‐Ⅱ‐
「きゃ・・・っ!!」
小さく声を上げながら自分の腕の中に落ちてきたアイリアを、イルミンはしっかりと抱きとめた。ほらみたことか、と言いたいところだったが、更なる大きな衝撃にそれどころではないと察した。
——攻撃されている。
場所は先ほどまで居た船尾の方か。
アイリアは急いで起き上がり、船尾の方を伺おうと身体を乗り出そうとしたが、自然のものと違う風の音を感じ、反射的に右へと振り向いた。
——分厚い雲を巻き上げながら、一隻の小型飛行機が姿を現した。
『デルフィーン・シフ』と呼ばれるその機体は、細長く、船体の中央から少し後ろ側に操縦席と補佐席が縦に並んでいる型をしており、小型機最速の機動力を持つ。
「アイリアってのはお前か!?」
そう大声を上げたのは、補佐席で堂々と仁王立ちをしている金髪の青年だった。
ゴーグルをかけているため顔も年齢も解らないが、口元には不敵な笑みを浮かべている。
アイリアが応えないでいると、青年はそれを肯定と受け取ったようで更に口角を上げて続けた。
「探したぜ?船尾に部屋があるっつーから近くまでつけたのに、もぬけの殻だし」
イライラしてぶっ放してやったわ、と青年は笑いながらゴーグルを額へ上げた。
二十歳前後くらいの若い青年だったが、髪と同じ金色の大きな眼と目が合うと、その全てを燃やして射殺してしまいそうな眼力にアイリアは震えを覚えた。
「ったく、手間とらせんなよな」
「あ、貴方誰なの・・・っ!?何でこんなこと・・・!」
動かない身体を悟られまいと口から言葉を絞りだすアイリアだが、青年は気づいているかのようににやりと笑った。
「——お前の、
「お前、まさか・・・ジークハルトか――!?」
イルミンがハッとして声を上げた。
青年はへえ、と感心したように声をあげ、ゆっくりとイルミンに目線を移す。
「ああ、いかにも。——俺は空賊団『
雲の間から一機、また一機とデルフィーンが姿を現した。
あっという間に十数機程に増えていく中、ジークハルトは声を張り上げて命を下した。
「——他の者はすべて、殺せぇえ!!野郎共!!」
ドドドドドドドッッ——————!!!!
デルフィーンの群れから一斉に銃弾の嵐が吹き荒れた。
ヴァンダーフォーゲルの機体は絶え間なく振動し続け、四方八方から火の手が上がり、機体は徐々に高度を下げていく————
「くそ・・っ!逃げるぞアイリアっ・・・!!」
イルミンは呆然としているアイリアの手を握り、彼女を抱えるように走り出した。
ドーン!ドーン!——と鈍い音が響く度に船体は揺れ、思うように前に進めない。
壁にぶつかりながらイルミンは悔しげに歯噛みした。
「くっそ・・・なんでこんなことに・・・」
「皆大丈夫かしら・・・」
「とにかく、今は生き残るのが先だ。デルフィーンのとこまでいくぞ」
イルミンは短くそういうとアイリアの手を掴む。甲板から滑るように下層へ隠れ、廊下を右に左に蛇行しながら、二人は小型機の収容してある倉庫を目指した。
「——アイリア!!!」
倉庫に着くと、ほっとしたような声を上げながら一人の女性が駆け寄ってきた。
ウェーブがかった長い髪をハーフアップにしている、精悍な顔つきの女性。
——渡り鳥の長、アイリアの母親のリリーだった。
リリーはギュッと娘を抱きしめると、よかった、とつぶやいた。
「どこへ行ってたの。心配したわ」
「ごめんなさい。それより、皆は・・・!?」
「大丈夫、皆無事よ。貴女も先に行きなさい」
リリーは娘の頬にキスをし、イルミンの方へアイリアを押しやった。
でも、と言いかけたアイリアを遮るように、リリーは強い口調でイルミンを呼んだ。
「アイリアを頼むわね」
「はい、長。——行くぞ、アイリア」
イルミンが焦った風にそう言い、淡いピンク色のデルフィーンの前までアイリアを促した。渋々デルフィーンに乗り込むアイリアと目が合い、リリーは笑みを向けた。
「心配しないでアイリア。すぐに追いつくわ」
そしてイルミンに目線を戻し、渡り鳥の長は真剣な面差しで命令を下す。
「イルミン、南へ飛びなさい。『ルーカス・ウェーバー』という男を訪ねるのよ」
古い友人で信頼における人だ、と。
イルミンは是の返事をして操縦席に乗り込むと、機内に置いてあったゴーグルを着け、エンジンをかけた。
「しっかり捕まってろよ、アイリア」
「う、うん・・・」
リリーが倉庫の柱にあるレバーを回すと、目の前の船の壁がゆっくりと開いていった。強い風が吹き荒れ、外が露わになり、視界いっぱいに雲が広がる。
——しかし次の瞬間、雲間から一機の敵のデルフィーンが姿を現した。
「——どこへいくつもりだ!?」
ジークハルトが笑みを浮かべてそう叫んだ。アイリアはビクっと身体を縮ませたが、イルミンはチッと舌打ちをし、叫んだ。
「出力全開——!!舌噛むなよ、アイリア・・・!!」
「え・・・——」
ブオオオオオオ———————!!!
凄まじい音と共に、イルミンとアイリアが乗るデルフィーンが前進し、落ちるようにして飛んで行った。
あっという間に雲に覆われ、二人の姿は見えなくなる。
「な・・・!?」
ジークハルトもこれには流石に驚きの声を上げた。その狼狽えっぷりに、初めて操縦席の男が極めて冷静な声で反応した。
「——お頭。まんまとやられたな」
「うるせえな!いいから早く後を追えっ!」
「この雲ん中あんな飛び方はできないな。あんたも乗ってんのに」
操縦士の言葉に、ジークハルトはぐっと我慢するような顔をしたが、次の瞬間には落ち着きを取り戻したのか、ため息を一つこぼして眼を伏せた。
そして、しょうがねえ、と呟くと、先程までと同じく自信たっぷりに嗤ってリリーを見据えた。
「まあ後でいくらでも時間はあるだろうさ。——なあ?渡り鳥の長よ」
リリーは臆することなく、凛とした表情でジークハルトを真っ向から睨み付ける。
「ジークハルト・・・貴様、何故このような真似を?」
「あんたの娘の力は、他の渡り鳥と違って特別だと聞いたんでな」
「聞いた・・・?」
「噂だよ、噂。でも・・・事実だろ?」
軽い口調だが、明らかに断定している物言いだった。
「——あの子は渡さない」
リリーは低くそういうと、右手を前に翳した。
「舞え——
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