第2章 出会い~トウカとマリー~
第5話 突入、地下神殿
オウカ率いる騎士団の第二部隊は地下神殿から離れた荒野に陣を張り、戦闘準備を整えていた。
この戦いに王国の、あるいは人類の未来が懸かっていることを誰もが自覚しているからか皆、言葉も少なく辺りは不気味なほどの静寂に包まれていた。
「オウカ様。やはり敵軍は神殿の周囲に展開しているようです」
斥候から情報を受け取ったカルミアが、オウカの下へ伝える。
「団長は何と?」
「まず神殿周囲の敵排除を行うようですね。中に何が待ち受けているかわからない以上、しっかりと地盤を固めてから突入を仕掛けるみたいです」
「団長らしいな」
だが、確実な勝利を手にするためにも必要な手立てであることはオウカも理解している。
今回の戦いは決して敗北は許されない。それ故の最善策だ。
「予定では今から二刻後に第一部隊と第三部隊が攻撃を仕掛けます。それと同時に探索班を神殿内部に送り込むとのことです」
「……ほう?」
「神殿外周の制圧後では守りを固められる可能性があるためでしょうね」
探索班はその任務の都合上、集団で動けない。
守りが固められればそれだけ警戒が厳しくなるため、諜報活動が困難になる恐れがある。
「敵を殲滅しつつ、陽動も兼ねる。これが作戦です」
「つまり、外の戦闘は派手に行えと言う事か」
「我々は突入のことがありますので、緒戦は参加でませんが……大丈夫でしょうか」
第二部隊は決死隊に任命されている。
本来ならば戦闘で主力を担う部隊なのだが、今回は魔王討伐を優先するため外の戦は不参加だ。
「フッ……特に心配する必要はないさ」
だが、そんな戦力低下を不安視するカルミアに、オウカは答える。
「あっちは団長もいるし、何より……父上がいる」
「先々代騎士団長のグロリオーサ=フロスファミリア様ですか!?」
オウカは頷く。その剛剣でフロスファミリアの隆盛を築いた立役者であり、トウカとオウカの父。オウカが騎士団に入ってからは騎士団長の座を退いていたが、魔王討伐戦に際して彼もまた、召集を受けた一人だった。
「父上ならば指揮官を務めることもできるのだが、一介の兵士として参戦されたいなどと申されてな」
年齢は既に五十を超え全盛期は過ぎていたが、いまだその戦闘力だけでも騎士団内に匹敵する者は少ないと噂されている人物だった。
「父上は強いぞ。本気で戦うあの方には私とて容易に勝てん」
父の強さを評する姿は身内としての贔屓目もあるだろうが、王国最強の称号を手にしたオウカの語るその言葉は、あまりに重い響きを持っているのであった。
オウカたちの部隊よりはるか前方。魔王の根拠地である地下神殿の周囲に広がる荒野に、王国軍は魔王軍と対峙していた。
侵入を阻む様に魔物と、それらを指揮する魔族たちが待ち構え、その先には神殿の入り口たる巨大な門があった。
全ての配置が完了したことが告げられ、騎士団長が決定を下す。
太陽が最も高い位置に昇った頃、遂にその時がやって来た。
「全軍、突入せよ!」
「うおおおお!!」
雄叫びを上げ騎士たちは進撃を開始し、すぐに魔王軍との戦闘が始まる。
弓兵隊が指揮官の号令に合わせ、弓を引き絞る。
放たれた矢が雨となり、魔物たちに降り注ぐ。
陣形が崩れた所へと騎士たちが突撃し、切り崩していく。
「魔族がいるぞ、気を付けろ!」
先頭の部隊から合図が上がる。
数多いる魔物たちの中にそれらを率いる存在、魔族を視界にとらえたのだ。
人の形をした、人とは違う存在。その魔力は人間の比ではなく自在に魔力を行使して全てを破壊する魔法を放つ人類の敵。
「討伐班、前へ!」
魔族が魔力をその手に集中させる。放たれた魔力は属性を帯び、紫電が走り、広域に雷撃を見舞う。
すぐさま騎士たちを守るように巨大な盾が立ち並ぶ。
「術式展開――――『硬化』『付与』」
魔法を防ぐため、兵たちが盾に魔力を注ぎ込む。
硬度、魔法耐性を増加させ、魔法を正面から受け止める。
「うおおおお!」
「踏ん張れ。押し切られるな!」
降り注ぐ魔法から身を守り、軍の盾として立ちはだかる。
攻撃魔法に特化した戦術に偏るため、魔族たちは歳を重ねているほど身体能力は高くない。
人間は魔術によって身体能力を高め、攻撃魔法を耐えるか回避するかして白兵戦に持ち込みさえすれば勝機はある。
「ぐうっ……凄まじい威力だ」
「隙を見せるな。必ず機は訪れる!」
いつ終わるとも知れない激しい魔法攻撃の嵐。
魔力を付与された盾が次々と突破されて行く。
そんな中、一人の人物が飛び出して行く。
「私が道を切り開く。後へ続け!」
「グロリオーサ殿!」
それこそがオウカとトウカの父。そして先々代騎士団長のグロリオーサだった。
集団から飛び出した彼を見た魔族はすぐさま指示を飛ばす。
「魔物たちよ、私を守れ!」
魔族の号令で魔族が続々とグロリオーサの前に立ちはだかる。
だが弓兵部隊が彼を援護し、魔物たちへ次々と矢を浴びせかける。
「術式展開――――『加速』」
グロリオーサが術式を展開し、脚部に魔力が集中する。
その走る速度が加速し、陣形の崩れた魔物たちの間を一気に駆け抜ける。
「おのれ、我らの魔法の紛い物ごときで!」
「――
魔族の胸元へ剣を突き立てる。
爆発的な加速を乗せた一撃に魔族の肉体が爆ぜる。
「ば……か……な」
驚愕の表情を浮かべ、魔族が散る。
「――リ……さ…ま」
言葉にならない何かを呟いて、その首が地へ落ちた。
あまりにも無念さの残る言葉を漏らすが、グロリオーサもそれを聞き取ることはできなかった。
「……?」
「やったぞ……グロリオーサ=フロスファミリア殿が魔族を討ち取られたぞ!」
そしてそれらは王国軍の士気の高まりに消えて行く。
グロリオーサが魔族を討ち取ったことに歓声が上がり、一度は魔族によって止まりかけた勢いも蘇る。
騎士たちは彼の後に続いて進撃を開始し、その勢いは戦場全体に伝播していく。
「勝てる、我々は勝てるぞ!」
魔術と武術を駆使し、騎士たちは次々と魔族と魔物を討ち取ってゆく。
そして、勢いに勝る王国軍はついに魔王軍の一角を崩し、地下神殿へと迫る。
「探索班、突入用意」
部隊長の号令が下る。
王国軍は作戦通り地下神殿へ突入する素振りを見せつつ、魔王軍を引き付けては迎撃する。
魔王軍はそうとは知らず、陣形を乱しながら何としても王国軍の侵入を防ぐため突撃をかける。
激しい乱戦となり混乱する戦場を突破し、探索班は密かに神殿内部へと潜入を開始した。
「……」
その様子をグロリオーサは見ていた。
探索班の中に覚えのある姿を認めるが、声をかけることはできなかった。
父として家を出た娘を案ずる気持はもちろんあったが、当主としてそれを行動に移すことはできない。
ましてや次期当主と目されるオウカと対立し、多くの一族の反感を買っている彼女を擁護するようなことは一族を率いる者として許されない。たとえ彼であっても、フロスファミリア家の元老たちを全て抑え込むことはできない。
だがもし、オウカとトウカの関係が修復されればオウカと力を合わせて――。
「……いつか、そのような日が来るのだろうか」
家で待つ妻は二人の関係にこの七年間心を痛めていた。二人の関係が壊れてしまった原因の一端は、彼らにもある。
いつか、再び家族全員で笑って過ごす日が来て欲しい。だが、そのためにもこの戦いで勝たねばならない。全盛期を過ぎた体を押して戦場へ出たのはその為だ。
もどかしい思いを抱えながらグロリオーサは戦場へ再び身を投じていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます