第18話 守護の誓い
「わあっ!?」
突如響いた轟音と揺れに、ベッドの上で遊んでいたマリーは驚きのあまり転がり落ちる。
高い場所にあった調度品は転がり落ち、床に落ちては砕け散って行く。
「何、なんなの!?」
家具も次々と倒れ、その倒れる音に身を
「誰かーっ! アキレア、ノアーっ!」
だが、そこにはマリー以外は誰も居なかった。
いつもならこんなことがあれば誰かがすぐに飛んで来るのだが、いくら叫んでもマリーの安否を気遣う声も聞こえてこない。
「おとうさん……おかあさん……」
涙ぐむ声も轟音にかき消されてゆく。
一体何が起きているのか。幼いマリーには何もわからないままだった。
ただ真っ白に塗り潰された視界の中で飛ばされないように身を伏せ、頭を抱えて飛来する瓦礫から身を守る。
何も見えない。何も聞こえない。ただ一つトウカがわかるのは隣のオウカが自分の手を取っている事。決して離さないように、力の限り握り締めていた。
そしてどのくらい経ったのか。やがて轟音が収まり、トウカは目を開けた。
「大丈夫か、トウカ」
「う、うん……」
髪に被った砂礫を払いながらオウカは体を起こす。
爆風で燭台の火も消え、薄暗くなった玉座の間では何も見えない。
「……オウカ様、ご無事でしたか」
「カルミアも無事か。他の二人は?」
「……何とか」
「……生きています」
声を頼りにその安否を確認し合う。
幸いにも誰もが軽傷で済んでいたようだった。
「おや、生きていたのですか」
再び灯りが点る。その手には再度魔力を集めた火球があった。
「なっ……!」
そして、ノアによって照らされたその光景を見て、誰もが絶句する。
玉座の間の天井に巨大な穴が
「一体何を……」
「こういう事ですよ」
ノアが火球を部屋の支柱へ叩きつける。
爆発で抉られた柱は重さを支えきれなくなり、崩壊して行く。
「まさか、貴様!」
その意図を察し、顔色を変えたカルミアを見てノアは冷酷な笑みを浮かべた。
「この地下神殿には、まだ多数の人間がいますからね……」
支柱を失った部屋が揺れ始める。
「まとめて消して差し上げようと思ったのですよ……神殿ごとね!」
「し、神殿ごとだと!?」
天井の穴から亀裂が広がり、土砂や岩石が降り注いでくる。
それに伴って、激しい地鳴りと揺れが襲う。
「まずい、崩れるぞ!?」
「ハハハハ! これで、あなた方は永久に魔王様の下へは行けない!」
トウカはようやくノアの意図に気付いた。
既にトウカと、魔王の側近であるノアが明言していることでカルミアたちは魔王がトウカたちに討ち取られたと思い込んでいる。
そして、この神殿が崩壊してしまえば全ては地の底。その真偽を確かめる方法は無くなる。
魔王の死が確認できないと言う不自然と、マリーの存在を気づかれないままにする事を同時に解決すること。その為に全てを地中深くへ葬る事こそがノアたちによる選択だった。
「魔王様は私が守ります。そう、死した後であっても!」
崩壊しつつある玉座の間で狂ったように笑うノアは、カルミアたちから見て異様な光景に見えた。
「おのれ……」
「皆引くぞ、魔王の首は諦めろ!」
オウカが叫ぶ。
部隊長と言う立場から、混乱する状況の中で指示を飛ばす。
「奴らはこの神殿ごと私たちを道連れにする気だ。このままでは全員巻き込まれる」
「し、しかしオウカ様」
「我々は何としても魔王が滅んだと言う情報を地上へ伝えなければならない。それができるのは私たちだけなんだぞ。生きて帰ることこそ本当の勝利だ!」
「は、はい!」
「逃がすと思いますか!」
ノアが再び魔法を放つ。だが、その矛先はトウカたちを逸れ、壁や天井、柱などを無差別に破壊し始める。
「死ね、全て死んでしまえ!」
「く……狂ったか」
ノアの魔法の余波で瓦礫が舞う。部屋の崩壊は加速していき、このまま留まることは危険を意味していた。
「お伴致します魔王様! 全ての人間を道連れにして、その魂を引き連れて貴方の下へ参りましょう!」
天井が崩れ、ノアの上に降り注いでゆく。
おびただしく降る瓦礫の中で、彼は笑いながら姿を消していった。
「今だ、退くぞお前たち!」
オウカの号令にカルミアたちは立ち上がる。
「オウカ様、肩をお貸しします」
「すまない……さあ行くぞ、トウカ」
「……」
トウカは立ち上がる。だがその眼は崩壊して埋まりつつある部屋の奥の通路を見据えていた。
その脳裏にマリーの笑顔が浮かぶ。たった一人でこの混乱の中どうしているのか。
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなる。
「……カルミアさん。姉をお願いします」
「トウカ?」
今ならカルミアたちと共に脱出することはできるだろう。
もしかしたらノアかアキレアが何とかする手筈なのかもしれない。
だが、彼女はもう決めていた。マリーを育てる。それは、マリーを守っていくこと。
その誓いをここで破るわけにいかない。
「術式展開――――『加速』」
そして、トウカは魔力を解き放つ。
展開された術式は脚部へ魔力を集わせ、その機能を向上させる。
「トウカさん、何を!?」
「トウカ、お前まさか!」
「奥に……女の子がまだいるんです!」
残りの魔力から考えても魔術を使える回数はあと一回。そして、術式を展開していられる時間はほとんどない。行ったきり戻ってくることはできない。それを越えれば魔力切れで動けなくなる。
でも、行かなくちゃいけない。
――
「トウカ!」
「オウカ様、いけません!」
飛び出したトウカを思わず追いかけようとするが、オウカも戦いのダメージが抜けておらず、体の自由が利かない。
カルミアに押し留められ、オウカは下がるしかなかった。
トウカは通路までたどり着くと同時に術式を解除し、勢いのまま転がるように前に倒れ込む。
何とか魔力切れだけは起こさず済んだ。だがこれ以上はもう魔術は使えない。
「トウカーっ!」
崩れて行く部屋からオウカの叫びが聞こえる。だがすぐに崩壊の音にかき消され、オウカの声も聞こえなくなった。もう、後戻りはできない。
「ごめん、オウカ……」
体力も魔力ももうほとんど残っていない。足も無理をしたせいで傷口が開いていた。激痛が止まらない。
気力で体を奮い立たせ、足を引きずるようにしてトウカはマリーの下へと歩き出した。
「気は済んだか?」
「御協力、感謝します」
「……マリーの為だからな」
打ち合わせ通りだ。アキレアは爆発のどさくさに紛れて身を隠し、降り注ぐ瓦礫の中から間一髪で私を助け出していた。
しかし、演技など性に合わない彼がよく付き合ってくれたものだ。
「少々、演出が過ぎましたか?」」
「そうだな。こっちも手加減が大変だったぜ」
私が本気で戦っていないことはトウカさんの姉――オウカと言いましたか――の方も気づいていた。だからこそトウカさんが手を出すことを制していた。
実際、私とアキレアが本気で戦っていればものの数秒であの騎士たちは消し炭になっていただろう。
だが、彼らにはあの姉妹の功績を地上に伝えてもらう証人になってもらわなくてはならない。魔王様が彼女らに倒されたという事を。だから迂闊に殺すわけにはいかない。
「しかし、これでこの神殿も終わりだな」
「ええ……あとは、あの二人に託されました」
しかし、双子の割には随分と印象の違う姉妹だと思った。
突然、思惑に巻き込んだとはいえ、妹の方は本気で戸惑い、姉の方はすぐに意図を看破していた。
よく言えば純粋と言えるのだろう。その姿はどこかマリー様に近い。だからこそ私たちはあの子を託そうと思えたのかもしれない。
「あいつら、まともに子育てなんてできるのかねえ?」
「それを言えば我々なんてさらに問題でしょう」
昔から魔王様の下で戦う事しか知らなかった私たちがマリー様を育てていけるとは到底思えない。せいぜい魔法の使い方を手ほどきできる程度だ。
「信用するしかありません。マリー様の幸せが第一です」
「……変わったな、お前」
人間を信用する。そんな言葉が口から出たことを指摘され、驚きを覚える。
以前は人間など魔法も使えず、まがい物の技術に頼らざるを得ない劣等種だと考えていた。だが、ここ数年私の意識に変化が見えてきた。
人間たちは強い団結を誇る。圧倒的な力を持たない代わりにお互いの弱さを補い、強くなってゆく。そのような関係は生来強大な力を持ち、その力で思うがままに振る舞う利己主義者の多い魔族の中では作れないだろう。
事実、この魔王軍も軍という体裁は整っているが魔王様の力で従わされた者の方が多い。あの方が亡くなられた後の崩壊ぶりがそれを物語る。
だが、マリー様を守ろうと残った者たちはとても心強かった。軍としてかつての勢いは見る影もなかったが、あの方のために皆命を懸け、死力を尽くして戦う姿は、かつての魔王軍よりも強固な防衛体制であったように感じる。
利己主義者だらけの魔族が「誰かを守る」と心の底から思い、団結する。それは、あのお方の純粋さに感化された為なのだろうか。
魔族にも人にも、守ってあげたいと思わせるあのお方は不思議な方だ。だからこそ生きていただきたい。
「では、後は手筈通りに」
「ああ。死ぬんじゃねえぞ」
「ここまで来て死ぬ気はありませんよ」
玉座の間が崩壊していく。
私は部屋を出る前に、主不在で佇む玉座に向けて黙礼する。
誰にも教えていなかったが、実はあの下に我が主君とその奥方様は眠っているのだ。
「マリー様は必ずや、お守り致します。静かにお眠りください」
この戦争が終われば人間と魔族の勢力図が大きく書き換わる。我々魔族が世界を支配することは難しくなるだろう。そんな世界で私たちがマリー様を連れて逃げ延びても辛い生活を強いるだけだ。
私の使命はどんな手段を用いてもマリー様を守り、そして幸せにすること。魔王様には怒られるかもしれないが、これが最適の選択であると私は確信している。
あのトウカと言う方は命を懸けてマリー様を守るため戦った。そして、その姉も力を貸してくれると約束した。私はあの二人を信じた。あの二人が守ってくれる限り、マリー様を輝かしい未来へと導いてくれるはずだ。
ならば私も魔王様の忠臣として、魔王様に託された御子を守るため、身命を賭してここに誓おう。
「ならば私は影となって、マリー様をお守りしましょう――」
それこそが、魔王様ご夫妻へ報いることであり、散って行った同胞たちへの何よりの弔いになるのだから。
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