第29話 あの頃の自分を重ねて

「に、逃げろ!」

「あんな化け物相手にできるか!」


 諸侯や護衛らが屋敷から次々と飛び出す。

 いずれもオウカの乱入によってシオンの追撃から命からがら逃げだした者たちだ。


「家に連絡を取れ。討伐隊を編成して……」

「どこへ行こうって言うんだ?」


 その言葉が不意に打ち切られる。

 屋敷の門の前に黒塗りの甲冑に身を包んだ騎士たちが諸侯らの前に立ちはだかる。

 その中心に、その男は立っていた。


「よう。皆さん朝からお揃いで悪だくみか?」

「カ、カルーナ=ウルガリス……」


 カルーナが手を振り下ろし、号令を発する。


「捕らえろ。一人たりとも逃がすんじゃねえぞ!」


 部隊が一斉に雄叫びを上げる。

 立ち向かおうと剣に手をかける者、逃げ出そうとする者もいたが、カルーナの元で統制のとれた部隊は瞬く間に彼らを取り抑える。

 全員が拘束されたのを見止め、カルーナは炎上するグラキリスの屋敷を見上げた。


「オウカ……」


 到着するなり、オウカは単身で屋敷に飛び込んでいった。

 彼女にはこの騒動の原因が思い当っていたのだ。

 カルーナもやや遅れてオウカが止めようとしている相手に思い至った。

 だが、ブルニアの死を隠し続けていた自分に止める権利はない。

 止められるとすれば、きっと――。


「あのバカを頼んだぜ」


 共に過ごしてきたあいつら以外にはいないだろう。

 カルーナはそんな確信があった。




「……そこをどいてくれオウカ」

「それはできない」


 剣を受け止めたまま、オウカは答える。


「団長命令だ。どいてくれ」

「そんな命令は聞けない。それに今、団長代行は私だ」


 言葉を交わす度にシオンの悲痛な想いが伝わってくる。


「……兄さんの仇なんだ」

「やはり、思い出したのか」


 揺らめく炎の向こうに見えるシオンの顔は、泣いているようにも見えた。


「仇であっても私刑は禁じられている。私たちは捕らえ、法の裁きに委ねることしかできない。シオンならわかっているだろう」

「理屈ではわかっているさ……でも」


 シオンが纏う炎が燃え上がる。


「兄さんを……憧れだった兄さんを殺した奴が目の前にいるんだ。それを我慢できるほど簡単な気持ちじゃないんだ」

「よせ、シオン!」

「その男を殺さない限り、僕はもう止まれないんだ!」


 危機を感じたオウカは魔力を開放する。


「術式展開――――『強化』」


 腕力を強化し、シオンの剣を押し返す。

 そして、強引に横へ弾くと壁にもたれるジョンの腕を掴んで引き倒し、自らも床に伏せる。

 その直後、オウカの頭上を炎が通過し、ジョンの頭のあった場所に直撃する。

 オウカがジョンを倒さなければ間違いなく餌食になっていただろう。


「はあっ!」


 オウカが足払いをかけるが、シオンは飛び退いて二人の元から離れた。


「もう一度だけ言う。そこをどいてくれ、オウカ」

「断る。友人が咎人とがびとになるのを黙って見ていられるか」

「……そうだね。君はそういう人だった」


 剣を拾い上げ、オウカが立ち上がる。


「なら、君を倒さない限りその男を殺せないってことだ」

「……やはり、それしかないのか」


 オウカが唇を噛む。

 できることなら刃を交えずに止めたかった。

 だが、シオンは憎悪にとらわれている。説得に耳を貸す精神状態ではない。


「ならばシオン。私が止めてやる」


 剣の切っ先をシオンに突きつける。


「お前が自分を通すというのなら、私を倒せ。私も全力でお前を倒しに行く」

「……いいだろう。思えば兄さんとオウカで王国最強を決めるなんて話もあったらしいからね。その代理戦としてはいい機会だ」

「あくまで『兄』か」

「いいんだよ。兄さんがやろうとしていたことは全て実現させる。その為に僕は騎士団長を続けていたんだから」


 シオンが剣を構える。

 その姿はオウカの記憶の中にあるかつてのブルニア=アスターと同じ構えだった。


「なるほどな……ようやく理解できた」

「何をだい?」


 以前から感じていた。

 シオンが兄のことを話す度にオウカはどこか違和感があった。


「それは憧れではない。妄執だ」


 彼はブルニアを自分の事のように話す。

 いや、そもそもその前提が間違っていたのだ。


「お前のしていることはブルニア団長に追いつくことじゃない。ブルニア=アスターにんだ」

「な……」


 シオンが動揺を見せる。

 オウカはさらに続ける。


「お前の自己評価が低いはずだ。どんなに頑張ってもブルニア団長そのものになることなんてできる訳がないんだから」

「ち……違う。違う違う違う!」


 シオンが振り払うように否定の言葉を繰り返す。

 だが、必死に否定すればするほど、それを肯定していることを自覚していない。


「これは僕の意思だ。憧れの兄さんを超えるには兄さんができなかった事を成し遂げるしかないから……」

「そうやって進み続けて……その果てには何がある」

「それは……」


 それは、かつての自分に似ていた。


「いつ、』と思える?」

「僕は……」


 追い続けて、追い続けて身も心もすり減らしながら出口の見えない道を歩き続ける。

 そんな人生を送ってきたオウカだからこそ、その気持ちは理解できた。


「決して満たされることのない想いに執着するな。その憧れは、お前を殺す」

「黙れ!」


 シオンが斬りかかる。

 冷静さを失い力ずくで否定にかかる。


