つオウカは爆発的な加速で相手の死角に回り込む『瞬華終刀・鮮花』を。

 常人を上回る剣速を誇るトウカは一瞬で何度も斬り付ける『瞬華終刀・彩花』を。


 だが、シオンは困難なそれを行って見せた。

 兄に匹敵するか、それ以上の魔力や技量を持っていなくてはできない芸当だ。


「そんなことって……」


 いつかあの人の様になりたい。

 そう思って追い続けた兄の背中。

 その為に人の何倍も努力した。

 兄に並び立つ存在になるために。兄亡き後は兄なら果たせたはずの事を成し遂げるために。

 その中で理想の存在を追い越していたことにも気づかずに。


「……教えてくれオウカ。僕はこれからどうすればいいのかな?」


 果たして、自分はこれまで何のために頑張って来たと言うのか。

 あれだけ固執していた目標を失い、シオンは茫然としていた。

 

「……兄への憧れを捨てろとは言わん。だが、もう少し自分本位になっても良いんじゃないか」

「……僕が、僕のためにしたい事か……そうだな」


 シオンは一つ深呼吸をしてオウカを見上げる。


「それじゃ、いつかオウカに勝たなくちゃね」

「勝負がついた覚えはないが?」

「僕の負けだよ。もう君と戦う気が起きない」


 ずっと彼を突き動かしていた呪縛も、その象徴も失われてシオンはどこか憑き物が落ちた表情を覗かせていた。


「兄の仇を討ちたい気持ちが無くなった訳じゃないけど、今は復讐以上に君に勝ちたいって気持ちの方が大きいよ。今度は借り物の技や理想じゃなくて、自分自身の意志と力で」

「……今更だが、私に勝ってもまだ上がいるからな」


 シオンはオウカの言葉に驚きを見せる。


「はは……ははは……」


 そして、いつしか笑い出していた。


「そうか、君を倒しても王国最強になれなかったのか……」

「私も、あいつに勝たなくてはいけないからな。お前に負けてやるつもりはないさ」

「……世界は広いね」

「まったくだ」


 二人で苦笑する。

 もう心配はない。そこにいるのはオウカのよく知る幼馴染のシオンの姿だった。

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