パレット・ハビット

中畑 汎人

第1話

わたしの名前は円井詩絵といいます。えっと、円と書いてまどで、円井です。中学の頃は手芸部でした。みなさんよろしくお願いします。

たったこれだけの文を何度も何度も繰り返して、ちょっと転校してきた理由とか付け加えてみたり、部活の件を抜いてみたり、はたまた趣味の話でもいれてみようかとしてから思い直したりと散々頭の中でいじくりまわしてる内にわたしは、今日転校するこの高校の校門の前についた。ついちゃった。

多分普通の生徒が来る時間よりはまだ早くて、校門をくぐっていく生徒はそんなにいないみたい。とりあえずわたしは一つ息を吐いてから校門をくぐって中へ入っていく。えっとまずは職員室とかに行けばいいのかな、と数少ない生徒の行く方についていって、昇降口に到着。自分の下駄箱も知らないし、靴は持って行こうか。用意しておいたビニール袋に外履きを入れ、前の学校で使ってた上履きに履き替え。それで、職員室はどっちかな。

廊下に出て左右をきょろきょろしていると、明らかに生徒じゃない、っていうか明らかに先生っぽい人がわたしの方に歩いてきた。

「えっと、転校生の円井さんですか?」

「は、はい!」

その女の先生に訊ねられてわたしはちょっとうわずった声を出す。や、やっぱり緊張するなぁ…

「ごめんなさいね、本当は校門のところで待っているつもりだったんだけど」

「あ、大丈夫です、はい」

つもりだったってことは何かあったのかな。

「それじゃ、まずは応接室にいきましょう。そこで幾つか説明を。そうそう担任ともそこで顔合わせね」

あ、この人が担任ってわけじゃないんだ。

迎えの先生が歩き出してわたしもそれについていく。ふと歩く廊下の窓に映った自分の髪に目がいった。転校初日だし、とりあえず無難にポニーテールに結ってきたけど、正直似合ってるかどうかよくわかんないな。これで変な印象とか、最初についちゃったらどうしよう…紫だしなあ、髪の毛。

とわたしが一通りぐるぐる悩んで不安になっていると、前を歩く先生が立ち止まる。その前のドアとその上のプレートをみれば応接室4の文字が。この他に少なくとも三つあるんだ。応接室なんて多分使うことなんてないと思うけど。

「それじゃここで待っててくださいね。担任の先生はすぐに来ると思うから」

「はいっ、ありがとうございます」

わたしはばっと頭を下げる。それから顔を上げると、先生は微笑みながら手をひらひらと振って多分職員室に戻ろうとしたんだろうけど、その前に立ち止まり振り返って言う。

「そうそう、言い忘れてました。今日はあなたの他にもう一人、転校生がいるのよ。ちょうどその中にね」

先生が指したのはわたしの後ろの応接室で、つまりこの中にすでに一人いるってこと。っていうか、同じ日に転校生が二人ってそんなことあるんだ…

それから先生は廊下を歩いていって、わたしだけが残される。多分、この中で担任の先生が来るまではそのもう一人の人と二人だけってことだよね。それはちょっと想定してなかったというか心の準備が出来てないというか…でもまあ同じ時期の転校生を同じクラスには多分しないだろうし、そんなに気負うことはない、のかもしれない。

よし、開けよう。ようやくわたしはドアノブに手をかけた。


第一話:二人の転校生


応接室4の中はこじんまりしていて低めの机が一つとそれを囲うようにソファが四つ、真ん中に置いてある。それで肝心のもう一人の転校生だけど…

「いない?お手洗いでも行ってるのかな?」

それにしてはさっきまで人がいた気配がしないし、なにより荷物とかも置きっぱなしにされてない。もしかしてさっきの先生、部屋間違えたとか。それともなにか勘違いして実はまだもう一人の子はまだ来てないとか。

とりあえずドアをしめて適当なソファの一つに座ってみると、さっきまで気付かなかったけど一応物が、まるで誰かが忘れてかのように置いてあった。机の上にあったそれは、コンポ…?と思ったら縦長のスピーカーしかない。しかも片方だけ。

まさかこれ、もう一人の子の荷物とか言うんじゃないよね?え、違うよね?

触れないでおこう。わたしは見なかったことにした。

でもまだ担任の先生が来るまで時間あるかもだし、ていうかまだ一人来てないし。わたしはおろしたての指定カバンを膝の上に乗せて、それを開けて中身をもう一度確認。今日持って来いって言われたプリントとかそういうのがちゃんと入ってるかを覗き込んで見ていると急にわたしの耳に声が飛び込んできた。

「あれ、もしかして転校生ですか?わたしと同じ」

わたしはすぐに顔を上げる前にちょっとおかしいなと思ってから、ドアの方に顔を向ける。さっきまでいなかったもう一人の子が来るとしたらもちろんこの部屋のドアからだもん。なのに、ドアは閉まったまま誰かが入って来た風でもない。

うん、だってさっきの声は明らかにそっちからは聞こえなかった。真逆から声がしてそれが信じられなかったからドアの方を見たんだし。

「どっち見てんですか、こっちですよこっち」

二回目の声もやっぱりさっきと同じ方から聞こえて、わたしはやっとドアの方から顔を背けてそれと反対を向く。

「そうそうやっと顔が見えましたよ」

「す、スピーカーが喋った!」

わたしは思わず開けたままのカバンを放って勢いよく立ち上がって、そのスピーカーから離れた。

「そりゃ喋りますよ、スピーカーですもん」

あ、それもそう。スピーカーは音を出す機械、会話ぐらいできる…?

「じゃあ、どこから喋ってるんです、か?」

「どこからってここからですけど」

「いやそっちから見たらそうでしょうけど、そうじゃなくてそのここがどこかを聞いてるんですが…」

「だからここですよ、この応接室」

なんとなくまだ話が噛み合ってない気がするけど、やっぱりさっきの先生はわたしたちを別々の部屋で待たせちゃったんだ、多分。

「わたしは今あなたの前にいますよ、ちゃんとね。言ったじゃないですか、やっとあなたの顔が見えたって」

わたしは自分の腕にぞくっと鳥肌が立つのを感じた。…たしかにそう言ってた。スピーカーしかないのにこの部屋の中が、わたしの顔が見えるはずないのに。それによく見たらこの机の上のスピーカー、どこにも繋がってない。ワイヤレスってやつなのかも知れないけど、わたしとしてはもっと別の、付喪神とか幽霊とかの方がすごくしっくりくるよ…

「まあまあそんなところに立ってないで、こっちで座りましょうよ。まあわたしは机の上ですけど」

この余裕な態度、やっぱり人知を超えてるというかそういう感じ…

正直、近付いたら今度はわたしが憑かれるとか勘弁してよ、ほんとに!

その時わたしの後ろから物音。

「ひいい!」

今度はなに!わたしが振り返りながら後退り、もちろん憑かれたスピーカーからも離れるように。するとその正体はドアの開く音で、教師っぽい男の人がそこに立っていた。

「びっくりしたなぁ、なにやってんのそんなところで」

砕けた喋り方でそう言って、男の人はドアを閉める。

「ご、ごめんなさい!そのちょっと色々あって、急にドアが開いて、その…驚かせてしまって…」

わたしの言葉を聞きながら男の人はさっきまでわたしの座っていた席と机を挟んで真向いに腰を下ろした。

「大丈夫ですよ。この人、口ではこう言ってますけど全然驚いてませんから」

またスピーカーが喋った…もしかして、他の人には見えない幽霊みたいに、この声もわたしにしか聞こえてないとか…わたしが先生の方を見ると

「何言ってんだ、ドア開けたら初対面の生徒が逃げていく光景なんて何度見たって驚くさ」

やけに馴れ馴れしく受け答えしていた。やっぱりスピーカーに憑いてる地縛霊とかで、ここの人たちとは付き合いがあるとか、なのかな。

「大丈夫、地縛霊でもないさ。まあそう思いたくなるのも分かるけど。それとずっとそこにいるわけにもいかないだろうし、ほら席に」

「えっ、あ、はい…」

今わたしが聞こうとしたことを先生はさっさと答えてしまって、わたしに座ることを促してきた。あの地縛霊もどきの近くに行くのはちょっと嫌だけど、先生に言われた訳だし…わたしは床に落としたカバンとその中身を拾ってからさっきと同じソファに座った。

「先生ぇー、わたしもソファがいいです」

「わかったわかった、よいしょっと」

立ち上がった先生は机の上のよくわからないものが憑いているスピーカーを持ち上げて、わたしの隣のソファに運んでいく。

「お、重いな…」

「これが学校指定スピーカーなんですよね」

学校指定スピーカーってなに!?制服みたいなものなの!?

っていうかやっぱり、このスピーカー…ちゃん?、一応流れてる声は女の子のだったし、それがもう一人の転校生なんだ…

スピーカーちゃんを運び終わった先生はまた自分の席に戻って言う。

「それでは仕切り直して。まずはおはようございます、君達の担任になる七日宮人です。それで二人が、円井詩絵さんと新喪七々さんで間違いありませんね」

「あ、はい」

「はい、そうですよぉ」

こうして始まったこの学校の説明は、七日先生がさっきまでの砕けた喋り方からうってかわって丁寧な口調で進めていった。でもわたしとしては、この隣のソファで優雅に座っているようなスピーカーちゃんの方が気になって、それどころじゃない。

「さて朝礼まで時間もないし、とりあえずはこのぐらいにしておいて。それで何か質問は」

「はい、先生!」

わたしは勢い手を挙げる。七日先生はやっぱり驚いた表情は見せなかった。

「とりあえず同じクラスになるってことなので聞きたいのですが、この…」

「新喪七々ですよー」

「そう!新喪さんはこう…えっと…その…なんなんですか!」

「なんなんですかって結構すごい質問ですねぇ」

ちょうどいい言葉が出てこなかったとはいえ流石に言い方がひどかった、とわたしも思ったのに新喪さんは軽い調子で言う。そして七日先生は、「まあ時間もないし本人に聞くのが一番だろうが」とまた砕けた言い方で前置いて、立ち上がる。

「これだけは言っておこう。うちのクラスには、そしてうちの学校には『普通』じゃないやつらがいるのさ」

「生徒に向かって、やつらって言い方はないですよ、先生」

言われる前に七日先生はしまったと顔に出していた。


※※※

それからわたしたち三人(?)は教室に向かった。ちなみに新喪さんは先生が台車で運んでいたけど、結局階段では持って運ぶことになってた。そこでわたしは台車を運んだ。

そして今日からわたしたちのクラスになる教室に着いた。先生はわたしたちに少しの間廊下で待つように言ってから教室に入っていった。つまりこれから朝礼をやって、それから呼ばれて教室に入っていくんだ…

喋るスピーカーとか色々あってすっかり忘れてたけど、わたしはこれからまったく知らないところに入っていくんだ。さっきまでどっかに飛んでってた不安がまたわたしの中に出来上がる。クラスの中に友達、いやいやそこまで期待しなくても誰も話す人がいなかったらどうしよう。学校にいる間誰とも話せないとか、休み時間を筆箱の中身いじって過ごしたり、みんなが机くっつけて昼ごはん食べてる中で孤島に一人で弁当を頬張ったり、それを見つけられると逆に気まずくなったりと結局どうしようもない学園生活、そんなことになったりしたら…

だ、だからこそ、わたしは今日までに自己紹介の文を考えて来たんだ。えっと…あれ?待って言い出しは…なんだったっけ…

そのとき教室の中の声が不意に聞こえて来た。いくつかの注意みたいのが終わって、それで先生が転校生って言葉を発して。待って先生まだ呼ばないで、わたしまだ…そんな誰も何も知らないところに放り出さないで!

