第27話 火種

「シオンがいない?」


 オウカがトウカから事情を伺っていると、フジが慌てた様子でやって来た。


「建物のどこにもいない。恐らく外へ行ったんだ」

「外は雪だぞ。治りかけで何を考えているんだ」

「カルーナさん、部隊の方で捜せませんか?」


 カルーナは首を振る。


「駄目だ。事件性が疑われる状況じゃない以上、治安維持部隊を動かせん」

「そんな!」

「……だが、仕事のついでに捜すぐらいはしてやる」

「……ありがとうございます」


 彼の権限の中では精一杯の譲歩だった。

 それがわかるからこそ、フジもそれ以上は言わない。


「まずはグラキリスの事だ。マリー=フロスファミリアが他に行きそうな場所は無いんだな?」


 トウカとオウカは首肯する。

 マリーの交友関係を考えても、グラキリス屋敷に行ったとしか考えられない。

 事実、街で話を聞いても夕方にマリーらしき子供の姿を見たと言う者もいなかったと言う。

 トウカは有名人だ。街ではその彼女といつも一緒にいるマリーの事を知っている人も多い。


「なら姿を消した事は何らかの関わりがあったと見ていい。やや強引だがこれを口実に明日、屋敷に捜査の手を入れる」

「トウカ、後は私たちに任せろ。お前は家に戻れ」

「でも……」

「ここから先は騎士団の仕事だ」


 トウカは事件の当事者とは言え民間人だ。

 機密に触れる騎士団の捜査に同行する事はできない。


「必ず手がかりを見つける。お前はあの子に温かい物を作って待っていてやれ」

「……うん。お願いオウカ」


 痛いほどオウカの手が強く握られる。

 オウカも本音としてはトウカを慰めてあげたい。

 だが、今は一刻を争う。

 マリーを、キッカを、レンカを助け出すまでは気丈に振る舞おう。

 そんな想いを抱えてオウカはカルーナと共に病院を後にするのだった。




「ただいま」


 家に戻ったトウカに帰ってくる言葉は無い。

 今日の朝まではマリーがいた。

 あの子の明るい笑顔と声が無い家。

 春まではそれが当たり前だったが、今はそれをとても寂しく感じていた。

 捜査はオウカとカルーナに任せるしかない。

 トウカは自分のできること。

 この家でマリーが帰って来た時のための準備をしていようと思った。


「……誰?」


 闇の中に気配を感じた。

 マリーではない。

 彼女なら最初にトウカが「ただいま」と言った時に「お帰り」と返すはずだ。


「……ったく、やっと帰って来たか」


 闇の中から姿を現したのはアキレアだった。




「ほら、中に入れ!」


 ジョンが二人の少女を乱暴に小屋の中へ放り込む。

 もつれ合うようにマリーとエリカは倒れた。


「マリー!?」


 中に居た二人の少女が驚きの目で飛び込んで来た二人を見る。

 マリーもその二人の姿を見て驚いた。


「キッカお姉ちゃん! レンカお姉ちゃん!」

「大丈夫ですか、二人とも?」


 駆け寄ったレンカが二人を抱き起す。


「何でアンタまでここに……それに、そっちの子は?」

「……エリカ=グラキリスと申します」

「グラキリスのお嬢様!?」


 予想もしていなかった名前にキッカは目を丸くする。


「おい、乱暴に扱うなジョン。大事な人質だ」

「悪い悪い。でもお嬢様たち以外必要か?」


 バレンがジョンに続いて小屋に入ってくる。


「当然だ。結果的にラペーシュ家とロータス家の令嬢も確保できた。対フロスファミリアのいい切り札にもなる」

「……あんた達どういうつもり。こんなことしてただで済むと思ってるの⁉」


 バレンとジョンに敵意を含んだ視線がキッカから向けられる。


「さすがフロスファミリア、子供とは言え気が強いな。だが……」


 バレンが腕を振る。

