第3話 王国最強の騎士
客席からあがった悲鳴に、そして、目の前の光景にカガチは思わず笑いが漏れていた。
「……は、ははは……あはははは!」
四方から伸びた刃に全身を串刺しにされ、俯いたまま動かないオウカ。
当然規則を破っている。だが、それよりも名門の騎士を倒したという歓喜の方が強かった。
「勝った、フロスファミリアに俺は勝ったんだ!」
本性を隠すのも忘れ、哄笑するカガチ。
観客も、周りで見守っていた騎士たちも蒼白の表情でその光景を見ていた。
そして、静まり返った舞台に凛とした声が通った。
「――言ったはずだ。とらえることなどできないと」
オウカの声が聞こえる。そして、カガチも異変に気付いた――貫かれているはずのオウカの体から一切の血は流れていないことに。
「馬鹿な……っ!?」
オウカの姿が薄れて行く。
人間が徐々に消えて行くというありえない光景に、誰もが目を疑う。
「どこを見ている」
「っ!?」
カガチの横から声がかかる。
驚いて振り向いたそこには、オウカが無傷で立っていた。
「なるほど。貴様の大剣はその術式を生かすためのものか。確かにその質量なら細く伸ばせば遠くまで届くな」
「貴様、一体何をした!?」
カガチが再び剣に魔力を注ぐと、オウカの背後から剣の先端が飛び出す。
「無駄だ」
後方から伸びて迫る剣がオウカを貫く。だが、平然と彼女は佇んでいた。
そしてカガチの方も違和感を覚える――先程も感じていたことだが、武器が当たったというのに手ごたえがないのだ。
「ざ、残像か!?」
騎士の家はそれぞれ独自の魔術の研究を行っている。その中には門外不出の秘術も存在する。
高速移動を行う『加速』を操るフロスファミリア家ならば、それに類する術式も十分に考えられた。
「さて、どうだろうな?」
「ひっ!?」
カガチの後ろから肩に手が置かれる。
つい今しがたまで目の前にいたオウカは消えていた。
「どうした。まるで幽霊でも見たような顔だな?」
「ば、化け物め!」
振り払うように腕を振るうが、オウカの姿はまたしても掻き消えた。
次々と現れては消えるオウカに、観客も騎士たちも狐につままれたような顔をしていた。
「女性に対して化け物とは……礼儀がなっていない奴だ」
再びオウカが後ろに現れ、カガチは怯えるように距離を取る。
明らかに高速移動の類ではない。その移動には足音も立てず、気配すら感じさせていないのだ。
「い、一体どうなってるんだ!?」
「――とくと、その目で見るがいい」
その言葉を告げた瞬間、カガチは信じられないものを見る。
一歩一歩近づいてくるオウカの輪郭が陽炎のように揺らぐ。
揺らぎは大きくなり、次第に彼女から離れると複数の像を形作っていく。
「そ、そんな……」
「貴様には過大な演出だが、せっかくの初のお披露目。四人の大盤振る舞いだ」
カガチが愕然とする。
目の前には、寸分違わぬ姿で四人のオウカが立ち並んでいた。
「げ、幻術か!」
「フッ……貴様に答える義務はない」
混乱しているカガチ目掛けて四人のオウカが駆ける。
一人また一人と彼に迫り、その剣を振るって来る。
カガチはそれらを受け止めようと大剣を構えるが、振り下ろされた剣は自らの剛剣と体をすり抜ける。
「こっちだ」
「がっ!?」
脇に回り込んだ一人の蹴りがカガチの脇腹を打つ。
息が詰まる苦しさに悶絶しながらなんとか距離を取ろうと走る。
「どこへ行く気だ?」
だが、そこにもオウカが回り込んでいた。
絶望にカガチの表情が歪む。
「た、助けてくれ!」
へたり込み、恐怖に
だが、四人のオウカはカガチを取り囲むように歩を進めてくる。
「お前も騎士なら覚悟を決めろ」
「そうだ、見苦しいぞ」
「騎士の誇りはないのか」
「ああ、そもそも感情のコントロールもできない未熟な奴だったか」
次々とオウカたちが言葉を発する。
映像による分身ならば、一体だけしか言葉を発することはできないはず。その事実が更に彼を混乱させた。
「た、助けて……助けて……」
醜態を晒しながらカガチは逃げる。オウカは呆れてものも言えない。
だが距離を取った途端、彼のその顔つきが変わる。
「わからないなら……まとめて潰れてしまえ!」
後ろ手に握っていた大剣に魔力を注ぐ。
再び地中に伸びた刃はさらに細かく分裂し、針の様になって地中から彼を取り囲むように一斉に地面に生え出た。
取り囲んでいた全てのオウカがそれに巻き込まれる。
全身を貫かれ、動きを止めた分身たち――しかし、それらが一斉に消えた。
「なっ!?」
「上だ!」
観客の声で見上げる。
いつの間にか、カガチの頭上遥か高くにオウカが跳んでいた。
「つくづく救えない奴だ」
空中でオウカの姿が揺らぐ。再び四人に分裂した彼女たちがカガチの四方に降り立つ。
「『四方から同時に攻撃されて避けられる奴はいない』だったな」
「う、うわああああ!?」
分裂した刃を戻す時間がない。
無防備なカガチ目掛けて容赦なく、四人のオウカは四方からその剣を薙ぐ。
「――舞い散れ」
そして彼女は、
「
その技の名は斬撃と共に相手に届く。
舞い散る花の様に流麗に剣を振り抜いたオウカたちは、再び一つに戻って行く。