「大丈夫ですよ」

横から声がしてわたしは思わず目を向ける。台車の上のスピーカーの中の新喪さんの声だ。

「これからのクラスのこと、詩絵さんは何も知らないわけじゃありません。ほら、わたしがいますから。わたしのことなら他の人に比べて少しは知ってるでしょう?」

新喪さんは胸を張って、どうしてかわたしにはそのイメージはふっと浮かんできたんだけど、そう言っているように見えた。

でもそれってわたしにとってプラスのことなのかな…?

「ほらまず一人目、入って来ていいぞ」

「は、はい!」

先生に呼ばれてわたしは教室のドアを開ける。何十人かの人が見てる中教壇を歩いて教卓の横に立つ。わたしはそうするときに教室の黒板の近くに校内放送のスピーカーを見た。それでさっきのスピーカーちゃんの顔を思い出して、それから。あ、そうだ。最初の言いだしは…

「わたしの名前は、円井詩絵といいます」


おわった…とりあえず自己紹介は無難に出来たと思う。黒板に書いてある円井詩絵の文字の前にわたしは立ってお辞儀をする。

それで教卓の七日先生は拍手が鳴りやむのを待ってから、二人目の転校生を呼び出す。もちろん教室にもちょっとどよめきがあって、そりゃ同じ日に二人もしかも同じクラスに転校してくるなんておかしいし、それでも二人目の転校生は教室に入って来なかった。

ってそりゃそうだよ、スピーカーだもん。

「ちょっとすいませーん、詩絵さん手伝ってくださーい」

「わたし!?」

またも教室でどよめきがあって、この言い方だとなにかあったみたいだもんね、七日先生にも言われてわたしはまた廊下に逆戻り。えっとつまり、わたしに運べってことかな。

「まったくその通りです」

「もうちょっと遠慮とかしてよ…」

「詩絵さんだってもうタメ口じゃないですか」

「そりゃまあクラスメイト、になるんだし、これぐらい普通…だよ、多分」

「じゃあその普通ついでにもう一つお願いです。どうせなので台車登場なんてダサいのじゃなくて、持って運んでってくださいな」

「ホントに遠慮してよ!敬語は言葉だけか!」

でもわたしは運んだ、スピーカーを。自己紹介したと思ったら急に外に出ていって、と思ったら今度はスピーカーを持って入ってくる転校生なんて明らかにおかしい。

今日から同じクラスの人たちの視線をモロに浴びながら、わたしはスピーカーを教卓の上に置いた。

「みなさん、どうも、同じく本日転校してきました、新喪七々です。あ、黒板に書いてもらえます?」

七日先生がわたしの名前の横に、新喪七々と書いていく。

『スピーカーが喋ったぁー!』

やっぱりそういう反応になるよね…

『すごーい!』

あれ?その割には驚いてるっていうより、わくわく?してるみたいな雰囲気が出てる。

新喪さんのターンだし、微妙に居場所のないわたしは新喪さんのいる教卓からちょっと離れておく。

「先生、もしかして…」

窓寄りの席の一人が立ち上がってそう言う。教壇の上の七日先生は頷いて、

「そう、お前達と同じだよ」

おおーと声をあげたその女子高生は近くの席の人に座らされた。

それからしばらく新喪さんの自己紹介が続いた。普通なら誰かがスピーカーの向こうから話してるんだろうとか思うはずなのに、このクラスの人たちは誰として疑ったりすることなくすんなりその話を聞いていた。そして朝礼が終わったらわたしと新喪さんは窓側の一番後ろの新築の席になった。

わたしが窓側の席で、その隣に新喪さんが座る。いやスピーカーが座るってのもおかしいし、席があることすらおかしいと思うんだけど。それでもクラスの人はわたしと感覚が違うらしくて、その朝礼から休み時間の度にその机を囲んで人がたくさん集まっていた。近くを歩いていった人はこんなことを言っていた。

『やっぱ、みんな転校生に集まるんだねー』

それを聞いてわたしは思う。

わたしもそうなんだけど!

もしかしてあっちの地縛霊もどきのスピーカーのインパクトに書き消されて、わたしも転校生だってことすら忘れられてない!?