 高い音と共に、キッカが体勢を崩して床に叩きつけられる。


「痛ったあ……」

「立場が分かっていないみたいだ」


 頬が赤くなっていた。

 目に涙を浮かべるが、キッカは気丈に耐えていた。


「お姉ちゃんをいじめないで!」


 その光景を見たマリーがバレンに掴みかかる。

 拳を握って体を叩くが幼い彼女の力では意味を成さない。

 あっさりと腕を掴まれ、釣り上げられるようにして動きを抑え込まれてしまった。


「鬱陶しいな」

「放して!」

「……ん?」


 掴んだマリーの腕にバレンとジョンの目が留まる。


「子供ながらに金の腕輪か」

「けっ……いいご身分だな」


 バレンの手が腕輪に伸びる。

 その意図を察したマリーの表情が恐怖のものに変わる。


「だめ!」

「子供には過ぎた装飾品だ」


 バレンが腕輪を取り外してマリーから手を放した。


「返して!!!」


 慌てて腕輪を取り返そうと、再びバレンに掴みかかる。


「それ、マリーの! ママから貰ったマリーのなの! 返して!」


 腕輪を高く掲げるバレン。

 マリーは必死の形相で腕を伸ばす。

 何度も飛び上がるが彼女の背丈では届かない。


「返して! 返して! 返して!」

「うるさい」


 纏わりつくマリーを煩わしく感じ、バレンは蹴りで引き剥がす。


「う……ぁ……わあぁぁぁ…!!!」


 痛みと悔しさでマリーが泣き出す。

 レンカが抱き寄せる。顔を押し付けてその胸でマリーは泣きじゃくった。


「あーあ、泣いちまった」

「……ジョン。ここは俺が見ているからグラキリスの屋敷へ行って来い」

「あ?」

「当座の活動資金とこいつ等の食糧が必要だろ?」


 了解したと頷き、ジョンは小屋から出て行く。

 バレンは椅子に座り、懐から本を取り出して読み始めた。


「……あんたたち、覚悟しておきなさいよ」

「ん?」


 キッカがバレンを睨みつける。


「私のお爺様が必ず助けてくれるんだから」

「……ふふっ」

「何がおかしいのよ」

「お前、確かラペーシュ卿の孫娘だったな?」

「そうよ」


 バレンは見下すように一言を放つ。


「墓の下からどうやって助け出すんだ?」

「……アンタ、まさか……」

「やったのはジョンだがな」

「このっ……」


 ダン!と強い音がキッカを黙らせる。

 バレンが短剣を机に突き刺したのだ。


「やる気か?」

「……ぐ」


 キッカもわかっている。

 子供の彼女らが束になってかかっても武器を持つ彼には敵わない。


「お前らは大事な人質だ。だがエリカお嬢様以外は正直どうでもいい。そのことを覚えておけ」


 それは、エリカ以外なら躊躇なく殺せるという容赦のない言葉。

 だが、賊に屈するのはキッカの、フロスファミリアのプライドが許さなかった。


「諦めろ。助けは来ない」

「……オウカ様がきっと助けてくれる」

「ふっ……『お爺様』の次は『オウカ様』か」


 バレンは呆れた様子で本に視線を戻すのだった。




「うそ……」

「マリーのことで嘘なんかついてどうする」


 トウカにもそれはわかっている。

 だが、にわかには信じたくなかった。


「かつて魔族について調べていた奴の遺した情報だ。信憑性はある」

「でもそれじゃ、マリーは常に魔力の暴走の危険を抱えて生きていかなくちゃいけないの?」


 ノアが見つけ出した情報は、マリーが最も暴走に近い存在だということを示していた。


「普通にしていれば問題はない。多少の事でも暴走が起きることはない」


 魔力の暴走のきっかけ。

 それはまず、魔力の総量が膨大であること。

 この点だけでならノアなど上級の魔族にも当てはまる。


「我を忘れるほどの感情の高まり……そいつが最大の引き金だ」


