ep.04 不実

その日。


海衝(カイツ)はEランクの一段上であるDランクへの昇格式に向かっていた。


海衝の成績はじつに平坦なもので、短刀のほかにいくつかの科目を受けてはいるが、いずれも成績は下である。


集会のある大ホールへ向かって廊下を歩いていると、海衝の前方から、胸にいくつか勲章を付けた上位ランクの三人がこちらへ向かってきた。



「お?……お前は確か、馬裟羅(バサラ)の弟、だったかな」


ああ、この視線か。


海衝は、にっこりと笑いかけた。


「はい、海衝と申します」


「子鬼くんか、覚えといてやるよ」


「くく、く……」


三人が下品な含み笑いをする。この手の奴らは手間がかからなくていい。


「それで、とっても優秀な子鬼くんはこれからどちらへ向かわれるのかな?」


「はい。運よく試験に受かったものですから、Dランクへの昇格式へと向かっている途中です」


「ははっ、そいつは本当に運が良かったな」


「くく、Dランクだとよ。流石はあいつの弟だ。俺達とはまるで出来が違う」


「まったく。優秀な弟をもって、さぞ兄貴も鼻が高いだろうなあ」


手に取るようにわかる。


この男達、嫉妬しているのだ。


馬裟羅はそのあまりの強さゆえに、一気に飛び級で最高ランクにまで上り詰めた。それはこの施設においては、異例の出来事である。


それを、自分の弱さも弁えず「屈辱だ」などと感じる者達なのである。実に傲慢きわまりない。そして勝手にいびつな感情を募らせていくばかりだ。


怒りは上から下へと流れていくエネルギーだ。当然、格下の相手に鬱積の捌け口を求める。


矮小な者どもだ。


海衝は気取られぬようゆっくりと、鼻からため息をついた。


「お、なんだ短刀を持っているのか。おい、お前その短刀で俺を斬ってみろ。もしこの俺を斬ることが出来たなら、一気にAランクまで昇格できるぞ」


にっこりと、嘲う。


「いえ、自分などの力ではとても……丸太すらロクに切れませんから」


「丸太か、それはいい。あの訓練場の丸太はな、非常に硬い高圧木材を使っている。あれを両断するにはかなりの腕前が必要だ」


海衝は呆れかえった。今度は自慢話か。


「何言ってんだ、あんたはその丸太をたった一振りで真っ二つに両断したじゃないか」


「ああ、そうだったな。すっかり忘れてた」


自慢とは、自分が他人より優れていると思い込むため、自らをなぐさめる自慰行為だ。


そのような行為を見せ付けられた人間には当然不快感しか残らず、結果として後々不利益が回ってくる事のほうが多い。


(こういった連中からこそ、学ぶべき所は多いのかもしれないな)


海衝は冷静に耳を傾けている。


「まあ、そう言うこの俺も、あの丸太を一発でたたっ切ったけどな」


「ほう。でも俺はお前よりずっと前からこなしていたぞ。簡単にな」


「あんたのは電子刃のついてただろう?俺のは何の細工もない、細身の剣だぜ」


「まあまあ、待てよ二人とも。喧嘩なんてみっともないじゃねえか、こんな雑魚の前でよ」


「ははは!まあ、確かにこの餓鬼には一生かかっても出来やしないこった。そんな事で言い合うのも馬鹿らしい」



そろそろ時間だ。早く向かわねば。


「はい、確かにお三方は自分には想像も出来ぬほどにお強いようです、恐れ入りました。そして度量もお広いようで。その証拠に、喧嘩もすぐに止められた。

これからも、あなた方のような”優れたお方に、多くを学びたい”と思います」


それでは自分は式がありますので、これで――――と、頭を下げ通り過ぎようとした、その時。


「……おい、待てよ」


肩をぐい、と掴まれた。


「その綺麗事ばかり並べたような言い草……気に食わねえな」


しまった。下手に出過ぎて勘ぐられてしまったようだ。いけない。


視線が、視線が突き刺さる――――


「腹ん中では嘲ってるんじゃねえか……?どうせ、あいつには……馬裟羅には勝てねえと……こ、この野郎」


「おい、よせ!」


「よせ、やめとけ」


仲間の連中が色を無くして止めに入る。


「い、いえ、自分はそんな……」



思いきり、顔面を殴られた。


脳が少し揺れ、鼻の奥にキナ臭いにおいがつん、と湧き上がる。


流石に上級クラスにもなると中々の腕力をもつものだ。とはいえ、衝撃自体はそれほど大した事はない。


問題なのはこの怪我の痕だ。昇格式でどう説明したものか……。


周りの男たちが何か喚きたてている。


よせ、やめろ手を出すのは――――そこまですると――――落ち着け、この事が――――


馬裟羅に知れたら――――。



「馬裟羅が何だ、いちいちうるせえな!お、俺らの後ろには、”あの魔理亜(マリア)”が付いてるだろうが!」


口の中が切れた。鉄錆の味がする。


顔を殴られたのは、いつ以来だろう。


もっと波風を立てず、上手くやる方法なんていくらでもあったのに


一体どうしてしまったのだろう。まったく、最近の自分はどうかしている。


そう、あの夜からだ。


兵陰(ヴェイン)が来たあの夜から、何故か ”自分を上手く使えない”。



眼の血走った男が、下卑た笑いを口元に含ませる。


「そうさ、そうだよ……あの魔理亜が、俺たちに味方してやると、そう言ったじゃねえか。へへ、へ。怖いものなんて無えのさ」


「そ、そうか。そうだよな。おい小僧……とっとと行け。これ以上怪我したくないだろ」




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その後、予定通りに昇格式は行われ、総司令官の比螺斗(ピラト)より、Dランク昇格証が手渡された。


手渡される際、左頬のアザについて問われたが、海衝は落ち着いて「組み手をしていて負った怪我である」と取り繕ったため、その場は事なきを得た。


ただし


「馬裟羅君に並び、君には大いなる期待を寄せている。精進しなさい」


と、比螺斗から言葉をかけられたのは、少々驚いた。滅多なことでは激励など口にする人物ではなかったからだ。


しかし、その視線は――――海衝にとって、最も苦手な部類のものだった。



今やほとんどの者が諦め、忘れ去られている可能性。


海衝もまた、鬼の細胞を移植されている。








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