確かに転校生だし、はじめの何日かは質問攻めにあうんじゃないかと期待してたけど!この仕打ちはないよ、ちょっと!

不意に何処からか声が完全にあがって、新喪さんの席の周りに集まっていた人たちは慌てて教室を出ていった。ん、出ていった?そうだ、次は確か移動教室って話だったっけ。どうせまだ教科書とかももらってないし、筆記用具だけ持ってけばいいかな。とわたしが立ち上がると、

「ああ、詩絵さん。どうぞわたしを運んでください」

と隣の人(?)が言ってきた。

「えぇー、なんでわたし…」

「なにせ詩絵さんはすでにわたしを運んだ実績がありますし、なにかと安全です」

「いや運ぶのが嫌だとかじゃなくて、いや運んでもいいわけじゃないけど、単にわたし、まだ教室の場所覚えてないんだけど…」

それでなんで同じ転校生に頼んだろう、ホントに。

「まあ歩いてればそのうち着きますって」

「それ迷子になる人の考え方」

それでも結局わたしは新喪さんを腕で抱えるように持って、その上に筆箱とノートをのっけて教室を出た。

「ていうか新喪さんは歩かないんだし、そっちが教室とか道順とか覚えてよ…」

「カーナビ扱いしないでくださいよー」


とりあえず別の校舎に行かなきゃいけなかったっぽかったので、渡り廊下を進むことにした。

「クラスの人についていけばよかったんですけどねぇ」

「だってみんなさっさと急いで行っちゃったんだもん」

せめて近くの席の人に聞けばよかったかな、とわたしが後悔を始めた頃合いで急に横に人がぬっと現れてきた。

「ほんとだ、何にも繋がってないじゃん、これ」

その人は新喪さんのスピーカーの裏を何度か叩いて面白そうにしていた。わたしは思わず立ち止まって、

「ちょ、ちょっとなんなんです!?」

新喪さんが驚いて声をあげた。

「中身は幽霊、生き霊、はたまた妖怪みたいな?」

あ、この紺っぽい髪の人、あの朝礼のとき立ち上がってた人だ。確か新喪さんの二つ前の席だったっけ。

「違う、幽霊じゃなくて、魂、見える」

その更に隣に紺髪の人よりも、わたしよりも背の低い銀髪の女の子が現れた。

「いやいやいや、幽霊も魂もおんなじようなもんじゃん?」

「厳密には、というか結構、違う」

わたしたちはこの二人に止められたのに、その二人は勝手に言い合いを始めて、わたしたちは蚊帳の外。えっと、どうしたら…無視して進んでいいのかな。

「ちょっと何言い合ってんの、二人とも困ってるじゃない」

今度は後ろから、三人目の人が歩いてきた。この人はちゃんと覚えてる。わたしの前の席の人だ。その人はわたしたちの前の二人をなだめて言った。

「二人とも転校してまだ日も浅いし、よかったら一緒に次の移動教室にいかない?」

「おー、ありがたいです!ね、詩絵さん」

うん、教室まで案内してくれるのはホントに助かるんだけどそれ以上に、わたしのことをちゃんと転校生として扱ってくれるなんて…っ

「ありがとうございます!」

「そんな頭を下げるほどのことじゃないわよ!?」

そうしてわたしたちは三人に連れられて移動教室へ向かった。

そういえば、この学校に来て先生たちと新喪さん以外で話したの初めてかもしれないなぁ、と移動教室で席についてから思ってみれば、そういえばあの人達の名前聞いてない…と後悔することになった。


※※※

それから何日か過ぎて、それでも隣の新喪さんには驚かせてばかりだった。

数学の時間で当てられたときには、すらすらと答えていてみんな感心してたけど、待って。それ実は裏でネットなり計算機なり使ってない?

英語の時間でネイティブの先生に当てられて、新喪さんはそれにすらすら流ちょうな英語で返し…って声質が明らかに違うよ!なにかしらの変換機使ってるでしょ!