「あ……が……」」
「いい医者を紹介してやる。討伐戦は病室で寝ていろ」
剣を収めると同時にカガチは地面に倒れた。
その鮮烈な戦いと結末に、人々の中から次第に歓声が上がる。
そして、やがてそれはオウカの名を呼ぶ大歓声に変わり闘技場を包み込んだ。
「オウカ様!」
「我らの英雄の誕生だ!」
「魔王を倒し、世界に光を!」
オウカは声援に応え、拳を突き上げた。全ての者が新たな英雄と、未来への希望に誰もが歓声を上げる。
女だからと異論を唱える者はいない。オウカ=フロスファミリアこそが、この国の騎士たちの頂点に実力で立った瞬間だった。
「優勝おめでとうございます。オウカ様」
大歓声を背に受けて舞台から退いたオウカに労いの言葉がかけられる。
「カルミアか」
オウカが率いている第二部隊の副官、カルミアだった。
その表情には喜びと、若干の安堵が見えた。
「一時はどうなることかと思いました」
「フッ……今日まで秘密にしていたからな」
「魔王討伐の切り札ですね」
「ああ。一足先に披露することになってしまったがな」
オウカは自分の体調を確かめる。
実戦で用いるのは初めてだったが、十分に使えることはわかった。
残るは魔力の消費の問題だけだ。魔力が枯渇すればしばらく動けなくなる恐れがあるが、何度か分身を出したり消したりして、“もう一つの術式”も組み合わせてみた感じから、一戦だけなら多少長引いても大丈夫だということはわかった。
魔王との対決では十分に使える。それが彼女の結論だった。
「討伐戦では我々が全力でお守りします。王国に敵なしのオウカ様ならば、きっと魔王討伐を成し遂げられると思います」
「敵なし……か」
オウカはカガチに付けられた腕の傷を見る。
あの時、もしも客席から声がかけられなかったら反応が遅れ、取り返しのつかないケガを負っていた可能性があった。
オウカはその瞬間まで気づいていなかった。つまり、声をかけた誰かだけがカガチの切り札を見抜いていたのだ。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
王国最強の称号を手にしたオウカ以上に、戦闘の危機察知に優れた人物などいるというのだろうか。
もしいるとするならば、その実力は彼女の座を脅かすほどの可能性がある。
あの時、客席から聞こえた言葉が脳裏に蘇る。
――オウカ、危ない!
「まさか……」
オウカは無意識に拳を握り締めていた。
武術大会が終わって数日後、王都郊外に立つ一軒家に一人の騎士が訪れていた。彼は王国騎士団からの命令を受け、ある人物に命令書を渡すために派遣された者だった。
「これを……私にですか?」
家にいたのはルルディ=ファミーユという名前で作家を営んでいる黒髪をポニーテールに結った女性だった。
王家の印章が記された封筒を受けとり、戸惑うようにそれを見ていた。
「ああ、魔王討伐の戦が近いのは聞いているだろう。君もその一員として召集がかかったのだ」
「……どうしても、行かなくちゃいけませんか?」
「連絡が遅れたのは謝罪する。だが、今回は主要な家の者は皆召集をかけることになっている」
ルルディは召集令状を手に俯く。
本来ならば作家の彼女が戦いに参加する理由はない。
だが、彼女自身に参加する理由が無くても“彼女の家”にはその理由がある。
彼女の生まれは騎士の家。それも、このアルテミシア王国では知らぬ者がいない名家の一つなのだから。
「まさか名前を変えているとはこちらも思わなかったのだ。情報が入ってようやく君を見つけ出したんだ」
「別に、変えていたわけじゃ……」
気まずさでルルディは目を逸らす。
本来ならば誇るべきその家名を彼女は敢えて名乗らない。
家を捨て、民間人として生活している彼女にはその名はとても重いものに感じていたからだ。
「ともかくこれで命令は伝えた。三日以内に城へ出頭するように」
その家に生まれれば男女問わず剣の訓練を受ける。そして、国難にはその力を持って奉仕することが家の方針だった。彼女自身もかつては家で戦闘訓練を受け、魔術も修めた身だ。
ここで召集に応じなければ王への不敬、そして家名にも傷がつく。家を出た身ではあっても、自分一人の我儘で家に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
「オウカ様の妹君よ、名家フロスファミリアの名に恥じない働きを期待している」
姉の名前に、そして自分がその妹と言われることに胸が締め付けられるほどの痛みを覚える。
ルルディ=ファミーユは作家として活動するための名前。だが戦いに出る以上、最早その名で通すことはできない。
「……わかりました。トウカ=フロスファミリア、召集に応じます」
“トウカ=フロスファミリア”
それが、彼女が隠していた本当の名。
王国最強の騎士、オウカ=フロスファミリアの双子の妹。
七年前に家を出て以来、決して交わることのなかった二人が再びまみえる時が来たのだった。
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