第2話 魔術と剣技

「待たせたな国民たちよ。これより、武術大会決勝戦を執り行う!」


 若き国王の宣言により、会場に集った民衆の興奮は最高潮に達する。

 王国中から集った強者達がしのぎを削り、魔術と武術を駆使してここまで激戦が繰り広げられた。

 ある者は家の名誉をかけて。またある者は身を立てるため。

 あるいは、王国内における自分たちの存在を示すため。

 その目的は様々だったが、国に名だたる強者たちが集いその技術を披露するこの機会は国民たちを熱狂の渦に巻き込んだ。


「皆も知ってのとおり、我が騎士団の働きによって先日魔王の根拠地が判明した。我がアルテミシア王国は魔王討伐の決戦の準備を進めている」


 人々が王の言葉を静かに聞く。

 これまで魔王の恐怖に怯える日々を過ごしていた人々にとっては、感慨深いものがあった。


「そして魔王討伐の為。王国最強の騎士を選抜する戦いがこれである。ここに集ったのはいずれもその力を示し、勝ち上がって来た強者だ」


 王が右手を舞台の脇へ向ける。

 舞台袖には既に二人の人物が佇み、名を告げられるのを待っていた。


「まずはその内の一人、オウカ=フロスファミリア。前へ」


 女騎士の名が呼ばれ、観客から大歓声が上がる。

 国民の最大の注目は彼女、オウカ=フロスファミリアだった。

 女性として史上初めて王国騎士団の部隊の一つ、戦において主力部隊を担う王国騎士団の第二部隊の長に就任した彼女は、その若さと実力から国民人気も高い。

 これまでも魔物の討伐や数多くの任務で手柄を立て、史上初めて女性の騎士団長あるいは近衛騎士が誕生するのも時間の問題だと噂されるほどの人物だった。


「続いて、カガチ=サイサリス。前へ」


 次に名を告げられた騎士が舞台へあがる。こちらも大歓声が上がった。

 騎士の家とは言え低い家格であった彼だが才能に恵まれ、その実力で身を立てたことから、庶民たちからの憧れの的でもあった。


「さすが違うねえ。凄い人気だ」


 カガチは、舞台に佇むオウカに声をかける。

 笑顔で友好を見せてはいるが、その言葉には若干棘が含まれていた。


「やはり、名家の名前は伊達じゃないかな?」


 歓声でカガチの言葉は民衆には届かない。

 傍から見れば戦いを前に善戦を誓い合う騎士の会話だ。

 そしてオウカも、涼しい顔で言葉を返す。


「フッ……フロスファミリアも戦いで今の立場を築き上げた家だ。お前と変わらんよ」


 オウカは国民に応えるように手を上げる。

 その黒く長い髪をかき上げる仕草一つをとっても人々の目を引き、声援が上がるほどだった。


「故にこの声援は私の実力によるものだ。私に勝てばお前も同じものを味わえるさ」

「チッ、ご忠告どうも」


 苦い顔でカガチはオウカに背を向ける。


「俺はあんたらみたいないい御身分の騎士様が大嫌いでね。おまけに女が男の上に立つなんて吐き気がする」

「民衆の星と言うから少しは期待したが……ただの差別主義者か」


 吐き捨てるように言葉を返し、オウカも踵を返した。


「……さて、どちらが勝つと予想する?」


 特設の貴賓席に居並ぶのは王国の中でも名のある家の当主たち。


「儂は断然、フロスファミリアの娘じゃがな」


 大らかに笑うのはゴッドセフィア家当主。弓の名家として知られる王国最大勢力の一つだ。

 狙撃を主とし、白兵戦に向いていないためかこの武術大会には家の者は不参加だ。

 そのため、もっとも気楽な位置で見ることのできる、ある意味得な立場とも言えた。


「フロスファミリアには聞くまでもなかろう。アスター、お前はどうじゃ?」


 腕を組み、黙したままのフロスファミリア家当主を一瞥し、ゴッドセフィア家当主は王国の大臣、アスター家の当主へと話題を振る。


「私はどちらでも構わん。ただ、勝った方が“王国最強”と言う肩書だけ気に食わんのよ」

「小さいことを、いくら息子が二人続けて騎士団長じゃからって」

「参加していれば、そこに立っているのはうちの息子よ」


 揺るぎ無い自信を持って、アスターの当主はそう断じる。

 史上最年少の騎士団長を輩出した名門の家柄は伊達ではない。


「グラキリスは……おっと、すまんかった」

「構わぬ」


 ばつの悪い顔を浮かべ、ゴッドセフィア家当主は座り直す。

 グラキリス家は諸事情から本家の人間を出場させることができていなかった。


「此度は分家の者しか出なんだが、十余年の後にあの場所に最後に立つのは我が孫よ」


 だが、グラキリスの当主は不遜な態度を崩さない。

 それは王国最古参の名家故の誇りからか。この場にいる者の中でも最長老としての威厳のためか。


「今の内に身の振り方を考えておいた方が良いと思うがな、ゴッドセフィア」

「ははは、その頃には儂は引退よ。そいつはうちの跡取りに言ってくれ」

「はぁ……ったく、居づらい場所だぜ」


 居並ぶ重鎮の横で、最も若い当主が溜息をつく。

 こうやって催しのたびに貴賓席で火花を散らし合う中にいるのは何とも居心地が悪かった。


「……王の御前だ。各々方、その辺にされよ」


 そんな様子を見かねたフロスファミリア家当主――オウカの父は口を開く。

 今は魔王討伐と言う大きな目標のために仮にも手を結んでいる状態だ。いつまでも権力争いを演じているわけにはいかない。


「卿の言うとおりじゃな。では、大人しくフロスファミリアが頂点を取るところを見せて貰うかの」


 その発言に、空気が凍りつくような感覚を皆は抱いた。

 言動がいちいち面倒なところを突いているため、もっとも引っ掻き回しているのがゴッドセフィアの当主だ。

 自覚があるのか、悪気はないのか。どちらにしろ彼は、この場にいる誰もが好感を持てるような人柄とは言い難い。


 この武術大会では主要な家の中ではフロスファミリアしか出場していない。だから家同士の遺恨はないのが幸いと言うべきか。その分、他家にも立身の機会が与えられていると見るべきか。さまざまな思惑の中で、決勝戦の火ぶたは切って落とされようとしていた。