そして体育の時間。流石の新喪さんも見学かと思ってたら、運動始めの準備体操の列の前に新喪さんの姿が。

「よし、それじゃあ頼むぞ、新喪」

体育の先生がそう言うと新喪さんは、はいと答えると、そのスピーカーからラジオ体操が流れ始めた。そういう役目!?

「ほら、音が出てないぞ!もっと頑張れ!」

「はいい!」

それで実際にラジオ体操の音量は上がった。頑張ったら音量とか大きくできるんだ!?

とまあそういう明らかに普通じゃない授業風景をわたしだけが驚いているらしくて、それどころか数日経った今でも新喪さんの机の周りには人が集まっているのだった。

休み時間、わたしは椅子に座って机の上に腕を伸ばして倒れ込んだ。それから首をぐいっと右に向けると、やっぱり隣の机の人だかりが見える。結局前の席の人とも話す機会がなかったし、結局隣の人気者を眺めるだけの毎日になりかけてるなぁ。

そんなことをぼんやりとうつらうつら考えていると急に机がばんばんと叩かれた。驚いて顔を上げると、前の席の人がわたしの前に立っていた。あれ、さっきまでいなかったのに…

「七日先生が呼んでたわよ、教科書渡したいって」

ああ、そういえばまだ受け取ってなかったっけ。わたしは目をこすりながら、うんと返事した。それを聞いたその人は今度は隣の席の人だかりに入ってって、新喪さんを連れ出してきた。

「ほら、この子も教科書ももらってないから。こっちも連れてってあげてね」

「あ、はい」

でもこのスピーカー妖怪に教科書はいるのかな…

とはいっても担任が呼んでるわけだし、もらわなきゃいけないよね、一応。というわけでわたしはまた新喪さんを抱えて教室を出た。

「はぁー…」

「どうしたんですか、溜息なんかついて」

「溜息っていうか、階段降りたからなんだけど」

一階に降りてスピーカーを持ち直してから、肩で息をしてわたしは答える。

「なんでも相談に乗りますよっ」

「じゃあロボットかなんかに乗り移って、自力で歩いてよ…」

「あ、それは無理です」

普通に即答した新喪さんを持ってまたわたしは歩き始める。でもロボットを使うこと自体は一応考えてみたことはあるんだ。

「ていうかロボットとか人とか動物型は勘弁ですねぇ。やっぱり無機物が一番なんで。電脳空間にいくとしても、アバターなんか作りませんよぉ」

よくわからないこだわりを披露されてもなあ…

「ていうかなんでそれで学校に通えるの?」

「んん、そういえば転校してきたときからまだ説明してませんでしたね、わたしがなんなのかってやつです」

すっかり忘れてたわたしにも分かるようにその時の質問そのままに新喪さんは言うけど、今思うとなかなかすごい質問してる。

「七日先生も言ってた通り、この学校にはそれなりに普通じゃない人たちがいるんですよ。そういう生徒を受け入れる学校っていった方がいいかもしれないですけど。その担当者があの七日先生。だからわたしはここに来る前からあの人とは知り合いなんですよ」

