第30話 二刀一炎

 オウカとシオンの戦いが始まった頃、カルーナも屋敷に突入していた。

 だが、でき得ることは捜査と言うよりは炎上する屋敷からの避難誘導に近い。


「ケガ人は最優先で運び出せ。可能な限り死なせるんじゃねえぞ!」

「はい!」


 混乱する状況の中でカルーナは指示を飛ばし続ける。


「おい、サンスベリアの爺さんはどうした」

「それが……まだどこにもお姿が」


 避難する使用人に問いかけるが誰も同じ言葉を返す。

 つまりは逃げ遅れてこの騒動の現場にいる可能性が高い。

 本当ならば今すぐに現場に向かいたい。

 だが、部隊を預かる者として勝手な行動をとるわけにはいかない。

 ここはオウカに任せるしかなかった。


 また爆発音がした。

 戦いの激しさが増している事をカルーナは感じていた。




「くっ……」


 シオンから距離を取り、オウカは『加速』の術式を解除する。

 対するシオンは、地面に叩きつけた剣先を持ち上げ、ゆっくりとオウカに向き直る。


「なかなか当たらないね。さすがオウカだ」


 シオンから素直な称賛の言葉が贈られる。

 だが、それを喜んで受け取れるだけの余裕はオウカにはない。


「ここまで厄介だとは……」


 元々二刀流は防御力が高いが、シオンはもう一手ある。

 鍔迫つばぜり合いをしようものならそこへ炎が飛んで来る。

 対してシオンは攻撃の際に二刀に加え炎による追撃があるため、攻撃の手が緩まずに主導権を握り易い。

 そして、時折放たれるシオンの秘技『天昴烈火てんこうれっか』は爆発を伴う為に効果範囲が広い。

 そのためオウカは一撃を与えて即離脱する以外の戦法をとれなかった。


「……魔物の中には三つの頭を持つ猛獣がいると聞いたことがあるが、それに似ているな」

「『地獄の番犬ケルベロス』か。良いね、折角だから命名させて貰うよ」


 シオンが再び構えを取る。

 術式を唱えて炎を纏う。

 二つの刃と一陣の炎が展開する。


二刀一炎ケルベロス


 たまたま自分が命名することになったが、酷い名称だとオウカは思った。

 何せ、地獄の番犬が噛み付こうとしているのは自分自身だ。


「……とは言え、いつまでも膠着状態が続くのも良くないな」


 シオンは二刀を左右に広げる。

 そして、自らの周囲で廻る炎を双方へと導く。


「術式展開――――『圧縮』」


 炎が二つに分かたれる。

 魔力の運用を変えたのか、これまでと違って炎は両の剣へと集っていく。


「両方の剣に炎を⁉」

「どちらかの魔力が先に尽きてしまうなんて、そんなあっけない結末は望んでない」


 オウカの脳裏にある事柄が蘇る。

 夏の初め、騎士団の修練場が破壊されたと言う出来事。

 居合わせたドラセナによれば、その時シオンが高威力の技を放ったとされている。

 だが、まだ彼はその技を使用していない。


「それがお前の切り札か」

「僕の最大威力の技だ。簡単に避けきれると思わない方が良い」


 確かに、建物一つを吹き飛ばすほどの高火力だ。

『加速』で離脱しても爆風や爆発に伴う瓦礫の飛散に巻き込まれる可能性は有り得る。


「いいだろう。ならば……」


 オウカが術式を展開する。

 編み上げられた魔力はオウカの身体から離れ、彼女と寸分違わない姿に形作られて行く。


「その技は⁉」

「言ったはずだ。私も全力でお前を倒すと」


 相手は史上最年少でその座に就いた騎士団長シオン。

 本人は他に適任がいないからと言うが、勢力争いの続く王国の中枢でその座を維持し続けるのは並大抵のことではない。


 故に、少しの手加減も許されない。

 展開した分身は六人。

 自身を合わせて七人のオウカが立ち並ぶ。

 この人数を展開するのはトウカに続いて二人目だ。


「……桜華絢爛おうかけんらんか」


 シオンが警戒を強める。

 複数の分身を展開し、敵の攻撃は無効化し、彼女の攻撃はどこから来るかわからないというこの技は騎士団にも知れ渡っている。

 味方としては心強いが、敵に回ると厄介な事この上ない技だ。


「複合魔術による分身の多重攻撃。『投影』を使っているのはわかるんだけど、もう一つが何か……そこが鍵だね」


 この術式を知る者はオウカ本人と、これを見破ったトウカのみ。

 騎士団を統括するシオンであっても、この技に用いられている術式は明かされていない。


「行くぞシオン!」


 全てのオウカが一斉に動き出す。

 シオンはその全ての分身からの攻撃を避けるため、走り出す。

 一か所に留まっていれば囲まれる恐れがあるからだ。

 そうなれば同時に繰り出される攻撃を防ぐのは不可能に近い。

 可能な限り対峙する人数を減らすのが得策なのだ。


「はああああっ!」


 分身からの攻撃を避け、剣を繰り出す。

 だが、とらえた相手は虚像。攻撃はすり抜けた。

 体勢を崩した所へ更なる攻撃が加えられる。

 もう一方の剣で受け止めようとするが、それも虚像のためにすり抜ける。

 本体のオウカは間合いを取りつつ、自身も攻撃に移る或いはもう一つの術式『置換』で分身と入れ替わる機会を伺っていた。


「術式解除」


 手数が足りない。

 故に、一度両刀に帯させた炎を解除し、再び身に纏う。


「術式展開――――『纏化てんか』」


 二刀に加え、炎を飛ばす。

 一度に三体を相手にすると言う、それだけでも驚くべき対応をシオンは見せるが、オウカはそれすらも警戒しているため、迂闊に間合いに入らない。


 シオンの側はいつ実体を伴う攻撃が来るのか一切わからない。

 それ故に気が抜けない。

 だが、いつまでも気を張り続けることなど不可能に近い。

 殆どの行動が徒労に終わり、油断を生み出させるのがこの技の恐ろしい所だった。


「術式展開――――『圧縮』」


 焦りつつあるシオンは右の剣に炎を集め、高々と掲げる。


「――天昴烈火てんこうれっか!」


 床に生成した火球を叩きつける。

 爆風で分身もろとも本体を吹き飛ばそうと言う算段だが、オウカは同様の手で一度トウカに破られている。

 それ故に、今回は細心の注意を払う。

 冷静故に、分身の挙動、相手の行動全てを確実に把握して好機を見逃さない。


「それは悪手だ、シオン」


 オウカが『置換』の術式を発動する。

 転移先はシオンの後方にいる分身だ。


 一瞬でシオンの後方に回り込んだオウカが剣を振り下ろす。

 今なら炎は撃ち出して纏っていない。

 そして、爆発で煙が立ち込めているために視界が悪い。

 隙を突くには絶好の機会だ。


「なっ!?」


 殺気に気付いたシオンが頭上で剣を交差させて受け止める。

 そして、今回は実体を伴った攻撃である事に驚きの表情を見せた。

 オウカは剣に力を込める。

 第一撃が防がれたことには驚いたが、このまま押し合いに持ち込む。

 そして、その周囲に分身たちが集まって来る。


「術式……展開――――『纏化』」


 だが、シオンの次の手の方が早い。

 足元で燃える炎が彼の体を登り、剣を伝ってオウカに迫る。


「ちっ!」


 まだ分身が辿り着くには遠い。

 オウカは飛び退くと再び『置換』の術式で別の分身と入れ替わって距離を取る。


「……本当に厄介な技だね。虚実入り乱れて対応が後手に回ってしまう」

「……厄介はこっちの台詞だ」


 本来ならば押し合いに持ち込んだその間に他の分身が距離を詰めた所で入れ替われば詰めだった。

 だが、シオンの『天昴烈火てんこうれっか』によって燃え広がった炎がすぐさま『纏化てんか』の術式で攻防に使われてしまう。

纏化てんか』で炎を纏い、『圧縮』で炎を集中させて『天昴烈火てんこうれっか』で撃ち出す。

 そして、燃え広がった炎は再び『纏化てんか』で身に纏う。

 魔力が続く限りこのサイクルは終わらない。


「だが、見切った」


天昴烈火てんこうれっか』を使った後、わずかに次の術式が展開できるまでに時間がある。

 今回は分身の位置が遠かったが、次は全ての分身で取り囲み、勝負をかける。


 爆発の余波で煙がまだ立ち込めている。

 視界の悪い今こそ勝負を決める好機だ。


「シオン、これで終わりだ!」


 オウカが、そして全ての分身が駆け出す。

 周りを取り囲まれたシオンは次々に迫るオウカの分身に身構える。


「――ああ、そう言う事か」


 ぽつり、とシオンが呟く。

 真っ先に辿り着いた分身のオウカが剣を振り下ろす。


「君は、本物じゃない」


 シオンは回避の挙動すら取らず、その虚像がすり抜けるのを見送った。

 次の分身がシオンの胴を薙ぐ。


「君も虚像だ」


 炎すら飛ばさない。

 シオンは他のオウカたちを見渡し、何かを待っている様だった。


「術式展開――――『圧縮』」


 身に纏っていた炎を再度両の剣に移す。

 完全に攻撃の構えだ。何かがおかしい。


 だが、本体が見抜かれたわけではない。

 オウカはそのまま残る四体の分身と共にシオンに躍りかかる。


「――舞い散れ」


 煙を突き破り、シオンに迫る。


桜華絢爛おうかけんらん!」


 ――その瞬間だった。


「君が本体だね」

「なっ!?」


 他の虚像には目もくれない。

 その眼は確信を持って彼女を見つめていた。

 驚くオウカに向けて、シオンの両の剣が同時に放たれる。


「――嚙み砕け」


 右はやや上段から振り下ろし、左はやや下段から振り上げる様に。

 それは、さながら上下から迫る怪物の牙の如く。


緋炎双牙ひえんそうが


 炎のあぎとが閉じられる。

 その瞬間、閃光が走った――。

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