 開始位置へ移動し、オウカとカガチの二人は対峙する。

 オウカは剣を抜き構える。彼女が用いるのは体術と速度を生かした剣技。

 対してカガチは身の丈ほどもある大剣を抜き放つ。その大きさから威力はもちろんだが、見た目からは想像もつかない程の速度で攻撃を仕掛けるのは彼の方も同様だった。


「先に言っておこう。全力でかかって来い」

「何だと?」


 挑発するような言葉に、カガチの眉が吊り上がる。


「フッ……それでも勝てるかわからんがな」

「いちいち癪に障る女だ」


 戦いの始まりを前に観衆が息をのみ、緊張感と静寂が舞台を包む。


「始め!」


 静寂を裂くように国王が号令をかけた。

 その声と共に二人は地を蹴る。


「おおおお!」


 力に重量を加えた攻撃がオウカに迫る。

 しかし、その剛剣を舞うような動きでオウカが捌く。

 大剣は舞台へ叩きつけられ、石の床板にめり込む。


「うおおおお!」

「フッ……」


 大剣を持ち上げざま、今度は横薙ぎに振るわれる。

 オウカは迫る刃を自らの剣で受け止め、そのまま受け流す。

 勢いを流されカガチの体勢が崩れるが、しかし彼女は生じた隙を突かず距離をとった。


「まだ始まったばかりだ。そう急くな」

「黙れ!」


 広範囲をまとめて薙ぎ倒すことのできる大剣。

 本来ならばその重量から隙が生じやすい。

 だがカガチはその武器を棒切れの様に軽々と振り回す。


「なかなかの剛腕だ。だが、当たらねば意味はないぞ?」

「ええい、ちょこまかと!」


 当たりさえすればさすがのオウカも危うい。

 だが戦闘開始からしばらく経過しても、一度もその刃が彼女に触れる気配がない。

 最初は攻撃が当たりそうになる度にひやひやしていた観客も、全ての攻撃を捌き回避するオウカの技量に魅せられ、次第に歓声が上がり始めていた。


「チョロチョロと逃げ回るとは、この臆病者め!」


 攻撃が当たらないことに焦れ始めたカガチは戦法を変え、大剣で突く様に突進する。


「――では、こちらからも行こう」


 オウカも動きを変えた。

 舞う様な動きから突如、弾かれた様に前へ突進する。

 二人がすれ違い、鈍い音が響いた。


「かはっ……」


 膝をついたのはカガチの方だった

 オウカはすれ違いざまに相手の勢いを利用して一撃を叩き込んでいた。

 鎧に守られたもののその威力はかなりのもので、攻撃を受けた甲冑に亀裂が走っていた。


「どうした、まだ一撃だぞ?」

「おのれ……」


 落胆したような溜め声がオウカから漏れる。


「言っただろう、全力で来いと」


 カガチは剣を支えに立ち上がり、悔しそうな顔を見せる。


「一方的な展開ではせっかく集まってくれた観客にも悪い。早く全力を出せ」


 オウカの言う“全力”とはつまり、剣技に加えて魔術を行使しろとの意味だ。

 人類と魔族との戦いにおいて、魔族側にアドバンテージがあったのは“魔力”と呼ばれる力を自在に行使し、超常を操る力を持っていたからだった。