「そういえばあの日も妙に馴れ馴れしく喋ってたよね。てっきりそういうキャラなのかと思ってたけど」

「そういうキャラってなんですか、わたしはこれでもちゃんとみなさんに敬語で喋ってるじゃないですか」

「それは敬語の皮を被った別のなにかだし」

「そんな風に見られてた!?」

「見てたっていうか聞いてたんだけど」

それは置いておいてと仕切り直して新喪さんは続ける。

「その普通じゃないってのは、そうですね、超能力とか異能力とかいうやつを持ってるってことなわけです。わたしは言うなれば肉体なしでいられるってところです」

「それは異能力とかそういうのは違うと思うんだけど…」

「なにを言いますか!この力によってわたしはあらゆる電子機器に自由自在入り込めるという世界のどんな天才ハッカーをも超えることが」

「なんかよくわからないけどすごそう!」

「だったらよかったんですけどねぇー」

「できないんだ!?」

「ただのみょうちくりんな力を持った人がここに通ってるわけじゃないんですよ。どちらかといえば、その力が自分自身に迷惑をかけている人たちが通ってるのです」

「つまり?」

「全身を石にできるけど、そうなったら動けないし時間が経つまで戻れないとか」

「それは力を使わなければいいんじゃ」

「と、ともかく、そういう人がそれなりにいるんですよ、この学校には!クラスにもわたし以外にもう三人いますし」

「三人…おっと、職員室ついちゃった」

とりあえず話は中断してスピーカーを抱えた手でなんとか職員室のドアを開けた。

それから少ししてまた廊下に戻ってきたわたしの腕にはスピーカーはなくて、代わりに台車とその上に乗ったスピーカーと二人分の教科書の山がお供にいた。

「教科書もらいにいったんだし、それ用のカバン持って来ればよかった…」

「それでもわたしの分があるからどうせ台車でしたよ?」

「そりゃそうだけど」

でも階段、しかも上りなんて台車を押してなんていけないし、やっぱり一回荷物全部降ろして何往復もしなきゃいけないよね。最初に新喪さんを運んじゃって置けば上に荷物を置きっぱなしにしても大丈夫かな。

と考えながら廊下に台車を走らせるわたし。さっきの道順を戻るだけだから校内で迷うこともなし。そうして見えて来たさっきの階段に人影が。

「あれって…」

台車を押して近付くと見知った顔が三つ。すると台車から新喪さんが高らかに言う。

「さっきの話の続きですよ、詩絵さん。紹介しましょう、われらがクラスの異能力者お三方です!」

わたしにとってこの学校で見知った顔なんてそう多いわけもなく、あの時移動教室まで案内してくれた三人がそこに立っていた。

「ていうかさっき別れたばっかなのに、どうしてここに?」

わたしの前の席の人にそう尋ねると、少しバツの悪そうにして

「教科書渡すってことは知ってたから、流石に七々も含めて一人じゃ運べないんじゃと思ってね。でも二人を探しにいってたら遅くなって、ごめんなさい」

七々、七々…あ、新喪さんの下の名前か、忘れてた。

「いえいえ、わざわざ来てもらっちゃって…」

「まあまあ、そういう堅苦しいのはおいといてさ。自己紹介だってまだじゃん?」

紺髪をボブカットして、後ろ髪がうなじをかろうじて隠している、そんなショートカットの子が最初に言う。

「あたしは雉日照葉、よろしくぅ!」

「よ、よろしく…えっと」

「照葉でいいよ、照葉で」

「じゃあ照葉、ちゃん?」

「オーケーオーケー」

そう言って、照葉ちゃんは台車から教科書を持ち上げてくれた。

「思い出すねぇ、あたしらも入学したときは教科書もって帰んの大変だったわ」

「うん、ありがと…う!?」

照葉ちゃんが持ち上げたはずの教科書の束は何にも触れられずに、それそのままで空中に浮かんでいた!

「まさかその念力が照葉ちゃんの力…?」

「念力…ああ、違う違うって。ほらよく見てみ、あたしの腕」

そう言われて照葉ちゃんの肩から順に腕を下っていくと、肩二の腕肘前腕手く…びがない!

「そう!あたしは透明人間、この教科書もあたしからしたら普通に持ってるだけー」

すごい…正直新喪さんの比じゃないくらいわかりやすくすごい!

「まあでも、体のどこがいつ見えなくなるか、あたしにもわかんないんだけどね」

あ、これは不便なやつだ。

「ほいほい、次はねーせの番」

照葉ちゃんに小突かれて出て来たのは、

「ねいせ、示神寧世」

「よろしく、示神さん?」

「寧世ちゃん」

「…寧世ちゃん?」

「ん」

なんでか自分のことをちゃんで付けで呼ばせてから、満足げに寧世ちゃんは頷いた。

「照葉と呼び方が違うのがいやだったのよ」

まだわたしに自己紹介してない人が言う。

「それで寧世の力は、この目よ」

そう言われてわたしの視線は自然に寧世ちゃんの眼に向かうわけだけど、すぐにぷいっと顔を背けられてしまった。

「そこ」

廊下の先のお手洗いの入り口を指差して急に寧世ちゃんは声をあげた。

「何もないですね」

「うん。わたしにも何も見えない。寧世ちゃん、なにかあったの?」

新喪さんとわたしが尋ねると、

「今、トイレから浮遊霊、出てきた」

そうたいしたことでもないように寧世ちゃんは口にする。

「聞いての通り、ねーせは幽霊とかオーラとかそういう普通見えないのが見えるわけ」

「これはもう不便っていうか!」

わたしが叫んでると、ん、と呟いて寧世ちゃんはお手洗いの方から視線を動かしてくる。

「も、もしかして、寧世ちゃん…」

「こっち、向かってきてる」

「さっきの幽霊が!?」

「大丈夫大丈夫、気にしなきゃいいだけだから」

照葉ちゃんはのんきに言ってるけど、幽霊だよ?憑りつかれたりしたらどうするの!

「寧世ちゃん…その幽霊は…?」

「そこ」

寧世ちゃんの指先を恐る恐る目で追うと

「階段、もう上っていった」

今更だけど、幽霊なんだから壁とか天井をすり抜ければいいんじゃないかな。まあなにもなくてよかったけど。寧世ちゃんはそれで言うことは言ったとばかりに台車の荷物に手をかける。正直ああいう幽霊の対策とか聞きたかったなあ。

とわたしが思っている内に最後の一人が自己紹介を始める。

「最後はわたし。湖上衿実よ。まあ二人とも下の名前で呼んでるみたいだし、わたしも…」

その言葉を遮って照葉ちゃんが割り込んでくる。

「それでえりみんの力は…」

「わ、わたしの力は別にどうでもいいでしょ!」

どうでもよくはない気がするけど、本人が言いたくないなら無理に聞くものじゃないよね。

「うん、わかった。別に言わなくてもいいよ、えりみんちゃん」

「ちょ、ちょっと!なんでいきなりその呼び方!?」

「だって、みんなそう呼んでるし」

照葉ちゃんは笑ってそう呼んでたし。

「照葉のせいじゃない!」

教科書で両手のふさがった照葉ちゃんの肩を掴んで、えりみんちゃんは後ろに結った赤みがった髪をゆらして文句言ってた。

三人ともが教科書を持ってくれたのでわたしは台車を職員室に返しにいって、それから階段まで戻ってきたけど、あれ。

「結局、わたしが持つのこのスピーカーじゃん」

多分この中で一番重いやつだよ、これ。わたしが不満気な顔をしていると隣を歩く照葉ちゃんがこう言う。

「いやあ、あたしらも七々を持ったことあるけど、やっぱ重いよね」

ああなるほど新喪さん、普段どうやって学校を行き来してるのかと思ったら、照葉ちゃんたちに運んでもらってたんだ。

「で、七々が言うわけよ。詩絵のが一番運ばれ心地がいいってさ」

「運ばれ心地ってなに」

わたしは抱えたスピーカーを見下ろす。実際にはなにも起きてないけど、黙ったままのスピーカーを見てわたしは思う。…もしかして照れてる?なんとなくそんな気がした。あるのは無機物で形の変わらないものだけど。

わたしは一息つく。多分この学校に来てから一番周りに人がいるこの空間で。

「いいよ、どこへなりと運ぶよ、七々ちゃん」

…言ったそばから急に恥ずかしくなってきたぞっと。今度はわたしが照れる番だった。わたしはさっと顔を背ける。

「ほ、ほら、えりみんちゃんとかみんな下の名前で呼んでるし、七々ちゃんだけ違うっていうのもなんかおかしいかなーってそういうことなんだけど」

早口でそう口走ると即座にえりみんちゃんが「わたしの下の名前は衿実だからね、えりみんじゃないからね」と言っていたけど、それは無視。七々ちゃんは

「いいんじゃないですかね、それじゃあ今日は家まで送ってもらいましょう」

とスピーカーから響かせた。

「校内だけのつもりだったんだけどなぁ」

返事にわたしはちょっと笑ってそう言った

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