 魔族は膨大な魔力を操り、発動した後も強大な威力の魔法をコントロールするため、乱れた思考で戦うことは死に繋がる危険になる。

 そのため感情を抑え、可能な限り冷静であろうとする。

 これは意図して行っていることではなく、自然と魔族世界で生き抜くために身に着けていった処世術に近い。


 だが、マリーは違う。

 人間に近い情動を持ち、人間社会の中で生活している。

 感情の振れ幅も大きい。


「例の腕輪さえあれば大丈夫だろうが、もし外している状態で我を忘れるほど怒ったり、泣いたりすれば暴走する危険性はずっと高まる」

「わかった。できるだけ腕輪は外させないようにする」

「……だが、肝心のマリーがいないってんじゃな」


 アキレアは頭を搔きむしる。

 既にマリーが姿を消したことは伝えてあった。


「ごめん。人間の争いに巻き込んで」

「気分的にはお前をぶん殴りてえが、今はマリーの安否が優先だ。ノアに報告してくる」


 乱暴な口調の中に疲れを感じさせる。

 ほとんど休みなしでここまで来たのだ。


「必ず助け出すから」

「当たり前だ馬鹿。人間の問題は人間で解決しろ」


 彼の性格なら本来はグラキリス屋敷に突撃して暴れ回りたいはずだ。

 だが、これから人間社会で生きていくマリーのためにも事を荒立てる訳にはいかない。

 それが分かっているからこそ彼は己を殺し、ノアの伝言役に徹する。


「……しっかりしろ。今はお前がマリーの親なんだからよ」

「え?」


 アキレアからの励ましの言葉にトウカは驚く。

 聞き間違いかと思ったが、既にアキレアは走り去っていた。




 その日は、朝から静かな日だった。

 昨夜から降り続いた雪も今は止み、青空が広がっていた。


「……?」


 人々が朝食を済ませた頃、グラキリス家の門番が不審な人物が近づいていることに気づいた。

 顔は見えない。俯いたまま一歩一歩雪を踏みしめて屋敷に近づいてくる。


「止まれ」


 屋敷に入ろうとする男を門番は肩を掴んで止める。


「何者だ。ここはグラキリスのお屋敷だぞ」

「……どいてくれないか」


 その声は若かった。

 その服装は騎士団の人間だと言うことが見て取れた。


「いくら騎士団の方でもそれは聞けない。昨日からお屋敷には様々な家の方が泊まられている」

「グーズベリー卿やゲンティウス卿たちかい?」

「……何故それを?」

「――そうか。それは好都合だ」


 男が顔を上げる。

 剣を二振り備えているその人物の顔は王都の誰もが知っている。


「――お前は!?」




「何だ⁉」


 突入の準備を進めていたオウカとカルーナは、城でその音を聞いた。


「どこかで爆発か?」

「おいおい、これ以上面倒ごとを増やすなよ」


 署名をしていたカルーナがぼやく。

 グラキリスの屋敷へ強制捜査をするための各種手続きだった。


「オウカ様!」


 カルミアが血相を変えて飛び込んでくる。


「どうしたカルミア」

「グ、グラキリスの屋敷から火の手が!」

「何だと!?」

「おいおい、爆発はそこかよ!」


 だが、考え様によっては好都合とも言えた。

 爆発ともなれば事態は急を要する。

 煩わしい手続きを省略して現場に駆け付けることができる。


「カルミア、私たちは屋敷へ向かう。後のことは任せた」

「はっ!」

「ちっ……色々と段取りをぶっ壊してくれやがって。どこのどいつだ」


 オウカは剣を、カルーナは槍を携える。


「行くぞ、カルーナ!」

「おう!」


 治安維持部隊を引き連れ、二人はグラキリスの屋敷へと向かうのだった。

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