 そして、人類側の反撃が開始された理由もこの魔力にあった。

 戦争が始まってから数十年が経過した頃、それを人間も保有していることが確認されたのだ。

 魔族ほど豊富な量ではなかったものの、人類はこれを活用するために工夫を凝らし、実用化に成功したのだ。

 それこそが「魔術」。自在に魔力を操る魔族の「魔法」と違い、その方向性を限定することで少ない魔力を効果的に活用する術式によって運用される技法。

 騎士たちは鍛え上げられた技と、魔術を組み合わせることによって強大な戦闘力を得、この武術大会でも多くの騎士がそれを用いていた。

 鍛え上げられた体術と武術、そして各人や家が独自に磨き上げた魔術が駆使され常人を越えたその動きや技に人々は熱狂したのだった。


「……そこまで言うなら見せてやる」


 カガチが大剣を構える。


「術式展開――――『千刃』!」


 魔術が展開し、カガチの魔力が大剣に注がれていく。

 魔術には用途に応じて二系統存在する。身体に作用するものと物質に作用するものだ。

 カガチの魔術は物質作用に傾倒したものだった。


「食らえ!」


 そして、カガチはオウカに跳びかかると上段に構えた大剣を振るう。

 見た所、先程と変わらない一撃。だが次の瞬間、大剣が先端から分裂し扇状に広がった。


「術式展開――――『加速』」


 迫る複数の刃。振り下ろされた剛剣が舞台の床を抉り土煙が上がる。

 広範囲にまとめて行われた攻撃、その範囲は通常ならば逃げ場のないものだった。

 興奮から一転、最悪の事態を思わせる展開に観客は背筋が凍り付き、悲鳴が上がった。


「ふん……女のくせに舐めた真似をするからだ」

「――どこを狙っている?」

「なっ!?」


 土煙が晴れる。

 驚きの表情を浮かべるカガチの後ろにオウカは立っていた。

 オウカの健在に観客たちは大きな歓声を上げた。


「い、いつの間に……」

「攻撃範囲を広げた程度で私をとらえることなどできはしないさ」


 オウカの使った術式は『加速』と呼ばれるものだった。

 これはフロスファミリア家が独自に開発した秘術の一つで、脚部に魔力を集中し、爆発的な加速力を得る術式だ。

 その敏捷性は通常の数倍となり、生半可な攻撃でとらえられるものではなかった。

 フロスファミリア家はこの術式を基盤とし、卓越した体術との組み合わせでの一騎打ちに特化して発展してきた一族だった。

 相手を翻弄し生じた隙に致命打を叩き込む戦法故に、この程度の攻撃でとらえられることはない。


「『女のくせに』と言ったが……これが、その女の実力だ。理解したか?」

「く……」


 カガチはその実力差に愕然とする。息が上がる彼に対しオウカは息一つ乱れていない。

 彼女はここまで勝ち上がる中でも、この様に圧倒的な実力差を見せつけることによって相手の戦意を喪失させていた。

 本来、戦いには不向きな腰まである彼女の長い髪も、戦いにおいて相手に触れられないという自信の表れでもあった。事実、この武術大会において、彼女はここまで一切の攻撃を受けていない。

