‐Ⅲ‐
リリーの腕に周りの空気が纏わりついていくように風がうねったかと思うと、大きく羽搏く鷲の姿となった突風が、ジークハルト達を直撃した。
ジークハルトは補佐席に何とかしがみつくが、船体は大きく縦に回転し、あっという間に渡り鳥の母船から引き離される。
「・・・!?・・・くっ・・そ・・・!」
「お頭っ!しっかり捕まれ————」
操縦席の男がそう叫んだのが聞こえたが、雲の中に落ちたので声は途中でかき消え、同時に風の鷲も飛散した。
——ゆっくりしている暇はない。もっと船を早く飛ばさなければ。
リリーは目を閉じ、全神経をヴァンダーフォーゲルに集中させる。
彼女の持つ
———そう。
この船の動力源は、リリーの『タクト』と呼ばれる力であった。
どんな天候も気候も読み取り操る力。ヴァンダーフォーゲルで暮らす渡り鳥の民は全ての人がこの力を持っていた。故に、空賊やはたまた地上の国そのものに利用されることが、遥か昔から現代まで続いている。
争い事を起こさぬよう、巻き込まれぬよう、この空飛ぶ大きな船で海を渡り、空を渡り、国を渡り続け、いつしかこの船の民達は『渡り鳥』と呼ばれるようになっていた。
「——
リリーがそう唱えると、高度を下げていた機体は持ち直し、安定して浮上した。これで落下の恐れはない。そう、ホッと息をついた———その時だった。
————ガンッ!!と、後頭部に強い衝撃が走り、彼女はその場に倒れ込んだ。
・・・殴られたのか?
朦朧とした意識の中、リリーは懸命に自分を殴った人物を、見上げ——、
「・・・あ・・・んた、は・・・——」
——目を疑った。
何故、こいつがここに居る?
こいつは、渡り鳥を離れたはずだ・・・——!
「後は俺に任せて、あんたは寝てな」
そう言って微笑んだ彼の顔を最後に、リリーは意識を手放した。
同時に、船体がガクッと降下したが、彼は動じることなく右手を差し出し、——唱えた。
「————
彼もまた、リリーと同じ力を使えるようだった。
んー、と男は嬉しそうに唸る。
「はは・・・やっと、手に入れた・・・ヴァンダーフォーゲル・・・」
リリーやアイリアと同じ銀色の長髪を一つに纏めている男は、端正な顔を歪ませて笑った。
「ああ。そろそろ、ジークを探してやらねえとな・・・」
思い出したかのようにそういうと、男は意識を外に向け——、
「雲が邪魔だな。——
一瞬にして辺りを覆っていた雲が立ち消え、青空になる。
男は渡り鳥の船の遥か下方に、デルフィーンが一機飛んでいるのを感じた。そして、それはどんどん高度を上げていき、男のいる倉庫の入り口まで飛んできた。
男の前に現れたのは、ジークハルトのデルフィーンだ。
「無事か?ジーク、エドガー」
「おう。流石は渡り鳥の長だ、油断した」
ジークハルトを愛称で呼び、面白そうにしている男に対し、ジークハルトは苦笑して返した。エドガーと呼ばれた操縦士がデルフィーンを倉庫に無事に着地させると、ジークハルトは補佐席から一気に飛び降りた。
そして床に倒れているリリーを見て、うわーと子供のように声を上げる。
「ユリウス。お前、容赦ねえなぁ」
「しょうがないだろう。一回意識を奪わないと船の操縦権が奪えないんだから」
「こいつも、お前の目的じゃなかったのかよ?」
よくわかんねえなあ、とユリウスと呼んだ男に対して首を傾げながら、ジークハルトはくるっとエドガーを振り返った。
「エドガー!こいつ、とりあえずどっか運んどいて」
「・・・わかった」
ジークハルトの命令に淡々と返事をすると、エドガーはデルフィーンから降りてリリーを軽々担いで倉庫を後にした。
その様子を横目で見ながら、ジークハルトはユリウスに問うた。
「で、アイリアは?」
「残念だが、もうこの辺りにはいないな」
「死んだか?」
「いや・・・どうやら、南へ飛んだようだ」
死んではいないなら、ジークハルトにとっては朗報だ。
口角をゆっくりと上げ、気の強そうな金色の瞳は歪んだ笑みを浮かべる。
「逃がしゃしねえよ。——
——絶対に手に入れてやる。『蒼天』の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます