第2話
「それでどうだった?」
授業が終わってノートをしまっていると、前の席のえりみんちゃんが椅子の向きを変えてわたしに訊ねて来た。
「うん、ちょうど今やってる範囲だけ少し早いだけかな。教科書的にはこれまでのとこは全部前の学校でやったし」
「そう、それならよかった」
わたしはぱらぱらとめくって自分の記憶と比べていく。うん、大丈夫そう。学生生活の方ばっかり気にしてたけど、やっぱり勉強の方も気にしないといけないよね。
「それで七々の方は?」
とわたしとえりみんちゃんは横に目をやる。机の上に筆記用具とかノートはもちろん、教科書だって出ていない中、一つそびえ立つスピーカーから返答があった。
「わたしは余裕ですよ、よゆー。先生に当てられてもあの華麗な返し、ノープロブレムです!」
「それ、わたしが代筆で前に出てったやつじゃん…」
音読とか口頭の質問ならまだしも、黒板に書いて答えろなんて質問、なんで七々ちゃんに当てるかな…。成績つける上で平等にしたかったんだろうけど。しかも先生すらも代筆としてすぐにわたしを当てるし。
「ていうかせっかく教科書もらったのに、七々ちゃん授業中机の上に出してもいなかったよね?一応どういうわけか周りは見えてるんでしょ?」
そう、何度か話したり運んだりしてる内に気がついたけど、七々ちゃんはわたしたちとか周りの様子をまるで目で見ているかのように喋ることがあったのだ。スピーカーでしかないのに。
「大丈夫ですよ、教科書ならデータとしてこの中に入ってますから」
「七々ちゃん、授業受ける必要なくない?」
ていうかテストの時なんてカンニングし放題じゃん。
第二話:ショッピングモール・ゾナーラ
わたしが七々ちゃんの運搬係に内定してから数日経って、わたしの隣の席にも前ほど人だかりはできなくなっていた。
「というか単純に飽きたのよ、みんな」
前の席にえりみんちゃんがなんでもないとばかりに言う。
「でもスピーカーだけのクラスメイトなんてもっと注目されるというか、色々あると思うけど…」
「今の子はね、そういう微妙に変なことはすぐ受けてしまうのよ、わたしたちの時もそうだった」
なんでそう引退した野球選手みたいなこと言ってるんだろう…
「でも、私、気になる」
「ふやぁ!」
教室の外から戻ってきた寧世ちゃんがぬっと現れて、がっと大きな音を立てて七々ちゃんを後ろから押さえ込んだ。一応触られても七々ちゃんはなにかしらの感覚は受けるようで、声をあげて驚く。
「ふむ、やっぱり後ろは、見えてない、っぽい」
「ちょ、ちょっとやめてください!ほんとにもう!」
前に言ってたけど寧世ちゃんには七々ちゃんの中身、つまりはあのスピーカーの中が透視できるらしくて、実際に中を開けてみたいらしい。
「寧世さん、丸裸は、丸裸は勘弁してください!」
丸裸って言ってもスピーカーを開けるだけじゃん。
寧世ちゃんはどこからか取り出したドライバーでスピーカーのネジを外しにかかっていた。抵抗できない七々ちゃんはそのままがされるがまま…
「と思っていたのですか!わたしだってこれまでの経験からちゃんと対策したのです!喰らえ、モスキート音!」
「それ周りにも迷惑かかるやつ!」
とわたしが止める間もなく、空気を揺らして音が拡散。たまらず寧世ちゃんも解体する手を止めるかと思いきや、
「何故です…何故そうも悠々と作業を続けられるんですか!?」
「あれ、耳栓してるわね」
「用意が無駄に良い!」
わたしとえりみんちゃんは両手で耳を押さえながら話している。ほら、クラスの人が音と同時に音源にも気付いてこっち見てるし!
「こうなったら更なる音を…そう、ジェットエンジンの音、140デシベルをお見舞いしてやりま、すっ!?」
七々ちゃんの爆音予告に思わず目を閉じていたけどモスキート音が急に聞こえなくなって恐る恐る目を開けると、立ち上がったえりみんちゃんが七々ちゃんの多分頭頂部、つまりスピーカーの上部を手刀で叩いていた。触られて分かるってことは痛いんだろうな、うん。
「いい加減にしなさい。ほら、寧世も無理矢理そんなことしない」
「うん、大丈夫。ネジ穴に、合わなかった」
寧世ちゃんはドライバーをつまんで揺らして、顔には出てないけど多分残念そうにしていたと思う。そうして寧世ちゃんはスピーカーから手を離して、その前の自分の席に戻る。
「ドライバー、買わなきゃ」
「買わなくていいですよ!」
さしあたり七々ちゃんが丸裸にされるのは阻止されて、騒音がまき散らされることもなくなったので、クラスメイトたちの目線もばらばらになっていく。
さてそうしてクラスに普通の騒がしさが戻ったくらいに教室の後ろのドアから照葉ちゃんがえらくらんらん気分で戻ってきた。そのスキップはわたしの前で止まって、照葉ちゃんは紙切れをばっと見せて来た。そして戦利品を見せつける猫のように満面の笑みで言った。
「これなーんだ」
紙切れの表面に印刷されてたのが、ちゃんとは見えなかったけど多分なにか食べ物関係の絵が書いてあったような…
「ショッピングモール、アイスクリーム屋、半額券」
「ちょっ!ねーせは反則!簡単に見えちゃうじゃん!」
ああ、寧世ちゃんの目はそういうのも見えるんだ。それとも単にすごく動体視力がいいだけ?でもそれもその力を持ってるから、なのかな。
「なに、また勝負してきたの」
寧世ちゃんの隣のえりみんちゃんが呆れた調子で言う。
「もっちろん。今月に入って二連勝、このまま今月は全勝目指しちゃうぜい!」
勝ち誇って半額券で自分を扇ごうとするけど、ぺらぺらなので全然様になってない。
「勝負って?」
「一応このクラスだけじゃなくて他のクラスにもわたしたちと同じような力を持った生徒がいてね。その内の一人が照葉のライバルというか、遊び相手で、ときおりこうやって何かを賭けて勝負してるのよ。もちろん現金とかダメだけど」
そっか。考えてみればこのクラスにはすでに三人も特別な人がいたのに、それから更に七々ちゃんまで転入してくるのって、「普通」じゃない人全員を同じクラスにしてしまおうって事じゃない限り不自然。最初はそう思ってたけどどうやら違うみたいで、思った以上にこの学校にはそういう人がいるらしい。
「それでどこのショッピングモールなんです?」
わたしが向きを直したスピーカーから七々ちゃんが聞く。
「こっから一番電車でちょっといったところの大きな駅の改札出てすぐにあるんだけど、知ってる?」
大きな駅の改札出てすぐだから…とわたしと七々ちゃんは同時に考えて、「あー、あったようななかったような…」「もしかしたらあったかもしれないですね」ぐらいに落ち着いた。
「すごい曖昧ね…名前はゾナーラって言うのよ」
「聞いたことあるような…」「もしかしたらチラシ入ってたかもしれないですね」
「やっぱり曖昧なままなのね…」
通学路の光景なんてそんなものなのです。
「まあまあ、二人とも引っ越してきたばかりだし、この券もあるし、ついでにみんなでモールを回ろうじゃないかというわけ」
照葉ちゃんは券をわたしたちにむけてかざす。
「いいですね、わたしたちも途中駅っていうか乗り換え駅ですし」
そう、運搬係になって知ったこと。実はわたしと七々ちゃんの家はそれなりに近い。元々定期を買う予定だった駅から一つ前で降りて、そこから家まで歩く途中に七々ちゃんの家はある。もしかして担任の先生は家が近いことを見越して、わたしを七々ちゃんと同じクラスにしたんじゃ、と勘繰るレベル。
「あたしらは最寄り駅がそこだからさ、ちょうどいいね」
照葉ちゃんが乗っかって寧世ちゃんも
「私、ドライバー、買う」
「買わなくていいですよ、もう!」
と言って行く気でいた。
「それなら行ってみてもいいかも」
わたしは正直さっきまではそこまで乗る気じゃなかったけど。なにせスピーカー運んでショッピングーなんて目立つわ、重いわとあんまりいいことないかなーって。でもまあ帰り道の途中っていうならいいかな。
「えりみんも行くっしょー」
「この状況で断るわけないでしょ」
えりみんちゃんがそう言うと照葉ちゃんはそれを見越して笑ってこう言った。
「うん知ってた。よしそれじゃ決まりってことで、放課後いざ、ショッピングモール・ゾナーラへ!」
※※※
「ちなみにそのチケットって何人分なんですか?」
「んーと、一枚で四名様だって」
「ちょっと待ってください。それ一人だけ食べれないとかそういうことになっちゃいますよね!」
「いやだって七々、アイス食べれないじゃん」
そう言われてスピーカーからは音がすっと一瞬消えて
「そうでした!わたしスピーカーでした!」
七々ちゃん、それ忘れてたの!?
放課後、電車の中でそんな会話を聞いていると、電車は目的の駅に到着。わたしたちはホームに出てから上りの階段へと歩いていく。
「でも、本当に慣れてきたもんよね」
「なにが?」
「ほら、もう七々のスピーカーを軽々運んでるじゃない」
「軽々じゃないよー。腕にくるし、腰にもくるし、単純に歩きづらいし」
それが毎日続くし。
「いやあでも中々快適ですよ、わたしは」
「そりゃ、運ばれてる側はそうよね」
そうこうしている内に階段を上った先の改札を出て、左に曲がって目的地に到着。
「さあ、ここがそう、ショッピングモール・ゾナーラ!」
照葉ちゃんがそう高らかに宣言したけど
「知ってる」
「勿体ぶって言うほどのことじゃないです」
「周りの迷惑が大声出すのはやめなさいよ」
みんなには不評だった。
というのもすぐに建物の中ってわけじゃなかったのも一つあるかもしれない。駅から歩いてきてまず出るのはステージとか巨大モニターとかがある広場。その広場を囲うように建物があって、その中に色んなお店が並んでいるってことみたい。
「んじゃまあとりあえず中に入って…」
と先頭を歩いていく照葉ちゃんにみんなでついて行く。でも
「あれ?寧世ちゃんは?」
くるっと振り向いてもいないし、前にも…って、いた!さっさと建物の中に入っていく寧世ちゃんの姿がそこにあった。
「なに急いでるんだ、ねーせ?」
「もしかして、ドライバー買いにいったのかな?」
わたしがそう言うと、腕に抱いたスピーカーからさっと血の気が引くような音のようなものがして、七々ちゃんが必死になって叫ぶ。
「と、止めてください!なんとしても、寧世さんがそれを手に入れるのを止めなくては!」
もしネジに合うドライバーなんて持ってこられたら、今度こそバラバラにされそうだもんね…
「しょうがないわね。わたしが追ってくるから、あとで連絡するわね」
と言うやいなや次はえりみんちゃんが走り出した。
「…行っちゃったね」
「ですね」
「これじゃ直接目的の店にはいけないし、案内ついでに中もお店でも回ろうか。ま、それってつまり二人が走ってたのと同じ方に行くんだけどねぇ」
三人で寧世ちゃん達を追って建物に入ったけど、やっぱりもう二人の姿はなし。入ったらすぐ右手は電気屋でスペースも大きく使ってる。するともう道に沿って進むしかないってことになる。なのでわたしたちもそうやって歩いていく。
「やっぱり人が多いねー」
「時間も時間ですし、学生も多いみたいです」
「ていうかわたしたちもその学生だね…」
人が多いとそれだけ目立つんだよなあ、わたしたち。出来ればあんまり人は多くない方がいい…ほら、今すれ違った人ばっちり二度見してたよ、もう。
照葉ちゃんについてくまま歩いていると、その照葉ちゃんが急にたったったと走り出してあるお店に入っていった。わたしと七々ちゃんは顔を見合わせて、まあ七々ちゃんは顔ないけど、そのお店に入っていく。
そこで照葉ちゃんはお店に置いてあった麦わら帽子をかぶっていた。
「どうよ」
「おー、似合ってる似合ってる」
そっか、さっきはこれが見えて中に入ってったんだ。
「そうですか?壊滅的に似合ってないとは言いませんが、特筆するほど似合ってもないでしょう」
「なんでそんなこと言うかな!?」
ほら照葉ちゃん、しょぼんってして帽子返しちゃって、挙句に店まで出ちゃったじゃん!