 同じ決勝まで勝ち上がってきた者同士の戦いではあっても、二人の間に絶望的な実力差が存在していた。


「正直残念だよ。この程度だったとは」


 オウカに気圧され、相手は後ろに下がる。

 開始時の威勢はどこへ行ったのか。その落差に思わずオウカの口元に笑みが零れた。


「これ以上魔術を使うつもりもない。これで終わりにしよう」


 オウカが構える。その眼からは既に相手への興味は失われている。

 地を蹴り、カガチへ向けて突進する。


「――、危ないっ!」

「何っ!?」


 突如、観客席からかけられた言葉でオウカは警戒心を取り戻す。

 そして、カガチの剣先が地面に突き刺さったままだという事に気づいた。


「……かかったな」


 カガチの口角が上がる。

 オウカは本能的に危機を察知し、身を翻す。


土竜発破どりゅうはっぱ!」


 オウカの足元に亀裂が入る。

 次の瞬間床板を突き破り、蛇の様に伸びた刃が空中を蛇行しながらオウカに迫った。


「くっ!」


 オウカの腕をかすめる。反応が早かったお陰で深手には至らなかった。

 あと一瞬、気付くのが遅れていれば最低でも腕が、最悪で体が貫かれていたに違いない。


「チッ……外したか」


 蛇のように伸びた剣が再び地中へ戻ってゆく。

 だが初めてオウカに手傷を負わせ、顔色を変えさせたことにカガチは充足感を得ていた。


「……」


 オウカは右腕につけられた傷を見ていた。

 深手ではないが、傷口からわずかに血が滴り落ちていた。


「どうした、その程度の傷でもう戦う気力を無くしたのか。お嬢様」


 オウカが手傷を負わされたことに一瞬動揺していたが、舞台の周囲を囲む騎士たちが一斉に我に返り、カガチへと非難を浴びせる。


「カガチ! 先程といい今の攻撃といい、貴様のそれは明らかに規則に抵触しているぞ!」

「この武術大会では、そこまでの攻撃は禁じられている!」


 カガチが舌打ちする。この武術大会では相手を降参させるか戦闘不能にすれば勝利だ。

 だがただの殺し合いに発展しないよう、その中でもルールが存在する。

 魔王討伐戦を控えたこの大事な時期、過剰な怪我を負わせるようなこと、ましてや相手を殺害するような行動は許されない。

 無論、結果的に不幸な事故は起こり得るものだが明らかにカガチの魔術は殺傷力が高いものだった。


「……追い詰められて、つい本性が出たみたいだな」

「ちっ……」

「そこを動くなカガチ=サイサリス。貴様を拘束する」

「いや、下がっていろお前たち」

「オウカ様?」


 オウカが舞台に上がろうとする騎士たちに手を上げて制する。


「対戦相手は私だ。私が罰を下そう」

「し……しかし」


 騎士たちはその先の言葉を発することができなかった。

 オウカの視線は、彼らがこれまでに見たことのないほど冷たいものだったからだ。

 騎士たちが黙り込んだのを肯定ととらえ、オウカがカガチに向き直る。


「正直侮っていたよ。複合術式まで使えるとは思っていなかった」


 魔術には二通りの使い方があった。

 一つの術式を用いる「単独術式」と二つの術式を同時展開する「複合術式」だ。

 そして複合術式にも二つの術式を併用する方法と、組み合わせて相乗効果を起こすものがある。

 ある程度の魔力と運用のための力があれば前者は誰もが可能だが、後者は術式の複雑な改変と展開が求められるため、難易度が高く使用者は限られる。

 だが、それを使用するものは奥義と言えるほどの強力な技を持っていた。


「――だが、その代償は高くつくぞ、貴様」


 オウカが纏う雰囲気が変わったのをカガチは感じていた。明らかに先程までとは違う。

 王国騎士として、人々の憧れの的として立っていた美しい騎士は消え失せ、冷たい殺気を纏う一人の戦士がそこにいた。


「……右腕に傷を負わせたのは失敗だったな」

「な、何だ……?」


 オウカはゆっくりと歩を進め始めた。

 距離が近づくにつれ、カガチの感じる殺気も濃くなっていく。


「お前は、私の一番忌まわしい記憶に触れた」


 右腕に付けられた傷の近く、微かに残る傷痕。

 彼女にとって最も触れてはならない負の記憶。逆鱗にカガチは触れてしまっていたのだ。


「よ、寄るな……近づくんじゃない!」

「――その血をもって償うがいい」

「う、うわああああ!」


 オウカの殺気に満ちた眼に言い知れない恐怖を感じたカガチは、恐慌状態で再び剣を地に突き立てた。


「術式展開――――『千刃』『伸縮』!」

「よせ、カガチ!」


 騎士たちの静止の言葉も聞かず、再びカガチが術式を展開する。

 刀身は伸び、地中を貫き進みながらオウカに向かう。


「貫け、土竜発破どりゅうはっぱ!」


 オウカの前後左右の床に亀裂が入る。


「四方から同時に攻撃されて避けられる奴はいない。もらった!」

「オウカ様!」


 地中から飛び出した四本の刃がオウカ目掛けて迫って来る。

 明らかな殺害の意図を持った攻撃に、観衆も異常な事態を感じ取る。


「……言ったはずだ。攻撃範囲を広げた程度でとらえることなどできないと」


 だが、オウカは佇んだまま回避する素振りも見せない。

 四方からオウカの全身に刃が突き立てられる。

 観客から悲鳴があがった。

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