○十一月四日 午後十時五十一分

「――とまぁ、そんな感じで、メイとしては僕が他の女性と話すのも業腹だ、っていうのが、メイが僕に対して不満に思っていることで、あってるかな?」

「ああ、流石敏。完璧だぜ」

 愛してるよ、とつぶやいて、メイはコーヒーをすするようにして飲んだ。愛してるとメイに言われた僕は、死ねばいいのにとその目で語るアキの視線を、痛いほど浴びている。

 僕の話を聞き終えたハルは、顎を自分で直しながら、なるほどなるほどと、納得したように頷いた。

「敏夫がどうしてボクをこの場に呼んだのか、ようやく理解できたよ。敏夫が電話でボクに話した内容は、『彼女と別れたくないからその話し合いの場に立ち会って欲しい』っていうのは、もうそれだけでボクが何をするのか、十分に説明していたんだね」

「だから言ったじゃないか、ハル。『昨日電話で説明した』って」

 流石高校からの付き合いと言うべきか、今の話を聞いたハルは阿吽の呼吸で、僕の意図を読み取ってくれたようだ。だが、そのやり取りがどうしようもなく気に入らない人が一名、ここにいる。

 言うまでもない。メイだ。

 メイは手にしたカップの取っ手を砕かんばかりに握りしめ、まだ湯気の立ち昇るそれを、ハルに向かって全身全霊を込めて、ぶん投げようと思案しているに違いない。何せ、もうカップは振り上げられているのだ。

 僕はそれを止めようと、腰を上げ――

 

「でも、彩さんが気に入らないっていうのは、ボクも同意権だね」

 

「だろ? そう思うだろ!」

 手にしたカップは何処へやら。メイは対角線上に座っているハルの手を握り、嬉しそうに上下に降っている。

「いやぁ、流石敏が呼んだだけのことはある! 話がわかるじゃねぇかっ! 他の女も許せねぇが、あの女だけは、なんつーか、ダメだ。ヘタしたら、私以上に敏の近くにいれる存在になる気がする」

「そうそう! 流石敏夫の彼女さんなだけあるね。よくわかってる!」

 メイのある意味確信をついた発言に内心動揺しながら、僕は急に一致団結し始めた二人を胡乱げに一瞥した。

「……何でそんなにアヤさんを目の敵みたいにするんだよ」

 そうつぶやく僕を見たメイとハルは、まるで鬼の首でも取ったかのように、こちらを揶揄する。

「ほれ、これだよこれ。私が陰口叩かれてても、敏はそんなに庇ってくれねぇだろうなぁ、きっと!」

「うんうん! それにボクとしても、付き合っている相手が他の人に気を取られるのは、あまりいい気がしないからね」

 だから、何でそんな急に仲良くなってるんだよ。喧嘩するより、よほどいいけれども。

 僕は冷たいコーヒーに手を伸ばすと、仲良く手をつなぐメイとハルの手を、アキが羨ましそうに、妬ましそうに見つめているのに気がついてしまった。口に含んだコーヒーに、嫌な苦味が加わる。

 すると、そんなアキを煽るように、メイが突然こんなことを言い始めた。

 

「よし! お前、ハルっていったか? 話が合うし、抱いてやるっ!」

 

「へ?」

「ちょ、それはダメっ!」

 メイは満足そうに頷き、ハルは呆然と棒立ちに、アキは嫉妬心で顔を燃え上がらせながら立ち上がる。僕はその様子を、ただ黙って、コーヒーを噛むように飲みながら聞いていた。

「ダメよ、明! ダメだからねっ!」

「何でだよ亜希。お前が口を挟むことじゃねぇだろ?」

「で、でもっ!」

「え? ちょ、ちょっと待って。ちょっと待ってね?」

 口論を始めたメイとアキを、思考にわかめを生やしながら、ハルが問いかける。

「今、ボクの聞き間違いかな? 今、抱くって言った? ハグ? ハグの方だよねっ!」

「それもダメっ!」

「何言ってんだよ。私が抱くっつったら、ベッドインの方に決まってるじゃねぇか」

 未知の生物に遭遇し、開いた口が塞がらないどころか上顎骨と下顎骨が分離して二度と元に戻らなくなったような顔で、わかめを生やしに生やしきったハルが、涙目で助けを求めるように僕へ視線を向けてくる。

 カップをテーブルに置きながら、僕は静かに口を開いた。

「ひとまず、皆座ろうか。すみません。コーヒーおかわりお願いします」

 初老の男性が僕のカップにコーヒーを注ぐ前に、どうにか三人とも腰を下ろしてくれた。メイはまだ話足りなさそうで、アキはまだ不満気で、ハルはまだ口を大きく開けたままだ。それでも僕のカップから再び湯気が立ち上るまで、三人とも黙って待ってくれていた。

「ありがとうございます」

 コーヒーの残り香がする男性が去ったのを見送り、僕は久々に熱いコーヒーを飲んだ。舌を刺激する苦味を十分に味わい、僕は言葉を紡いでいく。

「それじゃあ今度は、僕がメイに対して不満に思っていることを話させてもらおうかな」

「不満に思ってるなら、返してよっ!」

 アキが悲痛な叫びを上げるが、渦中のメイはどこ吹く風。我関せずと、コーヒーをすすっている。僕としても、返す返さないの問題ではないので、うかつな返答は出来かねた。

 それを察したのか、メイは横柄にソファーへ座り直すと、僕へ話を勧めろと促してくる。

「いいから早く言えよ、敏。お前が私に不満があるところってやつを、ま・た・聞いてやろうじゃないか」

「……それじゃあ、遠慮なく。なるべく最近の話の方がいいだろうから、先月、先週のことについて話をさせてもらおうかな。ハル? 今度は自分で口を閉じてね。それで、十月のことなんだけど――」

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