とにかく話を変えないと!
「ほ、ほら、照葉ちゃん?前から聞こうと思ってたんだけど、その透明人間ってやっぱり大変じゃない?」
照葉ちゃんにしか答えられない質問、これなら。うつむいていた照葉ちゃんは意外にもけろっと顔を上げて答えた。
「いんや、流石に手が消えたーなんてときは心配もされたし注目もされたけど、それだけ。てか体の一部が透明になるってだけだからねぇ、肩とか腰まわりとかももが透明になっても周りには見えないし、あたしも気付いてなかったりするしさぁ」
なるほど。映画とか漫画とかの透明人間のイメージだと全員見えなくなってるからこその問題みたいのがあったけど、一部分だけだとそんなに困らないのかな。
「じゃあ透明人間でいて一番大変だったとか困ったとかは?」
「うーん、一番ねぇ、それなら…」
「やっぱり顔のパーツですか?目とか口とかが見えなくなったりすると大変でしょう」
七々ちゃんが中々納得のいくことを言うと、照葉ちゃんはいやそれよりと前置いて
「髪の毛が、全部見えなくなったことかな」
「「それはまずい!」」
大変だ、人の頭から髪がなくなったら、しかもさっきまで髪があった女子高生の髪がなくなるなんて…なんか見ちゃいけないものが見えてしまう気がする!
「そ、そうなったらどうするの!?」
「そういうときは…これ!」
カバンからごそごそとやって照葉ちゃんが取り出したのはキャップ。
「ただのキャップ帽と侮るなかれ!なんとこの後ろに日除けがついているのだ!この日除けが後ろ髪までばっちり隠してくれるから、仮に髪の毛が透明になっても無問題!」
あー、それでちゃんと髪が隠れるようにその髪型なんだ。
「確かに透明人間といえば帽子とかマスクとかでなんとかそこにいることが見えるようにするってのがありますね」
「映画とかの透明人間は、帽子とサングラスとマスク、体には裾の長いコートって感じかあ。確かにそんなにイメージあるね」
「でもあれ絶対冬服ですけど、夏はどうするんでしょ。流石に暑くてあんなの着てられないですよね」
言われてみれば確かにどうするんだろう。すると照葉ちゃんが
「そりゃ全裸でしょ。ちょうどいいじゃん」
「コートも暑いし、マスクも暑いし、そこまできたらもう何も着なくても…ってダメだよ、照葉ちゃん!そんな、そこまで人としての恥を忘れないで!」
「違うって、あたしの話じゃないから!あたしは全身が透明になることなんてほとんどないから!」
このショッピングモールは五階建てでわたしたちが最初に入ったのは二階。照葉ちゃん曰く寧世ちゃんが向かったところは三階らしいので、いくつかお店を見てからわたしたちはエスカレーターで階をのぼる。
「へぇー、ここは吹き抜けになってるんだ」
電気屋のところは普通に天井あったのに。
「そ。で、ここのエスカレーターで四階まで上がれると。ちなみに五階に出るには、エレベーターでか一旦建物の外の出てスロープんとこのエスカレーターで行かなきゃいけない」
「五階には何があるんです?」
「映画館。シアターも多いし、結構よく見に行くかな」
エスカレーターを降りて近くのお店に入りつつ、照葉ちゃんがほんとにちゃんと案内もしてて意外だなあと思っていると、着信音、スマホに連絡が入ってきた。
「あ、寧世ちゃんからだ」
「なんてー?」
「えっと、私寧世、今あなたの後ろにいるの、って今真後ろ壁なんだけど」
連絡文を読み上げて後ろを見ても壁。というか今店内に入ってるし、当然だよ。
「これ、どういうこと?」
「あー、それはねーせの透視だよ」
「透視?」
「そ。壁を透けてその向こうの様子が見えるってわけ。それでこっちを見てるんだろうね」
そう言うと照葉ちゃんはお店から出る。
「こうやって歩いていればそれを見てねーせたちとも合流できるっしょ」
また着信音があったからスマホを取り出してみれば、確かに「私寧世、今あなたの右にいるの」とある。わたしの右手には店が並んでるから普通ならそんな風に見えるはずがない。ってことはやっぱり透視してるんだ。
「多分そこの角で会えるっぽいね」
照葉ちゃんが指差すところは十字路になっていた。つまり右手から寧世ちゃんたちが出てくるんだろう。そうしてわたしたちが十字路の中に入ると、がんっと大きな音がした。
「襟実、ここから先、行けない」
「そりゃ、そこは壁だもの」
音のする方を見てみれば、寧世ちゃんが防火シャッター横の非難ドアに正面からぶつかっていた。
「これが噂のARしながらの歩行の危険ってやつですか」
「七々ちゃん、それなんの話…?」
「あっちの話です」
とりあえず合流成功。ちなみに寧世ちゃんはちゃんと探してたドライバーは買えたらしくて七々ちゃんの顔をしかませていた。顔ないけど。
「はい、それと本日当店ではくじを行っておりますので、どうぞ」
チケットを使って半額にして、しばらくそのアイスクリーム屋さんで過ごしたわたしたちは会計カウンターにいた。照葉ちゃんが四人分のお金をまとめて持って行ったそこで店員さんがそう言う。わたしたちは照葉ちゃんの後ろで会計が終わるのを待っていて、そこで七々ちゃんがわたしに聞いてきた。
「詩絵さん、それで一番下の景品はなにになってます?」
「え?えっと…」
「ポケットティッシュですか、モールのイメージキャラクターグッズですか」
「なにその二択。ポケットティッシュみたいだけど」
「いやあわたし思うんですよ。たまに一番下の賞がポケットティッシュで、キャラグッズの方が一つ上の賞だったりしますが、そもそもキャラグッズいらないんですよ、むしろくじとかガラガラはいいんで素直にティッシュください」
「そういうこと言わないの」
とえりみんちゃんが七々ちゃんを軽く叩いた。
「そんなにいうなら七々が…は無理だから詩絵が引けば?」
「わたしでいいの?」
「いいって、いいって。もしキャラグッズなんて当たったら七々に押し付けちゃえって」
照葉ちゃんに押されてわたしはくじの入った箱を持つ店員さんの前に出る。
「それじゃあ…これで」
「あ」
箱の中に入れた指で、一番上でも底のでもなく中の方のくじを持ってあげたとき、後ろで寧世ちゃんが声をあげていた。
「はい、それではめくってみてください」
さてじゃあとわたしがくじのつまみに指をかけると、ちょいちょいと寧世ちゃんに裾を引っ張られる。どうしたんだろう。
「大丈夫、それ」
「えっと、これが大丈夫?なんのこと?」
そう尋ねると寧世ちゃんは頷いて、めくればわかる、とだけ言った。いぶかしみつつわたしはとにかくくじをめくる。その結果は。
「もしかして寧世ちゃん中身わかってたの?」
寧世ちゃんは頷いて
「詩絵の手、取った時に、中身見えた」
「だったら最初から寧世ちゃんが引けばよかったんじゃない?ほら、透視使って」
すると寧世ちゃんは首を横に振る。
「透視しても、全部が見えるから、当たりの一枚だけは、無理。それに、時間かけると、あやしまれる」
「うーん…それもそうかな。まあ当たったからいいか」
わたしはさっき獲得した遊園地のチケットを眺めた。二等の景品、遊園地のペアチケット二枚、つまり四人分。
「まさか本当に当てるなんて…ていうか、今回は当たらなくてそのまま七々に押し付けるって話だったのに」
「ちょっとえりみんさん!聞き捨てなりませんよ、それ!」
「あたし丁度その遊園地行ってみたいと思ってたんだよ、くぅー!これは完全に運命!今度の三連休、確か創立記念日とかだっけ?その日にみんなで行こう!」
とまあそれぞれの反応はあったものの、みんなに喜んではもらえたみたい。もとはといえばあのくじ引きだって四人分を合わせて一回分だったしね。
普通の寄り道で、そんなに普通じゃない友達と一緒にいたんだし、これぐらいの普通じゃないことは許されるよね。
※※※
それから数日たったある日、いつものように中休みをみんなと教室で過ごしていると急に教室後ろのドアが勢いよく開けられた。そのばんっという音にクラスの視線は集まるけども、なんだまた雉日かとすぐに離れていく。これはこれで中々の信頼だなあ。
で、こっちにやってきた照葉ちゃんは悔しさを表情にめいっぱいに出していて、開口一番こう呟いた。
「負けた…」
今回の勝負は負けたらしい。そうして照葉ちゃんは膝から崩れ落ちた。
「連勝記録は二でストップですか。なんかしょぼいですね」
「しょぼいとか言うな!」
ツッコミ返す気力はあるみたいだけど。
「それで、代わりに何を渡してきたのよ?」
えりみんちゃんが聞くと、照葉ちゃんはすっと目を逸らして
「えっと、実は…」
「まだ、渡してない。どうしようか、考えてる」
「だからねーせは反則じゃんって!」
前にもあったようなやり取りをまた目の前で見る。
「寧世ちゃん、もしかして心の中まで見えるの?」
わたしがそう聞くと、寧世ちゃんは首を振って
「わたし見えるの、オーラぐらい。それで、察した」
「なるほど」
でもやっぱり寧世ちゃんの能力恐るべし。
「それで、どうするのよ。何か渡せるようなのないの?」
「最終手段は昼でも奢るってことなんだけど、うう…まだどっちもそんなことしたことないから、あたしが初めてそれやっちゃうのはプライドが許せないんだぁ!」
そう言って照葉ちゃんは思いっきり頭を掻く。
そっか。現金もダメ、奢るのもダメとなるとチケットとかのになっちゃうんだ。でもそれなら…
「わたし、一応持ってるよ。代わりになりそうなの」
わたしがそう言うと、照葉ちゃんは床から這いあがってわたしの机に飛びついてきた。
「なになに、それなに。お願い、とりあえずそれを…」
「う、うん、わたしはいいんだけど…えっと、これなんだけど」
わたしは鞄から封筒を出して、今度はそこからチケットを出す。腕を伸ばしてくる照葉ちゃんを前にわたしは一応言っておく。
「前行ったお店で当てたチケット…照葉ちゃんが楽しみにしてたの…」
伸びてくる手がぴくんと停止した。がたがたと揺れてその腕はゆっくりと引っ込められ…
「でも、それ使わないと、借りを作ることになりますねぇ」
「ぐっ!…ち」
ち?とりあえず照葉ちゃんは腕を伸ばしてわたしの手からチケットを封筒ごとかっさらった。
「ち、ちくしょー!」
そしてそのまま勝者のいるクラスへと走り去っていった。
ちなみにそのチケットは、照葉ちゃんのライバルさんが家族旅行に使ったらしく、とても有意義に使ったそうです。
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