「じゃあどうしろって言うんだ。目標だった兄さんが死んだ今、どこまでも追い続けることしかできないじゃないか!」


 だが、そんな雑な気持ちで打ち込まれた一撃をオウカが受けるはずもない。


「お前の人生はお前自身のものだ」


 一撃をかわした所へ炎が飛ぶ。

 しかし態勢を低くして炎から逃れ、オウカはそのまま斬り上げる。


「死者にとらわれて自分を見失うんじゃない!」

「ぐっ⁉」


 とっさにシオンが剣を引いて受け止める。

 だが、心身のバランスを崩している彼にはオウカの一撃はとても重く感じた。


「お前がもし、ブルニア団長が果たせなかったことを全て成し遂げたら次はどうする! 『兄ならこうするはずだ』と妄想のブルニア団長の理想を追うのか!」


 オウカが連撃を放つ。

 シオンは返す言葉が見つからず、防ぐのが精いっぱいだった。


「これ以上突き進むな! その先は魔道だ。何もない!」

「知ったような口を……っ!」


 シオンが攻撃を受け流し、反撃に転じる。

 だが、その一撃は難なく受け止められた。


「……知っているから言っているんだ」

「何だって……?」


 続けざまに炎が飛ぶ。

 オウカはシオンを押し返して離れ際に一撃を放つ。


「お前を絶対に止めてせる! かつての私と同じ道に堕ちる前に!」


 剣を打ち合った反動で身を翻す。

 炎はまたもや空を焼いた。


「術式展開――――『加速』」


 かつて自分が歩んだ、理想を追い求めるあまりに肉親にすら刃を向けた忌まわしき道。

 その道を友が進もうとしている。


「舞い散れ!」


 ならば力ずくでも引き戻す。

 かつて妹が――トウカが自分にそうしたように。


「瞬華終刀!」


 剣を打ち合った反動で体勢が崩れたシオンには防ぎようがない。

 そして、速度を乗せた一撃がシオンに――。


「何⁉」


 ――だが、届かない。


「甘いよオウカ」


 オウカの繰り出した一撃は、シオンが左手で抜いたもう一振りの剣によって止められていた。


「二刀流⁉」

「術式展開――――『圧縮』」


 オウカがとっさに見上げる。

 右手に残された剣は高々と掲げられ、炎がその先端に集っていく。


「まずい!」

「――天昂烈火てんこうれっか


 剣を振り下ろし、シオンの足元で火球が炸裂する。

 魔力で圧縮された炎が解き放たれ、爆風が広がる。


「ぐうっ!」


 至近距離のため、巻き添えを恐れて最大威力ではなかったが、それでもオウカを吹き飛ばすには十分な威力だった。


「残念だったね。君は僕の兄に対する執着を否定したけど、こうして僕は兄の剣に守られた」


 左手にもう一振りの剣を握り、シオンはオウカに対峙する。

 彼が普段用いる剣とは意匠が異なる剣。

 ブルニア=アスターの愛用していた剣だ。


「兄さんは死してもなお、僕を守ってくれている。それを否定するというのなら……見せてあげるよ」


 シオンが二刀を構える。

 先程までの構えとはまるで異なる。

 シオン独自の構えだ。


「僕の想いと兄の剣、そしてアスターの剣技の力を」

「それがお前の答えか……」


 届かなかった。

 剣がではない。友として、言葉がだ。

 シオンは最早聞く耳を持たない。彼の兄への憧憬どうけいは狂信に近い。


「なら、こちらも最後まで応えてやる」


 言葉を交わす時間は終わった。

 残るは剣で語るのみ。


「上手くいかないものだな……」


 思えばこんな感じだったのだろうか。

 あの日、自分と対峙した妹の気持ちは。

 想いを言葉にして、何とか伝えたいと必死になって。


 こんな時、トウカなら何と言ったのだろう。

 自分にはできない優しい言葉を見つけて語り掛けるのだろうか。

 あるいは彼女の言葉ならシオンも耳を貸したかもしれない。


「まったく……あいつの優しさは一つの武器だな」


 だが、ここにいるのはオウカ=フロスファミリアだ。

 剣を交えてしか解決することができない不器用な人間だ。


「なら、私は私なりの説得をするしかない」


 まだ希望はある。

 技の威力を調整している所を見るとシオンは自棄にはなっていない。


「術式展開――――『纏化』」


 シオンが自身の技によって燃え広がった火を魔術で再び身に纏う。


「二刀に加えて炎の三連攻撃。君に受けきれるかな」

見縊みくびるなよシオン。仮にも『王国最強』と謳われた私だ。超えて見せる」

「オウカのその称号は今日までだ……僕と兄さんは負けない。負ける訳がない」

「……こちらも負ける訳にはいかない」


 ここで負けてしまえば他の事はどうなる。

 シオンを止める。

 疑惑の晴れたドラセナを開放する。

 その後はマリーとキッカ、レンカを救い出さなくてはならない。

 それに、国境を破った魔物の討伐もある。

 やることはまだ山の様に残っている。

 それに――。


「観客がいないのが残念だけど……じゃあ始めようか」


 そしてオウカも構えをとる。

 炎上する屋敷の中で二人は静かに対峙する。


「王国最強を決めようじゃないか!」

「行くぞ、シオン!」


 王国最強の騎士と史上最年少の騎士団長。

 二人の戦いが本格的に始まる。


 負けられない。

 やることがまだ残っている。

 それに――これ以上追いかける相手を増やしたくない。




 自分オウカに勝てるのは一人で十分だからだ。

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